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【第一部】国家転覆編
35・完)虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
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王族と上位貴族を廃した結果どうなるか。序列的にその次にくるのはクランストン辺境伯であり、つまり。
「これは……これで良くて……ううっ、なんでこんな難しい仕事ばかり来るんだっ……!」
グレンは実質、ガゼッタ王国のトップとして下位貴族をまとめあげる立場になっていた。半分泣きべそをかきながら書類を確認してサインをするグレンは、現在、王城で宰相が使っていた部屋に仕事場を構えている。幸いにして宰相付きの貴族文官はまともな人間がそれなりにいたため、何とかかろうじて仕事は回っている、という状況だった。
……何しろ、ガゼッタ王国の腐敗は想像を絶するもので。クランストン辺境家だけでなく、他にも行方不明とされていた貴族令嬢や子息が地下から次々発見されるわ、囚人の半分以上が無実であることが発覚するわ、城勤めの立場を利用して不法に奴隷を所持しているわ……叩けば叩くほど埃が出てくる始末。
もはや少額の横領程度なら目を瞑らなければ人手が足りなくなるほどであった。
ガゼッタ王国の政治の作りが、王族と上位貴族のみで構成される『貴族会議』を主としていたのも、今となっては悪い方へ作用していた。王族は現在のところ全員幽閉の方向で進んでおり、上位貴族についても御家は取り潰しになることがほぼ決定している。となると、やはり家柄的にも残るのはクランストン辺境伯家のみで。
アルチェロ王子がまだ戴冠していない現在、何をどうあがいてもグレン・クランストンという少年がこの国で一番偉い、という事実は変えられなかったのである。
「まあそれももうちょいの辛抱だろうさ……。ほれ、辺境領の料理長が作ってくれたパンケーキだ」
「おおっ! さすがドーヴィ! ……この、素朴な味わいで、ふわふわのパンケーキが本当に美味しいんだ……」
「ばあやが胃に優しいハーブティーも淹れてくれたぞ」
王都の濃い味付けと脂ぎった香辛料たっぷりの食事が体に合わず、ストレスもあってグレンは反乱終結直後から食べては戻す、を繰り返していた。それに気づいたドーヴィは、こうして毎食、いちいち辺境領に転移して食事を受け取ってきている。もはや、料理長にも明らかに人外であるとバレたようなものだったが、料理長もドーヴィもグレンの健康のためならそれは些細な事だとお互いにスルーしていた。
ふとグレンはパンケーキを口に運びながら、窓の外を見る。今日は雲一つない快晴で、この国の新たな門出の日としては最高の天気だった。
「……なんだか、夢でも見ているみたいだ」
「夢? 寝ぼけてんのか」
グレンの独り言を拾い上げたドーヴィが、鼻で笑う。
グレンを縛り付けていたガゼッタ王国は、今日で完全に消滅する。今日は新しい国、『クラスティエーロ王国』の建国日だ。この後、昼から初代王となるアルチェロの、戴冠式がある。
戴冠式の後に本来であれば貴族の昇格降格といった整理もあるのだろうが、今回はまだそこまで準備は詰め切れなかった。とりあえず、わかっている分として、グレンは父や兄が容態を完全に回復するまでは引き続きクランストン辺境伯を務めることが確定している。
そして、にっこりと笑みを浮かべたアルチェロに「グレン君、文官の宰相と武官の元帥、どっちがいい?」と問われ……グレンは引きつった顔で宰相、と答えた。ちなみに、元帥の方はライサーズ男爵が一時的に着任することになり、向こうは向こうでグレンに負けず劣らず真っ青な顔をしていたらしい。
そのうち、ふさわしい実績と教養を持った人材が着任することになるだろう。あくまでもグレンとライサーズ男爵は反乱軍を率いた功績を考慮したうえでの、繋ぎに過ぎない。……繋ぎに過ぎない、とグレンは願っている。なるべく早く、後任が決まって欲しい、切実に。
夢、にしても笑えない夢だ。まさか、ただの辺境の貴族子息で、将来は位も持たず魔術師になろうと思っていた自分が、なぜか一国の宰相になってしまうとは。
グレンはぼんやりと空を見上げながら、話を続けた。
「ドーヴィを召喚して、魔物討伐を手伝って貰おうと思っていたのに……まさか、そこから、反乱を起こすとは……」
「しかもどちらも大成功でな」
「……うん。もしかしたら、僕は、悪魔召喚の儀式に失敗してその時に死んでしまったんじゃないかって……ちょっと、思う」
「ははは、寝ぼけてんなぁ、グレン」
ドーヴィはぼうっとした表情を浮かべるグレンの顔を掴み、やや強引に自分の方を向かせた。ばちり、と視線が合いグレンの表情に生が戻る。
「お前、俺が幻に見えるか?」
「それは……んっ!」
言いかけたグレンの口を、ドーヴィは噛みつくようにキスで塞いだ。何度も角度を変え、ただ唇だけを触れ合わせ。ぺろ、と最後に舌で唇を舐めてから顔を離せば、グレンは目元を赤く染めてドーヴィを見ていた。
「……幻じゃない、ドーヴィは」
「だろう? お前はちゃんと悪魔の召喚にも成功したし、国家転覆にも成功したさ」
「……ん」
グレンは椅子から立ち上がり、甘えるように両手を広げる。そんなグレンを、ドーヴィは喉奥で笑いながら両腕で抱え込んだ。一生懸命に背伸びをしたグレンが、先ほどのお返しの様にドーヴィの唇を啄む。
「ところでドーヴィ、いつになったら『もっとあたたかくてきもちいいこと』を教えてくれるんだ?」
「ぶっっ、おま……お前、あれ覚えてたのかよ……」
困ったように天を仰ぐドーヴィを見て、グレンもいたずらが成功したように肩を震わせて笑う。背中に回ったドーヴィの両腕が、グレンをさらに強く抱きしめる。
「それは、お前が」
「僕が」
「「18歳になってから!」」
二人揃ってそう言って、ドーヴィとグレンは同時に声を上げて笑った。
防音の魔法に阻まれた二人の笑い声は、室内にだけ響く。誰にも聞こえない二人だけの密やかな幸せは、長い間続いていた。
終
---
ということで完結です!
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!
無事に完結まで仕上げられて良かったです。
ちょこちょこ細かいネタを仕上げるかもしれませんし、仕上げないかもしれません。
全ては気が向いたら……。
また、長いあとがきを別作品(?)にて後日投稿予定です。そちらもお楽しみいただければと思います。
もし良かったらお気に入り登録して頂けると数字が見えて嬉しいです。よろしくお願いします。
「これは……これで良くて……ううっ、なんでこんな難しい仕事ばかり来るんだっ……!」
グレンは実質、ガゼッタ王国のトップとして下位貴族をまとめあげる立場になっていた。半分泣きべそをかきながら書類を確認してサインをするグレンは、現在、王城で宰相が使っていた部屋に仕事場を構えている。幸いにして宰相付きの貴族文官はまともな人間がそれなりにいたため、何とかかろうじて仕事は回っている、という状況だった。
……何しろ、ガゼッタ王国の腐敗は想像を絶するもので。クランストン辺境家だけでなく、他にも行方不明とされていた貴族令嬢や子息が地下から次々発見されるわ、囚人の半分以上が無実であることが発覚するわ、城勤めの立場を利用して不法に奴隷を所持しているわ……叩けば叩くほど埃が出てくる始末。
もはや少額の横領程度なら目を瞑らなければ人手が足りなくなるほどであった。
ガゼッタ王国の政治の作りが、王族と上位貴族のみで構成される『貴族会議』を主としていたのも、今となっては悪い方へ作用していた。王族は現在のところ全員幽閉の方向で進んでおり、上位貴族についても御家は取り潰しになることがほぼ決定している。となると、やはり家柄的にも残るのはクランストン辺境伯家のみで。
アルチェロ王子がまだ戴冠していない現在、何をどうあがいてもグレン・クランストンという少年がこの国で一番偉い、という事実は変えられなかったのである。
「まあそれももうちょいの辛抱だろうさ……。ほれ、辺境領の料理長が作ってくれたパンケーキだ」
「おおっ! さすがドーヴィ! ……この、素朴な味わいで、ふわふわのパンケーキが本当に美味しいんだ……」
「ばあやが胃に優しいハーブティーも淹れてくれたぞ」
王都の濃い味付けと脂ぎった香辛料たっぷりの食事が体に合わず、ストレスもあってグレンは反乱終結直後から食べては戻す、を繰り返していた。それに気づいたドーヴィは、こうして毎食、いちいち辺境領に転移して食事を受け取ってきている。もはや、料理長にも明らかに人外であるとバレたようなものだったが、料理長もドーヴィもグレンの健康のためならそれは些細な事だとお互いにスルーしていた。
ふとグレンはパンケーキを口に運びながら、窓の外を見る。今日は雲一つない快晴で、この国の新たな門出の日としては最高の天気だった。
「……なんだか、夢でも見ているみたいだ」
「夢? 寝ぼけてんのか」
グレンの独り言を拾い上げたドーヴィが、鼻で笑う。
グレンを縛り付けていたガゼッタ王国は、今日で完全に消滅する。今日は新しい国、『クラスティエーロ王国』の建国日だ。この後、昼から初代王となるアルチェロの、戴冠式がある。
戴冠式の後に本来であれば貴族の昇格降格といった整理もあるのだろうが、今回はまだそこまで準備は詰め切れなかった。とりあえず、わかっている分として、グレンは父や兄が容態を完全に回復するまでは引き続きクランストン辺境伯を務めることが確定している。
そして、にっこりと笑みを浮かべたアルチェロに「グレン君、文官の宰相と武官の元帥、どっちがいい?」と問われ……グレンは引きつった顔で宰相、と答えた。ちなみに、元帥の方はライサーズ男爵が一時的に着任することになり、向こうは向こうでグレンに負けず劣らず真っ青な顔をしていたらしい。
そのうち、ふさわしい実績と教養を持った人材が着任することになるだろう。あくまでもグレンとライサーズ男爵は反乱軍を率いた功績を考慮したうえでの、繋ぎに過ぎない。……繋ぎに過ぎない、とグレンは願っている。なるべく早く、後任が決まって欲しい、切実に。
夢、にしても笑えない夢だ。まさか、ただの辺境の貴族子息で、将来は位も持たず魔術師になろうと思っていた自分が、なぜか一国の宰相になってしまうとは。
グレンはぼんやりと空を見上げながら、話を続けた。
「ドーヴィを召喚して、魔物討伐を手伝って貰おうと思っていたのに……まさか、そこから、反乱を起こすとは……」
「しかもどちらも大成功でな」
「……うん。もしかしたら、僕は、悪魔召喚の儀式に失敗してその時に死んでしまったんじゃないかって……ちょっと、思う」
「ははは、寝ぼけてんなぁ、グレン」
ドーヴィはぼうっとした表情を浮かべるグレンの顔を掴み、やや強引に自分の方を向かせた。ばちり、と視線が合いグレンの表情に生が戻る。
「お前、俺が幻に見えるか?」
「それは……んっ!」
言いかけたグレンの口を、ドーヴィは噛みつくようにキスで塞いだ。何度も角度を変え、ただ唇だけを触れ合わせ。ぺろ、と最後に舌で唇を舐めてから顔を離せば、グレンは目元を赤く染めてドーヴィを見ていた。
「……幻じゃない、ドーヴィは」
「だろう? お前はちゃんと悪魔の召喚にも成功したし、国家転覆にも成功したさ」
「……ん」
グレンは椅子から立ち上がり、甘えるように両手を広げる。そんなグレンを、ドーヴィは喉奥で笑いながら両腕で抱え込んだ。一生懸命に背伸びをしたグレンが、先ほどのお返しの様にドーヴィの唇を啄む。
「ところでドーヴィ、いつになったら『もっとあたたかくてきもちいいこと』を教えてくれるんだ?」
「ぶっっ、おま……お前、あれ覚えてたのかよ……」
困ったように天を仰ぐドーヴィを見て、グレンもいたずらが成功したように肩を震わせて笑う。背中に回ったドーヴィの両腕が、グレンをさらに強く抱きしめる。
「それは、お前が」
「僕が」
「「18歳になってから!」」
二人揃ってそう言って、ドーヴィとグレンは同時に声を上げて笑った。
防音の魔法に阻まれた二人の笑い声は、室内にだけ響く。誰にも聞こえない二人だけの密やかな幸せは、長い間続いていた。
終
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ということで完結です!
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!
無事に完結まで仕上げられて良かったです。
ちょこちょこ細かいネタを仕上げるかもしれませんし、仕上げないかもしれません。
全ては気が向いたら……。
また、長いあとがきを別作品(?)にて後日投稿予定です。そちらもお楽しみいただければと思います。
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