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【第一部】国家転覆編
16)王都への旅路
しおりを挟む王都行きへの準備を進めること半月ほど。準備が整ったグレンとドーヴィは、王都へと出発した。
執事のじいやとメイド長のばあやを筆頭に、補佐官、メイド達、元・騎士団の団員達にドーヴィはこれでもかと「坊ちゃまをよろしくお願いします」と念を押され続ける半月だった。それどころか、買い出しに出向いた際の一般市民達にすら「グレン様は王都に行って大丈夫か」と心配される始末。
(貴族会議から帰ってくるとほぼ確実に寝込む、とな……)
馬をパカパカ歩かせているグレンは相変わらず背筋を伸ばして、堂々たる領主の振る舞いをしている。が、信頼のできるじいやとばあやからしっかり話を聞けば、この姿が見られるのも行きの間だけ、という事だ。
また、同時に、じいやからは要注意貴族リストを秘密裏に貰っている。……ガゼッタ王国の貴族の、ほぼ全てがクランストン辺境伯の敵であるという恐ろしいリストを。
「グレン、今日はライサーズ男爵領に寄るんだったな?」
「うむ。下水処理の機械に魔力補充を頼まれている」
ライサーズ男爵領はクランストン辺境伯領と隣接している非常に小さな領だ。以前の戦争で功績を上げたため、男爵位を賜った元騎士でもある。
そのライサーズ男爵領は、もともとクランストン辺境伯領の一部であった。グレンの兄である先代クランストン辺境伯がライサーズ男爵と同じ戦争において『敵前逃亡を行い軍の足並みを乱した上に敵兵に討ち取られ戦死』した責任を問われ、クランストン辺境伯領から国へと返還を求められた土地だった。
そのようなある意味、クランストン辺境伯とは因縁の土地を持つライサーズ男爵であったが――クランストン辺境伯に対しては、かなり友好的な貴重な貴族であった。
何事もなくライサーズ男爵領へ入り、男爵に挨拶してからグレンはすぐに男爵領の中心にある下水処理施設へと足を向けた。ごうんごうん、と重い音を立てる機械群の中で、白く、弱い光を放つ魔晶石に手を当てる。しばらくのち、赤色の輝きを取り戻して強い明滅を始めた。
「これでよし、と……」
「クランストン辺境伯、感謝申し上げる」
元騎士らしく、ドーヴィと同程度に体格の良いライサーズ男爵は重々しい声で礼を言い、頭を下げた。
「私の魔力だけでは心許なく……クランストン辺境伯に補充頂いて、これで安心と言うものです」
「いえいえ……近隣領として、また何かあればお声がけ頂ければと思います」
「こちらこそ、何かあればどうぞお声がけください。私の様な新参男爵の依頼に応えてくださるクランストン辺境伯には足を向けて眠れませんよ」
二人は微笑みあって固く握手をすると、下水処理施設を出てライサーズ男爵邸へと足を向けた。もちろん、ドーヴィは一言も発することなく、ぴたりとグレンの後ろについて回っている。
ライサーズ男爵邸で男爵から『魔力補充の謝礼』として少なくない金を受け取ったグレンは、深くライサーズ男爵に頭を下げた。グレンの行った魔力補充に対して、ライサーズ男爵は毎回かなり色を付けた金額を用意してくれている。それはクランストン辺境伯と今後も友好を深めていきたい、という意思表示でもあり、困窮するクランストン辺境領へのできる限りの支援でもあった。
男爵邸へ戻る途中、ライサーズ男爵は口を開く。
「また今度、兄上殿の墓参りにお伺いさせて頂きたく」
「それは、天の兄も大層喜ぶことでしょう。いつでもお待ちしております」
グレンの返事に、ライサーズ男爵は深く頷いた。
ライサーズ男爵はもともと、グレンの兄と面識があり、同一作戦に従軍していたことから身分を超えて、戦友としての友情を育んでいた。もちろん、グレンの兄が敵前逃亡したという発表があった際には抗議の声を上げたが――しがない騎士の声が届くわけもなく。まるで賄賂か口封じの様に、男爵という身分を与えられてこの土地へと封じられていた。
そのこともあって、ライサーズ男爵は戦友の弟であるグレンには非常に好意的である。ライサーズ男爵自身も王家や上位貴族からは睨まれる立場であるというのに、クランストン辺境伯との交流を断つことなく、むしろ堂々と深めていた。
男爵邸でしばし、兄の事について思い出を語り合いながらお茶を楽しんだ後。グレンはそろそろ、と言って立ち上がった。ライサーズ男爵もメイドを呼び、クランストン辺境伯がお帰りだ、と告げる。
「クランストン辺境伯は、次はどちらへ?」
「……次は、ドラガド侯爵にご招待いただいております」
「ああ……」
グレンが名前を出せば、ライサーズ男爵は傷の多い強面の顔を歪めた。
ドーヴィはその様子を見ながら、ドラガド侯爵という名前を思い出す。執事のアーノルドから渡された要注意リストのかなり上の方に名前があったはずだ。どうやら、ライサーズ男爵もドラガド侯爵には良い思い出がないらしく、渋い顔をしている。
「どうぞ、お気を付けください、クランストン辺境伯」
その一言からライサーズ男爵の思いを読み取ったグレンは、少しばかり苦笑しながらも大きく頷いた。再度、ライサーズ男爵と握手をして男爵邸を辞する。
ドラガド侯爵領を目指し、二人はまた馬を歩かせる。途中、他の貴族の領も通過する予定だが、そちらは事前に来訪の連絡だけしておき、相手側から「多忙のためもてなしもできず申し訳ない」との返事を貰う事で、貴族とは挨拶せずにグレン達は領内のどこかで勝手に野営する手はずになっている。
友好的な貴族が多ければ、ぜひ我が邸で晩餐を、とのお誘いがあるのだが……残念ながら今のクランストン辺境伯を招く貴族はほとんどいなかった。多忙のため、というのも言い訳にすぎず、実際は関わりたくないから来ないでくれ、という意味でしかない。領の通過と領内での野営を許してくれるだけ、まだ優しい方だった。
「それにしてもライサーズ男爵はいいオッサンだったなぁ」
「うむ! ライサーズ男爵には、様々便宜を図ってもらっている。足を向けて眠れないのは、こちらの方だ」
「ほおー……それに対してドラガド侯爵ときたら?」
ドーヴィがそう言えば、グレンは慌てたように口の前に一本の指を立ててジェスチャーをした。
「ドーヴィ! 誰が聞いてるかわからないのだ、そういった言動は――」
「あー言い忘れてた、ちゃんと防音の魔法張ってあるから」
「……え?」
例の何か喋ってるっぽいけど何喋ってるかはよくわからないいい感じに減音してくれるとっても便利な魔法だ。その言葉にグレンは周囲を見渡して、ある一点に気づいて口をぽかんと開ける。グレンの視線が向いた先は、ドーヴィが張った魔法の中で小さいながらも魔力が偏って濃くなっている部分だった。
「お、グレンはあれが見えるのか?」
「あ、ああ、よく集中してみれば……いや待て、いつから使ってたんだ、僕は全然気づかなかったぞ!?」
「いつからってそりゃあ最初からに決まってんだろ」
「なんだと……」
グレンはがっくりと肩を落とした。全く気付かなかったことに、天才魔術師(自称)としてのプライドが揺さぶられたのだろう。しかし、ドーヴィにしてみれば人間のレベルでこの魔法に気づく方が信じられない。いかにグレンが人間の中では飛び抜けた魔力の使い手であるかがよくわかった。
「と、言っても姿は他から丸見えだからな。お前、あんまぐーたらな態度取るなよ」
「失礼な! いつだって僕はクランストン辺境伯当主としてしっかりやってるだろう!」
「はいはい、ニンジンが食べられるようになってからな」
「……善処する」
ディープキスの一つもできるようになってからな、と言いたいところであったが、それはまあ18歳以上になってからのお楽しみにしておこう、とドーヴィは心の中にしまっておく。
「で、話を元に戻して。どうなんだ、ドラガド侯爵って」
「……はっきり言わせてもらうが、私はドラガド侯爵が……苦手だ。正直を言えば、招待されても行きたくない」
「それで晩餐は断ったのか」
「ああ。しかしどうしても、と言われて、仕方なくお茶だけ頂きに行くことになったのだ」
グレンは心底嫌そうに顔を歪めて、心底嫌そうな声音で言った。ふうん、と言ったドーヴィに対して、グレンは視線を落として馬のたてがみを見ながら話を続ける。
「いつもいつも、ドラガド侯爵は私に無理難題を吹っ掛けてくる。もちろん、断ることができれば一番良いのだが……その度に、『姉の労役を増やすように陛下に進言する』『食料や資材の輸送を我が領で止める』『クランストン辺境領を結界の範囲外にしてやる』と……その、脅してくるのだ」
「あー……」
そこで切って返すほどの力は現クランストン辺境伯領にはないし、グレン自身にもない。グレンにとってのブレーンである執事のアーノルドも、補佐官もそばになく、たった一人でグレンよりも社交に秀でており経験も豊富、地位も権力もあるドラガド侯爵の脅しに対抗しろというのは、あまりにも酷だ。
脅しに反抗して食料や資材の輸送を止められてしまえば、クランストン辺境領だけではなく近隣の領も被害を受ける。それこそ、良くしてくれているライサーズ男爵にも多大な迷惑がかかるだろう。姉についても、面会の度にやつれていく姿を見ていると、労役を増やされたら命にかかわる可能性も高い。結界の範囲外に辺境領が出されるなんて、とんでもない話だ。
そう語ったグレンは重いため息を吐く。その後に頭を振ると、ひきつった笑いを浮かべながら顔を上げてドーヴィを見た。
「……不幸中の幸い、と言うべきなのか、体よく搾取されている、というべきなのか。ドラガド侯爵も本当に私達を潰そうとしてくるわけではないから……我慢するしかない、と」
グレンは、今のクランストン辺境領と辺境伯の地位を守るので精一杯だ。領主の勉強をしながら、既に王家の罠によって傷だらけになってしまったそれらを守り抜くはあまりにも困難である。故に、グレンは本当の致命傷にならない限りは受け入れるしかなかった。
「……お前が一言命令してくれれば、俺がそいつらをぶっ殺してやってもいいんだぜ?」
「……いや、それは、ガゼッタ王国に混乱を招くだけだ。貴族の殺し合いは大罪であるし……そうなれば、一番被害を受けるのは何の罪もない領民達になる」
飄々と言ったドーヴィに、グレンは目をぱちぱちと瞬いた後、苦笑しながら口を開いた。少しは検討してくれないか、とドーヴィは表に出さずに呆れた様に心中でだけ息を吐いた。
「お前は優しすぎるなグレン」
「単に人の命を背負う覚悟がないだけだ」
ドーヴィから目を逸らして、グレンはそう言った。16歳の少年に、何百人、何千人、あるいはそれ以上の人間の命を背負わせるのが酷に過ぎることはドーヴィでも理解できる。そう言われてしまえば、ドーヴィは口を噤むしかなかった。
「……私とて、常に虐げられているだけではない。こうして、お前と言う切り札を召喚したではないか。ドーヴィを召喚したおかげで、執務はかなりスムーズに進むようになったし、結界をすり抜けてくる魔物の被害も格段に減った。クランストン辺境領としては、持ち直しの機運を掴んだと思っているぞ?」
「ハッ、そりゃあな。俺がいるのに何も好転しなかったなんて、そんな馬鹿な事はさせねえよ」
重くなった空気を振り払うかのように明るい声を張り上げたグレンに迎合するように、ドーヴィも不敵な笑いを浮かべた。
本当は、ドーヴィは言ってやりたかった。もっと悪魔を、俺をうまく使えよ、と。グレンが自分自身大切にするために、欲望のままに願いをぶつけてこい、と。そうすればドーヴィは何だってやるし、何だってやってやれる。グレンが望むのなら、この世界も天使も全て敵に回して、破壊の限りを尽くしたって構わない。
だが、グレンはやはりそれを望まなかった。そのことにもどかしさを覚えつつも、そのグレンの甘ったれとも言える優しさも含めて、ドーヴィはグレンの事を気に入っているのだ。
「おおそうだ、ドーヴィの魔法のおかげで、野営の食事も干し肉だけで無くなったのも良い事だな! 今日の夕食は何なのだ?」
「料理長直伝の野菜たっぷりスープニンジンマシマシだ」
「げ」
わざと話題を変えたグレンにドーヴィも乗ってやる。今は、それぐらいしかできることが無かった。
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作者は地名や人名を覚えるのが苦手なのでもう誰がどんな名前でどこがどんな地名かわかりません
ミスも増えてくると思いますがご容赦ください……
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