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【第一部】国家転覆編

閑話4)『魔力タンク』

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 ガゼッタ王国の王城地下深く。結界発生装置が作動するさらにその一階層下に、それらはあった。

――巨大化し続ける結界を維持するために新しく開発された後付け装置、『魔力タンク』。

 貴族に依頼して魔晶石に魔力をこめて貰っていても魔力の供給が追い付かなくなってしまった結界発生装置に、魔晶石とは別に魔力を供給するための装置である。
 成人男性一人がすっぽりと入るほどの大きさである魔力タンクは、部屋の中央に存在する結界発生装置から伸びるパイプに繋がっており、その様子はまるで地中に実を結ぶ芋のようであった。

 数は10個ほど、それぞれに番号が振られている。見れば、1番~7番までは蓋が占められており、8番以降は蓋が開けられていた。中身は、空っぽのようだ。

 この装置があることを知る者は非常に限られていた。この一室に入室できるのは、魔力タンクの開発に携わった研究者やメンテナンスのための技術者のみである。
 彼らはそれぞれ、魔力タンクや部屋中に伸びているパイプなどに群がって仕事をしていた。

「うーん、6番はそろそろ限界だな……」

 白衣を着た一人の研究者が6番の魔力タンクについて、数値をいくつかチェックした後に呟いた。供給できる魔力量が基準レベルを下回る日々が続き、回復の見込みがない。

「おーい! 6番タンクを外してくれー!」

 魔力タンクから伸びるいくつものパイプに躓かないように気を付けながら、部屋のあちこちでメンテナンスをしている技術者たちに声を掛ける。集まってきた技術者たちは『6』と書かれたタンクを取り外し、一度部屋を出て、隣の部屋へとタンクを運び込んだ。

「これ中身はどうするんスか?」
「えーっとこいつは……ああ、捨てていいらしいぞ」

 若い技術者に聞かれた年嵩の男は、棚にあった書類を確認してから答えた。「ういっす」と軽く答えた若い技術者は、手慣れたようにタンクの蓋を開け――仲間と一緒に、タンクの中から一人の人間を取り出した。
 出てきた人間は虚ろな目をしており、完全に正気を失っているとわかった。かろうじて胸の上下で息をしていることが確認できるが、そうでなければ死体ではないかと見た人は思うだろう。

「よっこいしょっと」
「はぁー結構重いなこいつ……」

 技術者たちは文句を言いながらも、タンクから取り出された30代後半と思われる男の体を持ち上げ、部屋の隅に無造作に置かれていた大きな小麦袋の中へと放り込んだ。そのまま、小麦袋の口をロープできつく締める。

 さらにその袋を二人がかりで持ち上げ、部屋を出た。そして薄暗い廊下を歩くことしばし。彼らが着いたのは、朽ちた棚やごみ袋が積み上げられたゴミ集積場であった。
 そこに人間が入った小麦袋を置くと、二人は来た道を戻っていく。

「さっきのあいつって何やらかしたんだろうな? 知ってる?」
「あーあいつ、フィード伯爵の息子らしいんだけど、なんか王宮の横領とか派手にやらかしたみたいでさ。死罪確定だったらしいぜ」
「へえー。死体もいらないって事はフィード伯爵としても顔を見たくないってことか」
「そうじゃね? 三男だか四男だかで、貴族的には価値がない癖に素行も悪くてフィード伯爵も頭が痛かったって聞いたことあるなぁ」

 ……まるで単なる雑談の様に、さきほど捨ててきた人間について、二人は話す。

 そう、魔力タンクの中に入っているのは魔力を持った人間、つまり元貴族たちである。既に死罪が確定している人間で、かつ、その家が死体の受け取りを拒否した犯罪者がこの魔力タンクとしてガゼッタ王国へ最後の『御奉公』をしているのだ。
 もちろん、死刑については滞りなく毒杯を賜ったと公表されるだけで、この様に使い方をされていると知る者はほんの一握りの貴族だけである。

 人間は魔力を消費しすぎると、命に危険が及ぶ。研究者たちはなるべく魔力タンクが長持ちするように中の人間が死なない程度の魔力供給量を定め、技術者たちは同じようにタンクの環境維持に毎日勤めていた。
 残念ながらそれでも魔力は無限に湧いてくるとはならず。結界発生装置を維持するための魔力を供給し続けるためにはどうしても相当な量が必要になるため、魔力タンク内の人間の魔力が回復するよりも供給量の方が上回ってしまっている現状があった。
 魔力が回復できなくなると、必要供給レベルに達することができなくなる。となれば、そのタンクは中身を新しい者に入れ替える必要が出てくる。その度に、彼らは不要になったタンクの中身を捨て、新しい中身を用意して魔力の供給が滞ることが無いように魔力タンクを維持しているのだ。

 二人は「次の6番タンクに入るのは誰だろう」とニヤニヤした笑いを浮かべながら予想をする。常に魔力タンク候補リストは更新されており、続々と罪を犯した貴族の名前が追加されている。

 この二人を含めた研究者も技術者も、知らないことがある。そのリストに記載された貴族の中には、死罪になるほどの罪を犯したわけでもなく、「立場の弱い者」「魔力が豊富な者」が多く含まれていることに。
 研究者や技術者は、後を継げずに平民となった貴族の子息や王立学園で優秀な成績を修めた平民がほとんどである。そんな彼らからすれば、貴族と言う存在は鼻持ちならないものであった。

 そんな貴族が罪を犯して、この様なただの道具に落ちぶれると言う。そこに薄暗い優越感を覚える研究者や技術者が少なくないのも事実である。

 二人が元の結界発生装置がある部屋に戻った時。新しい6番タンク担当の人間が運ばれてきた。今度は、少女のようだった。眠らされている少女は、目を覚ますことなく魔力タンクに入れられ、体中に魔力を吸い上げるためのパイプを装着されていく。

「うわーかわいそ、あの子何やらかしたんだか……」
「さあ? でもあんな子供じゃあ、6番タンクはまた寿命が短そうだなぁ」
「子供でも魔力が多い奴は多いって言うけどなー……それで言うと、1番から3番タンクはマジで優秀だよな? 今もトップレベルの供給量なんだろ?」

 6番タンクの準備作業を横目に、二人は足元のパイプを避けながら話題の1番、2番、3番タンクへと近づいた。タンクに備え付けられたモニタには、「本日確認済み」の札が掛かっており、3機とも合格の印が札にぶら下がっている。

「これ、3人ともあの有名なクランストン辺境伯一族らしいぜ」
「マジか! そりゃ優秀だわ……あそこって人外レベルの魔力量なんだっけ?」
「そうそう、一度だけ数値見たけどあれはヤバい、めっちゃヤバい」
「はー……そんな貴族様は一体何の罪なんだろうな?」

 その疑問に、男は「さあ?」と肩を竦めてみせた。クランストン辺境伯一族と言えば魔力の多さで有名ではあるが、辺境と言う立地故に社交も少なく、元貴族の二人ですら辺境伯の顔も見た覚えがない。見たことがあるのは、魔力量の数値と、魔力タンクに備え付けられたモニタに表示される数字のみ。

「おいお前らいつまでも喋ってないで手を動かせ!」

 部屋の反対側から雷が落ちて、二人は身を竦めた。限られた人間だけでこの魔力タンクの世話をするには、なかなか手が足りないのだ。いつまでもぺちゃくちゃお喋りをしている余裕はない。

 二人は揃って仕事道具を抱えて、それぞれの仕事へ戻って行った。



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このお話はラブコメの皮を被ったシリアスです
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