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【第一部】国家転覆編
14)第二回悪魔会談
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時は遡り、野暮用で抜け出していたドーヴィがどこで何をしていたかと言えば。
「よう、呼び出して悪いな」
「構わんさ」
幸運の悪魔ケチャと以前出会った塔の最上階で再び顔を合わせていたのだった。黒猫のケチャが顔を洗いながら、口を開く。
「そっちにも進展があった。おれにもいろいろ進展があった。擦り合わせといこうじゃないか」
「じゃあ俺の方から。天使どもについてだが――」
そうして、ドーヴィは天使マルコとの邂逅について語った。天使が静かにしている理由、この世界の事、マルコという天使について。
それらを最後まで聞いたケチャは「ふぅん」と言ってひげを撫でる。少しの間、目をぱちぱちとさせた後ににんまりとした笑みを浮かべた。
「それは実に良い情報だ。完璧なタイミングだよ、ドーヴィ」
「なんだなんだ? 何か面白い計画でも立てようっていうのか?」
「ククッ、計画はもう頭の中にある。お前の持ってきた情報で、さらに具体的になっただけだ」
そう言ってケチャは尻尾を数回、横に振った。尻尾の先からあふれた魔力が、前回の様に空中で世界地図を形作る。
「ドーヴィ、おれは頭脳戦が好きだ」
「知ってる。で、それが?」
「今回はなぁ、お前のところのやつと、おれが見繕ったやつと……上手い感じにパズルがカチッとはまる」
だからなんだよ、とドーヴィは焦れたように先を促した。ケチャは興奮すると回りくどい話し方をする悪癖がある。それだけ、ケチャは今、自分の脳内に描いた計画について興奮していた。猫の体、生えた毛が逆立って興奮を表す。
「ドーヴィとグレン少年がいるのはここ、ガゼッタ王国。おれが面白いオモチャを見つけたのが、ガゼッタ王国の隣のマスティリ帝国」
ケチャが前足でぽん、ぽん、と二か所叩くとそれぞれ色が変化した。ガゼッタ王国は赤色に。その隣の、マスティリ帝国はガゼッタ王国の何倍もの範囲を青色にする。
「……なんだか長くなりそうだな……」
「いいから聞け、ドーヴィ。全く、これだから脳筋は……」
「あーはいはいわかったわかった、続きをどうぞケチャ先生」
猫の唸り声を前に、ドーヴィは両手を挙げて降参の意を示した。早くグレンの元に帰りたくて仕方がないのだが、今夜のケチャ先生は話が長そうだ。
「ガゼッタ王国が領土を広げるために戦争を吹っ掛けていた、という話は覚えているな? もともと、このマスティリ帝国とガゼッタ王国の間には小国がいくつかあった。しかし、それらは全てガゼッタ王国に併合されている」
「それで?」
「領土を広げ続ける暴力的危険国家のガゼッタ王国と面することになったマスティリ帝国は、ガゼッタ王国を非常に警戒している」
黙って聞いていたドーヴィは首を傾げた。世界地図を見る限り、どう見てもガゼッタ王国とマスティリ帝国では国の規模が違う。マスティリ帝国から見て、ガゼッタ王国は格下なはずだ。多少の警戒をすることはあっても、そこまで強くするものだろうか?
「ガゼッタ王国ってそんなに強いのか?」
「ふむ。マスティリ帝国からしてみれば、強いとは言えないが、無視もできない、その程度だろう」
「じゃあなんでその程度な国を?」
「それは、マスティリ帝国側の問題だ。今、あの国は後継者問題で内部分裂している」
ケチャが前足で宙を引っ掻くと、マスティリ帝国が複数に色分けされた。ガゼッタ王国の何倍もあったはずの青色は、それぞれが小さくまとまり――ガゼッタ王国と、大して変わらない大きさになっている。
なるほど、そういうからくりか、と色分けされたマスティリ帝国を見てドーヴィは頷いた。全体としては巨大国家なマスティリ帝国も、内部分裂で分かれてしまえばガゼッタ王国と同程度の力しか持たない。
「もちろん、侵略戦争を吹っ掛けられれば、マスティリ帝国側も黙ってはいないだろうが……この内部分裂のせいで、場合によっては自分と対立する候補が治める地方程度なら、ガゼッタ王国に侵略されても良いとまで考えている奴もいる」
「あー……もしかして、わざと戦争に負けさせて、責任おっかぶせて、んでもって後継者争いからご退場願う、って感じ?」
「おお、よくわかったな。そういうことだ。マスティリ帝国中央は負けない。しかし、『地方は別に負けてもいい、むしろ負けて欲しい』と考えている派閥が複数あるのだ」
戦争になれば、当然死者が出る。それも、侵略戦争となれば一般市民への被害も大きい。死にはせずとも、ガゼッタ王国に奴隷として連れていかれる可能性もある。
それを、マスティリ帝国は後継者争いのちょうどよい小道具だと考えている。後継者争いに端を発した内部分裂はかなり深刻なようだった。
「大国家って、だいたいこーゆーところから崩壊するんだよな」
「ククッ、マスティリ帝国もそうなるかもしれんな?」
笑いながらケチャは世界地図を拡大し、マスティリ帝国のとある地方を大きく見えるようにした。ガゼッタ王国と国境を接するその地方に、ぼうっと人名が浮かび上がる。
「さて、ここまでが前提情報だ。ここからが本番」
長い、と文句を言おうかと思ったドーヴィだったが、ケチャが目をまん丸に見開いてふんふんと鼻を鳴らしていたのでとりあえず黙っておいた。興奮しているケチャの話が長いのはわかっていたことだし、変に話の腰を折って余計に回り道されると後が面倒くさい。
「おれが目をつけたのは、この第五王子・アルチェロ。こいつは今、後継者争いでは一歩出遅れた状態だ。そして、見ての通りガゼッタ王国と隣り合っている」
「ほーん。じゃあこいつが今から侵略戦争で生贄にされるってことか?」
「ああ、その通りだ。……だから、おれが、それを全部ひっくり返してやろうかと」
ケチャがそう言う時は、もう頭の中では盤面の終局まで描かれ切っている状態だ。ご愁傷様、とドーヴィは顔も知らぬマスティリ帝国の第五王子・アルチェロに合掌しておく。
幸運の悪魔・ケチャが好むのはジャイアントキリング、下剋上だ。もうすでに人生が詰んでいる人間に知恵を貸し、駒のごとく人間達を動かして、盤面を全てひっくり返しチェックメイト。
ケチャと契約を交わした人間は最下層からの大逆転劇を起こす。それはもう、周囲があり得ないと思うほどの奇跡と幸運に彩られたように見える大逆転。故に、ケチャの二つ名は『幸運の悪魔』なのだ。
ただ、ケチャが好きなのはその詰んでいる盤面のみ。契約した人間が本当に幸せになるのか、周囲の人間がどれだけ不幸になるのか、それはケチャの預かり知らぬところ。ケチャは幸運をもたらす黒猫ではない、ただの悪魔だ。
たまたま、ケチャが気に入った盤面に乗っていた人間が、多少のおこぼれを貰って幸せを掴むというだけのこと。
そして今、ガゼッタ王国とマスティリ帝国、その中の第五王子・アルチェロまでがケチャの気に入る盤面に乗っている状態。そこまでは、ドーヴィも理解した。
「……で、ひっくり返すのに、俺とグレンがどう関係するって?」
ケチャは「パズルがはまる」と言った。そういうからには、ドーヴィとグレンも盤上で重要な役目を持っているのだろう。その質問を待ってましたと言わんばかりにケチャは尻尾をぶんぶんと激しく揺らした。
「天使マルコはガゼッタ王国の王家と上位貴族が腐ってると言った。お前の話を聞く限り、天使としてそいつらを排除することも一度は考えた、だったな?」
「まあ、そんな感じだったと思う」
あの時、グレンを見捨てると宣言した天使マルコに腹が立ってちゃんと話の内容を聞かなかったとは言わないドーヴィだ。まあ、間違ってはないだろうと考えてケチャには黙っておく。
「つまり、ガゼッタ王国の王家と上位貴族をおれ達が手を回して排除しても天使は文句を言わないはずだ。あいつらの仕事をおれ達がやってやるだけだから」
「……ほう。そりゃあいい話だな、俺もそいつらは話だけ聞いて全員ぶっ殺すって決めてんだ」
がぜん、ドーヴィは話を聞く気が出てきた。自分の愛し子のグレンをあそこまで追い詰めた腐った人間どもを掃除できると言うなら、どんなケチャの長話でも聞いていられる。
「かといって、適当に排除したらそれはそれでガゼッタ王国が立ちいかなくなり、人間が路頭に迷う。そうなると天使は文句を言ってくるだろう」
「あいつらほんとめんどくせえな」
「そこで、だ。例のマスティリ帝国第五王子・アルチェロを使う」
ケチャが地図に新しく魔力を落とし、一本の線を引く。それはアルチェロから伸びてガゼッタ王国の中央にすとんと落ちた。
「アルチェロをガゼッタ王国の新しい王として、据えるんだ。どうせあいつはマスティリ帝国内の後継者争いで勝てるわけがない。だとしたら、マスティリ帝国を脱出するしかないわけで……」
「その先がガゼッタ王国ってわけか。アルチェロを使ってガゼッタ王国の王家と上位貴族を完全排除し、ガゼッタ王国そのものを消滅させる」
「そういうことだ。まあ、アルチェロがそのまま国を独立させるか、マスティリ帝国に併合させるかは……状況次第だな」
王族であるアルチェロが生き残るためには、どこかの国に婿入りするか、せめて国内の高位貴族と婚姻を結ぶしかない。今は地方を任されているとは言え、それはあくまでも『王子として』任されているに過ぎなかった。つまり、兄弟が王に就けば、当然アルチェロは目障りな王族として真っ先に王宮から排除される。
そこに目をつけたのがケチャだ。アルチェロの人生はほぼ詰んでいる。ここから、彼を一発逆転させるためには――別の国の王になる。それしかない、いや、そうしたらケチャとしては最高に面白いショーになる、と考えたのだ。
「アルチェロをガゼッタ王国の新しい王にする。これが目標だ。あとは、どうやってガゼッタ王国の王家と上位貴族を排除するか、という話だが……」
そこまで言ってケチャはにんまりと笑いながらドーヴィの顔を見た。どうやら自分もケチャの描く盤面の上で一つの駒になっているらしい、とドーヴィは理解して肩をすくめる。
「俺は何をすればいい?」
「お前のところのグレン少年を焚きつけて、王家に反逆させろ」
「は……は?」
「王家と上位貴族を排除、つまり殺すためには大義名分が必要だ。残念ながら、今のアルチェロにはそれがない。ガゼッタ王国が侵略して来ればあるいは、と言ったところだが、それを待つ前にあいつ、毒殺でもされそうでな」
固まったドーヴィを他所に、ケチャは滔々と語る。語り続ける。
「幸いにしてグレン少年には王家に反旗を翻す十分な事情も理由もある。ついでに武闘派のお前がいれば、内紛になっても負けはしないだろう」
「そりゃまあ、人間なんてどれだけいようが俺は勝てるが。勝てるが……」
あのグレンに、反逆をさせる。確かに、グレンが一言命じてくれればドーヴィはすぐにでもグレンに仇なす王家も上位貴族も、全て抹殺するつもりだ。
だが、あの、心優しくて、自己犠牲ばかりで、領主の仕事で毎日限界いっぱいいっぱいで、人を殺したことすらなさそうなグレンに反逆をさせる。それが本当にグレンのためになるのか。
ドーヴィはケチャの計画に、すぐに頷くことができなかった。
それを察したケチャはつまらなそうに鼻を鳴らしながらも、宙に描いた世界地図をかき消す。
「悪い話ではないが、まあ、グレン少年の様な子供が自分にとっての絶対的な存在である王家に反逆すると言うのも、心の準備が必要なことだろう」
「いやいや、心の準備とかで済む話か?」
「そこを何とかするのがお前の役目だ、ドーヴィ」
「いやいやいやいやいや、勝手に役目振るなよ」
顔の前で手を振るドーヴィ。それを見て、ケチャは窓枠に飛び乗ってドーヴィの顔を覗き込んだ。
「お前が首を縦に振れば、グレン少年もアルチェロも助かるんだぞ? 全部丸く収まる。いい話じゃないか」
「それはそうだが……グレンにそれをやらせるってのは、なあ……」
「……お前がしっかりフォローしてやれば、何も問題はないと思うがな」
そういうもんか、とドーヴィは首をひねった。どうにも、愛と性の悪魔ドーヴィは気に入った契約主に対して過保護が過ぎる。
「おれはアルチェロと準備を進める。お前が頷くなら、アルチェロとグレン少年を組ませて反乱軍を起こそう。……まあ、お前たちがこの計画に乗らなければアルチェロは別の国の乗っ取りでもさせるさ」
「……そうか」
「ドーヴィ。これはチャンスだ。グレン少年にとっては最初で最後のチャンスかもしれない。……良く考えることだ」
満月の浮かぶ夜を背に、ケチャが厳かに言う。光る金色の瞳は、ドーヴィの悩みを見透かしているようだった。
「色よい返事を待っているぞ、ドーヴィ」
そう言って、ケチャは颯爽と夜に体を溶かして消えていった。
---
ようやくタイトル回収できそうです
たぶんお話も折り返し
最近、1話単位が長くて申し訳ないです
ところで近況ボードで18禁な話をしても良いのだろうか
私はもう早くドーヴィとグレンのアレソレを書きたくて仕方がないのです
「よう、呼び出して悪いな」
「構わんさ」
幸運の悪魔ケチャと以前出会った塔の最上階で再び顔を合わせていたのだった。黒猫のケチャが顔を洗いながら、口を開く。
「そっちにも進展があった。おれにもいろいろ進展があった。擦り合わせといこうじゃないか」
「じゃあ俺の方から。天使どもについてだが――」
そうして、ドーヴィは天使マルコとの邂逅について語った。天使が静かにしている理由、この世界の事、マルコという天使について。
それらを最後まで聞いたケチャは「ふぅん」と言ってひげを撫でる。少しの間、目をぱちぱちとさせた後ににんまりとした笑みを浮かべた。
「それは実に良い情報だ。完璧なタイミングだよ、ドーヴィ」
「なんだなんだ? 何か面白い計画でも立てようっていうのか?」
「ククッ、計画はもう頭の中にある。お前の持ってきた情報で、さらに具体的になっただけだ」
そう言ってケチャは尻尾を数回、横に振った。尻尾の先からあふれた魔力が、前回の様に空中で世界地図を形作る。
「ドーヴィ、おれは頭脳戦が好きだ」
「知ってる。で、それが?」
「今回はなぁ、お前のところのやつと、おれが見繕ったやつと……上手い感じにパズルがカチッとはまる」
だからなんだよ、とドーヴィは焦れたように先を促した。ケチャは興奮すると回りくどい話し方をする悪癖がある。それだけ、ケチャは今、自分の脳内に描いた計画について興奮していた。猫の体、生えた毛が逆立って興奮を表す。
「ドーヴィとグレン少年がいるのはここ、ガゼッタ王国。おれが面白いオモチャを見つけたのが、ガゼッタ王国の隣のマスティリ帝国」
ケチャが前足でぽん、ぽん、と二か所叩くとそれぞれ色が変化した。ガゼッタ王国は赤色に。その隣の、マスティリ帝国はガゼッタ王国の何倍もの範囲を青色にする。
「……なんだか長くなりそうだな……」
「いいから聞け、ドーヴィ。全く、これだから脳筋は……」
「あーはいはいわかったわかった、続きをどうぞケチャ先生」
猫の唸り声を前に、ドーヴィは両手を挙げて降参の意を示した。早くグレンの元に帰りたくて仕方がないのだが、今夜のケチャ先生は話が長そうだ。
「ガゼッタ王国が領土を広げるために戦争を吹っ掛けていた、という話は覚えているな? もともと、このマスティリ帝国とガゼッタ王国の間には小国がいくつかあった。しかし、それらは全てガゼッタ王国に併合されている」
「それで?」
「領土を広げ続ける暴力的危険国家のガゼッタ王国と面することになったマスティリ帝国は、ガゼッタ王国を非常に警戒している」
黙って聞いていたドーヴィは首を傾げた。世界地図を見る限り、どう見てもガゼッタ王国とマスティリ帝国では国の規模が違う。マスティリ帝国から見て、ガゼッタ王国は格下なはずだ。多少の警戒をすることはあっても、そこまで強くするものだろうか?
「ガゼッタ王国ってそんなに強いのか?」
「ふむ。マスティリ帝国からしてみれば、強いとは言えないが、無視もできない、その程度だろう」
「じゃあなんでその程度な国を?」
「それは、マスティリ帝国側の問題だ。今、あの国は後継者問題で内部分裂している」
ケチャが前足で宙を引っ掻くと、マスティリ帝国が複数に色分けされた。ガゼッタ王国の何倍もあったはずの青色は、それぞれが小さくまとまり――ガゼッタ王国と、大して変わらない大きさになっている。
なるほど、そういうからくりか、と色分けされたマスティリ帝国を見てドーヴィは頷いた。全体としては巨大国家なマスティリ帝国も、内部分裂で分かれてしまえばガゼッタ王国と同程度の力しか持たない。
「もちろん、侵略戦争を吹っ掛けられれば、マスティリ帝国側も黙ってはいないだろうが……この内部分裂のせいで、場合によっては自分と対立する候補が治める地方程度なら、ガゼッタ王国に侵略されても良いとまで考えている奴もいる」
「あー……もしかして、わざと戦争に負けさせて、責任おっかぶせて、んでもって後継者争いからご退場願う、って感じ?」
「おお、よくわかったな。そういうことだ。マスティリ帝国中央は負けない。しかし、『地方は別に負けてもいい、むしろ負けて欲しい』と考えている派閥が複数あるのだ」
戦争になれば、当然死者が出る。それも、侵略戦争となれば一般市民への被害も大きい。死にはせずとも、ガゼッタ王国に奴隷として連れていかれる可能性もある。
それを、マスティリ帝国は後継者争いのちょうどよい小道具だと考えている。後継者争いに端を発した内部分裂はかなり深刻なようだった。
「大国家って、だいたいこーゆーところから崩壊するんだよな」
「ククッ、マスティリ帝国もそうなるかもしれんな?」
笑いながらケチャは世界地図を拡大し、マスティリ帝国のとある地方を大きく見えるようにした。ガゼッタ王国と国境を接するその地方に、ぼうっと人名が浮かび上がる。
「さて、ここまでが前提情報だ。ここからが本番」
長い、と文句を言おうかと思ったドーヴィだったが、ケチャが目をまん丸に見開いてふんふんと鼻を鳴らしていたのでとりあえず黙っておいた。興奮しているケチャの話が長いのはわかっていたことだし、変に話の腰を折って余計に回り道されると後が面倒くさい。
「おれが目をつけたのは、この第五王子・アルチェロ。こいつは今、後継者争いでは一歩出遅れた状態だ。そして、見ての通りガゼッタ王国と隣り合っている」
「ほーん。じゃあこいつが今から侵略戦争で生贄にされるってことか?」
「ああ、その通りだ。……だから、おれが、それを全部ひっくり返してやろうかと」
ケチャがそう言う時は、もう頭の中では盤面の終局まで描かれ切っている状態だ。ご愁傷様、とドーヴィは顔も知らぬマスティリ帝国の第五王子・アルチェロに合掌しておく。
幸運の悪魔・ケチャが好むのはジャイアントキリング、下剋上だ。もうすでに人生が詰んでいる人間に知恵を貸し、駒のごとく人間達を動かして、盤面を全てひっくり返しチェックメイト。
ケチャと契約を交わした人間は最下層からの大逆転劇を起こす。それはもう、周囲があり得ないと思うほどの奇跡と幸運に彩られたように見える大逆転。故に、ケチャの二つ名は『幸運の悪魔』なのだ。
ただ、ケチャが好きなのはその詰んでいる盤面のみ。契約した人間が本当に幸せになるのか、周囲の人間がどれだけ不幸になるのか、それはケチャの預かり知らぬところ。ケチャは幸運をもたらす黒猫ではない、ただの悪魔だ。
たまたま、ケチャが気に入った盤面に乗っていた人間が、多少のおこぼれを貰って幸せを掴むというだけのこと。
そして今、ガゼッタ王国とマスティリ帝国、その中の第五王子・アルチェロまでがケチャの気に入る盤面に乗っている状態。そこまでは、ドーヴィも理解した。
「……で、ひっくり返すのに、俺とグレンがどう関係するって?」
ケチャは「パズルがはまる」と言った。そういうからには、ドーヴィとグレンも盤上で重要な役目を持っているのだろう。その質問を待ってましたと言わんばかりにケチャは尻尾をぶんぶんと激しく揺らした。
「天使マルコはガゼッタ王国の王家と上位貴族が腐ってると言った。お前の話を聞く限り、天使としてそいつらを排除することも一度は考えた、だったな?」
「まあ、そんな感じだったと思う」
あの時、グレンを見捨てると宣言した天使マルコに腹が立ってちゃんと話の内容を聞かなかったとは言わないドーヴィだ。まあ、間違ってはないだろうと考えてケチャには黙っておく。
「つまり、ガゼッタ王国の王家と上位貴族をおれ達が手を回して排除しても天使は文句を言わないはずだ。あいつらの仕事をおれ達がやってやるだけだから」
「……ほう。そりゃあいい話だな、俺もそいつらは話だけ聞いて全員ぶっ殺すって決めてんだ」
がぜん、ドーヴィは話を聞く気が出てきた。自分の愛し子のグレンをあそこまで追い詰めた腐った人間どもを掃除できると言うなら、どんなケチャの長話でも聞いていられる。
「かといって、適当に排除したらそれはそれでガゼッタ王国が立ちいかなくなり、人間が路頭に迷う。そうなると天使は文句を言ってくるだろう」
「あいつらほんとめんどくせえな」
「そこで、だ。例のマスティリ帝国第五王子・アルチェロを使う」
ケチャが地図に新しく魔力を落とし、一本の線を引く。それはアルチェロから伸びてガゼッタ王国の中央にすとんと落ちた。
「アルチェロをガゼッタ王国の新しい王として、据えるんだ。どうせあいつはマスティリ帝国内の後継者争いで勝てるわけがない。だとしたら、マスティリ帝国を脱出するしかないわけで……」
「その先がガゼッタ王国ってわけか。アルチェロを使ってガゼッタ王国の王家と上位貴族を完全排除し、ガゼッタ王国そのものを消滅させる」
「そういうことだ。まあ、アルチェロがそのまま国を独立させるか、マスティリ帝国に併合させるかは……状況次第だな」
王族であるアルチェロが生き残るためには、どこかの国に婿入りするか、せめて国内の高位貴族と婚姻を結ぶしかない。今は地方を任されているとは言え、それはあくまでも『王子として』任されているに過ぎなかった。つまり、兄弟が王に就けば、当然アルチェロは目障りな王族として真っ先に王宮から排除される。
そこに目をつけたのがケチャだ。アルチェロの人生はほぼ詰んでいる。ここから、彼を一発逆転させるためには――別の国の王になる。それしかない、いや、そうしたらケチャとしては最高に面白いショーになる、と考えたのだ。
「アルチェロをガゼッタ王国の新しい王にする。これが目標だ。あとは、どうやってガゼッタ王国の王家と上位貴族を排除するか、という話だが……」
そこまで言ってケチャはにんまりと笑いながらドーヴィの顔を見た。どうやら自分もケチャの描く盤面の上で一つの駒になっているらしい、とドーヴィは理解して肩をすくめる。
「俺は何をすればいい?」
「お前のところのグレン少年を焚きつけて、王家に反逆させろ」
「は……は?」
「王家と上位貴族を排除、つまり殺すためには大義名分が必要だ。残念ながら、今のアルチェロにはそれがない。ガゼッタ王国が侵略して来ればあるいは、と言ったところだが、それを待つ前にあいつ、毒殺でもされそうでな」
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「幸いにしてグレン少年には王家に反旗を翻す十分な事情も理由もある。ついでに武闘派のお前がいれば、内紛になっても負けはしないだろう」
「そりゃまあ、人間なんてどれだけいようが俺は勝てるが。勝てるが……」
あのグレンに、反逆をさせる。確かに、グレンが一言命じてくれればドーヴィはすぐにでもグレンに仇なす王家も上位貴族も、全て抹殺するつもりだ。
だが、あの、心優しくて、自己犠牲ばかりで、領主の仕事で毎日限界いっぱいいっぱいで、人を殺したことすらなさそうなグレンに反逆をさせる。それが本当にグレンのためになるのか。
ドーヴィはケチャの計画に、すぐに頷くことができなかった。
それを察したケチャはつまらなそうに鼻を鳴らしながらも、宙に描いた世界地図をかき消す。
「悪い話ではないが、まあ、グレン少年の様な子供が自分にとっての絶対的な存在である王家に反逆すると言うのも、心の準備が必要なことだろう」
「いやいや、心の準備とかで済む話か?」
「そこを何とかするのがお前の役目だ、ドーヴィ」
「いやいやいやいやいや、勝手に役目振るなよ」
顔の前で手を振るドーヴィ。それを見て、ケチャは窓枠に飛び乗ってドーヴィの顔を覗き込んだ。
「お前が首を縦に振れば、グレン少年もアルチェロも助かるんだぞ? 全部丸く収まる。いい話じゃないか」
「それはそうだが……グレンにそれをやらせるってのは、なあ……」
「……お前がしっかりフォローしてやれば、何も問題はないと思うがな」
そういうもんか、とドーヴィは首をひねった。どうにも、愛と性の悪魔ドーヴィは気に入った契約主に対して過保護が過ぎる。
「おれはアルチェロと準備を進める。お前が頷くなら、アルチェロとグレン少年を組ませて反乱軍を起こそう。……まあ、お前たちがこの計画に乗らなければアルチェロは別の国の乗っ取りでもさせるさ」
「……そうか」
「ドーヴィ。これはチャンスだ。グレン少年にとっては最初で最後のチャンスかもしれない。……良く考えることだ」
満月の浮かぶ夜を背に、ケチャが厳かに言う。光る金色の瞳は、ドーヴィの悩みを見透かしているようだった。
「色よい返事を待っているぞ、ドーヴィ」
そう言って、ケチャは颯爽と夜に体を溶かして消えていった。
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ようやくタイトル回収できそうです
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