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本編
42)親心
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家族に続いて騎士団長のフレッドにも、料理長のオットーにも。グレンはそれぞれドーヴィの正体を明かした。
フレッドもオットーも「悪魔」という単語には目を丸くして反応したが、特にそれ以上の反応はなかった。
「もうちょっと忌避感持ってくれてもいいんだがな……」
すんなり受け入れられて有難い反面、どこか腑に落ちないものを感じるドーヴィだ。召喚者自体が喜ぶならとにかく、周囲の人間は怯えたり、焦ったり、そういう反応をするのが普通だとばかり思っていたのだが……。
「いいじゃないか、変な揉めごとにならなくて」
「そりゃそうだけどな。なんつーか、さすがクランストン辺境家に長年勤めてるだけあると言うか何というか」
「ふふん、フレッドもオットーも素晴らしい使用人だろう?」
お前が威張るのか、と言いたかったドーヴィはとりあえず堪えて、グレンの頭をぽんぽんとリズミカルに叩いておいた。グレンはくすぐったそうに首を竦めている。
今日は一日中、様々な人と語り尽くしたおかげなのか、グレンの顔色は非常に良い。表情も柔らかく、いつもより幼い顔つきで片目をくるりくるりと動かす姿は実に愛らしかった。
(まあたぶん明日は熱出して寝込むだろうけどな)
もはや一級ベビーシッターのドーヴィには、これだけはしゃいだグレンがこれまでの疲労の反動で寝込むだろうことまで余裕で予測できる。今までは発熱しても魔法だの解熱剤だので誤魔化してきたが……たまには自然治癒に任せるのも良いだろう。
辺境家なら、ドーヴィ以外にもたくさんの人がグレンを守ってくれる。だから、安心してベッドの住人になれば良い。
「それで、明日の予定はどうなっているんだ?」
「うむ。明日は朝から主に姉上と辺境領の運営について打ち合わせをする予定だ。それから、騎士団にも顔を出して、時間があれば城下町に視察に向かう事になっている」
「わかった。どちらもそう急ぎじゃないんだろうな?」
「ああ。僕の体を休めるのも目的の一つだから……ゆったりとしたスケジュールになっているはずだ」
グレンから予定を聞いて、ドーヴィは頷いた。王都にいる際はドーヴィがスケジュール管理をしていたが、辺境に帰ってきたのならグレン自身がやりたいように予定を組めば良い。
しかも休暇として帰ってきているのだから、スケジュールを詰め込む必要も無かった。王都にいたら次から次へと仕事が突っ込まれていたものだが……辺境領ならば、グレン以外に父のイーサンも兄のレオンもいる。仕事は上手く執事のアーノルドが分散させるだろう。
「じゃ、明日に向けて良い子はねんねの時間だな」
普段より相当早い時間であるが、グレンは既に寝着に着替えており、ベッドに入っている。ドーヴィはグレンを違う意味で押し倒して、毛布を肩まで掛けた。
「……思うのだが、ドーヴィのその言い方のせいで『子守の悪魔』になったのではないか?」
「……うるせえ」
痛いところを突かれてドーヴィはグレンの唇をむにっと摘まんだ。摘ままれた唇から抗議の唸り声が聞こえる。
実際のところ、そういう言動が多いから『子守の悪魔』になったのか、『子守の悪魔』だからその二つ名にドーヴィの言動が引っ張られているのか、それは謎のままだ。あの辺のシステムの詳細な仕様は、恐らく創造神しか知らないだろう。
もしかしたら創造神も把握していないかもしれないが。創った後にどう成長して進化していくか、それらを観察して楽しむのもあの創造神の趣味だから。
「俺はちょいと辺境領全体について軽く見回りしてくるから。お前は寝とけ。何かあったらベルを鳴らせばじいやかばあやが飛んできてくれるだろ?」
「……わかった。お前も、見回りを終えたら早く戻ってこい」
「契約主の仰せのままに」
少しだけ横にずれて、ベッドにドーヴィが入るだけの隙間を空けたグレンを見て、ドーヴィはふっと笑いを零した。そのまま、額におやすみのキスをしてから、恒例の軽微な睡眠魔法をかける。
やはり日中にはしゃぎ回って疲れていたのか、グレンはすぐに寝息を立て始めた。
「……さて」
ドーヴィは腰かけていたベッドから立ち上がり、静かに退室する。扉に立っていた見知った顔の護衛騎士にグレンが寝付いた事を伝え、異常があったらすぐに自分を読んで欲しいとも頼んでおいた。
……護衛騎士が立っているのは、グレンを守るためではなく、グレンから他の人間を守るためだ。要は、監視である。
というのも、既にグレンが魔力漏出を何度か王都で繰り替えし、魔力について不安定であるということは父のイーサンにも伝えられている。
さらに言えば、反乱前にも夜に魘されたグレンによる魔力暴走を止めるのは、ドーヴィの役目だった。魔力譲渡を行えるのが、ドーヴィしかいなかったからだ。
故に、護衛騎士もドーヴィの依頼を二つ返事で引き受けた。今は一人だが、ドーヴィがグレンの部屋を離れたことでもう一人、騎士が追加されるだろう。何かあった場合に、ドーヴィを呼びに行くための人員。
(やれやれ、ただ発熱して寝込むだけで済んで欲しいところだが)
そう心の中でため息をつきつつ、ドーヴィが向かった先は……グレンの両親の、寝室だった。扉の前で待っていた使用人がドーヴィに会釈し、室内の住人に来訪を告げる。
室内に招かれたドーヴィを置いて、使用人は引き上げていった。ドーヴィの目の前には、グレンの両親であるイーサンとエリザベスが。人払いも済んで、密談をする気満々だ。
「さあ、誰もいなくなったから、君も楽にして欲しい」
どうぞ、とイーサンに言われ、ドーヴィは用意されていたソファへと座る。目の前にあるのは茶……ではなく、酒の様だった。ほのかに色付き、アルコール独特の香りが鼻をくすぐる。
「悪魔も酒は飲めるだろう?」
「ああ、酔いはしないが……悪くない」
ドーヴィは勧められるがままに、一口を口に含んで味わってから飲み込んだ。なかなか良い酒のようだ。
ドーヴィが飲んだのを確認してから、イーサンもグラスに手を付ける。母親のエリザベスは、穏やかに微笑んでいるだけだ。
「グレンはもう寝たのか?」
「少し早いが、もう寝かせた。……明日は、たぶん熱を出すと思うぜ」
「あの子ったら、はしゃぎすぎたのね」
おっとりとエリザベスが笑う。親から見ても、今日のグレンはだいぶテンションが高く見えたのだろう。
それはそれで、今のグレンにはとても良い事だ。反動が発熱であっても、年相応どころか失われた数年を取り戻すためにも必要な事である。
「……で、俺だけを呼び出したのは?」
「ハハハ、貴族らしい言い回しは嫌いかい、ドーヴィ君。まあ、私達もそう言ったモノは苦手だがね」
イーサンはそう笑った後に、ドーヴィと目を合わせた。表情こそ穏やかな笑みを浮かべているが、その眼差しは真剣であり、鋭さを持っている。
(辺境伯としてあのクソッタレ共と長年渡り合って来ただけあるな)
グレンがまだ持っていない、貴族としての貫禄。ドーヴィは素直にイーサンの事を称賛した。
「はっきり言ってしまえば、今日の日中に聞けなかったことを聞きたいのだよ。君の話しぶりを見ていたが、本当に話せない事以外に、隠しておきたい事、もあったのだろう」
「ご名答。さすがだな」
「悪魔のお褒めに預かり光栄だよ」
イーサンは軽くグラスを掲げる。ドーヴィはにやりと笑って、自らもグラスを掲げて軽くぶつけた。ガラス同士がぶつかる、チンという軽い音が響く。そのまま、お互いに一口を胃に納めた。
「もちろん、拒否権は君にある。我々としても、ドーヴィ君とは今後も良い関係を築いていきたいからね」
「ふふふ、あの子があんなに懐いているのだもの、これからもグレンをよろしくお願いしますわ」
イーサンの言葉にドーヴィが片眉を上げるより早く、エリザベスがフォローに入る。歴戦の貴族は、夫婦としても阿吽の呼吸はばっちりの様だ。
ドーヴィは、グレンに召喚され、グレンと契約を結んだ。そして、グレンが「自分以外の大切な人々も守って欲しい、それが自分の幸せである」と願ったから、ドーヴィはクランストン辺境家やアルチェロに力を貸しているに過ぎない。
それを履き違えられて、ドーヴィの力を当てにされても困る。困る、というのは穏当な表現なだけで合って、時と場合と言い方によっては容赦なく叩き斬るものだ。もちろん、物理の方で。
それを、エリザベスは敏感に察知して夫の言葉をフォローしたのだろう。ドーヴィそこまで明確に読み取って、一つ、頷いた。
イーサンもその話の流れに気づいたようで、居住まいを正す。貴族としての本能で、使える人材は懐に抱き込もうとしただけなのだろう。
「私達も公爵にはなるが、アルチェロ陛下とグレンの事は今後も変わらず支えていくつもりだ。……そして、貴族としてではなく、ただ一人の……いや、二人の親として、君に聞きたい」
「なんだ? 答えられるものなら、答えよう」
ドーヴィは鼻で笑いながらイーサンの言葉を聞き入れた。ドーヴィが仕えるのはグレンにだけであり、他の人間には興味もなければ対応する義理もない。それでも、イーサンがグレンの親として、と言うならドーヴィも答えてやろうという気にもなる。
「グレンと君の契約……報酬は魔力だと言っていたが、本当は違うのだろう? 何を、グレンに望んだ?」
「おっと、それが気になるか」
さきほどまでの穏やかな雰囲気を消し、イーサンが真摯な声でそう尋ねた。おっとりと微笑んでいたエリザベスも、顔を引き締めてドーヴィを見つめる。
「ええ、気になりますわ。古来より、悪魔という存在は人間の魂を食らい尽くし、地獄へと連れ込むと言われているのだもの。……もし、あの子の魂を望んだと言うのなら……」
「私達で、許してもらえないだろうか、と思ってね。あの子は、よく頑張ってきたし、これからの人生も長い。それを、摘み取られてしまうのは、親としてこれほどにない悲しみなのだよ」
そう言ったイーサンは、肩を落として震える妻・エリザベスの肩を抱き寄せた。エリザベスも細く華奢な手をイーサンの腕に重ね、身を預ける。
二人からは、悲壮感が漂いつつも、息子を守ってみせると言う強い意思も感じ取ることができた。
で。
それを言われたドーヴィは。
――普通に頭を抱えていた!
(そうかそう来たかそうだよなこれが悪魔に対する普通の反応だよな!)
そう、悪魔とは本来、怖い存在であり人間の敵であるはずなのだ。悪魔の甘言に乗ってしまえば、その人間は天国へ行くことも叶わず、地獄に墜ちるとされている。
実際のところ、悪魔の臭いが付いた魂を洗浄するのが面倒なのと、悪魔の介入によって世界が大混乱に陥ることが多いゆえに天使が作った逸話なだけで、普通に魂自体は回収されることが多い。天国も地獄も、この世界には存在していないのだ。
が、それを正直に説明するわけにもいかず。さらに言えば、グレンの魂は普通の悪魔契約とも違う形でドーヴィの色に染まっている。その状態で二人が言う「天国」に行けるかと言われれば……ドーヴィにもわからなかった。それは実際に回収した天使にしかわからないだろう。
「どうなのだ、ドーヴィ君。重ね重ね言うが、私達としてはこれからもグレンの事を君に預けたいと思っている。だが、魂を刈り取るとなれば……」
最後まで言わず、イーサンはドーヴィを睨みつけるようにして全身から魔力を発した。漏出ではない、自分の意思で魔力そのものを解き放っているのだ。
普通の人間に対すれば、大した威嚇行動だろう。魔力に免疫のない平民や魔力無しであれば、これだけでひれ伏して許しを請うほどの濃厚な魔力。
とは言え、それはやはり普通の人間に対して、というだけで、悪魔のドーヴィにはささやかなそよ風にもならない。ドーヴィはわざと手を払う仕草をして、イーサンの魔力をあっという間にかき消した。
「そう意気込んでいるところ悪いが、人間に悪魔は討伐できないと思ってくれ。やるなら、国を挙げて、それこそ教会の全力をもって対応して貰わないとな。それでも悪魔を祓えるかどうかはわからないぞ」
渾身の威嚇だったらしい魔力の放出をあっさりと消され、イーサンは悔しそうに唇を噛んだ。エリザベスもそのイーサンに寄り添い、ドーヴィを仇のように睨みつける。
ドーヴィは肩を竦め、優雅に酒を飲んだ後に口を開いた。……と言うか、時間稼ぎでもしないとどう説明したものか、となかなかまとまらないのだ。
「まあ、落ち着け、俺もグレンを悪いようにはしないし、グレンの大切な家族であるアンタ達と敵対するつもりはない」
「……そうか、その言葉を信じよう」
「ああ、信じてくれ。それでだな、俺にも人間に話せる事、話せない事があるのは日中に言った通りで……」
そう言いつつ、ドーヴィは腕を組んで唸る。さてはて、どこまで話したものか……もういっそ全部バラすか?
固唾を飲んでドーヴィの結論を見守る二人を見ていると、それでも良い気がしてくる。
悪魔の契約は基本的に他人にはバラさないものだ。なぜなら、それが教会に伝われば「悪魔祓い」の儀式に使われてしまうからだ。
もちろん、天使の監視により、ドーヴィがグレンとどのような契約を結んでいるかはある程度把握はされているだろう。それでも、創造神の定めた規則により、天使は悪魔と人間の契約に口を出すことはできない。
そして契約を破棄し、人間を悪魔から救うためには、やはり人間の力が必要だ。人間が教会という天使に悪魔祓いを依頼し、悪魔の契約内容を伝える事により、天使はようやく契約を横から打ち消すことができる。
教会が熱心に悪魔は悪しき存在であり、常に密告を待っている、と喧伝する理由もこれだ。この世界は人間が主体であり、人間が介在しない限り悪魔と天使の直接対決は実現しない。
(んで、その人間を使った悪魔と天使の争いを創造神は今日も楽しんでいる、と)
それが創造神。悪魔と天使。この世界の理。
創造神が楽しむためだけに、この世界は存在している。
悪魔として自由に生きることを選択したドーヴィにとっては、創造神すらも目の上のたんこぶでしかないが、それはとにかくとして。余計なところに飛んだ思考を戻しつつ、ドーヴィは腹を括る。
--
やはり名前を付けるとキャラクターが生き生きしてきますね!
もうしばらく健全なお話は続きますぞ
フレッドもオットーも「悪魔」という単語には目を丸くして反応したが、特にそれ以上の反応はなかった。
「もうちょっと忌避感持ってくれてもいいんだがな……」
すんなり受け入れられて有難い反面、どこか腑に落ちないものを感じるドーヴィだ。召喚者自体が喜ぶならとにかく、周囲の人間は怯えたり、焦ったり、そういう反応をするのが普通だとばかり思っていたのだが……。
「いいじゃないか、変な揉めごとにならなくて」
「そりゃそうだけどな。なんつーか、さすがクランストン辺境家に長年勤めてるだけあると言うか何というか」
「ふふん、フレッドもオットーも素晴らしい使用人だろう?」
お前が威張るのか、と言いたかったドーヴィはとりあえず堪えて、グレンの頭をぽんぽんとリズミカルに叩いておいた。グレンはくすぐったそうに首を竦めている。
今日は一日中、様々な人と語り尽くしたおかげなのか、グレンの顔色は非常に良い。表情も柔らかく、いつもより幼い顔つきで片目をくるりくるりと動かす姿は実に愛らしかった。
(まあたぶん明日は熱出して寝込むだろうけどな)
もはや一級ベビーシッターのドーヴィには、これだけはしゃいだグレンがこれまでの疲労の反動で寝込むだろうことまで余裕で予測できる。今までは発熱しても魔法だの解熱剤だので誤魔化してきたが……たまには自然治癒に任せるのも良いだろう。
辺境家なら、ドーヴィ以外にもたくさんの人がグレンを守ってくれる。だから、安心してベッドの住人になれば良い。
「それで、明日の予定はどうなっているんだ?」
「うむ。明日は朝から主に姉上と辺境領の運営について打ち合わせをする予定だ。それから、騎士団にも顔を出して、時間があれば城下町に視察に向かう事になっている」
「わかった。どちらもそう急ぎじゃないんだろうな?」
「ああ。僕の体を休めるのも目的の一つだから……ゆったりとしたスケジュールになっているはずだ」
グレンから予定を聞いて、ドーヴィは頷いた。王都にいる際はドーヴィがスケジュール管理をしていたが、辺境に帰ってきたのならグレン自身がやりたいように予定を組めば良い。
しかも休暇として帰ってきているのだから、スケジュールを詰め込む必要も無かった。王都にいたら次から次へと仕事が突っ込まれていたものだが……辺境領ならば、グレン以外に父のイーサンも兄のレオンもいる。仕事は上手く執事のアーノルドが分散させるだろう。
「じゃ、明日に向けて良い子はねんねの時間だな」
普段より相当早い時間であるが、グレンは既に寝着に着替えており、ベッドに入っている。ドーヴィはグレンを違う意味で押し倒して、毛布を肩まで掛けた。
「……思うのだが、ドーヴィのその言い方のせいで『子守の悪魔』になったのではないか?」
「……うるせえ」
痛いところを突かれてドーヴィはグレンの唇をむにっと摘まんだ。摘ままれた唇から抗議の唸り声が聞こえる。
実際のところ、そういう言動が多いから『子守の悪魔』になったのか、『子守の悪魔』だからその二つ名にドーヴィの言動が引っ張られているのか、それは謎のままだ。あの辺のシステムの詳細な仕様は、恐らく創造神しか知らないだろう。
もしかしたら創造神も把握していないかもしれないが。創った後にどう成長して進化していくか、それらを観察して楽しむのもあの創造神の趣味だから。
「俺はちょいと辺境領全体について軽く見回りしてくるから。お前は寝とけ。何かあったらベルを鳴らせばじいやかばあやが飛んできてくれるだろ?」
「……わかった。お前も、見回りを終えたら早く戻ってこい」
「契約主の仰せのままに」
少しだけ横にずれて、ベッドにドーヴィが入るだけの隙間を空けたグレンを見て、ドーヴィはふっと笑いを零した。そのまま、額におやすみのキスをしてから、恒例の軽微な睡眠魔法をかける。
やはり日中にはしゃぎ回って疲れていたのか、グレンはすぐに寝息を立て始めた。
「……さて」
ドーヴィは腰かけていたベッドから立ち上がり、静かに退室する。扉に立っていた見知った顔の護衛騎士にグレンが寝付いた事を伝え、異常があったらすぐに自分を読んで欲しいとも頼んでおいた。
……護衛騎士が立っているのは、グレンを守るためではなく、グレンから他の人間を守るためだ。要は、監視である。
というのも、既にグレンが魔力漏出を何度か王都で繰り替えし、魔力について不安定であるということは父のイーサンにも伝えられている。
さらに言えば、反乱前にも夜に魘されたグレンによる魔力暴走を止めるのは、ドーヴィの役目だった。魔力譲渡を行えるのが、ドーヴィしかいなかったからだ。
故に、護衛騎士もドーヴィの依頼を二つ返事で引き受けた。今は一人だが、ドーヴィがグレンの部屋を離れたことでもう一人、騎士が追加されるだろう。何かあった場合に、ドーヴィを呼びに行くための人員。
(やれやれ、ただ発熱して寝込むだけで済んで欲しいところだが)
そう心の中でため息をつきつつ、ドーヴィが向かった先は……グレンの両親の、寝室だった。扉の前で待っていた使用人がドーヴィに会釈し、室内の住人に来訪を告げる。
室内に招かれたドーヴィを置いて、使用人は引き上げていった。ドーヴィの目の前には、グレンの両親であるイーサンとエリザベスが。人払いも済んで、密談をする気満々だ。
「さあ、誰もいなくなったから、君も楽にして欲しい」
どうぞ、とイーサンに言われ、ドーヴィは用意されていたソファへと座る。目の前にあるのは茶……ではなく、酒の様だった。ほのかに色付き、アルコール独特の香りが鼻をくすぐる。
「悪魔も酒は飲めるだろう?」
「ああ、酔いはしないが……悪くない」
ドーヴィは勧められるがままに、一口を口に含んで味わってから飲み込んだ。なかなか良い酒のようだ。
ドーヴィが飲んだのを確認してから、イーサンもグラスに手を付ける。母親のエリザベスは、穏やかに微笑んでいるだけだ。
「グレンはもう寝たのか?」
「少し早いが、もう寝かせた。……明日は、たぶん熱を出すと思うぜ」
「あの子ったら、はしゃぎすぎたのね」
おっとりとエリザベスが笑う。親から見ても、今日のグレンはだいぶテンションが高く見えたのだろう。
それはそれで、今のグレンにはとても良い事だ。反動が発熱であっても、年相応どころか失われた数年を取り戻すためにも必要な事である。
「……で、俺だけを呼び出したのは?」
「ハハハ、貴族らしい言い回しは嫌いかい、ドーヴィ君。まあ、私達もそう言ったモノは苦手だがね」
イーサンはそう笑った後に、ドーヴィと目を合わせた。表情こそ穏やかな笑みを浮かべているが、その眼差しは真剣であり、鋭さを持っている。
(辺境伯としてあのクソッタレ共と長年渡り合って来ただけあるな)
グレンがまだ持っていない、貴族としての貫禄。ドーヴィは素直にイーサンの事を称賛した。
「はっきり言ってしまえば、今日の日中に聞けなかったことを聞きたいのだよ。君の話しぶりを見ていたが、本当に話せない事以外に、隠しておきたい事、もあったのだろう」
「ご名答。さすがだな」
「悪魔のお褒めに預かり光栄だよ」
イーサンは軽くグラスを掲げる。ドーヴィはにやりと笑って、自らもグラスを掲げて軽くぶつけた。ガラス同士がぶつかる、チンという軽い音が響く。そのまま、お互いに一口を胃に納めた。
「もちろん、拒否権は君にある。我々としても、ドーヴィ君とは今後も良い関係を築いていきたいからね」
「ふふふ、あの子があんなに懐いているのだもの、これからもグレンをよろしくお願いしますわ」
イーサンの言葉にドーヴィが片眉を上げるより早く、エリザベスがフォローに入る。歴戦の貴族は、夫婦としても阿吽の呼吸はばっちりの様だ。
ドーヴィは、グレンに召喚され、グレンと契約を結んだ。そして、グレンが「自分以外の大切な人々も守って欲しい、それが自分の幸せである」と願ったから、ドーヴィはクランストン辺境家やアルチェロに力を貸しているに過ぎない。
それを履き違えられて、ドーヴィの力を当てにされても困る。困る、というのは穏当な表現なだけで合って、時と場合と言い方によっては容赦なく叩き斬るものだ。もちろん、物理の方で。
それを、エリザベスは敏感に察知して夫の言葉をフォローしたのだろう。ドーヴィそこまで明確に読み取って、一つ、頷いた。
イーサンもその話の流れに気づいたようで、居住まいを正す。貴族としての本能で、使える人材は懐に抱き込もうとしただけなのだろう。
「私達も公爵にはなるが、アルチェロ陛下とグレンの事は今後も変わらず支えていくつもりだ。……そして、貴族としてではなく、ただ一人の……いや、二人の親として、君に聞きたい」
「なんだ? 答えられるものなら、答えよう」
ドーヴィは鼻で笑いながらイーサンの言葉を聞き入れた。ドーヴィが仕えるのはグレンにだけであり、他の人間には興味もなければ対応する義理もない。それでも、イーサンがグレンの親として、と言うならドーヴィも答えてやろうという気にもなる。
「グレンと君の契約……報酬は魔力だと言っていたが、本当は違うのだろう? 何を、グレンに望んだ?」
「おっと、それが気になるか」
さきほどまでの穏やかな雰囲気を消し、イーサンが真摯な声でそう尋ねた。おっとりと微笑んでいたエリザベスも、顔を引き締めてドーヴィを見つめる。
「ええ、気になりますわ。古来より、悪魔という存在は人間の魂を食らい尽くし、地獄へと連れ込むと言われているのだもの。……もし、あの子の魂を望んだと言うのなら……」
「私達で、許してもらえないだろうか、と思ってね。あの子は、よく頑張ってきたし、これからの人生も長い。それを、摘み取られてしまうのは、親としてこれほどにない悲しみなのだよ」
そう言ったイーサンは、肩を落として震える妻・エリザベスの肩を抱き寄せた。エリザベスも細く華奢な手をイーサンの腕に重ね、身を預ける。
二人からは、悲壮感が漂いつつも、息子を守ってみせると言う強い意思も感じ取ることができた。
で。
それを言われたドーヴィは。
――普通に頭を抱えていた!
(そうかそう来たかそうだよなこれが悪魔に対する普通の反応だよな!)
そう、悪魔とは本来、怖い存在であり人間の敵であるはずなのだ。悪魔の甘言に乗ってしまえば、その人間は天国へ行くことも叶わず、地獄に墜ちるとされている。
実際のところ、悪魔の臭いが付いた魂を洗浄するのが面倒なのと、悪魔の介入によって世界が大混乱に陥ることが多いゆえに天使が作った逸話なだけで、普通に魂自体は回収されることが多い。天国も地獄も、この世界には存在していないのだ。
が、それを正直に説明するわけにもいかず。さらに言えば、グレンの魂は普通の悪魔契約とも違う形でドーヴィの色に染まっている。その状態で二人が言う「天国」に行けるかと言われれば……ドーヴィにもわからなかった。それは実際に回収した天使にしかわからないだろう。
「どうなのだ、ドーヴィ君。重ね重ね言うが、私達としてはこれからもグレンの事を君に預けたいと思っている。だが、魂を刈り取るとなれば……」
最後まで言わず、イーサンはドーヴィを睨みつけるようにして全身から魔力を発した。漏出ではない、自分の意思で魔力そのものを解き放っているのだ。
普通の人間に対すれば、大した威嚇行動だろう。魔力に免疫のない平民や魔力無しであれば、これだけでひれ伏して許しを請うほどの濃厚な魔力。
とは言え、それはやはり普通の人間に対して、というだけで、悪魔のドーヴィにはささやかなそよ風にもならない。ドーヴィはわざと手を払う仕草をして、イーサンの魔力をあっという間にかき消した。
「そう意気込んでいるところ悪いが、人間に悪魔は討伐できないと思ってくれ。やるなら、国を挙げて、それこそ教会の全力をもって対応して貰わないとな。それでも悪魔を祓えるかどうかはわからないぞ」
渾身の威嚇だったらしい魔力の放出をあっさりと消され、イーサンは悔しそうに唇を噛んだ。エリザベスもそのイーサンに寄り添い、ドーヴィを仇のように睨みつける。
ドーヴィは肩を竦め、優雅に酒を飲んだ後に口を開いた。……と言うか、時間稼ぎでもしないとどう説明したものか、となかなかまとまらないのだ。
「まあ、落ち着け、俺もグレンを悪いようにはしないし、グレンの大切な家族であるアンタ達と敵対するつもりはない」
「……そうか、その言葉を信じよう」
「ああ、信じてくれ。それでだな、俺にも人間に話せる事、話せない事があるのは日中に言った通りで……」
そう言いつつ、ドーヴィは腕を組んで唸る。さてはて、どこまで話したものか……もういっそ全部バラすか?
固唾を飲んでドーヴィの結論を見守る二人を見ていると、それでも良い気がしてくる。
悪魔の契約は基本的に他人にはバラさないものだ。なぜなら、それが教会に伝われば「悪魔祓い」の儀式に使われてしまうからだ。
もちろん、天使の監視により、ドーヴィがグレンとどのような契約を結んでいるかはある程度把握はされているだろう。それでも、創造神の定めた規則により、天使は悪魔と人間の契約に口を出すことはできない。
そして契約を破棄し、人間を悪魔から救うためには、やはり人間の力が必要だ。人間が教会という天使に悪魔祓いを依頼し、悪魔の契約内容を伝える事により、天使はようやく契約を横から打ち消すことができる。
教会が熱心に悪魔は悪しき存在であり、常に密告を待っている、と喧伝する理由もこれだ。この世界は人間が主体であり、人間が介在しない限り悪魔と天使の直接対決は実現しない。
(んで、その人間を使った悪魔と天使の争いを創造神は今日も楽しんでいる、と)
それが創造神。悪魔と天使。この世界の理。
創造神が楽しむためだけに、この世界は存在している。
悪魔として自由に生きることを選択したドーヴィにとっては、創造神すらも目の上のたんこぶでしかないが、それはとにかくとして。余計なところに飛んだ思考を戻しつつ、ドーヴィは腹を括る。
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やはり名前を付けるとキャラクターが生き生きしてきますね!
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