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本編
8)発覚、不健康
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※少しだけ男性特有の病気の表現がありますが、このお話はファンタジーですし創造神が適当に作ったガバガバ世界で人間の体の構造も全く違います。その辺、ご承知おきください。
---
がたごと、揺れる馬車の中で。グレンはこれから向かう領地の書類を片手に……こっくり、こっくり居眠りをしていた。
「おーいグレン、寝るか読むかどっちかにしろよ」
「ハッ! ぼ、僕は寝てないぞ……ちゃんとよんでる……」
ドーヴィに声を掛けられ、一度は顔を上げたもののすぐに舌ったらずになってしまうグレンを見て、ドーヴィは仕方ないなあと嘆息一つ。
クランストン宰相として、クラスティエーロ王国の南部地域へ視察するようにアルチェロ王から命じられてしばらく。グレンは多忙を極めつつも、視察団を編成して人生初の「遠征」に出発していた。
今は王都を出て3日目。今日の夕方には、目的地である領地の領主館に到着する予定になっている。今のところ特に大きなトラブルもなく、旅は順調そのものだ。
「……くぅ……くぅ……」
「結局寝てるじゃねーか、全く……」
ドーヴィはそっとグレンの手から書類を抜き取り、こっそり積んでおいたクッションを足元の収納から取り出しグレンをそこに寝かせてやった。
一般的な馬車であれば眠るには不適であろうが、この馬車の中、特にグレン周辺にはひっそりとドーヴィが多種多様な魔法を展開している。揺れも少なければ騒音も響かず、気温も快適。ドーヴィの過保護もだいぶ極まってきた。
そのようなグレン専用ドーヴィ特製馬車の中で、グレンはスヤスヤと寝息を立てている。ドーヴィは御者席に通じている小窓を開けると「閣下がおやすみになられた」と告げた。それに了解を返した御者の配慮で、馬車は少しばかりスピードを落とす。
視察に出向くにあたって。根が真面目なグレンは、業務時間外も熱心に書類を読み込んで事前勉強をしていた。アルチェロはあくまでも「息抜き」として視察旅行を提案したものの、グレンとしては「やるからにはちゃんとやりたい」だそうで……。
それと、宰相としての立場があるからか、数日前から緊張を高めつつあったグレンは普段の不眠にプラスしてさらに体を休めることができずにいた。馬車の中で居眠りしてしまうのも、どちらかと言えば体が限界を迎えたからだろう。
(まあ今日行くところはグレンに友好的だって話だしな……温泉もあるって聞いてるが……)
現クラスティエーロ王国、旧ガゼッタ王国において。グレン・クランストンという人間には、味方もいれば敵も多い。ある程度は先日の伯爵当主との懇親会で色をつけたが、それでもグレンが実質処刑を行った上位貴族の派閥や生き残りの親族には怒りを抱えているものもいる。
アルチェロはその辺も考慮して、今回、グレンには親グレン派が多そうな地域を選んだのだが……果たして。できれば、最初に訪問する今日の料理が、グレンにとって安らげる場所であって欲しいとドーヴィは願う。
☆☆☆
「ん……ふあぁ……あれ、ここは……」
よく寝た、と思いながらグレンが目を開けると、目の前には全く見覚えのない光景があった。首をひねりつつ体を起こして残った眠気を払うように頭を振る。
「起きたか」
「……ああ」
低い声で話しかけられ、それがドーヴィだと感知した瞬間、グレンは意識がすっと覚醒した。そうだ、自分は今、視察のために馬車に乗っているのだった。
しっかりと起きたグレンは、背筋を伸ばし、宰相としてドーヴィに向き直る。ちら、と胸元にぶら下げた懐中時計を確認してから口を開いた。
「こほん、少し寝てしまったが……行程の方はどうなっている?」
「問題なく。予定通りかやや早い程度で進んでいる」
「そうか」
グレンはほっとしたように息を吐いた。グレンにとってはこの馬車移動も仕事の内で、居眠りをして行程を遅らせるなんてとんでもない! という思いがあったのだ。
仕事の続きをしようと思い、書類を探し……持ってきた鞄が無くなっていることにグレンは気づく。ドーヴィを見上げれば、ドーヴィはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「……ドーヴィ、何を企んでいる」
「いやいや……お前が寝てるって話を御者にしたらよ、そこから他の馬車にも伝わったようで」
「ドーヴィ!」
「同行している文官達から『我々も馬車の中ではくつろいでおりますので、閣下もごゆっくりお過ごしください』だとさ」
……そう言われてしまえば、グレンは何も言い返せなくなる。上が働きすれば下が休めなくなる、適度に休む姿を手本として見せるのも上に立つ者の役目ですよ、と執事のアーノルドに教えられたことをグレンは思い出した。
はぁ、と大きくため息をついて、グレンは苦笑する。
「まあ、書類の読み込みもほとんど終わっているようなものだったしな」
「そうだろ、お前、ちょっと最近根を詰めすぎだ」
ドーヴィは揺れる馬車の中、大きな体を小さく折りたたんでグレンの隣へ移動してくる。そしてグレンの肩を抱きよせ、顎を掴んだ。
「……おい」
「いいだろ、どうせ誰も見ちゃいねえし」
「そういう問題じゃ……」
文句を言い立てる口を啄み、ドーヴィはグレンの顔中に口づけを落とした。
もちろん、外に漏れないように隠蔽工作はばっちりである。ちょっと口づけしただけで口ではやめろやめろ言いながら期待に頬を桃色に染めるあまりにも可愛すぎるクランストン宰相閣下の姿を、外に漏らすわけにはいかない。圧倒的超最重要機密だ。
「部下たちが『おくつろぎください』って言ってるんだからよ。到着までまだまだ時間はある」
ドーヴィはそのままグレンを軽く抱き上げ、自身の膝の上にひょいと座らせた。相変わらず不健康少年のグレンは軽すぎる。
「それとも、俺とイチャイチャするのはくつろげねえってか?」
「……別に、そうは言ってない」
不満そうにグレンは唇を尖らせる。妙なところでプライドと少年らしい羞恥があり、なかなか素直に受け入れてくれないのが今回の契約主様だ。歴代の契約主と180度異なる反応が実に面白い。
「ったく、魔力酔いした時はあんなに素直で可愛かったのになー」
「っ!!! そ、そ、それとこれは別だ!」
「はいはい」
ちなみに、あれ以来、ドーヴィは絶対に外でグレンに酒を飲ませるのは阻止しようと心に決めている。あんなふにゃふにゃで可愛いグレンを誰の目にも晒したくない。
口では文句を言いつつも、ドーヴィの膝の上から降りないのだから、本当に素直になれないだけなのだろう。ドーヴィは喉奥で笑いながら、グレンの背中から腰に手を滑らせる。
「んっ!」
「ほらグレン」
ん、とドーヴィが唇を突き出すと……グレンは目を右往左往させた後に、観念したかのように結局、自ら唇を寄せた。
その自分の欲望を曝け出す事への恐れを克服した勇気を称賛すべく、ドーヴィは寄せられた唇を甘噛みして優しく愛撫する。そのまま、誘うように薄く開かれたグレンの唇の合間に、舌を差し入れた。
「ふっ……ん……」
だんだん、上手になってきたのか、鼻で息をしながら必死にドーヴィの舌に自らの舌を絡め合わせる。グレンはどこか恍惚とした表情を浮かべながら、しがみつくようにドーヴィの服をきゅ、と両手で掴んだ。
角度を変えつつ、何度も舌をお互いの口に入れ合い、唾液が滴り落ちるほどに激しく絡め合わせる。
そしてドーヴィはグレンがキスに夢中になっている間に、後頭部を支えていた手を背中に滑らせ――そして、今日は前へと。
「!」
ドーヴィの手が前に回されたことに気づいたグレンが口を離した。思わず抗議に身を捩ろうとしたところを、ドーヴィのもう片方の腕が囲い込む。
「う、ドーヴィ、そ、そこは……っ」
「いつかはここも使う事になるんだからなァ」
そう言いながらドーヴィはグレンの股間を揉みしだいた。移動中はラフな魔術師としての服を着ているグレンの股間は、柔らかい生地に覆われており、ドーヴィの手つきに合わせて形を変える。
「ぁ……ド、ドーヴィ、その辺で……あっ、やっ」
ドーヴィが下の方を揉む手つきから、固くなってきた部分を服の上から絞り、撫でるような手つきに変えていく。グレンは目を伏せ、まつ毛を震わせながら熱い吐息を漏らした。
「んー……グレン、お前、精通は終わってんのか?」
「はっ、お、終わっているに決まってるだろうっ!」
「おーそうかそうか」
「ぼ、僕だって、もう立派な大人なのだからな! 成人しているんだ!」
顔を赤くして吠えるグレンに子犬を幻視しつつ、ドーヴィはグレンの股間を摩る手を止めた。少し悩んだ後に、ドーヴィはグレンの体を押さえていた力を緩める。
「まあなんだ、ちょいとデリケートな話だが……お前のココ、どうにも反応が鈍いような気がしてなぁ」
「!? な、な、なにを……っ!」
「グレン、お前、自慰ってしたことあるか?」
直接的な表現で言われて、グレンは顔を真っ赤に染めた後……首を振った。
「せ、精通は、している、から……だ、だけど、それ以降、自分でシたことは、ない」
「ほーん。ちなみに、朝起きたら出ちゃった、みたいなことは?」
「……ない」
グレンはふるふると首を振って、変な事を聞き始めたドーヴィに不安そうな視線を向けた。見れば、ドーヴィはどこか難しそうに眉を寄せている。いつもの、グレンを揶揄って遊んでいる時とは違う雰囲気だ。
「ドーヴィ? ……僕の体は、どこか、変、なのか?」
おずおずと、グレンは聞いた。
グレンにはずっと年頃の友人もいなければ、そう言った事を導いてくれる身近な教師もいなかった。貴族家に生まれたからには、その血統を守るために性に関することには教師がつき、厳密に管理される。必要であれば、メイドが下半身のチェックをすることもあるほどだ。
が、グレンはその環境のせいで、しばらく放置されていた。放置されていたが故に、誰も気づかず、指摘することすらなく――そして、本人も気づかずに、来てしまった。
「変、というか、まあ、あれだな、下半身もちょっと不健康だな、うん」
ドーヴィはなるべく言葉を選んでいった。
……要は、グレンは、軽い勃起不全のようなものだった。多少の硬度は持てども、完全に勃起するまでには至らない。さらに、精通してから今まで一度も精液を出したことがない、というのだから……そちらの方も、かなり難あり、と言ったところだろうか。
ドーヴィに指摘され、グレンは顔を曇らせる。下半身事情に全く考えも及ばなければ、自分の下半身が不健康である事にも気づかなかった。
「普通なら、もうちょっと反応していいんだけどな、ここ」
そう言いながら、ドーヴィは優しくグレンの股間を撫でる。そこは多少の硬さを持ったとはいえ、ドーヴィからしてみれば「物足りない」と思わせるほどの柔らかさだった。
ドーヴィはインキュバスであり、いわゆる抱く側専門だが、それはそれとして、固くなったアレに様々なイタズラをするのが最高に面白いということももちろん知っている。そりゃあもう、グレンの後ろだけでなく前も余すことなく可愛がってぐちゃぐちゃにしてやろうと計画していたわけだ。
ところがどっこい、この状況ではその計画も実行に移す前から中止が決まったようなもの。
ふーむ、と頭を巡らせるドーヴィの服をちょんちょん、とグレンが引っ張る。「なんだ?」と膝の上に座った可愛い契約主を見下ろせば、顔を青ざめさせて泣きそうな顔をしていた。
「な、なあ、ドーヴィ、僕の下半身が不健康だと、お前は困るのか? その、精力が上手く取れないとか……」
「いや? そんな事はないぞ」
「そ、そうか! なら良かった……」
ドーヴィが否定した途端、グレンはほっと安堵の息を吐いて緊張してた体をぐんにゃりと柔らかくする。そのまま、姿勢を器用に変えてドーヴィの肩口にぐりぐりと頭を押し付けた。
「……おいお前は自分の体を心配しろよ」
「? 別に、命に係わるようなものではないのだろう?」
「まあ、そりゃそうだが……」
グレンは不思議そうに首を捻り、その後、しばらくしてからぽっと頬を赤く染めて口を開く。
「そ、それに、僕は、ドーヴィに抱かれるのだから……べ、別に、前がダメでも、問題ないんじゃないのか」
「ぐっ」
恥ずかしそうにグレンはもじもじと視線を下げてドーヴィの服の裾を弄り、ドーヴィはだいぶ破壊力のある爆弾発言に悶絶していた。
……ドーヴィは、インキュバスとして。比較的サディスト側に入るものだから。ついついグレンをいじめてからかって遊んでしまうわけで。
本当は心の中で、どうやってグレンのプライドを突いて壊して泣かせてやろうかとも思っていた……のだが。まさか、その、グレン側から「僕はドーヴィの女です」と宣言してくれるとは……宣言されてしまうとは……そういうのはもっと、夜にぐっぽりずっぽり激しく交わった後に言わせて、『わからせる』のが醍醐味なんじゃないか……。
「お、俺の楽しみが……いやしかしなんだこのピュアな生き物……これが愛しさ……?」
「ドーヴィ? 何を言っているんだ?? ピュアな生き物?」
ここには僕しかいないぞ? とグレンは首を捻っている。天然って怖い、ドーヴィは改めてそう思った。
楽しみが消えたのはそれはそれとして、グレンが将来的にそういうつもりであることもわかったし、何より、それを楽しみにしている、ということもわかってドーヴィとしては嬉しさもある。こんなに可愛い契約主に溺れないわけがない。
「こほん。……とりあえず、命にかかわるものでもないし、なくても困らないものだからな、うん」
「僕と違ってドーヴィはないと困るものだな! ……そういえば、ドーヴィは大丈夫なのか?」
「お前は本当に俺のことを煽るなぁこの野郎! 大丈夫に決まってんだろ!」
今すぐ見せてやろうか! と思ったものの、未成年にわいせつ物をつきつけると天使が飛んでくる危険がある。ドーヴィとて、さすがに大切なシンボル剥き出しの状態で天使とバトルはしたくない。
なんだか気分が削がれた、と思いつつ、ドーヴィは嘆息する。どうやら『性』を取り戻すのは、ドーヴィだけではないようだ。
---
更新間に合った
この話はエロコメです(コメ……??
年内はあともう一話更新したら終了です。再開は1月10日ぐらいからになると思われます。
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がたごと、揺れる馬車の中で。グレンはこれから向かう領地の書類を片手に……こっくり、こっくり居眠りをしていた。
「おーいグレン、寝るか読むかどっちかにしろよ」
「ハッ! ぼ、僕は寝てないぞ……ちゃんとよんでる……」
ドーヴィに声を掛けられ、一度は顔を上げたもののすぐに舌ったらずになってしまうグレンを見て、ドーヴィは仕方ないなあと嘆息一つ。
クランストン宰相として、クラスティエーロ王国の南部地域へ視察するようにアルチェロ王から命じられてしばらく。グレンは多忙を極めつつも、視察団を編成して人生初の「遠征」に出発していた。
今は王都を出て3日目。今日の夕方には、目的地である領地の領主館に到着する予定になっている。今のところ特に大きなトラブルもなく、旅は順調そのものだ。
「……くぅ……くぅ……」
「結局寝てるじゃねーか、全く……」
ドーヴィはそっとグレンの手から書類を抜き取り、こっそり積んでおいたクッションを足元の収納から取り出しグレンをそこに寝かせてやった。
一般的な馬車であれば眠るには不適であろうが、この馬車の中、特にグレン周辺にはひっそりとドーヴィが多種多様な魔法を展開している。揺れも少なければ騒音も響かず、気温も快適。ドーヴィの過保護もだいぶ極まってきた。
そのようなグレン専用ドーヴィ特製馬車の中で、グレンはスヤスヤと寝息を立てている。ドーヴィは御者席に通じている小窓を開けると「閣下がおやすみになられた」と告げた。それに了解を返した御者の配慮で、馬車は少しばかりスピードを落とす。
視察に出向くにあたって。根が真面目なグレンは、業務時間外も熱心に書類を読み込んで事前勉強をしていた。アルチェロはあくまでも「息抜き」として視察旅行を提案したものの、グレンとしては「やるからにはちゃんとやりたい」だそうで……。
それと、宰相としての立場があるからか、数日前から緊張を高めつつあったグレンは普段の不眠にプラスしてさらに体を休めることができずにいた。馬車の中で居眠りしてしまうのも、どちらかと言えば体が限界を迎えたからだろう。
(まあ今日行くところはグレンに友好的だって話だしな……温泉もあるって聞いてるが……)
現クラスティエーロ王国、旧ガゼッタ王国において。グレン・クランストンという人間には、味方もいれば敵も多い。ある程度は先日の伯爵当主との懇親会で色をつけたが、それでもグレンが実質処刑を行った上位貴族の派閥や生き残りの親族には怒りを抱えているものもいる。
アルチェロはその辺も考慮して、今回、グレンには親グレン派が多そうな地域を選んだのだが……果たして。できれば、最初に訪問する今日の料理が、グレンにとって安らげる場所であって欲しいとドーヴィは願う。
☆☆☆
「ん……ふあぁ……あれ、ここは……」
よく寝た、と思いながらグレンが目を開けると、目の前には全く見覚えのない光景があった。首をひねりつつ体を起こして残った眠気を払うように頭を振る。
「起きたか」
「……ああ」
低い声で話しかけられ、それがドーヴィだと感知した瞬間、グレンは意識がすっと覚醒した。そうだ、自分は今、視察のために馬車に乗っているのだった。
しっかりと起きたグレンは、背筋を伸ばし、宰相としてドーヴィに向き直る。ちら、と胸元にぶら下げた懐中時計を確認してから口を開いた。
「こほん、少し寝てしまったが……行程の方はどうなっている?」
「問題なく。予定通りかやや早い程度で進んでいる」
「そうか」
グレンはほっとしたように息を吐いた。グレンにとってはこの馬車移動も仕事の内で、居眠りをして行程を遅らせるなんてとんでもない! という思いがあったのだ。
仕事の続きをしようと思い、書類を探し……持ってきた鞄が無くなっていることにグレンは気づく。ドーヴィを見上げれば、ドーヴィはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「……ドーヴィ、何を企んでいる」
「いやいや……お前が寝てるって話を御者にしたらよ、そこから他の馬車にも伝わったようで」
「ドーヴィ!」
「同行している文官達から『我々も馬車の中ではくつろいでおりますので、閣下もごゆっくりお過ごしください』だとさ」
……そう言われてしまえば、グレンは何も言い返せなくなる。上が働きすれば下が休めなくなる、適度に休む姿を手本として見せるのも上に立つ者の役目ですよ、と執事のアーノルドに教えられたことをグレンは思い出した。
はぁ、と大きくため息をついて、グレンは苦笑する。
「まあ、書類の読み込みもほとんど終わっているようなものだったしな」
「そうだろ、お前、ちょっと最近根を詰めすぎだ」
ドーヴィは揺れる馬車の中、大きな体を小さく折りたたんでグレンの隣へ移動してくる。そしてグレンの肩を抱きよせ、顎を掴んだ。
「……おい」
「いいだろ、どうせ誰も見ちゃいねえし」
「そういう問題じゃ……」
文句を言い立てる口を啄み、ドーヴィはグレンの顔中に口づけを落とした。
もちろん、外に漏れないように隠蔽工作はばっちりである。ちょっと口づけしただけで口ではやめろやめろ言いながら期待に頬を桃色に染めるあまりにも可愛すぎるクランストン宰相閣下の姿を、外に漏らすわけにはいかない。圧倒的超最重要機密だ。
「部下たちが『おくつろぎください』って言ってるんだからよ。到着までまだまだ時間はある」
ドーヴィはそのままグレンを軽く抱き上げ、自身の膝の上にひょいと座らせた。相変わらず不健康少年のグレンは軽すぎる。
「それとも、俺とイチャイチャするのはくつろげねえってか?」
「……別に、そうは言ってない」
不満そうにグレンは唇を尖らせる。妙なところでプライドと少年らしい羞恥があり、なかなか素直に受け入れてくれないのが今回の契約主様だ。歴代の契約主と180度異なる反応が実に面白い。
「ったく、魔力酔いした時はあんなに素直で可愛かったのになー」
「っ!!! そ、そ、それとこれは別だ!」
「はいはい」
ちなみに、あれ以来、ドーヴィは絶対に外でグレンに酒を飲ませるのは阻止しようと心に決めている。あんなふにゃふにゃで可愛いグレンを誰の目にも晒したくない。
口では文句を言いつつも、ドーヴィの膝の上から降りないのだから、本当に素直になれないだけなのだろう。ドーヴィは喉奥で笑いながら、グレンの背中から腰に手を滑らせる。
「んっ!」
「ほらグレン」
ん、とドーヴィが唇を突き出すと……グレンは目を右往左往させた後に、観念したかのように結局、自ら唇を寄せた。
その自分の欲望を曝け出す事への恐れを克服した勇気を称賛すべく、ドーヴィは寄せられた唇を甘噛みして優しく愛撫する。そのまま、誘うように薄く開かれたグレンの唇の合間に、舌を差し入れた。
「ふっ……ん……」
だんだん、上手になってきたのか、鼻で息をしながら必死にドーヴィの舌に自らの舌を絡め合わせる。グレンはどこか恍惚とした表情を浮かべながら、しがみつくようにドーヴィの服をきゅ、と両手で掴んだ。
角度を変えつつ、何度も舌をお互いの口に入れ合い、唾液が滴り落ちるほどに激しく絡め合わせる。
そしてドーヴィはグレンがキスに夢中になっている間に、後頭部を支えていた手を背中に滑らせ――そして、今日は前へと。
「!」
ドーヴィの手が前に回されたことに気づいたグレンが口を離した。思わず抗議に身を捩ろうとしたところを、ドーヴィのもう片方の腕が囲い込む。
「う、ドーヴィ、そ、そこは……っ」
「いつかはここも使う事になるんだからなァ」
そう言いながらドーヴィはグレンの股間を揉みしだいた。移動中はラフな魔術師としての服を着ているグレンの股間は、柔らかい生地に覆われており、ドーヴィの手つきに合わせて形を変える。
「ぁ……ド、ドーヴィ、その辺で……あっ、やっ」
ドーヴィが下の方を揉む手つきから、固くなってきた部分を服の上から絞り、撫でるような手つきに変えていく。グレンは目を伏せ、まつ毛を震わせながら熱い吐息を漏らした。
「んー……グレン、お前、精通は終わってんのか?」
「はっ、お、終わっているに決まってるだろうっ!」
「おーそうかそうか」
「ぼ、僕だって、もう立派な大人なのだからな! 成人しているんだ!」
顔を赤くして吠えるグレンに子犬を幻視しつつ、ドーヴィはグレンの股間を摩る手を止めた。少し悩んだ後に、ドーヴィはグレンの体を押さえていた力を緩める。
「まあなんだ、ちょいとデリケートな話だが……お前のココ、どうにも反応が鈍いような気がしてなぁ」
「!? な、な、なにを……っ!」
「グレン、お前、自慰ってしたことあるか?」
直接的な表現で言われて、グレンは顔を真っ赤に染めた後……首を振った。
「せ、精通は、している、から……だ、だけど、それ以降、自分でシたことは、ない」
「ほーん。ちなみに、朝起きたら出ちゃった、みたいなことは?」
「……ない」
グレンはふるふると首を振って、変な事を聞き始めたドーヴィに不安そうな視線を向けた。見れば、ドーヴィはどこか難しそうに眉を寄せている。いつもの、グレンを揶揄って遊んでいる時とは違う雰囲気だ。
「ドーヴィ? ……僕の体は、どこか、変、なのか?」
おずおずと、グレンは聞いた。
グレンにはずっと年頃の友人もいなければ、そう言った事を導いてくれる身近な教師もいなかった。貴族家に生まれたからには、その血統を守るために性に関することには教師がつき、厳密に管理される。必要であれば、メイドが下半身のチェックをすることもあるほどだ。
が、グレンはその環境のせいで、しばらく放置されていた。放置されていたが故に、誰も気づかず、指摘することすらなく――そして、本人も気づかずに、来てしまった。
「変、というか、まあ、あれだな、下半身もちょっと不健康だな、うん」
ドーヴィはなるべく言葉を選んでいった。
……要は、グレンは、軽い勃起不全のようなものだった。多少の硬度は持てども、完全に勃起するまでには至らない。さらに、精通してから今まで一度も精液を出したことがない、というのだから……そちらの方も、かなり難あり、と言ったところだろうか。
ドーヴィに指摘され、グレンは顔を曇らせる。下半身事情に全く考えも及ばなければ、自分の下半身が不健康である事にも気づかなかった。
「普通なら、もうちょっと反応していいんだけどな、ここ」
そう言いながら、ドーヴィは優しくグレンの股間を撫でる。そこは多少の硬さを持ったとはいえ、ドーヴィからしてみれば「物足りない」と思わせるほどの柔らかさだった。
ドーヴィはインキュバスであり、いわゆる抱く側専門だが、それはそれとして、固くなったアレに様々なイタズラをするのが最高に面白いということももちろん知っている。そりゃあもう、グレンの後ろだけでなく前も余すことなく可愛がってぐちゃぐちゃにしてやろうと計画していたわけだ。
ところがどっこい、この状況ではその計画も実行に移す前から中止が決まったようなもの。
ふーむ、と頭を巡らせるドーヴィの服をちょんちょん、とグレンが引っ張る。「なんだ?」と膝の上に座った可愛い契約主を見下ろせば、顔を青ざめさせて泣きそうな顔をしていた。
「な、なあ、ドーヴィ、僕の下半身が不健康だと、お前は困るのか? その、精力が上手く取れないとか……」
「いや? そんな事はないぞ」
「そ、そうか! なら良かった……」
ドーヴィが否定した途端、グレンはほっと安堵の息を吐いて緊張してた体をぐんにゃりと柔らかくする。そのまま、姿勢を器用に変えてドーヴィの肩口にぐりぐりと頭を押し付けた。
「……おいお前は自分の体を心配しろよ」
「? 別に、命に係わるようなものではないのだろう?」
「まあ、そりゃそうだが……」
グレンは不思議そうに首を捻り、その後、しばらくしてからぽっと頬を赤く染めて口を開く。
「そ、それに、僕は、ドーヴィに抱かれるのだから……べ、別に、前がダメでも、問題ないんじゃないのか」
「ぐっ」
恥ずかしそうにグレンはもじもじと視線を下げてドーヴィの服の裾を弄り、ドーヴィはだいぶ破壊力のある爆弾発言に悶絶していた。
……ドーヴィは、インキュバスとして。比較的サディスト側に入るものだから。ついついグレンをいじめてからかって遊んでしまうわけで。
本当は心の中で、どうやってグレンのプライドを突いて壊して泣かせてやろうかとも思っていた……のだが。まさか、その、グレン側から「僕はドーヴィの女です」と宣言してくれるとは……宣言されてしまうとは……そういうのはもっと、夜にぐっぽりずっぽり激しく交わった後に言わせて、『わからせる』のが醍醐味なんじゃないか……。
「お、俺の楽しみが……いやしかしなんだこのピュアな生き物……これが愛しさ……?」
「ドーヴィ? 何を言っているんだ?? ピュアな生き物?」
ここには僕しかいないぞ? とグレンは首を捻っている。天然って怖い、ドーヴィは改めてそう思った。
楽しみが消えたのはそれはそれとして、グレンが将来的にそういうつもりであることもわかったし、何より、それを楽しみにしている、ということもわかってドーヴィとしては嬉しさもある。こんなに可愛い契約主に溺れないわけがない。
「こほん。……とりあえず、命にかかわるものでもないし、なくても困らないものだからな、うん」
「僕と違ってドーヴィはないと困るものだな! ……そういえば、ドーヴィは大丈夫なのか?」
「お前は本当に俺のことを煽るなぁこの野郎! 大丈夫に決まってんだろ!」
今すぐ見せてやろうか! と思ったものの、未成年にわいせつ物をつきつけると天使が飛んでくる危険がある。ドーヴィとて、さすがに大切なシンボル剥き出しの状態で天使とバトルはしたくない。
なんだか気分が削がれた、と思いつつ、ドーヴィは嘆息する。どうやら『性』を取り戻すのは、ドーヴィだけではないようだ。
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自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
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何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
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