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本編
閑話1)クランストン宰相閣下のクリスマス・中編
しおりを挟むグレンが去った後の政務室では、一拍置いた後に蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「誰だ余分なこと言ったやつ!」
「お、俺じゃねえ……っ! っていうかあの年でまだサンタ信じてんの閣下ァ!!」
普段のてんやわんやを数倍にしたてんやわんやの大騒ぎである。
「クランストン辺境家って、確か閣下が子供の頃にご両親が……」
「あっ……」
そしてまた、静かになる。クランストン辺境家の人々が、王族と上位貴族に囚われ、奴隷のように扱われていた話は公然の秘密だ。グレンが両親から引き離された年齢、そしてそこから長く続いたクランストン辺境家の混乱を考えれば……何も知らず、ここまで来てしまったのも十分にあり得る。
「ど、どうする?」
「どうするって……何をだよ……」
「とりあえず……サンタクロースはいる前提で話すぞ今日から!!!!」
「「「「おう!!!」」」
文官集団にあらぬ熱気と共に一致団結、掛け声が上がる。さすがグレン信者の過激派一派と言うべきか、我らが宰相閣下のメンタルを保つためなら手段を選ばないとも噂される文官達だ。
何しろ、クランストン宰相閣下が宰相を辞めてしまったら、次にまともな人間が着任するとは限らないので!!!
歴代宰相の中でも最も優しいグレンに宰相を辞められたら困る。優しい上に判断も的確で優秀でおまけに可愛いと非の打ち所がない完璧な宰相を超える人材が着任するとは、誰も考えていない。そんな人間が実在するなら、反乱なんて起きなかったはずだ。
文官にとって、今や「サンタクロースがいるかいないか問題」は死活問題となっていた。答えは一択、「実在する」しか許されない。それ以外の答えはない、絶対にない。サンタクロースはいまぁす!!!
そこに突然、政務室の重い扉がはじけ飛ぶ。
「誰だァ! グレンを泣かせた奴ァ!! 表出ろォッッ!!!!」
物理的な方の死活問題が、扉を蹴破ってきたのだ。そう、クランストン宰相閣下の護衛兼秘書兼恋人(推定)兼子守役の、ドーヴィだ。どうやら軍部へ書類を届けて戻ってきたら、トイレでグレンがべそべそしていたのを見かけ、政務室にカチコミに来たらしい。
しかし、ドーヴィのその荒々しい言動に恐れることなく、室内にいた全員は床に崩れ落ちて土下座した。
「「「「「助けてくださいドーヴィ殿!!!!」」」」
文官達にとって、ドーヴィは死活問題でもあるし――グレンの夢を守るための超重要な戦力でもあったのだ。
「お、おう……な、なんだ何があったんだよ」
一致団結した綺麗な土下座に毒気を抜かれたドーヴィは、とりあえず犯人捜しは後にすることにして、グレンがべそべそしている理由を聞くことにした。
「――なるほどなぁ」
事のあらましを聞いたドーヴィは、まず最初に「この世界クリスマスあんのかよ」と驚いていた。もちろん、それを口に出すことはなかったが。
クリスマスがあるかどうかは、世界によって異なる。最近はクリスマスを含めた『季節イベントプリセット』を搭載した世界の方が増えてきてはいる……つまり、この世界もそのプリセットを搭載したタイプなのだろう。
という事は、他にも年末年始ハッピーニューイヤーもあるし、節分もありそうだし、エイプリルフールもある可能性があるし、七夕もあるかもしれないし、ハロウィンもありそうな気配がする。何でもアリな気がする。
……話を戻して。
「とにかく我々といたしましては、宰相閣下の精神的安寧のためにも、サンタクロースはいるという結論になりまして」
「しかしながら閣下は『自分は大人だからサンタは来ない』と思ってしまわれたようでして」
「それはもう我々のミスでございますが何とか閣下のピュアな夢を守って笑顔になって貰いたいと一同思っているわけでして」
口々にそう訴えてくる文官達を見て、ドーヴィもさすがに天を仰ぐ。
「……わかった。俺の方でも何とかしよう。いいか、お前らはとにかくサンタクロースは実在するってことと、大人がプレゼントを貰っても何もおかしくないってことを徹底しろ」
はい! と勢いの良い返事が室内に響く。
……と、そこへ、グレンが戻ってきた。とりあえず、破壊された扉を見て目を丸くしている。
「な、なにがあったのだ? けが人は……」
「いや大丈夫だ何でもない」
「ドーヴィ!」
何でもなくはないが、何でもない。今、相談されたことをグレンの耳に入れるわけにはいかなかった。
ドーヴィとグレンの砕けたやり取りも、すっかり政務室ではお馴染みになっている。ドーヴィは本当に何事もなかったかのように、軍部から逆に預かってきた書類をグレンへ渡した。
なお、この壊れた扉は例の大失言をしてしまった青年の給料から修理費が支払われることになった。それで済んだのだから、むしろラッキーだろう。
「それで、なんだ、さっきまでクリスマスの話題で盛り上がってたのか?」
「む……うむ」
仕事の話が一段落したところで、ドーヴィが話題を戻す。さきほどまでキリッとした表情で仕事をしていたグレンは、途端にしおしおと元気無さそうに顔をくしゃくしゃにした。ついでに政務室内にも緊張が走った。
「あー……あれだ、ほら、今年新しい国に生まれ変わりしただろう?」
「ん……? そうだけど……」
「新しい国の1年目だけは、子供だけじゃなくて大人にもサンタクロース来るらしいぞ」
「そ、そうなのか!?」
そうなの!? 政務室内にいる聞き耳を立てまくっていた文官達もみんな驚いた。いや待て、我らが宰相閣下がそんな簡単な嘘に騙されるわけが……。
ドーヴィは身を屈めるとグレンの耳元で囁く。
「本当は、人間には秘密なんだけどな。悪魔の中じゃ、有名な話なんだ」
「!!!」
囁かれたグレンは、パッと顔を上げて満面の笑みを浮かべた。
「ド、ドーヴィは……その、サンタクロースに会ったことが……?」
「一度だけあるぞ」
「おお!」
(((我らが宰相閣下、そんな簡単な嘘に騙されるーーーっっっ!!!!)))
すっかり機嫌が直った宰相閣下を見て、文官達は内心でずっこけた。
……が、まあ、そもそも悪魔としての発言を聞いたグレンと、それを知らない文官達では温度差も出ると言うもの。それでもよく訓練されたグレン信者過激派の文官達は「まあ閣下なら可愛いのでヨシ!」と満場一致で思っていた。大丈夫かなこの国。
「そうかそうか……では、皆のところにも来るのだろうな!」
「……たぶん」
「いや! 皆、よく働いてくれている、来なければおかしいだろう! 間違いなく、全員の元にサンタクロースは来るに決まっている」
クランストン宰相閣下が、にこにこしながらうんうんと頷いている。
自分たちの頑張りを認めてくれている上司を持って、何と幸せなのだろうと文官達は思っていた。こうしてまた、グレン信者の結束は固くなるし忠誠心も熱く……違った、篤くなるというもの。グレンのたぶらかし能力は、悪魔以外にも十分に発揮されているらしい。
「大人だからサンタクロースが来ないと思ってた者もいるだろう。サンタさんへのプレゼントの希望は、早めに出しておいた方が良いぞ」
「「「「はい!!」」」
普段の書類も締め切り厳守を掲げる宰相閣下がそう言うなら、プレゼント希望の提出も締め切り厳守に違いない。政務室内に、また一つ違った活気が生まれたのだった。
☆☆☆
夕食時。グレンは姉であるセシリアと晩餐のテーブルを囲んでいた。体調が回復してきた両親や兄は、それぞれ昔の友人と語らうために出かけている。
「そういえばグレン」
「何ですか姉上」
「サンタさんにもうプレゼントの希望は出したのかしら?」
セシリアは何でもないかのように、さらりと聞いた。グレンは一つ頷くと「もう出しましたよ」と得意げに胸を張る。
「そう……」
「姉上は? 今年は、大人のところにもサンタクロースはやってくるらしいですよ?」
「ええ、私もさっき聞いたの。だからまだ何が欲しいか決めかねていて……グレンは、何を願ったのかしら?」
スムーズにグレンが欲しいものの話題へと移行する。
……そう、セシリアもまた、『クランストン宰相閣下の夢を守る会』の一員になったのだ。夕飯前にドーヴィが部屋にやってきて、緊急の案件があると苦々しい顔で切り出すから、何かと思えば。
まさか、弟のグレンがまだサンタクロースを信じているだなんて。言われたセシリアは、目を丸くして驚いた。
が、思い返してみれば、グレンがサンタクロースはまだいると信じているのも、自分が幼いグレンにいう事を聞かせるために散々「良い子にしてないとサンタさんが来てくれませんよ」と言い続けたのが原因かもしれない。何しろ、セシリアもまだそこまで大人ではなくて……あの時のグレンを躾けるのに、良い言葉を持たなかったのだ。
しかも、自分や兄と違ってグレンには友人もいなかった。それゆえに、こういった物事の真実を知るタイミングを逃してきてしまったのだろう。
そう思えば、姉としても何かしらしてやりたい。そういうわけで、ドーヴィに依頼されたとおりに、グレンの願いが何なのか探りを入れているのだ。
「僕は……秘密では、だめですか?」
「まあグレン。私に内緒にしてしまうの? お姉さまは、寂しいですよ」
セシリアはわざと驚いたように言ってから、くすくすと笑った。それに対して、グレンは恥ずかしそうに俯く。
「ええ……恥ずかしいな」
「教えてくださらないかしら。グレンが教えてくれたら、私も欲しいものをグレンにだけ教えるから」
「うーん……姉上、絶対に秘密にしてくださいよ?」
その約束は守れるかはわからないが。セシリアは貴族令嬢として鍛えられたすまし顔で「ええ、もちろん」と答えた。
「僕は、マフラーをお願いしたのです。……ドーヴィの」
「あらまあ。護衛さんの?」
「はい。その……『俺は鍛えてるから大丈夫だ』って言ってばっかりで、いつも僕に厚着ばかりさせてくるから……ドーヴィも、マフラーあった方が暖かいよなぁって」
「そうね……」
これは……これは、ドーヴィさんに内容を伝えるのは、野暮なのでは!? とセシリアは一人、心の中で頭を抱えていた。本来であれば、セシリアが聞きだしてドーヴィに伝え、ドーヴィが調達してクリスマスイブの夜に枕元に置いてくれる予定になっていたが。これは……!
「本当なら、僕が買いに行けば良いのですが、その時間もありませんし……どうしてもそうなると、ドーヴィが護衛として同席してしまいますから」
「そうねえ、それだと秘密にできないものね。商人を城へ呼ぶのはどうかしら」
「まだ国政が不安定な状況で、国民の目も厳しいですからね。個人の事情で呼びつけるわけにはいきませんよ」
グレンは苦笑してから、すっかり大人びた表情で食後のホットミルクを口に運んだ。
「……わかりました」
この時、セシリアは決心した。この頑張り屋で健気な弟のために、何が何でもあの護衛にぴったりなマフラーを調達して見せる、と。そして渡す際には、もう包装も完璧に仕上げた状態で渡すに限る。
「それで、どういうデザインのマフラーをお願いしたのかしら」
「デザイン……? 特に考えてなかったです、あったかければ何でもいいかなって」
「よくありませんよ!!」
「あ、姉上?」
クワッと目を見開いてぴしゃりと言ってきたセシリアの豹変ぶりに、グレンはびくっと肩を跳ねさせた。
「いいですか、あの護衛の方……ドーヴィさんが着けていても恥ずかしくない、素晴らしいデザインのマフラーにしなさい」
「しなさいって……でも僕、そういう方面はからっきしで……」
セシリアはそこでグレンの顔をまじまじと眺めた。それから、何回か会ったあの長身の男の顔を思い浮かべる。
「……そうね、黒をベースに赤色のワンポイント、なんなら紫色も少しばかり取り入れるのも、きっといいわ」
「は、はあ……」
「わかったら、後でサンタさんへ追加のお手紙を出しなさい」
よくわからないなりに、グレンは末っ子として兄と姉の言う事に逆らうと面倒くさい、ということだけはわかっていたので、素直に「はい」と頷いておいた。
食事を終え、グレンは自室に戻って行った。きっと子供の頃のように「サンタさんが読めるようにお手紙を窓辺に置いておく」のに今からすぐ取り掛かるだろう、グレンは。実際のところ、サンタさんではなく両親が先に希望を聞いてプレゼントを用意していただけで、窓辺に手紙を置く必要は全くなかったのだが……。
(グレンは、いつ真実を知ることになるのかしらねえ……)
セシリアは歪に育ってしまった弟を想いながらひっそりとため息をつく。そして専属メイドを呼びだし「明日は買い物に出かけるわ」と告げた。
それはもちろん、サンタクロース……あるいは、ドーヴィの代わりにプレゼントを用意するため。明日頼めば、クリスマスイブ前日までには何とか間に合うだろう。
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