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第八章
第百十話 魔王対女神
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時間の矢がカルミナに迫り、カルミナはその身を包む球体状のシールドで矢を魔王さんに返す。しかし、時間の矢は進行方向をかえられた途端に動きを止め、カルミナを巻き込んで爆発を起こした。
爆炎が広がる中、魔王さんはカルミナへと接近していく。だが、カルミナのもとに辿り着く前に急停止し、大きく跳んで距離をとる。爆炎が紫色の霧へと変わったせいだろう。色からしておそらく毒の霧へと変化させたのだと考えられる。
その毒の霧の中から今度はカルミナが魔法の矢を放ってきた。変化の矢だ。魔王さんは着地したばかりだが問題ない。なにせまだ俺が見える速度でしか動いていないのだ。あの程度なら楽に躱せるだろう。
予想は当たり、魔王さんの姿が消える。それとほぼ同時にカルミナの後ろに現れた。その手は強烈に輝く紫紺の光で覆われている。そしてカルミナが振り返るより早く、その手はシールドを切り裂いた。
やはり速い。尋常ではない速度だ。離れた位置から全体を見ている俺でも移動している姿は全く見えなかった。かろうじて見えたのは手刀を振り抜くところだけだ。対峙しているカルミナが遅れたとはいえ反応し、体を傾けただけでも異常なことだと思う。
両者の距離は近い。そのうえカルミナはシールドを失っている。続けて攻撃を仕掛けていた魔王さんの拳はカルミナに当たり、そして吹き飛んだ。カルミナではない。魔王さんがだ。
何が起きた!? 魔王さんの拳が当たった瞬間、跳ね返されたようにしか……まさか……
「二重のシールドか……衝撃の方向まで変えられるとはな」
空中で自らを減速したのだろう。たいして飛ばされることなく魔王さんは着地した。怪我はないように見える。そして魔王さんの発した言葉は俺の考えと同じものだった。
球体状に展開していたシールドは見せ札で、本当の防御は体に張り付く膜のようなシールドを張っていただと思う。あの一瞬、微かに体が光っていたように感じたのだ。球体状のシールド越しじゃわからないうえ、さっきはなかった。もう一度破られる可能性を見越していたのだろう。
『シールドの二重展開程度、あなたにもできるでしょう? 魔力さえあれば。ふふ、さっきの攻撃も、もっと魔力を込めていれば無効化できたはずですよ?』
「知ってのとおり、邪神から世界を守るために魔力を使い続けていてな。つい節約してしまった」
『魔王が世界を守るとは、魔に堕ちてもさすがは元勇者といったところですね。私としては予想どおりすぎて拍子抜けもいいところです。唯一、私と対等に戦える可能性があるあなたが、勝手に自滅してくれてるのですから』
「対等? 世界を人質にしなければ俺に勝てないと思ったんだろう? これくらいなら丁度いいハンデだ」
『減らず口を!!』
突如、カルミナの周囲に拳ほどの大きさの魔法球が出現した。数は五十は超えている。もしかしたら百近くあるかもしれない。
一斉に魔王さんのもとに向かうかと思いきや、魔法球はゆっくりとした動きで広がっていく。ただ、広がるにつれてさらに魔法を追加しているようで、間隔は狭い。身を捩っても間を通ることはできないだろう。
魔法球は変化の属性もあるが、白い光もある。光属性のものも混ぜているようだ。その意図はわからない。しかし、このままだと辺り一面カルミナの魔法で埋め尽くされてしまいそうだった。
……たぶん俺へのけん制の意味もあるんだろうな。たまにカルミナの視線を感じてるし、動こうとすると変化の矢が飛んできてた。俺、というよりかは破壊の力を警戒してるんだと思うけど。
二人の戦闘がはじまってからまだ十分もたっていない。その間、俺もただ立っていたわけではなく、カルミナの気を逸らそうと移動をしてみたり、わかりやすく魔力を溜めるふりを見せてはいた。隙を作ることは出来なかったが、全方位への攻撃を見るに嫌がらせにはなっていたようだ。
このタイミングで俺の魔力が回復をはじめる。遅効性の魔力活性薬の効果だ。すでに三本飲みきっており、今の回復効果は二度目となる。これで魔力のほうは完全回復だ。魔王さんのほうも同じように回復しているところだろう。
魔王さんが動く。ゆっくりとした足取りでまっすぐカルミナに向かっている。その体からは紫紺の光が放出されており、魔法球への対策はしているようだ。
俺が思うにカルミナの魔法は攻撃でも防御でもない。時間稼ぎと魔力消費が狙いだと思う。
時間をかければそれだけ世界の崩壊を止めている魔王さんに負担がかかる。魔法球も光属性を混ぜ、特殊属性で対処しやすい部分をわざと作っているようにしか見えない。ただ、それでも魔王さんは誘いに乗った。おそらくカルミナが想定したとおりに動いている。
魔王さんは放出している光の範囲を広げた。魔法球は範囲内に入ると動きが遅くなる。特に光属性の球はほぼ停止しているといってもいい。一定だった速度にずれが生じ、魔王さんはそのずれて出来た隙間を縫うようにして歩いていく。
カルミナは魔法球を追加してはいるようだが動いてはいない。その顔は薄く微笑んでいる。ただ、目だけは冷たい。そして魔王さんをかなり注視しているようにも感じる。俺に対する警戒が減っていそうだった。
俺は動きを悟られないようにゆっくりと後ろへ下がりはじめる。カルミナからは離れているはずなのに、魔法球は近くなってきていた。
一方、魔王さんは動きはじめた俺とは対照的に、動きを停止する。魔法球を避けて歩くのを止め、棒立ちとなった。カルミナとの距離はまだ少しある。接近戦をするには遠い。
微妙な距離で突然動きを止めたせいか、カルミナはさらに警戒したようだ。魔法球の新たな作成を止め、今ある魔法球の動きが変わりはじめる。
俺の近くまで来ていた魔法球が戻っていく。他のも同様だ。どうやら広げていた魔法球を自分のもとへと集めているらしい。
魔王さんはその場に立ったままだ。だが、時間属性の紫紺の光を周囲に放出しているのは変わっていない。動きが変わった魔法球に焦るわけでもなく、何故か懐からお守りのようなものを取り出していた。
カルミナの顔が驚愕に染まる。魔法球の動きが加速していく。しかし、魔王さんのもとには辿り着けない。
そのとき、魔王さんはお守りに向かって拳を振るっていた。
目を潰さんばかりの強烈な紫紺の光に包まれた拳は、お守りに触れると吸い込まれるようにして消えていく。そして消えた拳はカルミナの腹部のすぐ前、揺らいだ空間から現れた。
『がぁ!?』
カルミナが吹き飛ぶ。自身が生み出した魔法球へと突っ込んでいく。
変化の魔法球に当たったカルミナは不自然に吹き飛ぶ方向が変わった。速度も増しているように見える。どうやら、あの魔法球はランダムな方向に弾き飛ばす効果があったようだ。
ピンボールのように跳ね回るが、それはかすかな時間だった。光属性の魔法球と接触し、爆発したと同時にすべての魔法球が消えたのだ。
魔法球が消えたことで追撃できる状況になったが、魔王さんは動かない。いや、動く必要がないのだろう。
カルミナは自分が有利なるために時間稼ぎをしていたつもりだろうが、俺たちも時間稼ぎが目的だ。ただもう少し時間がいる。魔王さんもそれが分かっているので、時間を稼ごうとしているのだと思う。
『……ふぅ、いいのですか? 追撃しなくて。先ほどの空間属性の魔道具には驚かされましたが、あなたがその使い手を封じたところまでは見ています。一つきりの奥の手だったのでは?』
「奥の手というほどのものではないな。たまたま手に入れたものだ。それに追撃する必要もない」
『追撃の必要がない? あなたにしては消極的な攻め方でしたが、時間稼ぎでもしているつもりですか? そんなことをしても不利になるのはあなただけですよ?』
「そうでもない。今ので確かめられたからな」
カルミナは怪訝な顔をしている。魔王さんが何を確かめていたのかわからなかったのだろう。だが、俺もしっかりと見て確認できた。俺と魔王さんの攻撃が当たり、ダメージを受けたカルミナをだ。
「カルミナ、おまえはその少女が傷つけば同じようにダメージを受けているな? 以前ドルミールが推測していたが、念のためにそれを確認していた」
『…………それで? この体を壊しても私は死にませんよ?』
「だが大きくダメージを負うだろう? それに肉体が無くなれば、干渉しづらくなるはずだ。戦いで力を使い、ダメージを負い、それでいて肉体まで無くなれば、封印も出来るというものだ」
『……それが狙いですか。しかし、この体はツカサの仲間のものです。彼がこの少女の死を許容するとでも?』
カルミナがこちらを見てくる。俺は動じず、無表情を貫く。
「ツカサには話してある。覚悟の証明としておまえへの初撃も任せた。……そういえば、そのときも死んでもいいのかと言っていたな。人質にしたわりに、おまえのほうが少女の死を気にしているようだ」
『この体の生死について、私が思うことはありません。それにツカサに覚悟ができているとも思えませんね。死ぬ寸前で取り乱すことでしょう』
「その可能性も考えてある。だから俺が前に出た。俺にも少女に思うことはないからな」
『……』
カルミナは考えているようだ。ちらちらと俺のほうを見てくるが表情は変えない。ただまっすぐカルミナを見る。
魔王さんの言葉に嘘はない。アリシアに思い入れはないだろうし、時間稼ぎをしながらでも本気で攻撃を仕掛けている。その結果、死んでもいいと思っているかもしれない。ただ、頭が吹き飛ぶや全身が消失するなどの即死でなければ必ず救うとも言ってくれている。だから俺は動揺することなく、待ち続けることができていた。
「傷が減ったな。そろそろ治しきったか? まだならもう少し待ってやる。存分に力を使え」
『……』
「人間の体は脆い。それが少女なら尚更だ。おまえのことだ、怪我を無視して動くことはできるのだろう。だが痛みは感じてる。少女との繋がっているからだ。繋がり方を変えれば、痛みは消せるはずなのにそれをしない。すでにいくつも変えているな? だからそれ以上変えれば、その体に留まれない。違うか?」
魔王さんの問いにカルミナが答えることはなかった。そもそもアリシアとカルミナの繋がりは封印の魔法陣にある。その繋がり方を変え、アリシアの体を乗っ取っることができても、新しい繋がりは作れないのだろう。細いつながりである。無茶苦茶に変えてしまえば、耐えられずに壊れてしまってもおかしくはない。
『……ふふ、あなたが来ると分かったときに、人質の価値が無くなる可能性も考えてはいました。たしかにあなたなら少女を殺すことに躊躇しないでしょう。ですがそれは世界と引き換えにした場合のみ。目の前に救える命があるときは不利になると分かっていても助けてましたね?』
「望んでなったわけではないが、勇者として期待されてたからな。で、それがどうした? 時間稼ぎに昔話でもしたくなったか?」
『いいえ。ただ単に人質の価値がなくとも、利用できると思っただけです。言ったでしょう? 価値がなくなる可能性も考えていたと。すでに対策済みです』
その言葉とともにカルミナは手が白く輝く。光属性でオーラ型の魔法だ。握るのではなく手刀の形をとっている。カルミナの魔力と魔法技術なら岩すら簡単に切り裂けるだろう。
鋭利なナイフのようになった手が動く。
俺も魔王さんも届く距離にはいない。
『ぐっ……ふふ』
鮮血が飛び散る。
カルミナは口から血を流しながらも嗤っていた。そしてその輝く手は自らの、アリシアの胸を貫いていた。
爆炎が広がる中、魔王さんはカルミナへと接近していく。だが、カルミナのもとに辿り着く前に急停止し、大きく跳んで距離をとる。爆炎が紫色の霧へと変わったせいだろう。色からしておそらく毒の霧へと変化させたのだと考えられる。
その毒の霧の中から今度はカルミナが魔法の矢を放ってきた。変化の矢だ。魔王さんは着地したばかりだが問題ない。なにせまだ俺が見える速度でしか動いていないのだ。あの程度なら楽に躱せるだろう。
予想は当たり、魔王さんの姿が消える。それとほぼ同時にカルミナの後ろに現れた。その手は強烈に輝く紫紺の光で覆われている。そしてカルミナが振り返るより早く、その手はシールドを切り裂いた。
やはり速い。尋常ではない速度だ。離れた位置から全体を見ている俺でも移動している姿は全く見えなかった。かろうじて見えたのは手刀を振り抜くところだけだ。対峙しているカルミナが遅れたとはいえ反応し、体を傾けただけでも異常なことだと思う。
両者の距離は近い。そのうえカルミナはシールドを失っている。続けて攻撃を仕掛けていた魔王さんの拳はカルミナに当たり、そして吹き飛んだ。カルミナではない。魔王さんがだ。
何が起きた!? 魔王さんの拳が当たった瞬間、跳ね返されたようにしか……まさか……
「二重のシールドか……衝撃の方向まで変えられるとはな」
空中で自らを減速したのだろう。たいして飛ばされることなく魔王さんは着地した。怪我はないように見える。そして魔王さんの発した言葉は俺の考えと同じものだった。
球体状に展開していたシールドは見せ札で、本当の防御は体に張り付く膜のようなシールドを張っていただと思う。あの一瞬、微かに体が光っていたように感じたのだ。球体状のシールド越しじゃわからないうえ、さっきはなかった。もう一度破られる可能性を見越していたのだろう。
『シールドの二重展開程度、あなたにもできるでしょう? 魔力さえあれば。ふふ、さっきの攻撃も、もっと魔力を込めていれば無効化できたはずですよ?』
「知ってのとおり、邪神から世界を守るために魔力を使い続けていてな。つい節約してしまった」
『魔王が世界を守るとは、魔に堕ちてもさすがは元勇者といったところですね。私としては予想どおりすぎて拍子抜けもいいところです。唯一、私と対等に戦える可能性があるあなたが、勝手に自滅してくれてるのですから』
「対等? 世界を人質にしなければ俺に勝てないと思ったんだろう? これくらいなら丁度いいハンデだ」
『減らず口を!!』
突如、カルミナの周囲に拳ほどの大きさの魔法球が出現した。数は五十は超えている。もしかしたら百近くあるかもしれない。
一斉に魔王さんのもとに向かうかと思いきや、魔法球はゆっくりとした動きで広がっていく。ただ、広がるにつれてさらに魔法を追加しているようで、間隔は狭い。身を捩っても間を通ることはできないだろう。
魔法球は変化の属性もあるが、白い光もある。光属性のものも混ぜているようだ。その意図はわからない。しかし、このままだと辺り一面カルミナの魔法で埋め尽くされてしまいそうだった。
……たぶん俺へのけん制の意味もあるんだろうな。たまにカルミナの視線を感じてるし、動こうとすると変化の矢が飛んできてた。俺、というよりかは破壊の力を警戒してるんだと思うけど。
二人の戦闘がはじまってからまだ十分もたっていない。その間、俺もただ立っていたわけではなく、カルミナの気を逸らそうと移動をしてみたり、わかりやすく魔力を溜めるふりを見せてはいた。隙を作ることは出来なかったが、全方位への攻撃を見るに嫌がらせにはなっていたようだ。
このタイミングで俺の魔力が回復をはじめる。遅効性の魔力活性薬の効果だ。すでに三本飲みきっており、今の回復効果は二度目となる。これで魔力のほうは完全回復だ。魔王さんのほうも同じように回復しているところだろう。
魔王さんが動く。ゆっくりとした足取りでまっすぐカルミナに向かっている。その体からは紫紺の光が放出されており、魔法球への対策はしているようだ。
俺が思うにカルミナの魔法は攻撃でも防御でもない。時間稼ぎと魔力消費が狙いだと思う。
時間をかければそれだけ世界の崩壊を止めている魔王さんに負担がかかる。魔法球も光属性を混ぜ、特殊属性で対処しやすい部分をわざと作っているようにしか見えない。ただ、それでも魔王さんは誘いに乗った。おそらくカルミナが想定したとおりに動いている。
魔王さんは放出している光の範囲を広げた。魔法球は範囲内に入ると動きが遅くなる。特に光属性の球はほぼ停止しているといってもいい。一定だった速度にずれが生じ、魔王さんはそのずれて出来た隙間を縫うようにして歩いていく。
カルミナは魔法球を追加してはいるようだが動いてはいない。その顔は薄く微笑んでいる。ただ、目だけは冷たい。そして魔王さんをかなり注視しているようにも感じる。俺に対する警戒が減っていそうだった。
俺は動きを悟られないようにゆっくりと後ろへ下がりはじめる。カルミナからは離れているはずなのに、魔法球は近くなってきていた。
一方、魔王さんは動きはじめた俺とは対照的に、動きを停止する。魔法球を避けて歩くのを止め、棒立ちとなった。カルミナとの距離はまだ少しある。接近戦をするには遠い。
微妙な距離で突然動きを止めたせいか、カルミナはさらに警戒したようだ。魔法球の新たな作成を止め、今ある魔法球の動きが変わりはじめる。
俺の近くまで来ていた魔法球が戻っていく。他のも同様だ。どうやら広げていた魔法球を自分のもとへと集めているらしい。
魔王さんはその場に立ったままだ。だが、時間属性の紫紺の光を周囲に放出しているのは変わっていない。動きが変わった魔法球に焦るわけでもなく、何故か懐からお守りのようなものを取り出していた。
カルミナの顔が驚愕に染まる。魔法球の動きが加速していく。しかし、魔王さんのもとには辿り着けない。
そのとき、魔王さんはお守りに向かって拳を振るっていた。
目を潰さんばかりの強烈な紫紺の光に包まれた拳は、お守りに触れると吸い込まれるようにして消えていく。そして消えた拳はカルミナの腹部のすぐ前、揺らいだ空間から現れた。
『がぁ!?』
カルミナが吹き飛ぶ。自身が生み出した魔法球へと突っ込んでいく。
変化の魔法球に当たったカルミナは不自然に吹き飛ぶ方向が変わった。速度も増しているように見える。どうやら、あの魔法球はランダムな方向に弾き飛ばす効果があったようだ。
ピンボールのように跳ね回るが、それはかすかな時間だった。光属性の魔法球と接触し、爆発したと同時にすべての魔法球が消えたのだ。
魔法球が消えたことで追撃できる状況になったが、魔王さんは動かない。いや、動く必要がないのだろう。
カルミナは自分が有利なるために時間稼ぎをしていたつもりだろうが、俺たちも時間稼ぎが目的だ。ただもう少し時間がいる。魔王さんもそれが分かっているので、時間を稼ごうとしているのだと思う。
『……ふぅ、いいのですか? 追撃しなくて。先ほどの空間属性の魔道具には驚かされましたが、あなたがその使い手を封じたところまでは見ています。一つきりの奥の手だったのでは?』
「奥の手というほどのものではないな。たまたま手に入れたものだ。それに追撃する必要もない」
『追撃の必要がない? あなたにしては消極的な攻め方でしたが、時間稼ぎでもしているつもりですか? そんなことをしても不利になるのはあなただけですよ?』
「そうでもない。今ので確かめられたからな」
カルミナは怪訝な顔をしている。魔王さんが何を確かめていたのかわからなかったのだろう。だが、俺もしっかりと見て確認できた。俺と魔王さんの攻撃が当たり、ダメージを受けたカルミナをだ。
「カルミナ、おまえはその少女が傷つけば同じようにダメージを受けているな? 以前ドルミールが推測していたが、念のためにそれを確認していた」
『…………それで? この体を壊しても私は死にませんよ?』
「だが大きくダメージを負うだろう? それに肉体が無くなれば、干渉しづらくなるはずだ。戦いで力を使い、ダメージを負い、それでいて肉体まで無くなれば、封印も出来るというものだ」
『……それが狙いですか。しかし、この体はツカサの仲間のものです。彼がこの少女の死を許容するとでも?』
カルミナがこちらを見てくる。俺は動じず、無表情を貫く。
「ツカサには話してある。覚悟の証明としておまえへの初撃も任せた。……そういえば、そのときも死んでもいいのかと言っていたな。人質にしたわりに、おまえのほうが少女の死を気にしているようだ」
『この体の生死について、私が思うことはありません。それにツカサに覚悟ができているとも思えませんね。死ぬ寸前で取り乱すことでしょう』
「その可能性も考えてある。だから俺が前に出た。俺にも少女に思うことはないからな」
『……』
カルミナは考えているようだ。ちらちらと俺のほうを見てくるが表情は変えない。ただまっすぐカルミナを見る。
魔王さんの言葉に嘘はない。アリシアに思い入れはないだろうし、時間稼ぎをしながらでも本気で攻撃を仕掛けている。その結果、死んでもいいと思っているかもしれない。ただ、頭が吹き飛ぶや全身が消失するなどの即死でなければ必ず救うとも言ってくれている。だから俺は動揺することなく、待ち続けることができていた。
「傷が減ったな。そろそろ治しきったか? まだならもう少し待ってやる。存分に力を使え」
『……』
「人間の体は脆い。それが少女なら尚更だ。おまえのことだ、怪我を無視して動くことはできるのだろう。だが痛みは感じてる。少女との繋がっているからだ。繋がり方を変えれば、痛みは消せるはずなのにそれをしない。すでにいくつも変えているな? だからそれ以上変えれば、その体に留まれない。違うか?」
魔王さんの問いにカルミナが答えることはなかった。そもそもアリシアとカルミナの繋がりは封印の魔法陣にある。その繋がり方を変え、アリシアの体を乗っ取っることができても、新しい繋がりは作れないのだろう。細いつながりである。無茶苦茶に変えてしまえば、耐えられずに壊れてしまってもおかしくはない。
『……ふふ、あなたが来ると分かったときに、人質の価値が無くなる可能性も考えてはいました。たしかにあなたなら少女を殺すことに躊躇しないでしょう。ですがそれは世界と引き換えにした場合のみ。目の前に救える命があるときは不利になると分かっていても助けてましたね?』
「望んでなったわけではないが、勇者として期待されてたからな。で、それがどうした? 時間稼ぎに昔話でもしたくなったか?」
『いいえ。ただ単に人質の価値がなくとも、利用できると思っただけです。言ったでしょう? 価値がなくなる可能性も考えていたと。すでに対策済みです』
その言葉とともにカルミナは手が白く輝く。光属性でオーラ型の魔法だ。握るのではなく手刀の形をとっている。カルミナの魔力と魔法技術なら岩すら簡単に切り裂けるだろう。
鋭利なナイフのようになった手が動く。
俺も魔王さんも届く距離にはいない。
『ぐっ……ふふ』
鮮血が飛び散る。
カルミナは口から血を流しながらも嗤っていた。そしてその輝く手は自らの、アリシアの胸を貫いていた。
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