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11 まひる編 おさななじみ
しおりを挟む自分の周りにあるもの、私が目にして、聞いて、感じたこと。それ以外はいつも、信じてみることが怖かった。
奇跡が起きないのはわかっている。小学生の頃それを確かめたくて何度も観覧車に乗った。結局、初めから無いものを求めてはいけないと知ったに過ぎなかった。
でも、もしも、もしもまだ、ほんの少しでも、それがどんなに馬鹿げていることだとしても、希望があるのなら……。
中学へ入学した途端、下の名前で呼び合ってるだけで、周りからいろんなことを言われた。夫婦だ、なんて笑われたり、ふざけているだけでいちいち騒がれたり。
だから蒼太と話をするのをやめた。蒼太も同じように話しかけてこなくなった。目を合わせるのすら、避けるようになった。
保育園の時から一緒で、家に泊まりっこしたり、遊園地へ行ったり、家族ぐるみで遊んでいたのに。そんなこと全然なかったみたいに、私たちは中学の三年間、知らん顔を続けた。
幼なじみなんて面倒くさい。お互いのことを何でも知っていて、恥ずかしくて居心地が悪い。
わだかまりを拭えずにいた私たちは、偶然同じ高校へ進学していた。家から一番近い公立高校。入学してからも別クラだったから、話すどころか、会うことも滅多に無かった。
だから声を掛けられた時、蒼太じゃなくて別の人かと思ってしまった。
「何してんの?」
土手の上で自転車を停めた蒼太は、鞄を振り回しながらこちらへ歩いて来た。私も彼も学校帰りで制服を着たまま。
「聞こえてる? 何してんのかって、聞いてるんですがー」
無言で彼を見つめていた私に向かって、蒼太が大きな口を開けて言った。
「……ちょっと、探し物」
「こんなとこで? 何探してんだよ。チャリキーかなんか落とした?」
何で普通に話しかけてくるの? 頭の中が混乱している。だって、何年振りだろう、こんな近くで話をするの。
土手の上にある外灯がオレンジ色に光り始めた。
「暇だから一緒に探してやるよ」
「暇って、部活やってなかったっけ?」
意識してるって思われるのも何だか悔しいから、私も普通に答えた。昔みたいに。
「俺バイトしたかったから、入らなかったんだ。まひるは?」
まひるって呼ぶ彼の声が懐かしかった。
「私もやってないよ。中学の時だけで十分。自分の時間がもっと欲しいし」
「そか」
土手の上から綺麗なベルの音が高く響いた。見上げると小学生たちが列を作って自転車で通り過ぎて行くのが見えた。
そういえば小学校の頃、蒼太と夕方ずっと歩き回って、結局交番に連れて行ってもらったことがあったっけ。
あの時も、探してたんだ。
「で? 結局チャリキーじゃないの? 何なの?」
「……誰にも言わないって約束する?」
「多分」
「多分じゃ駄目」
「言わない言わない、ぜーったい誰にも言わないから!」
どうして蒼太は私が探している時に、いつも傍にいるんだろう。
「な、なに笑ってんだよ」
「だって蒼太、小学校の頃とおんなじ顔してるんだもん。それ、蒼太のお母さんにもよく言ってたよね? 結局いつもバラすから、げんこつ何発ももらってたじゃん」
今もまだ、変わってないんだよね?
「よく覚えてるな。だから幼馴染みってめんどいんだよなー。あーあ」
自分でも面倒って思ってたのに、蒼太に言われて傷ついている私がいた。どうしてだろう。よく、わからない。
「葉っぱ拾ってどうすんの?」
ズボンのポケットに両手を突っ込み、石ころを蹴っ飛ばしていた蒼太が、紺色の空を仰いだ。
「銀色の葉っぱがあるんだって」
「銀色?」
「この銀杏の葉の中に一枚だけ銀色の葉っぱがあって、探し出すと」
「探し出すと?」
「会えるんだって」
「会える? 誰に?」
葉を拾い続ける私に、尚も蒼太が続けた。
「これさ、いつからやってんの?」
「……昨日」
「はあ!? つかもう、葉っぱなんてほとんど残ってないじゃん。落ち葉も少ないし。これアウトだろ」
「だって昨日知ったんだもん! 仕方ないでしょ……!」
思わず涙声になってしまった。
「あー……わかったよ。俺も探すから」
「いい。自分で探す」
「なんか、そういうとこ全然変わってないよな。頑固っていうか、意地っ張りっていうか
ため息を吐いて緑と青のタータンチェックのマフラーを巻き直した蒼太は、私へ一歩近づいた。
「初恋の人とか?」
「え?」
「会いたい人って」
蒼太がニヤリと笑った。これは悪戯したり、悪巧みしている時の顔。保育園の時から全然変わってない。
「な、何でそうなるの? 馬鹿じゃない!?」
「あれだろ? ほら六年の時に陸上競技大会に出てた、足の速い……。なんてったっけ名前」
しゃがんで銀杏の葉を数枚拾った蒼太は、突然表情を変えて立ち上がり、葉を上に投げた。
「思い出した、金田だ、金田! 懐かしいなー。あいつ、どこ高行ったんだっけ。いてーっ!」
黙らせるために蒼太の脛を狙ってやった。
「ち、違うし! 初恋とかほんっと違うし……! ていうか、今そんなの探してないし!」
「おっまえ、でかい石を蹴るなっての。チャリ漕げなくなるだろが! うーいてー」
右膝を折って脛をさすりながら、蒼太はぴょんぴょん飛び回ってる。
銀杏の樹を見上げた。蒼太が言った通り、もう枝には葉が残り少ない。銀色に光ったものなんて、ない。
「お母さん」
物心ついた時から、口にしただけで喉の奥が苦しくなる「お母さん」という言葉。小さな声で呟いたのに、立ち止まった蒼太が私を見つめて頷いた。
「……そっか」
彼は、私を馬鹿にしなかった。時計台を探してくれた時と同じように。
そのあともただ黙々と、一緒に銀杏の葉を拾ってくれた。
夕暮れ時、空が昼間と夜の間の顔を見せる時間。大切な幼なじみと、あてのない伝説を探し続けた。
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