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プロローグ
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多視点でお話が進みます。
+++
黄色い絨毯に誘われて、その人を待ち続ける。葉を拾っては捨て、拾っては捨てて、思いを積み重ねていく。
川の向こうに続く夕焼けは、いつの間にか紺色に包まれていた。
「……一月二十四日。十八時間もかかった」
三十枚目に手を伸ばした時。
「まひる!」
自転車が止まる音と同時に名前を呼ばれた。振り向くと私と同じ学校帰りの蒼太が、土手の上からこっちを睨み付けている。
「もしかして、またやってんのか? 去年のやつ」
「うん」
眉を寄せ、大きく溜め息を吐いた幼なじみは、自転車をその場に止めて鞄を手に持ち、私の方へ駆け下りてきた。
「俺も探す」
「いいよ」
「一人じゃ危ないだろ。もう暗いんだし」
しゃがんだ蒼太は、私と一緒にそれを探し始めた。
都市伝説になったとかならないとか、随分昔に広まったという噂を去年、もうほとんど葉が落ちてしまった頃に知った。
樹齢なんてわからない大きな銀杏の樹が、土手の上に一本だけ植えられている。そこから落ちる葉は風に乗り、無数に辺りへ散らばっていた。その中のたった一枚。時間は夕方の五時から七時の間限定。
「言えよな」
「何を?」
「探すんだったら言えよ。メールでもいいんだし」
制服の上にカーディガンを羽織っている蒼太は、鞄を草の上へ乱暴に置いた。
「髪伸ばしてんの?」
「悪い?」
「この間、下駄箱で告られてただろ」
「……なんで知ってんの」
「付き合うの?」
「蒼太だって一年生に告られてたじゃん」
彼のズボンと同じ色のスカートへ、銀杏の葉が一枚くっついた。
「お前こそ何で知ってんだよ」
「私は付き合わないよ。蒼太は?」
彼は顔を上げて私を無言で見つめた。いつの間にか、蒼太の背は前よりずっと伸びている。土手のすぐ後ろは車が頻繁に行き交う道路。外灯も並んでいるからそれほど暗いわけじゃない。
「……俺も」
五回目の夕方。落ち葉はどんどん増えて、途方も無い数になっていた。
「四月八日。初めて声を出して笑った。かわいい、かわいい、かわいい」
「ねーよー。全然ねーよー。そっちあったー?」
少し離れた場所で、幼なじみは大きな声を出した。
「お前、さっきから何ぶつぶつ言ってんの?」
「見つける為のおまじない」
聞こえにくいと言って、蒼太は私の近くへやってきた。空を見上げたまま、ぽかんと口を開けている。
「なあ」
「……」
「なあって」
「なに?」
「ここってあの臭いやつ落っこちてないんだっけ? ほら茶碗蒸しに入ってる、ちっこい丸いの」
「ぎんなん?」
「そう、それそれ。俺、中学ん時踏んじゃってさ。それも、限定で買った俺のナイキくんをうう」
「この樹には生らないの。去年も言ったじゃん」
「そうだったっけ。じゃあ平気だな」
蒼太は言い終わる前に、ごろりと土手へ寝転んだ。
「小学生の頃、お前さあ」
気持ちよさそうにしてるから、私も静かに蒼太の横へ仰向けになってみた。
「やたら上の方、上の方にのぼりたがってたよな。ジャングルジムのてっぺんとか、登り棒の一番上とか、行っちゃいけないのに屋上出ようとして叱られてさ、先生に」
蒼太の声が耳に心地よかった。
「お前の父ちゃんとお前と俺んちで、遊園地行ったじゃん? お前が何度も観覧車乗ろうっつってさ」
彼が見ていた風景と、私が知っている思い出が、今上手く重なっているのかはわからないけれど。
「観覧車の頂上に来た時、俺ら皆、下の景色見てんのに、お前だけ……」
「……」
「まひるだけ、頂上よりもっと上の方見てた」
銀杏の葉の上は、昼間の日差しの温もりがほんの少しだけ残っている。私の右手を蒼太が自分の左手でそっと握った。遠くの空には星が光ってる。
蒼太は何も言わない。私だって、何も言わない。
小さい頃はこうしてよく手をつないだけど、いつからだろう。恥ずかしくて、話もしなくなって、目も合わせなくなって、中学の時はずっとお互い知らん顔してた。同じ高校に入って、クラスも一緒になって、少しずつ昔みたいに笑えるようになって、いつの間にかまた、私のそばに蒼太がいる。
「……あのさあ」
「うん」
「もし本当に、お母さんが現れたら、お前何て言うの?」
あれは、何ていう星なんだろう。
「ていうか、俺はなんて挨拶すればいい?」
「それ去年も私に聞かなかった? まだビビってんの?」
わかってる。
「別に全っ然ビビってねーし」
私だって本気になんかしていない。
「でもさ、間違えて俺のじーちゃんとか出てきちゃったらお前どうする?」
「空気読めって叫んでやる」
「うっわ、じーちゃんかわいそ」
わかってるよ蒼太。これが馬鹿げていて、無駄なことだって、そんなこと初めからわかってる。だからって怖いものみたさとか、そういう軽い気持ちじゃないんだよ。
昔のビデオや写真や思い出の品なんて見ても実感が湧かなくて、それがたまにとてつもなく寂しく思えた。だから何でもいいから理由を付けて、この気持ちを何とかしたかっただけ。
黒い空に大きく光る星のそばに、消えそうな小さい星が寄り添ってる。
「何言ったらいいかなんて、わかんないよ、そんなの」
ひらひらとまた一枚、銀杏の葉が落ちてきた。
「全然わかんない」
繋いでいない方の手を伸ばしてその葉を掴む。
「でも会いたいの。一度でいいから会ってみたい」
それは当たり前に鮮やかな黄色だった。
「会ってみたいんだよ」
夢にすら出てきてはくれない人に、一度だけでもいいから。
「わかった。……ごめん」
かさ、と葉の音がしたと同時に、手を放した蒼太は私のすぐそばに体を寄せた。私の頬を両手で押さえた蒼太は、前髪ごと私のおでこにキスをした。それは遠くに見える小さな星と同じくらいの消えそうな感触で、優しくて、今私たちが埋もれそうになっている銀杏の葉のように、ささやかな温かさだった。
机の引き出しから一冊のノートを取り出してひらく。ガラガラやよだれかけ、小さなワンピに、ひらひらが付いている帽子なんかと一緒に段ボールから見つけたもの。
五月二十一日。夜泣きが続いて眠れない。外を散歩する時、やすくんも一緒に来てくれた。まひるもご機嫌。お土産にねこじゃらしを一本取ってきた。
六月二日。まひるをおんぶして買い物。スーパーで年配の人に今時珍しいと褒められた。まひるが可愛いと言われたのが一番嬉しい。
六月十五日。毎日雨。でも今年はまひるがいるから退屈じゃない。ほっぺをつつくとにっこり笑った。お餅みたい。
育児日記はここで途切れ、その後何も書き込まれることはなかった。
雨の日も、木枯らしが吹く日も、蒼太は私に付き合ってくれた。手には必ずあったかいものを持って。今夜は蓋付きの缶に入っているミルクココア。
「夜じゃなきゃ駄目ってのがキツイよな」
「だって、昼間は出てこれないんじゃないの? 常識的に言って」
「常識ねえ」
「昼と夜の境目を過ぎた頃なんだよね」
「あのな、怖い言い方すんなよ」
缶を口につけた蒼太が辺りを見回す。
「お前寒くないの?」
「大丈夫。蒼太は?」
「俺も全然平気」
虫の声もだんだん聴こえなくなってきた。星だって、前よりずっとはっきり見える。
「あーあ。今日体育でさ、フジ先がいきなり校庭五週とか言いやがってさ。マジ疲れたわ」
さっさと飲み終わった蒼太は、いつもみたいに、ごろりと横になった。
「最近機嫌悪いよね」
「あいつ絶対彼女にフラれたな」
眠そうに瞼をこすった蒼太は、私が返事をする間もなく眠ってしまった。規則正しい寝息を聞いて、私まで眠気に襲われる。
膝を抱えて座ったまま俯いた時、すぐ傍でかさと音がした。顔を上げると月明かりと外灯が目に眩しい。今夜は車も通らないせいか、土手全体がすごく静かだ。何だかあったかい。どこからか懐かしくていい匂いがする。とっても気持ちがいい。隣に座っている人が私へ言った。
「これ、まひるちゃんにあげる」
「え?」
「探してたんでしょ? 銀色の葉っぱ」
「あ、はい。でもなんで私の名前」
「ほら、手出して?」
差し出されたハートの形をした葉が、星みたいに輝いてる。受け取ろうと手を伸ばすと、目の前いっぱいに星空が広がり、他は何も見えなくなった。
「今、いた!?」
蒼太が飛び起きて大声を出すから、驚いた私まで同時に飛び起きた。飛び起きた? 今私、起きてたのに?
「今、そこにいたよな?」
ぼんやりしている私の隣を蒼太が指差し、しばらくしてから呟いた。
「夢、だったかな」
「……うん」
何も伝えられなかった。言いたいこと何一つ、言葉にできなかった。
「夢じゃないかもしれないけど、でもやっぱり……夢だよ」
私はいつの間にか手にしていた銀杏の葉を、蒼太に見えないよう一人確かめた。
「そっか。でもまあ、とりあえず俺のじーちゃんじゃなくてホッとしたわ」
蒼太が跳ねるように立ち上がる。私も慌てて腰を上げて、一度息を吸い込み、彼の名を呼んだ。
「蒼太」
振り向いた蒼太の前に立ち、彼を見上げた。背も高くなって、体も男っぽっくなって、声も低くなって、でもちっとも変わらない目で私を見つめてくれる人。
「ありがとね」
「……何だよ、急に」
「蒼太、大好きだよ」
笑ったつもりなのに涙が溢れて零れた。彼は一瞬驚いて、そのあとすぐに私の手元へ視線を送った。気付いた蒼太は私を引き寄せ、強く、とても強く抱きしめた。
「俺がいるからいいじゃん。な?」
腕の中で私の顔を覗きこむ。髪と髪が触れ合ってくすぐったかった。蒼太の体からは、私の知らない男の子の匂い。
「俺がまひると、ずっと一緒にいる」
「……うん、うん」
「また来年も一緒に探してやるから。そしたらまた、会えるかもしれないじゃんか」
蒼太の大きな手が私の頭をすっぽり包み、優しく慰めてくれた。
「来年は、蒼太のおじいちゃん?」
「ばーか」
土手の後ろの道路を走る車の音。散歩をする人と犬の足音。自転車で通り過ぎる人。ふざけながらはしゃぐ女子高生たち。さっきはあんなに静かだったのに。
「でもまあ、それもいっか」
てのひらに残されていたのは、いつもと同じ、光ることのない黄色の葉だった。
+++
黄色い絨毯に誘われて、その人を待ち続ける。葉を拾っては捨て、拾っては捨てて、思いを積み重ねていく。
川の向こうに続く夕焼けは、いつの間にか紺色に包まれていた。
「……一月二十四日。十八時間もかかった」
三十枚目に手を伸ばした時。
「まひる!」
自転車が止まる音と同時に名前を呼ばれた。振り向くと私と同じ学校帰りの蒼太が、土手の上からこっちを睨み付けている。
「もしかして、またやってんのか? 去年のやつ」
「うん」
眉を寄せ、大きく溜め息を吐いた幼なじみは、自転車をその場に止めて鞄を手に持ち、私の方へ駆け下りてきた。
「俺も探す」
「いいよ」
「一人じゃ危ないだろ。もう暗いんだし」
しゃがんだ蒼太は、私と一緒にそれを探し始めた。
都市伝説になったとかならないとか、随分昔に広まったという噂を去年、もうほとんど葉が落ちてしまった頃に知った。
樹齢なんてわからない大きな銀杏の樹が、土手の上に一本だけ植えられている。そこから落ちる葉は風に乗り、無数に辺りへ散らばっていた。その中のたった一枚。時間は夕方の五時から七時の間限定。
「言えよな」
「何を?」
「探すんだったら言えよ。メールでもいいんだし」
制服の上にカーディガンを羽織っている蒼太は、鞄を草の上へ乱暴に置いた。
「髪伸ばしてんの?」
「悪い?」
「この間、下駄箱で告られてただろ」
「……なんで知ってんの」
「付き合うの?」
「蒼太だって一年生に告られてたじゃん」
彼のズボンと同じ色のスカートへ、銀杏の葉が一枚くっついた。
「お前こそ何で知ってんだよ」
「私は付き合わないよ。蒼太は?」
彼は顔を上げて私を無言で見つめた。いつの間にか、蒼太の背は前よりずっと伸びている。土手のすぐ後ろは車が頻繁に行き交う道路。外灯も並んでいるからそれほど暗いわけじゃない。
「……俺も」
五回目の夕方。落ち葉はどんどん増えて、途方も無い数になっていた。
「四月八日。初めて声を出して笑った。かわいい、かわいい、かわいい」
「ねーよー。全然ねーよー。そっちあったー?」
少し離れた場所で、幼なじみは大きな声を出した。
「お前、さっきから何ぶつぶつ言ってんの?」
「見つける為のおまじない」
聞こえにくいと言って、蒼太は私の近くへやってきた。空を見上げたまま、ぽかんと口を開けている。
「なあ」
「……」
「なあって」
「なに?」
「ここってあの臭いやつ落っこちてないんだっけ? ほら茶碗蒸しに入ってる、ちっこい丸いの」
「ぎんなん?」
「そう、それそれ。俺、中学ん時踏んじゃってさ。それも、限定で買った俺のナイキくんをうう」
「この樹には生らないの。去年も言ったじゃん」
「そうだったっけ。じゃあ平気だな」
蒼太は言い終わる前に、ごろりと土手へ寝転んだ。
「小学生の頃、お前さあ」
気持ちよさそうにしてるから、私も静かに蒼太の横へ仰向けになってみた。
「やたら上の方、上の方にのぼりたがってたよな。ジャングルジムのてっぺんとか、登り棒の一番上とか、行っちゃいけないのに屋上出ようとして叱られてさ、先生に」
蒼太の声が耳に心地よかった。
「お前の父ちゃんとお前と俺んちで、遊園地行ったじゃん? お前が何度も観覧車乗ろうっつってさ」
彼が見ていた風景と、私が知っている思い出が、今上手く重なっているのかはわからないけれど。
「観覧車の頂上に来た時、俺ら皆、下の景色見てんのに、お前だけ……」
「……」
「まひるだけ、頂上よりもっと上の方見てた」
銀杏の葉の上は、昼間の日差しの温もりがほんの少しだけ残っている。私の右手を蒼太が自分の左手でそっと握った。遠くの空には星が光ってる。
蒼太は何も言わない。私だって、何も言わない。
小さい頃はこうしてよく手をつないだけど、いつからだろう。恥ずかしくて、話もしなくなって、目も合わせなくなって、中学の時はずっとお互い知らん顔してた。同じ高校に入って、クラスも一緒になって、少しずつ昔みたいに笑えるようになって、いつの間にかまた、私のそばに蒼太がいる。
「……あのさあ」
「うん」
「もし本当に、お母さんが現れたら、お前何て言うの?」
あれは、何ていう星なんだろう。
「ていうか、俺はなんて挨拶すればいい?」
「それ去年も私に聞かなかった? まだビビってんの?」
わかってる。
「別に全っ然ビビってねーし」
私だって本気になんかしていない。
「でもさ、間違えて俺のじーちゃんとか出てきちゃったらお前どうする?」
「空気読めって叫んでやる」
「うっわ、じーちゃんかわいそ」
わかってるよ蒼太。これが馬鹿げていて、無駄なことだって、そんなこと初めからわかってる。だからって怖いものみたさとか、そういう軽い気持ちじゃないんだよ。
昔のビデオや写真や思い出の品なんて見ても実感が湧かなくて、それがたまにとてつもなく寂しく思えた。だから何でもいいから理由を付けて、この気持ちを何とかしたかっただけ。
黒い空に大きく光る星のそばに、消えそうな小さい星が寄り添ってる。
「何言ったらいいかなんて、わかんないよ、そんなの」
ひらひらとまた一枚、銀杏の葉が落ちてきた。
「全然わかんない」
繋いでいない方の手を伸ばしてその葉を掴む。
「でも会いたいの。一度でいいから会ってみたい」
それは当たり前に鮮やかな黄色だった。
「会ってみたいんだよ」
夢にすら出てきてはくれない人に、一度だけでもいいから。
「わかった。……ごめん」
かさ、と葉の音がしたと同時に、手を放した蒼太は私のすぐそばに体を寄せた。私の頬を両手で押さえた蒼太は、前髪ごと私のおでこにキスをした。それは遠くに見える小さな星と同じくらいの消えそうな感触で、優しくて、今私たちが埋もれそうになっている銀杏の葉のように、ささやかな温かさだった。
机の引き出しから一冊のノートを取り出してひらく。ガラガラやよだれかけ、小さなワンピに、ひらひらが付いている帽子なんかと一緒に段ボールから見つけたもの。
五月二十一日。夜泣きが続いて眠れない。外を散歩する時、やすくんも一緒に来てくれた。まひるもご機嫌。お土産にねこじゃらしを一本取ってきた。
六月二日。まひるをおんぶして買い物。スーパーで年配の人に今時珍しいと褒められた。まひるが可愛いと言われたのが一番嬉しい。
六月十五日。毎日雨。でも今年はまひるがいるから退屈じゃない。ほっぺをつつくとにっこり笑った。お餅みたい。
育児日記はここで途切れ、その後何も書き込まれることはなかった。
雨の日も、木枯らしが吹く日も、蒼太は私に付き合ってくれた。手には必ずあったかいものを持って。今夜は蓋付きの缶に入っているミルクココア。
「夜じゃなきゃ駄目ってのがキツイよな」
「だって、昼間は出てこれないんじゃないの? 常識的に言って」
「常識ねえ」
「昼と夜の境目を過ぎた頃なんだよね」
「あのな、怖い言い方すんなよ」
缶を口につけた蒼太が辺りを見回す。
「お前寒くないの?」
「大丈夫。蒼太は?」
「俺も全然平気」
虫の声もだんだん聴こえなくなってきた。星だって、前よりずっとはっきり見える。
「あーあ。今日体育でさ、フジ先がいきなり校庭五週とか言いやがってさ。マジ疲れたわ」
さっさと飲み終わった蒼太は、いつもみたいに、ごろりと横になった。
「最近機嫌悪いよね」
「あいつ絶対彼女にフラれたな」
眠そうに瞼をこすった蒼太は、私が返事をする間もなく眠ってしまった。規則正しい寝息を聞いて、私まで眠気に襲われる。
膝を抱えて座ったまま俯いた時、すぐ傍でかさと音がした。顔を上げると月明かりと外灯が目に眩しい。今夜は車も通らないせいか、土手全体がすごく静かだ。何だかあったかい。どこからか懐かしくていい匂いがする。とっても気持ちがいい。隣に座っている人が私へ言った。
「これ、まひるちゃんにあげる」
「え?」
「探してたんでしょ? 銀色の葉っぱ」
「あ、はい。でもなんで私の名前」
「ほら、手出して?」
差し出されたハートの形をした葉が、星みたいに輝いてる。受け取ろうと手を伸ばすと、目の前いっぱいに星空が広がり、他は何も見えなくなった。
「今、いた!?」
蒼太が飛び起きて大声を出すから、驚いた私まで同時に飛び起きた。飛び起きた? 今私、起きてたのに?
「今、そこにいたよな?」
ぼんやりしている私の隣を蒼太が指差し、しばらくしてから呟いた。
「夢、だったかな」
「……うん」
何も伝えられなかった。言いたいこと何一つ、言葉にできなかった。
「夢じゃないかもしれないけど、でもやっぱり……夢だよ」
私はいつの間にか手にしていた銀杏の葉を、蒼太に見えないよう一人確かめた。
「そっか。でもまあ、とりあえず俺のじーちゃんじゃなくてホッとしたわ」
蒼太が跳ねるように立ち上がる。私も慌てて腰を上げて、一度息を吸い込み、彼の名を呼んだ。
「蒼太」
振り向いた蒼太の前に立ち、彼を見上げた。背も高くなって、体も男っぽっくなって、声も低くなって、でもちっとも変わらない目で私を見つめてくれる人。
「ありがとね」
「……何だよ、急に」
「蒼太、大好きだよ」
笑ったつもりなのに涙が溢れて零れた。彼は一瞬驚いて、そのあとすぐに私の手元へ視線を送った。気付いた蒼太は私を引き寄せ、強く、とても強く抱きしめた。
「俺がいるからいいじゃん。な?」
腕の中で私の顔を覗きこむ。髪と髪が触れ合ってくすぐったかった。蒼太の体からは、私の知らない男の子の匂い。
「俺がまひると、ずっと一緒にいる」
「……うん、うん」
「また来年も一緒に探してやるから。そしたらまた、会えるかもしれないじゃんか」
蒼太の大きな手が私の頭をすっぽり包み、優しく慰めてくれた。
「来年は、蒼太のおじいちゃん?」
「ばーか」
土手の後ろの道路を走る車の音。散歩をする人と犬の足音。自転車で通り過ぎる人。ふざけながらはしゃぐ女子高生たち。さっきはあんなに静かだったのに。
「でもまあ、それもいっか」
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