愛のカタチ

納豆の糸、結ぶ心

淡い朝の光が、彼の小さなアパートの窓辺に穏やかに降り注ぎ、生活の香りを静かに語っていた。
納豆の独特な匂いが空間を満たし、蒸し暑い夏の始まりを予感させる。

佐藤は、目の前の納豆を優しくかき混ぜながら、その糸が切れないことに少し安心していた。
彼はここに来てから、この一人の時間を大切にしていた。
しかし、時折心のどこかで、あの日の彼女の顔がちらつく。

納豆を口に運びながら、彼はある日のことを思い出した。
美奈子、彼の大学時代の友人、彼女は納豆が大嫌いだった。
彼が納豆を食べる度、彼女は顔をしかめて笑った。
その表情は、なんとも可愛らしく、いつも佐藤の心を暖かくしていた。

彼は知っていた。美奈子が納豆を食べることができない理由を。
彼女の父親が納豆工場で働いていた。美奈子が子どものころ、工場での事故で彼女の父親は亡くなった。
その匂いは、彼女にとって、喪失と痛みの象徴だったのだ。

ある日、彼は彼女に納豆を食べさせようとした。
彼女の過去を変えるかのような、無謀な試みだった。
彼女は泣いた。
彼も泣いた。
彼らは互いに傷つけ合い、でもどこかで結びついていた。

年月は流れ、佐藤は納豆の前で彼女の笑顔と涙を重ねて見た。
彼は理解していた。愛は時に痛みを伴い、時に喜びをもたらす。
彼の心の中で、美奈子との思い出が永遠に続いていく。

一粒の納豆が、彼の人生と彼女の存在を繋げていた。
美奈子が嫌っていたその納豆が、今、彼を彼女に近づけていた。
納豆の糸が切れず、空気に浮かび上がっている限り、彼の愛も消えることはなかった。