8 / 47
第一章 神人少女との邂逅〈Boy meets eccentric girl〉
8話
しおりを挟む
8
その後、蓮たちは襲撃に備えながら鴨川沿いを後にして、京都府警察部に向かった。建物は鉄筋コンクリート造り三階建てで、外壁には白色のスクラッチ・タイルが貼られていた。
アーチ状の玄関を抜けた四人は、扉を開けて中へと入った。玄関で身分と要件を告げると、若い男の刑事が来て刑事課強行犯係への引率を申し出た。男の刑事は終始、神経質な様であり、蓮は、クウガたち神人の立場の高さを否応なしに感じた。
四人は応接室に通され、一つのソファに腰掛けた。程なくして、きっちりした黒の背広を身に付けた警察官が姿を現した。
「クウガ殿、アキナ殿。わざわざご足労いただき、まことに申し訳ない。恐悦至極、この上ない思いです」
へりくだった物腰の挨拶に、「お気になさらないで下さい」と、クウガが平坦に返した。
「そちらのお二方は、正治さんのご家族ですな。私は、刑事課管理官の平良清三と申す者です。我々の力が及ばず、事件解決の糸口すら見えない現状を、心からお詫び申し上げます」
平良の口振りは丁重ではあったが、型に嵌った謝罪な感じも受けた。
「いえ、気にしないでください。仕方がないですし」と蓮はぼそりと返事をした。まじまじと、硬い笑みを浮かべる平良を注視し始めた。
平良は豊富な黒髪を、きっちりと真ん中で分けていた。年は五十を超えたくらいに思われ、体格は年齢を感じさせないがっしりとしたものだった。どちらかというと面長な顔は、刑事らしく、精悍で落ち着いている。しかし蓮は、平良の雰囲気にそこはかとなく裏を感じていた。
「緒形正治さん殺害事件に関してお尋ねします。先ほど自分たちが現場を見分したところ、草地の一部が抉れたような、不自然な箇所が存在しました。こちらについて、何のご連絡も頂いておりません。詳細をお聞かせ願えますか」
真顔で平良を見据えつつ、クウガは厳かな調子で問うた。年齢が三倍近い平良に対しても、物怖じする様子はまったく見られない。
だが平良は、微塵も表情を崩さなかった。たっぷりと間を取った後に、おもむろに口を開く。
「そちらについては、事件の発生前に既に草地はその状態になっていた、との報告を保安課から貰っています。近くに住む子供の、遊びか何かが原因でしょうな。故に事件とは関係がないものと考え、お伝えしなかった。以上が顛末ですが、まだ何かありますかな」
平良は鷹揚に返すが、クウガは真顔のまま追及を続ける。
「自分たちは神人の独自の手法により、事件発生と草地の抉れの発生が同時刻であり、超念武が何らかの形で関わっている事実を掴んでいます。もう一度だけ言います。詳細を、お聞かせください」
一見、静かな佇まいのクウガの凄むような問い掛けを受けて、平良の面持ちに焦りが混じり始めた。
するとブゥン! 唐突に鈍い音がしたかと思うと、平良の眼前に漆黒の真球が出現した。
「ひっ!」平良は切羽詰まった声を出してのけぞる。荷重がかかってバランスが崩れ、ソファが後ろに倒れた。平良も追随し、ドンっとソファーの向こう側に肩をぶつける。
真球はすうっと滑空していき、再び平良の目の前に移動した。何色にも染まらないであろう黒すぎる黒が、平良の精神を圧迫する。
「平良警視、嘘は感心しませんね。信賞必罰、因果応報。道を誤ったものの末路を、この国の偉大なる先人は様々な言葉で語っている。選択の時ですよ。我々を敵に回すとどうなるか、先の大戦で充分にわかって頂けたものと思っていましたが。貴方方の識見を買い被っていましたかね」
平良のこめかみに、つーっと汗が伝った。ややあって、「お、お話しします! お話ししますから!」と、焦った語調で平良は言葉を捻り出した。
(事情はよくわからないけど、府警のお偉いさんをここまで追い詰めるかよ。それにさっきの転倒、一歩間違えたら大怪我だぞ。恐ろしいというか、狂気じみてるというか。とにかく計り知れないやつだな)
無言の状況が続く中、蓮は一人、戦慄を覚えていた。
その後、蓮たちは襲撃に備えながら鴨川沿いを後にして、京都府警察部に向かった。建物は鉄筋コンクリート造り三階建てで、外壁には白色のスクラッチ・タイルが貼られていた。
アーチ状の玄関を抜けた四人は、扉を開けて中へと入った。玄関で身分と要件を告げると、若い男の刑事が来て刑事課強行犯係への引率を申し出た。男の刑事は終始、神経質な様であり、蓮は、クウガたち神人の立場の高さを否応なしに感じた。
四人は応接室に通され、一つのソファに腰掛けた。程なくして、きっちりした黒の背広を身に付けた警察官が姿を現した。
「クウガ殿、アキナ殿。わざわざご足労いただき、まことに申し訳ない。恐悦至極、この上ない思いです」
へりくだった物腰の挨拶に、「お気になさらないで下さい」と、クウガが平坦に返した。
「そちらのお二方は、正治さんのご家族ですな。私は、刑事課管理官の平良清三と申す者です。我々の力が及ばず、事件解決の糸口すら見えない現状を、心からお詫び申し上げます」
平良の口振りは丁重ではあったが、型に嵌った謝罪な感じも受けた。
「いえ、気にしないでください。仕方がないですし」と蓮はぼそりと返事をした。まじまじと、硬い笑みを浮かべる平良を注視し始めた。
平良は豊富な黒髪を、きっちりと真ん中で分けていた。年は五十を超えたくらいに思われ、体格は年齢を感じさせないがっしりとしたものだった。どちらかというと面長な顔は、刑事らしく、精悍で落ち着いている。しかし蓮は、平良の雰囲気にそこはかとなく裏を感じていた。
「緒形正治さん殺害事件に関してお尋ねします。先ほど自分たちが現場を見分したところ、草地の一部が抉れたような、不自然な箇所が存在しました。こちらについて、何のご連絡も頂いておりません。詳細をお聞かせ願えますか」
真顔で平良を見据えつつ、クウガは厳かな調子で問うた。年齢が三倍近い平良に対しても、物怖じする様子はまったく見られない。
だが平良は、微塵も表情を崩さなかった。たっぷりと間を取った後に、おもむろに口を開く。
「そちらについては、事件の発生前に既に草地はその状態になっていた、との報告を保安課から貰っています。近くに住む子供の、遊びか何かが原因でしょうな。故に事件とは関係がないものと考え、お伝えしなかった。以上が顛末ですが、まだ何かありますかな」
平良は鷹揚に返すが、クウガは真顔のまま追及を続ける。
「自分たちは神人の独自の手法により、事件発生と草地の抉れの発生が同時刻であり、超念武が何らかの形で関わっている事実を掴んでいます。もう一度だけ言います。詳細を、お聞かせください」
一見、静かな佇まいのクウガの凄むような問い掛けを受けて、平良の面持ちに焦りが混じり始めた。
するとブゥン! 唐突に鈍い音がしたかと思うと、平良の眼前に漆黒の真球が出現した。
「ひっ!」平良は切羽詰まった声を出してのけぞる。荷重がかかってバランスが崩れ、ソファが後ろに倒れた。平良も追随し、ドンっとソファーの向こう側に肩をぶつける。
真球はすうっと滑空していき、再び平良の目の前に移動した。何色にも染まらないであろう黒すぎる黒が、平良の精神を圧迫する。
「平良警視、嘘は感心しませんね。信賞必罰、因果応報。道を誤ったものの末路を、この国の偉大なる先人は様々な言葉で語っている。選択の時ですよ。我々を敵に回すとどうなるか、先の大戦で充分にわかって頂けたものと思っていましたが。貴方方の識見を買い被っていましたかね」
平良のこめかみに、つーっと汗が伝った。ややあって、「お、お話しします! お話ししますから!」と、焦った語調で平良は言葉を捻り出した。
(事情はよくわからないけど、府警のお偉いさんをここまで追い詰めるかよ。それにさっきの転倒、一歩間違えたら大怪我だぞ。恐ろしいというか、狂気じみてるというか。とにかく計り知れないやつだな)
無言の状況が続く中、蓮は一人、戦慄を覚えていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-
ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代――
後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。
ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。
誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。
拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生!
・検索キーワード
空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる