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第一章 巨月《ラージムーン》のアストーリ
第33話
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33
姿勢を戻したリィファは、ふうっと息を吐き、天を仰いだ。数秒後、観客から手を叩く音がしたかと思うと、しだいに他の者が追随をしていった。
程なくして、拍手の音が辺りを包んだ。
くるりと向きを変えたリィファは、深い、親愛の籠もった笑みをシルバに向けてきた。シルバも充足感を感じつつ、リィファをじっと見返す。
いつの間にか、リィファの背後に回っていたジュリアが、両手で背中を押した。えっ? という風に目を見開くリィファは、つんのめりながらシルバに接近していく。
(ちょっと待て。俺が避けたら、リィファは転けんだろ。どうす……)
迷うシルバの胸に、ぽすっとリィファの顔面が当たった。
シルバが一歩すっと引くと、ジュリアはリィファの背から手を引いた。にーっと、心の底から楽しげに破顔している。
僅かに遅れて、リィファがシルバからばっと離れた。すぐに両手を胸の前で組むと、赤い顔を左方に逸らした。
「もう、ジュリアちゃんったら」と、困ったように呟いている。
「リィファ、優勝おめでとう。ここらで自己紹介をしとけばどうだ? どこかの調子乗りのアドバイスも、偶には役に立つから」
気を取り直したシルバが朗らかに勧めた。
「む! まーたセンセーが失礼発言をした!」と、ジュリアから諫め口調の突っ込みが入った。
恥ずかしそうに目を彷徨わせていたリィファだったが、ややあってくっと口を引き結んだ。おもむろに振り返って、息を吸い込む。
「みなさん、初めまして。わたしはリィファという者です。二週間ほど前に地球からやって……降ってきました。どういうわけか記憶は、全くなくて、正直ちょっと不安で、怖くもあります。でも、この国の人たちと一緒に、前向きに生きていきたいです。よろしくお願いします」
小さいが芯の通った小声の後に、リィファはぺこっとお辞儀をした。拍手は一瞬だけ止むが、すぐに勢いを盛り返す。
(『教師冥利に尽きる』か。確かに、悪くない気分だ。俺も何かしら、得た物はあったかな)
満たされた気分のシルバの視線の先では、リィファが、嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情をしていた。
すると、フォン! 突如、風を切る音がし、リィファが手の甲でジュリアの頭を打った。
「……ジュリア! お前、何をしてやがる!」
シルバは驚愕に目を見開いた。リィファがどさりと前のめりに倒れる。
すっと直立姿勢になり、ジュリアはシルバへと向き直った。瞳にはいつもの天真爛漫さはなく、感情の読めない冷え切ったものである。
ジュリアが駆けてきた。シルバの手前で踏み込んで、水平に左手を振るってくる。シルバはしゃがんで躱した。
(カポエィラの動きじゃねえ! むしろリィファの八卦掌に近い! どうなってやがる?)
混乱しつつも左足をすっと前に出す。低姿勢のままジュリアの右足を蹴る。
ジュリアはバランスを崩して転倒した。シルバ、瞬時に起き上がって急接近。ジュリアをうつ伏せにして背中に乗り、後ろに回させた両手に極め技をかける。
「なるほど。貴方はこのレベルまでは至ったわけね。良いわ、今回は私の負け。この子は返してあげる。束の間の平穏を存分に謳歌なさい」
ジュリアの口から、ジュリアのものではあり得ない深遠な趣を持つ言葉が発せられた。どこかで聞いたような話し方だった。
シルバが狼狽えていると、ふうっとジュリアは目を閉じた。力を失った小さな頭がこてんと地面に着く。
(ジュリアっ!)シルバは慌ててジュリアの顔に口を近づけた。すーすーと小さな呼吸音が聞こえて、シルバは胸をなで下ろした。
姿勢を戻したリィファは、ふうっと息を吐き、天を仰いだ。数秒後、観客から手を叩く音がしたかと思うと、しだいに他の者が追随をしていった。
程なくして、拍手の音が辺りを包んだ。
くるりと向きを変えたリィファは、深い、親愛の籠もった笑みをシルバに向けてきた。シルバも充足感を感じつつ、リィファをじっと見返す。
いつの間にか、リィファの背後に回っていたジュリアが、両手で背中を押した。えっ? という風に目を見開くリィファは、つんのめりながらシルバに接近していく。
(ちょっと待て。俺が避けたら、リィファは転けんだろ。どうす……)
迷うシルバの胸に、ぽすっとリィファの顔面が当たった。
シルバが一歩すっと引くと、ジュリアはリィファの背から手を引いた。にーっと、心の底から楽しげに破顔している。
僅かに遅れて、リィファがシルバからばっと離れた。すぐに両手を胸の前で組むと、赤い顔を左方に逸らした。
「もう、ジュリアちゃんったら」と、困ったように呟いている。
「リィファ、優勝おめでとう。ここらで自己紹介をしとけばどうだ? どこかの調子乗りのアドバイスも、偶には役に立つから」
気を取り直したシルバが朗らかに勧めた。
「む! まーたセンセーが失礼発言をした!」と、ジュリアから諫め口調の突っ込みが入った。
恥ずかしそうに目を彷徨わせていたリィファだったが、ややあってくっと口を引き結んだ。おもむろに振り返って、息を吸い込む。
「みなさん、初めまして。わたしはリィファという者です。二週間ほど前に地球からやって……降ってきました。どういうわけか記憶は、全くなくて、正直ちょっと不安で、怖くもあります。でも、この国の人たちと一緒に、前向きに生きていきたいです。よろしくお願いします」
小さいが芯の通った小声の後に、リィファはぺこっとお辞儀をした。拍手は一瞬だけ止むが、すぐに勢いを盛り返す。
(『教師冥利に尽きる』か。確かに、悪くない気分だ。俺も何かしら、得た物はあったかな)
満たされた気分のシルバの視線の先では、リィファが、嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情をしていた。
すると、フォン! 突如、風を切る音がし、リィファが手の甲でジュリアの頭を打った。
「……ジュリア! お前、何をしてやがる!」
シルバは驚愕に目を見開いた。リィファがどさりと前のめりに倒れる。
すっと直立姿勢になり、ジュリアはシルバへと向き直った。瞳にはいつもの天真爛漫さはなく、感情の読めない冷え切ったものである。
ジュリアが駆けてきた。シルバの手前で踏み込んで、水平に左手を振るってくる。シルバはしゃがんで躱した。
(カポエィラの動きじゃねえ! むしろリィファの八卦掌に近い! どうなってやがる?)
混乱しつつも左足をすっと前に出す。低姿勢のままジュリアの右足を蹴る。
ジュリアはバランスを崩して転倒した。シルバ、瞬時に起き上がって急接近。ジュリアをうつ伏せにして背中に乗り、後ろに回させた両手に極め技をかける。
「なるほど。貴方はこのレベルまでは至ったわけね。良いわ、今回は私の負け。この子は返してあげる。束の間の平穏を存分に謳歌なさい」
ジュリアの口から、ジュリアのものではあり得ない深遠な趣を持つ言葉が発せられた。どこかで聞いたような話し方だった。
シルバが狼狽えていると、ふうっとジュリアは目を閉じた。力を失った小さな頭がこてんと地面に着く。
(ジュリアっ!)シルバは慌ててジュリアの顔に口を近づけた。すーすーと小さな呼吸音が聞こえて、シルバは胸をなで下ろした。
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