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第一章 巨月《ラージムーン》のアストーリ
第19話
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草地の間の道をしばらく行き、二人は三角屋根の家々がひしめき合う一帯に入った。家屋は一様に細長く、白に近い煉瓦製だった。
時間は夕方で人通りが多く、落ち着いた賑わいを見せていた。はるか前方では大工が家の骨組み上で作業をしており、荒々しい声が響いてきていた。
二階建ての宿屋を通り越して、シルバは靴屋の店先の勘定台で足を止めた。
店の奥には靴を並べた棚や、木型や工具でいっぱいの作業机の姿があった。年季の入った木製の物が多く、風情が感じられた。
気付いた店員が、小走りで勘定台に出てきた。眉が濃い茶髪の中年の男性だった。黄土色の作業着の袖を捲っており、両腕は太くて逞しかった。
「この子の靴が壊れたので、修理を頼めますか」シルバの言葉を受けて、リィファはいそいそと靴を脱いだ。けんけんで近づいてきて、両手で靴を店員に渡す。
受け取った店員は、左手で靴を持って眺め回した。
「わかったよお嬢ちゃん。あっという間だから、まあ見てんだな」
大らかに笑った店員は、腰の道具入れを漁った。糸と針を台に置き、指先の空いた右手用の手袋を填める。
店員は慣れた手付きで、すいすいと靴を縫い始めた。十秒ほどで作業を終えて、とんっと靴を台の上に置いた。
「一丁上がり! こんぐらいなら、お代は要らんよ。その代わり次ん時も、うちの店をご贔屓に頼むぞ」
威勢が良い店員に、リィファは「どうもありがとう」と気圧され気味に返した。
「おう!」と、店員は大声で返事をして、奥へと戻っていった。
リィファのお辞儀の後に、「すみません」とシルバは低い声で続いた。靴を手に取って、リィファに渡す。
小さな手で靴を持つリィファは眉を寄せて、修理箇所に目を凝らしている。
「すごい。完全完璧に元通りになってます。あの人、かなりの腕ですよね。元々才能があったのかしら」
リィファの声は普段より低く、感服した様子だった。
「職人の連中は小さい内から弟子入りして、親方の元でずっと一つの技術を磨いていく。才能についちゃあ知らんが、素人から見たら手の届かない技量だよな」
少し考え込んだリィファは、おもむろに口を開く。
「同じ仕事をずっと続けて、同じように毎日を暮らして。それでその先に、いったい何が待ってるんでしょう。職人さんを馬鹿にしたいんじゃあないんですけど、わたしには、よくわかりません」
「そうだな。……自分のやれる務めを果たして、日々の生活を続ける。そこに意味があるんだろ。俺もまだガキだから、知ったかぶりに過ぎんけどな」
自嘲気味に結論を述べると、リィファはぴたりと静止した。シルバの言葉を自分の中で反芻するかのように、思い詰めた面持ちだった。
リィファを置いていかないよう、シルバはゆっくりと歩き始めた。
「すみません。どうしても、行きたいところがあるんです。寄ってもらえませんか? 時間があれば、で構いませんから」
リィファから小さくはあるが意志を秘めた声がして、シルバは歩みを止めた。
草地の間の道をしばらく行き、二人は三角屋根の家々がひしめき合う一帯に入った。家屋は一様に細長く、白に近い煉瓦製だった。
時間は夕方で人通りが多く、落ち着いた賑わいを見せていた。はるか前方では大工が家の骨組み上で作業をしており、荒々しい声が響いてきていた。
二階建ての宿屋を通り越して、シルバは靴屋の店先の勘定台で足を止めた。
店の奥には靴を並べた棚や、木型や工具でいっぱいの作業机の姿があった。年季の入った木製の物が多く、風情が感じられた。
気付いた店員が、小走りで勘定台に出てきた。眉が濃い茶髪の中年の男性だった。黄土色の作業着の袖を捲っており、両腕は太くて逞しかった。
「この子の靴が壊れたので、修理を頼めますか」シルバの言葉を受けて、リィファはいそいそと靴を脱いだ。けんけんで近づいてきて、両手で靴を店員に渡す。
受け取った店員は、左手で靴を持って眺め回した。
「わかったよお嬢ちゃん。あっという間だから、まあ見てんだな」
大らかに笑った店員は、腰の道具入れを漁った。糸と針を台に置き、指先の空いた右手用の手袋を填める。
店員は慣れた手付きで、すいすいと靴を縫い始めた。十秒ほどで作業を終えて、とんっと靴を台の上に置いた。
「一丁上がり! こんぐらいなら、お代は要らんよ。その代わり次ん時も、うちの店をご贔屓に頼むぞ」
威勢が良い店員に、リィファは「どうもありがとう」と気圧され気味に返した。
「おう!」と、店員は大声で返事をして、奥へと戻っていった。
リィファのお辞儀の後に、「すみません」とシルバは低い声で続いた。靴を手に取って、リィファに渡す。
小さな手で靴を持つリィファは眉を寄せて、修理箇所に目を凝らしている。
「すごい。完全完璧に元通りになってます。あの人、かなりの腕ですよね。元々才能があったのかしら」
リィファの声は普段より低く、感服した様子だった。
「職人の連中は小さい内から弟子入りして、親方の元でずっと一つの技術を磨いていく。才能についちゃあ知らんが、素人から見たら手の届かない技量だよな」
少し考え込んだリィファは、おもむろに口を開く。
「同じ仕事をずっと続けて、同じように毎日を暮らして。それでその先に、いったい何が待ってるんでしょう。職人さんを馬鹿にしたいんじゃあないんですけど、わたしには、よくわかりません」
「そうだな。……自分のやれる務めを果たして、日々の生活を続ける。そこに意味があるんだろ。俺もまだガキだから、知ったかぶりに過ぎんけどな」
自嘲気味に結論を述べると、リィファはぴたりと静止した。シルバの言葉を自分の中で反芻するかのように、思い詰めた面持ちだった。
リィファを置いていかないよう、シルバはゆっくりと歩き始めた。
「すみません。どうしても、行きたいところがあるんです。寄ってもらえませんか? 時間があれば、で構いませんから」
リィファから小さくはあるが意志を秘めた声がして、シルバは歩みを止めた。
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