上 下
10 / 55
第一章 巨月《ラージムーン》のアストーリ

第10話

しおりを挟む
       10

 全員にスープが渡った。声を揃えた「いただきます」の後に、鍋を囲んだ夕食が始まる。
 頭上の満天の星は宇宙の果てしなさを感じさせる。風はさやさやと吹き、夜の神秘性を幾許か深めていた。
「フットボールか。近頃の修身の授業は、鍛錬以外にもいろいろするんだな。ああいや、文句を付けてるんじゃあないぞ。良いじゃないか、フットボール。楽しいし、友達と一緒に頑張れる」
 背中をやや丸めた胡坐のトウゴは、確信に満ちた口振りだった。気易い表情で、細長い楕円状のパンをスープにどっぷりと浸し、大きく齧り付く。
 スープをこくりと飲み込んで、ジュリアはトウゴに物言いたげな視線を遣った。
「お父さん、聞いて聞いて。あたし今日なんか、新技をハツメー(発明)したんだよ。首はこう、ぐっと右にやっといて」
 ジュリアはさっと、顔を九十度、右に向けた。
「そんで左にばしっと蹴るの。みんな『おおっ! その手があったか! さっすがジュリアちゃんだぜ! すごい、すさまじいっ! だーれも付いちゃあいけないぜ』って感じでね。もう、あたし注目、独り占め。」
 真剣な顔のジュリアは、説得するようにすらすらと話した。背筋は張っているトウゴと同じ胡坐姿だ。大好きな父親の真似をしているみたいで、シルバには少し可笑しく感じられた。
「確かにジュリアは、授業は精力的に取り組んでますよ。毎日一度はやらかす空回りが、玉に瑕ではあるけど」
 器を傾ける手を止めたシルバは、半ば茶化しで静かに指摘をした。
 即座にジュリアは、「むむっ!」とでも言い出しそうに顔を顰める。
「センセー! あたし空回りなんて、十二年の長ーい人生の中で一回たりともしてないです! それに、カポエィリスタに空『回り』なんてメーヨキソン(名誉棄損)です! センセーはセンセーなんだから、そのへんはきっちりしなきゃあダメだとあたしは思うのです!」
 両手を強く握るジュリアは、「です」をやたらと強調して喚いた。
「そうかそうか、それは結構。空『回り』うんぬんのよくわからない言い分もまあ流してやる。けど、誰だったけな。授業の最初に空気を読まず、空回りの象徴みたいなアウー・セン・マォンを見せつけてくれた人は」
 シルバの冷静な指摘に、ジュリアは「うっ」という表情を浮かべた。
「いや、違うよセンセー。あれは。あたしじゃあないよ。生まれたときに生き別れたあたしの双子『ジュリエ』が瞬間的に入れ替わって……」
 ごにょごにょとジュリアはよくわからないことを呟いている。
「で、でもさでもさ。フットボールって楽しいよね。なんで、修身の授業の中でしかやらないんだろ? 専用の授業、作ったらいいのに」
「格闘技なら自衛の手段にもなるし、一石二鳥だからな。フットボールはあくまでスポーツだ。あんまりたくさんは、時間を掛けられない」
「なるほど。わかりやすくてためになる説明、ありがと。なんてゆーか、みんな色々考えてるんだねー。さすがは大人だ!」
 シルバが平静に答えると、ジュリアは納得のいった風に感慨を口にした。
 僅かな間を置いて、穏やかに微笑んだトウゴが口を開く。
「今朝の授業についちゃあ、俺は何も言えない。詳しい状況を知らないからな。ただジュリア。毎日、後悔をしないように、ぜーんぶの事に取り組んでくれ。空回りなんか気にせずにな。人間なんていつ死ぬかなんてわからんからさ」
 トウゴは、いつにない静穏な口振りだった。
 唐突な重い台詞に、シルバはやるせない気分になる。
 母親の件が浮かんだのか、ジュリアはふっと思い詰めたような面持ちになった。やがて「うん」と、こくんと頷く。
 その瞬間、ジュリアの上方で何かがきらりと光った。しばらく注視したシルバは、すばやく立ち上がった。あまりにも見覚えのあるシチュエーションだった。
「ジュリア、トウゴさん! 離れててくれ! 人型の奴が、このあたりに落ちてくる! 俺がずっと、夜間警護で相手にしてる連中だ!」
 シルバはただちに、ぴしりと叫んだ。ジュリアとトウゴは起立し、敷地の端までダッシュで向かった。
 空気を切る音は、どんどん強くなっていった。シルバが注意を促してから十秒も経たないうちに、トウゴたちとは逆の端に落下。ドゴウッ! 国中に響き渡りそうな、轟音を生じさせた。
 シルバは、飛来した物に目を凝らし始めた。土煙はしだいに収まっていき、姿が徐々に明らかになる。
 服装は銀色ずくめで、いつもの侵略者より二回り小さかった。初めは俯せだったが、すぐに手を突きむくりと立ち上がる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

スペースシエルさんReboot 〜宇宙生物に寄生されましたぁ!〜

柚亜紫翼
SF
真っ暗な宇宙を一人で旅するシエルさんはお父さんの遺してくれた小型宇宙船に乗ってハンターというお仕事をして暮らしています。 ステーションに住んでいるお友達のリンちゃんとの遠距離通話を楽しみにしている長命種の145歳、趣味は読書、夢は自然豊かな惑星で市民権とお家を手に入れのんびり暮らす事!。 「宇宙船にずっと引きこもっていたいけど、僕の船はボロボロ、修理代や食費、お薬代・・・生きる為にはお金が要るの、だから・・・嫌だけど、怖いけど、人と関わってお仕事をして・・・今日もお金を稼がなきゃ・・・」 これは「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」に投稿している「〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜」の元になったお話のリメイクです、なので内容や登場人物が「リーゼロッテさん」とよく似ています。 時々鬱展開やスプラッタな要素が混ざりますが、シエルさんが優雅な引きこもり生活を夢見てのんびりまったり宇宙を旅するお話です。 遥か昔に書いたオリジナルを元にリメイクし、新しい要素を混ぜて最初から書き直していますので宇宙版の「リーゼロッテさん」として楽しんでもらえたら嬉しいです。 〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜 https://www.alphapolis.co.jp/novel/652357507/282796475

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...