上 下
2 / 55
第一章 巨月《ラージムーン》のアストーリ

第2話

しおりを挟む
       2

 夜勤の警備を終えたシルバは、年季の入った木の門扉を抉じ開けた。十人は通れる幅の門を抜けて鍵を掛け、静まり返った町並みを行く。
 寮の自室で二時間の仮眠を取る。午前八時、目覚めたシルバは、昨日の残りの麦粥とスープを掻き込んだ。この手の簡易食を好んで食べているわけではないが、それだけ朝は慌ただしかった。
 シルバは眠気を振り払いながら、白の半袖シャツと、青のコルダォン(腰から膝下まで垂らした帯)の付いた白の長ズボンを着ていった。カポエィラのユニホームである。
 支度を終えたシルバは靴を履き、廊下へと出ていった。
 廊下は幅が広く、クリーム色の天井は身長の倍ほどの高さで美しいアーチを成している。
 壁は茶や焦げ茶のレンガでできており、爽やかな光が大きな窓から射し込んでいた。窓枠に施されている彫刻は、どれも緻密である。
 前方から、二人の男子生徒が親しげな雰囲気で話しながら歩いてきた。年齢は、十六、七あたりで、素朴な赤茶色のズボンと羽織りの上着を身に付けている。
「おはようございます、シルバ先生」
 二人はシルバに目もくれずに、気のない調子で挨拶をした。
「おう、おはよう」と小さく返事をした。
(軽く見過ぎつぅか、舐め過ぎだろ。年が割と近いから、わからんでもないけどよ。教師に向ける態度じゃねえよな)
 シルバは首を捻る。
 この星、巨月は、百五十年ほど前、地球の環境悪化に苦しむ人類が作り、移住してきた人口の星とされている。重力、気候、大きさなども地球と同じ。
 アストーリ国は、巨月に存在するたった一つの国とされていた。周囲には高々とした石の城壁があった。
 人種の概念はずっと昔に失われており、様々な容姿の人々が住んでいた。
 敷地内には一般人の住居などに加えて、唯一の学校であるアストーリ校の施設があった。
 国中の十二歳から十七歳が通うアストーリ校には、一般的な教養に加えて、地球時代の数少ない遺産である種々の格闘技も教えられていた。シルバはそこで教師をしていた。
 寮の建物を出たシルバは、扉に続く石の階段と踊り場を下りて道を歩き始めた。
 周囲の芝生には青々とした広葉樹が点々と生えており、寒さの残る風に揺れていた。
 生徒とすれ違いながら、五分ほど歩く。やがて、開けた草地に辿り着いて足を止めた。
 草地の周りには、三角屋根で煉瓦造りの建物が隙間なく並んでいた。染物屋、仕立て屋などの店先では、店員がきびきびと動いており、人々の生活の営みを感じさせる。
 草地の中央では二十人ほどの生徒が三列に並んで、賑々しく話し込んでいた。だがシルバに気付いた者が他をつついて、シルバが草地に入るころには、すっかり静かになっていた。
(つくづく十二、三のガキどもは、誰かに命令されてんのかってぐらい群れたがるよな。俺は絶対にああじゃなかった。子供のうちは鬱陶しいぐらい活発なほうが、あとあと良いのかもしんねえがよ)
 漠然と考えたシルバは草地の端から、「授業開始だ。いつも通りに広がれ」と、厳しく聞こえないように叫んだ。
「了解です! シルバ大センセー! あたし、全力で広がっちゃいます!」
 列の端から甲高い声がするや否や、一人の女子生徒が飛び出した。腕を大きく振って伸びやかに走っていく。
(まあ、こいつに関しちゃ、あらゆる意味で地に足を着けるべきだがな)
 言葉を失ったシルバが固まっていると、女子生徒は身体を横向きにして大きく踏み込んだ。両足を大きく開いた側転宙返りを決め、シルバに向き直った。 悪気を全く感じさせない、渾身の笑顔だった。
「センセー、どーぉ!? アウー・セン・マォン、うまくなったよね! センセー、夜勤って聞いたから、こりゃ負けてらんないなって思って、あたし、昨日、徹夜で練習したんだよ! もうさもうさ。達人級と言っても過言じゃないでしょ!」
 女子生徒の声は馬鹿でかく、生徒の中には耳を塞ぐ者までいた。負けじとシルバは声を大きくする。
「ああ、達人達人。ジュリア、お前は、やかましさの達人だ。だーれもお前には敵わねえよ。好きなだけ誇れ」
 ジュリアは前に出した両手を握り込んだ。抑揚を付けた「センセー、ひどーい」の後に、ぷくーっと頬を膨らます。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

処理中です...