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終章

1話

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終章

「私たち抜きで悪竜ヴァルゴンたちの王を斃してしまうとは。それも話を聞いた感じだと、私でも一筋縄ではいかない相手のようではないか。ユウリ。君も成長したものだな」
 小さな手で頬杖を突きつつ、メイサが悠然と言葉を並べた。ユウリに向ける眼差しは意味深で、真意が測りがたいものがあった。
 リグラムを討ち滅ぼした日の夜だった。ユウリたちはルミラリアの士官学校の校長室で、報告を行っていた。
「ただお話ししましたとおり、僕一人の力では絶対に勝てていませんでした。フィアナ、カノン、シャウア。全員で力を合わせたからこその勝利だと心得ています」
 立位のユウリが丁重に応じた。すぐ近くにはユウリが挙げた三人が、メイサと向かい合っていた。三人とも落ち着いた表情をしている。
 リグラム撃破の後、シャウアを含め、帝都の人民は皆、解放された。リグラムの操る黒色の渦により、不可思議な空間に幽閉されていたという話だった。誰一人として殺されなかった理由は、いざという時の人質要員ではないかというのがメイサの読みだった。ユウリたちとの戦いで人質を使わなかったのは謎だったが、激高のあまり忘れていたのではとユウリは考えていた。
 エデリアの各地に現れた悪竜ヴァルゴンも一掃され、悪竜ヴァルゴンの脅威は完全になくなっていた。
「ふむ、殊勝な心がけだな。今後も精進するように。君の愛しい妹も、草葉の陰から君を見守っているさ」
 ゆっくりと言葉を紡いだメイサは、にこりと穏やかに笑った。どこが違うとは明言できないが、いつもとは違う心からの笑みに思えた。
 ユウリの胸にじわりと暖かいものが生じた。辛い出来事もあったが、必死に努力して平穏を勝ち取ったことは誇りたい。そんな心境だった。

  □  □  □

 メイサへの報告を終えて、四人は士官学校を後にした。人通りの絶えた道を、ぽつりぽつりと会話しながら歩いて行く。はるか天上には真円形の衛星大月の姿があり、清らかな光が降り注いでいる。
「ユウリ、ほんとにごめん。初めっから個人詠唱の黒神蝶の断罪エデン・カノゥネを編み出せていたら、ルカは死なずに……いや、俺は、ルカを殺さずに済んだのにな」
 シャウアが沈鬱な声音で沈黙を破った。俯く顔には暗い影が差している。
「もう謝るなって。俺の中でルカの死はもう整理がついてるんだ。それにな。さっきは話さなかったけど、俺は今日、不思議な世界でルカと会った。それにリグラムにとどめを刺す時、ルカを感じた。雷槌に宿って力を貸してくれた。メイサ先生の言うとおりだ。俺の大好きなルカは、どこかから俺たちを見てくれてる。それだけで充分だよ」
 心からの言葉をユウリは紡いだ。ちらりと三人に目をやると、シャウアは相変わらず沈んだ表情だったが、フィアナ、カノンは励ますような微笑だった。
「それでシャウアよ。お前は良いのかこのままで」一転ユウリははきはきとシャウアに尋ねた。三人とも不思議そうな表情になる。
「何でシャウアまできょとん顔なんだよ。お前はピンと来るだろ。フィアナのことだよ」
 ユウリはすらすらと突っ込んだ。「私?」フィアナが眉を顰めつつ自分を指差した。
「ばっ、馬鹿か、ユウリっ! そんなあからさまに口に出したらいくらなんでもわかんだろ」
 シャウアは顔を赤くして、あたふたと答えた。
「何の話かしら、シャウア。……あっ。またなんか私に対して失礼な表現を用いたとか? もう、あなたったらいつもそうよね! 言ってみなさいシャウア! 今度はどんな風に私を読んだの? 正直に話せば赦すわよ! ただし、前みたいに『男女』とかだったら保証はできないわ!」
 腰に手を当てて、フィアナはくどくどと言葉を並べ立てた。口をきゅっと引き結び、むっとした面持ちをしている。
「ほらほら、全然気づいてないぞ。そりゃあこのままスルーでも何の問題も無いさ。でもそれで良いのか? 後悔はしないのか?」
 ユウリは、面白がるでもなく冷静にシャウアを説得する。シャウアはしばらく悶々としていたが、「わかった! わかったっての!」必死な口振りで叫んだ。
「ふんふん、なんだかよくわからないけど深刻そうな感じですね」考え込むような顔でカノンが呟いた。
「フィアナ! こっち見ろ! 俺はな。お前に伝えたいことがあるんだ!」
 赤い顔のままシャウアはまくし立てた。
「相変わらず高圧的ね。何かしら?」不満げな顔でフィアナは応じる。
 シャウアはうつむきガリガリと頭を掻き、顔を上げた。やや落ち着いたようで、真剣な眼でフィアナを見つめている。
「俺は、お前が、好・き・だ! 以上だ!」
 言いたくないことを言うかのように、シャウアは早口で畳みかけた。
「えっ?」フィアナが呆気に取られたような声を発した。シャウアは変わらずフィアナを見据えている。
「シャ、シャウア。あなた、いったい何を──。え、でも。いや、ちょっと待って……。急にそんなことを言われても……心の準備が……」
 フィアナは珍しく錯乱している様子で、返答には力がない。こちらも顔は赤く、恥ずかしさゆえかシャウアを直視できず俯いている。
「あれ? まさかの告白ですか? わたしてっきりフィアナさんって、ユウリ君とできてると思ってました。もしかしてもしかして、わたしにもまだチャンスが……」
 シリアスな表情で何やらごにょごにょ呟いていたカノンは、やがてきっと顔を上げた。
「よし! そうと決まれば善は急げです! ユウリ君! 今日はこれからわたしとデートしましょう! わたしのミリョクを嫌というほど味わわせてあげちゃいますから!」
 カノンはぐっとユウリの右腕を掴んできた。にこにこと心の底から幸せそうに眼を細めて笑っている。
「いやいや、ちょっと待て! もう夜中だろ?」
「時間は関係ありません! ささ、こっちこっち!」
 ぐいぐいとカノンに腕を惹かれつつ、ユウリは一人考えを巡らす。
(ルカ。お兄ちゃんはこんな風に、気の良い仲間と楽しくやってるぞ。だから心配せずに、いつもの笑顔で俺たちを見守ってくれ)
 穏やかな心持ちで、ユウリは遠くに行ってしまったルカに呼びかけた。
(えへへ、当たり前だよお兄ちゃん)
 どこかからルカの幸せそうな声が聞こえた気がした。ユウリは空を仰いで、小さく笑った。
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