上 下
23 / 64
第二章 負けられぬハンデ戦@賭けミニゲーム

13話

しおりを挟む
      13

 翌日、一年生は、六時に部室に集まった。
 昨日は雨だったので、ボールの手入れに加えて、部室にあるスポンジでグラウンドの水溜りを処理しなければならなかった。食堂は六時からしか開かないので、みんな、朝食は食べていなかった。
 その後のボールの手入れも含めて終わったのは八時過ぎで、練習まで時間があった。しかし、スパルタな練習の直前には、食事を取る気にはなれない。一年生はみんな、朝食は抜きだった。
 九時に、コーチから集合の声が掛かり、二人の一年生の退部が淡々と告げられた。しかし、辞めた人の顔が浮かばなかった。
 俺たち、一年生は、互いに自己紹介などはしていなかった。辞める人が多いので、名前を覚えても、無意味になりうる。ドライな感じで、俺はちょっと嫌なんだけどね。
 昨日とほとんど同じ内容の午前の練習が終わり、一年生が部室に戻ろうとしていると、「一年生、ちょっと集まってくれ」と、五十嵐さんのニュートラルな声が聞こえた。
 駆け寄った一年生は、五十嵐さんを含んで円を作った。仏頂面の釜本さんもいた。
「今日のボールは、綺麗でした。よくやってくれた、ありがとう。ただ、部室のボール・バックに入っているメディシン・ボールを磨き忘れてます。やる気は見えるんだけど、うーん。……なんというか、もう少し、機転を利かせられないかな」
 言葉が切られ、沈黙が訪れる。今回の五十嵐さんは怒っているわけではないようで、言葉には刺がなく、表情も落ち着いていた。
 釜本さんが、五十嵐さんに顔を向けた。細めた目からは不満が感じ取れる。
「五十嵐さん。メディシン・ボールもっすけど、俺に言わせりゃ普通のボールも汚いっすよ。一年、やっぱ、舐めてますって。今日も走らせましょうや」
「ちょっと良いっすかね」
 堪り兼ねた俺は、口を挟んだ。
「メディシン・ボールの件は、すみませんでした。二人の指摘の通り、迂闊でした。これからは、忘れずに磨きます」
 みんなの視線が集まるが、俺は気にしない。はっきりと、だが反抗的には聞こえないように、五十嵐さんへの主張を続ける。
「ボールの空気入れとグラウンド整備は、必要だと思います。でも俺には、顔が映るまでボールを磨く意味がわからないです。道具は大切にするべきですけど、毎日、一時間以上も取られたくないです。ボールを磨く時間を練習に充てれば、もっと上手くなれますって」
「お前な、生意気過ぎんだよ。集団におけるルールって、意味があるもんばっかじゃないだろうがよ」
 釜本さんの凄むような声が聞こえるが、俺は、五十嵐さんから視線を外さない。
「無意味なルールは、なくすべきだと思います。この世の中は、マイナー・チェンジで成り立ってますから」
「調子乗りもその辺にしとけよ。今のうちに、目上の人の命令を聞けるようになっとかねえと、社会に出ても通用……」
「釜本」
 五十嵐さんが静かな声で、ヒート・アップする釜本さんを窘めた。
「星芝の主張ももっともだな。それと俺らは、ちゃんとしたボールの手入れの方法も、わかってなかったよな。星芝、手間を掛けて悪いけど、調べておいてくれるか。ボールの手入れをどうするかは、星芝の調査結果を見てから考えよう」
「了解っす」と俺は、静かに依頼を引き受けた。
 昼食後、俺は学校のPCルームに行き、インター・ネットでボールの手入れについて調べて、纏めた情報を印刷した。
 部室に戻って五十嵐さんに渡すと、五十嵐さんは「おう、ありがとな」と、柔らかいお礼の後に熱心に読み始めた。
 柔軟な考えを持った、理想的な先輩である。俺も来年以降、かくありたいもんだわ。
 午後練の終了後、柳沼コーチの話を聴き終わったCチームの面々は、再び円になった。
「ボールの手入れだけど、週一で行う決まりにします。星芝が調べてくれた手入れ方法の載った紙を、部室に貼っておくので、見ておいてください。それと星芝と釜本、ちょっと出てきてくれ」
 平静な口調の五十嵐さんの指示を受けて、円から抜けた俺と釜本さんは、五十嵐さんの前に出た。
「お前ら、ちょっと険悪な感じだから、仲直りしとけ。ほら、握手」
 五十嵐さんはにこりと温和に微笑むと、俺たち二人を順に見回した。
 俺は、釜本さんと向かい合った。俺を見下ろす釜本さんは、いつもと同じ怖い目をしている。
 俺は、釜本さんの目をまっすぐに見ながら手を差し出した。釜本さんもわずかに遅れて手を出し、俺たちは握手をした。
 俺への怒りゆえかはわからないが、釜本さんの握る力はとても強く、手が痛かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

紅井すぐりと桑野はぐみ

桜樹璃音
青春
「私が死なないように、見張って」 「アンタの全部は、俺のものだって言わなかったっけ」 これは歪愛じゃない――……純愛、だ。 死にたがり少女と恋愛依存少年の歪な愛のお話。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

処理中です...