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第二章 境界の砦
8 アーヤの世話係
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《アーヤの世話係》
ビートは自分の専用室である副官室で書類を捌きながら、イライラしていた。アーヤを治療室主任のアメリアに託してきたが、なんとなく悶々としてしまう。
アメリアがアーヤを気に入っており、アーヤも彼女に懐いている。
――ひょっとしたら、俺よりも?
ぱきっとペンが手の中で折れた。
――ふん、不良品だな。
折れたペンをゴミ箱に放り捨てる。最近、質が落ちたのかもしれない。仕入れ業者を検討し直した方がいいだろうと、頭の片隅に記録する。
治療部は急患や怪我人さえいなければ、自由が利く仕事場だ。今頃、アーヤはアメリアとクッキーを食べたり、お茶を飲んだりしているのかもしれない。上げた尻尾を嬉しそうにゆらゆら揺らしながら。
またペキリとペンが折れた。
ペンをゴミ箱に放り捨てながら、頭を振って雑念を振り払う。
――今は仕事だ。集中しろ。
書類を押しやって目の前の机の上を広く開けると、肩幅に開いた両手を置いた。目を閉じて思念を集中させる。ゆっくり目を開いて行くと、両手の間の空間に文字と数字が連なる帯が複雑な文様を形作って行く。その文様の両端が繋がって閉じると、光に変わった。
輝きが収まったあとに、二羽の白い小鳥がいた。
一羽を指に止まらせると、口元へ運び纏めておいた文言を呟く。終わると窓の方へ向けて、飛び立つように指を動かした。小鳥は羽ばたいて窓へと移動したが、ガラス窓は閉じられている。
ガラス窓へぶつかる前に、小鳥は空気に溶け込むように姿を消した。
これは伝言魔法である。誰でもできるわけではなかったが、魔力が高い者なら、比較的初期に習得する汎用魔法の一つだ。指定する相手に伝言を届けることができる便利なものだからだ。魔力が高ければ高いほど、遠距離へ、さらに時間も早く届けることができる。
形は人によって蝶だったり、動物だったり、花や葉であったりさまざまだが、ビートの場合は小鳥だった。
人間族は獣人や鳥人族よりも体力も腕力もなかったし、獣に変じて五感や能力をパワーアップさせたり、鳥に変じて飛行したりもできなかったが、魔法をつかうことができた。魔法と知識と技術力が人間の強みなのだ。
友人に伝言を送ったビートは、もう一羽の小鳥を肩に止まらせ、大佐の執務室に入る。そこには既に、スミソン隊長と副隊長のほか二名がいた。
「スミソンが?」
ビートが片眉をかすかに上げて問うと、マック副隊長が苦虫を噛みつぶしたような顔で答える。
「どうしても、隊長自ら行くと言ってきかないんで。あの子たちを保護したのが自分だから、責任があるとかなんたらかんたら。どうせ、面白そうだからってだけっすよ」
「だがな、獣人の国を目の前にして、普段はなかなか中に入れないんだぞ。任務で堂々と行けるんだ。このチャンスを逃す手はない」
「そりゃ、余計な摩擦は控えるにこしたことはないっすからね」
「そういうわけだ。ビート副官。行くのは、俺と部下の三人が護衛兼ねて。馬車で行くと伝えてくれ。治療室からも一人薬師が付いて行ってくれる」
「わかった」
「ハリーはそのままケリーの家の付近に潜伏し、その後の様子を確認しろ。多分に、タラークのほうで動きがあるはずだ。エブリスはイヌ耳のカリタ隊員と一緒に西アゴートで情報収集を」
手配が決まって、ビートは小鳥を連れたまま治療室に向かった。ケリーの声で伝言を記録するためだ。家族も、ケリー自身の声なら安心するだろう。
治療部の療養室でベッドに腰かけたまま、ケリーに伝言内容を小鳥に吹き込んでもらい、家があるサルサ村へ飛ばす。
「騎士のだんな、迷惑かけたばかりか、家族のことまで……。ありがとうございます」
ケリーは感謝のあまり涙ぐんでいた。
「気にするな」
ビートは一言で済ませると、何か探すように目を動かす。
「ああ、アーヤですか? さっき、アメリア先生と一緒に薬草室のほうへいきましたよ」
商人らしく目端の利くケリーはすかさずビートの求めることに応えた。
「うむ。いや、アメリアに用があってな。では」
そそくさと椅子から立ち上がって廊下に出て行くビートの背後で、思わず吹き出しかけた口元をケリーが慌てて手で塞いだことには気づかなかった。まして、その後に続いた呟きも。
「魔法を使う人間は恐ろしいと思い込んでいたけれど、どうして俺たちと変わらないんだな」
薬草室の方に向かうと、廊下にいてさえも賑やかな声が漏れ聞こえてくる。ノックをしたが、中が賑やかで気づかれない。
構わず扉を開けた途端、
「ふぁーくちゅん!」
「わっ!!」
「きゃあ!」
どすん
「ぎゃあ!」
ばさっ!
「ぶっ」
枯草のような葉の束がビートの顔をまともに襲った。
薬臭い葉を顔や頭から払おうとすると、
「待って!」
「動くな!」
と、止められた。ひくっと硬直すると、ぱたぱたぱたと薬師たちが駆け寄って来て布を広げ、ビートにひっついた乾いた臭い草を丁寧に払い落とし、摘み取りし始める。髪の間に入った小さい破片まで丁寧に採取してからやっと、動いてよしの許可が出る。
「ああ、良かった。貴重なトネリの葉だ。一片も無駄にできない」
「おい……」
薬師たちは良かった良かったと口々に言いながら、作業テーブルのほうへ戻って行った。
ここで、戸口につったったまま放置されているビートのために、何が起こったのか説明しよう!
もともと薬草室には乾いた細かい草などがほこりと一緒に舞っている。アーヤがその中でもとりわけ細かいぱさぱさの薬草の粉を吸い込んで、鼻がむずむずして、盛大なくしゃみをした。
粉が吹き飛ばされないよう思わず職員が薬の入った包みを避けた。避けた先に、ちょうど職員が足を踏み入れてきて、包みを避けようとしてバランスを崩した。
よろっとよろめいて、トネリの草の束を運んでいた職員の背にぶつかった。
ぶつけられた職員がトネリの草束をビートにぶちまけた、以上であった。
いまだ無視されている副官――この砦で確かナンバーツーのはず――の目の先で、三毛色の尻尾が職員たちの間で楽しそうに揺れている。
「ごめしゃ」
アーヤがくしゃみしたことを謝っているらしい。
「いいって、いいって。それより、これ、嗅いでみて」
ビートの顔や頭から慎重に集めたトネリの葉をガサガサと広げている。
「つんとするね?」
「火傷の薬だからね。でも、すごく効くんだよ。この中で、いい、悪いわかる?」
「んとね、んとね」
がさがさと音が続く。ビートも気になって机の方を覗き込んだ。
机の上に広げられたトネリの葉をくんくん嗅ぎながら、アーヤの小さい手が葉を右と左に分けて行く。ビートの目には右の葉も左の葉も同じに見える。
ほとんどは右の山に寄せられたが、左にも小さな山ができた。
「こっちは違うの。古い? 違う? 匂いがちょこっと違うの」
アーヤが左の山を差して告げた。
職員たちが真剣な目をして、左の山の葉を調べた。
「これ、古いな。効能がほとんどないよ」
「これは、似てるけれど違う葉だね。ここのギザギザが二重になってる。混ぜられたらちょっとわからないよ」
「だから、混ざってるんじゃない? 採取する時だって、気づかないレベルよ」
「ああ、これ、そっくりだけど、毒なやつ! 混ぜたら、炎症ひどくなりかねない」
「それでたまに薬の効きが悪かったり、化膿したりしてたのか? 混ざってたんだな」
「すごい! すごいよ! アーヤちゃん! 匂いで区別できちゃうなんて!」
「俺たちには、全然違いなんてわからないよ。さすが、獣人だな! 鼻がいいんだな!」
「うふふー。アーヤね、猫だもん。鼻いいにょ!」
嬉しそうに、得意そうにアーヤの耳がぴょこぴょこ動いて、尻尾もゆさゆさだ。
「ああー! これも! これもみてくれる?」
アーヤの目の前に次々と大量の薬草が積み上げられた。
ビートは手を伸ばすと、問答無用にアーヤの両脇に手を入れてひょいと持ち上げる。全員の目がアーヤと一緒に動き、ビートを認めると非難がましい視線を向けて来た。
「飯だ」
一緒に眺めていたアメリア室長も、はっと気が付いたように瞬いた。ぱんぱんと手を叩いて、全員の気を逸らす。
「もう、お昼よ。これで解散。仕事は午後に再開ね」
おう、と緊張と集中を解いた職員たちも身体を伸ばす。
「アーヤちゃん、ありがとねー」
「また、午後も頼むわー」
机の上の薬草を片付け、みんな思い思いに散って行く。ビートの両手に捕まれて、ブラーんと脱力したように垂れ下がっているアーヤの傍にきたアメリアがアーヤのふわふわの黒と赤茶色の二色の髪を撫でた。
「ごめんね。つい、欲張っちゃって、幼いアーヤちゃんに無理させちゃったわね。でも、正確に判別できるって、すごいことなのよ。薬草は混じりがあると危険なこともあるから。でも、なかなか正しい分別ができないのよ。特に、乾燥させちゃったり、細かくなってたりするとね。全部自分たちだけで採取できないし、あとは仕入れ業者任せになるから。また、午後も手伝ってもらえると助かるわ」
「うん! アーヤ、頑張る!」
元気な返事を返すアーヤを、ビートはぶらーんとぶら下げたまま廊下に出た。すると、おとなしくぶら下がっていたアーヤがむぞむぞと身動きする。
「アーヤ、ありゅく」
抗議するように、尻尾がビートの腕をたしたしと叩いた。下に降ろしてやると、ビートの上着の裾を握り込んでとてとてとついて来る。ビートは口元をふわりと緩めると、食堂へと足を向けた。
ビート副官がアーヤを膝抱っこで食べさせる景色が定着しつつある夕食を終えた後、ビートは当然のようにアーヤを自室へ連れて行く。
アーヤの世話担当係を希望していた事などすっかり棚に上げて、むしろアーヤの保護者を自認していた。アーヤの世話は自分の権利だとさえ思っている。
それなのに、寝台で寝るよう降ろすと、アーヤはベッドを飛び降りて部屋の隅にこしらえた巣に潜り込んでしまう。これだけ広いのだから、小さいアーヤ一人増えても全然余裕なのに。
ビートはまだ仕事が残っている。
「寝ていろ」
隅の巣に声だけ掛けて、ビートは部屋を出て行った。
ビートは自分の専用室である副官室で書類を捌きながら、イライラしていた。アーヤを治療室主任のアメリアに託してきたが、なんとなく悶々としてしまう。
アメリアがアーヤを気に入っており、アーヤも彼女に懐いている。
――ひょっとしたら、俺よりも?
ぱきっとペンが手の中で折れた。
――ふん、不良品だな。
折れたペンをゴミ箱に放り捨てる。最近、質が落ちたのかもしれない。仕入れ業者を検討し直した方がいいだろうと、頭の片隅に記録する。
治療部は急患や怪我人さえいなければ、自由が利く仕事場だ。今頃、アーヤはアメリアとクッキーを食べたり、お茶を飲んだりしているのかもしれない。上げた尻尾を嬉しそうにゆらゆら揺らしながら。
またペキリとペンが折れた。
ペンをゴミ箱に放り捨てながら、頭を振って雑念を振り払う。
――今は仕事だ。集中しろ。
書類を押しやって目の前の机の上を広く開けると、肩幅に開いた両手を置いた。目を閉じて思念を集中させる。ゆっくり目を開いて行くと、両手の間の空間に文字と数字が連なる帯が複雑な文様を形作って行く。その文様の両端が繋がって閉じると、光に変わった。
輝きが収まったあとに、二羽の白い小鳥がいた。
一羽を指に止まらせると、口元へ運び纏めておいた文言を呟く。終わると窓の方へ向けて、飛び立つように指を動かした。小鳥は羽ばたいて窓へと移動したが、ガラス窓は閉じられている。
ガラス窓へぶつかる前に、小鳥は空気に溶け込むように姿を消した。
これは伝言魔法である。誰でもできるわけではなかったが、魔力が高い者なら、比較的初期に習得する汎用魔法の一つだ。指定する相手に伝言を届けることができる便利なものだからだ。魔力が高ければ高いほど、遠距離へ、さらに時間も早く届けることができる。
形は人によって蝶だったり、動物だったり、花や葉であったりさまざまだが、ビートの場合は小鳥だった。
人間族は獣人や鳥人族よりも体力も腕力もなかったし、獣に変じて五感や能力をパワーアップさせたり、鳥に変じて飛行したりもできなかったが、魔法をつかうことができた。魔法と知識と技術力が人間の強みなのだ。
友人に伝言を送ったビートは、もう一羽の小鳥を肩に止まらせ、大佐の執務室に入る。そこには既に、スミソン隊長と副隊長のほか二名がいた。
「スミソンが?」
ビートが片眉をかすかに上げて問うと、マック副隊長が苦虫を噛みつぶしたような顔で答える。
「どうしても、隊長自ら行くと言ってきかないんで。あの子たちを保護したのが自分だから、責任があるとかなんたらかんたら。どうせ、面白そうだからってだけっすよ」
「だがな、獣人の国を目の前にして、普段はなかなか中に入れないんだぞ。任務で堂々と行けるんだ。このチャンスを逃す手はない」
「そりゃ、余計な摩擦は控えるにこしたことはないっすからね」
「そういうわけだ。ビート副官。行くのは、俺と部下の三人が護衛兼ねて。馬車で行くと伝えてくれ。治療室からも一人薬師が付いて行ってくれる」
「わかった」
「ハリーはそのままケリーの家の付近に潜伏し、その後の様子を確認しろ。多分に、タラークのほうで動きがあるはずだ。エブリスはイヌ耳のカリタ隊員と一緒に西アゴートで情報収集を」
手配が決まって、ビートは小鳥を連れたまま治療室に向かった。ケリーの声で伝言を記録するためだ。家族も、ケリー自身の声なら安心するだろう。
治療部の療養室でベッドに腰かけたまま、ケリーに伝言内容を小鳥に吹き込んでもらい、家があるサルサ村へ飛ばす。
「騎士のだんな、迷惑かけたばかりか、家族のことまで……。ありがとうございます」
ケリーは感謝のあまり涙ぐんでいた。
「気にするな」
ビートは一言で済ませると、何か探すように目を動かす。
「ああ、アーヤですか? さっき、アメリア先生と一緒に薬草室のほうへいきましたよ」
商人らしく目端の利くケリーはすかさずビートの求めることに応えた。
「うむ。いや、アメリアに用があってな。では」
そそくさと椅子から立ち上がって廊下に出て行くビートの背後で、思わず吹き出しかけた口元をケリーが慌てて手で塞いだことには気づかなかった。まして、その後に続いた呟きも。
「魔法を使う人間は恐ろしいと思い込んでいたけれど、どうして俺たちと変わらないんだな」
薬草室の方に向かうと、廊下にいてさえも賑やかな声が漏れ聞こえてくる。ノックをしたが、中が賑やかで気づかれない。
構わず扉を開けた途端、
「ふぁーくちゅん!」
「わっ!!」
「きゃあ!」
どすん
「ぎゃあ!」
ばさっ!
「ぶっ」
枯草のような葉の束がビートの顔をまともに襲った。
薬臭い葉を顔や頭から払おうとすると、
「待って!」
「動くな!」
と、止められた。ひくっと硬直すると、ぱたぱたぱたと薬師たちが駆け寄って来て布を広げ、ビートにひっついた乾いた臭い草を丁寧に払い落とし、摘み取りし始める。髪の間に入った小さい破片まで丁寧に採取してからやっと、動いてよしの許可が出る。
「ああ、良かった。貴重なトネリの葉だ。一片も無駄にできない」
「おい……」
薬師たちは良かった良かったと口々に言いながら、作業テーブルのほうへ戻って行った。
ここで、戸口につったったまま放置されているビートのために、何が起こったのか説明しよう!
もともと薬草室には乾いた細かい草などがほこりと一緒に舞っている。アーヤがその中でもとりわけ細かいぱさぱさの薬草の粉を吸い込んで、鼻がむずむずして、盛大なくしゃみをした。
粉が吹き飛ばされないよう思わず職員が薬の入った包みを避けた。避けた先に、ちょうど職員が足を踏み入れてきて、包みを避けようとしてバランスを崩した。
よろっとよろめいて、トネリの草の束を運んでいた職員の背にぶつかった。
ぶつけられた職員がトネリの草束をビートにぶちまけた、以上であった。
いまだ無視されている副官――この砦で確かナンバーツーのはず――の目の先で、三毛色の尻尾が職員たちの間で楽しそうに揺れている。
「ごめしゃ」
アーヤがくしゃみしたことを謝っているらしい。
「いいって、いいって。それより、これ、嗅いでみて」
ビートの顔や頭から慎重に集めたトネリの葉をガサガサと広げている。
「つんとするね?」
「火傷の薬だからね。でも、すごく効くんだよ。この中で、いい、悪いわかる?」
「んとね、んとね」
がさがさと音が続く。ビートも気になって机の方を覗き込んだ。
机の上に広げられたトネリの葉をくんくん嗅ぎながら、アーヤの小さい手が葉を右と左に分けて行く。ビートの目には右の葉も左の葉も同じに見える。
ほとんどは右の山に寄せられたが、左にも小さな山ができた。
「こっちは違うの。古い? 違う? 匂いがちょこっと違うの」
アーヤが左の山を差して告げた。
職員たちが真剣な目をして、左の山の葉を調べた。
「これ、古いな。効能がほとんどないよ」
「これは、似てるけれど違う葉だね。ここのギザギザが二重になってる。混ぜられたらちょっとわからないよ」
「だから、混ざってるんじゃない? 採取する時だって、気づかないレベルよ」
「ああ、これ、そっくりだけど、毒なやつ! 混ぜたら、炎症ひどくなりかねない」
「それでたまに薬の効きが悪かったり、化膿したりしてたのか? 混ざってたんだな」
「すごい! すごいよ! アーヤちゃん! 匂いで区別できちゃうなんて!」
「俺たちには、全然違いなんてわからないよ。さすが、獣人だな! 鼻がいいんだな!」
「うふふー。アーヤね、猫だもん。鼻いいにょ!」
嬉しそうに、得意そうにアーヤの耳がぴょこぴょこ動いて、尻尾もゆさゆさだ。
「ああー! これも! これもみてくれる?」
アーヤの目の前に次々と大量の薬草が積み上げられた。
ビートは手を伸ばすと、問答無用にアーヤの両脇に手を入れてひょいと持ち上げる。全員の目がアーヤと一緒に動き、ビートを認めると非難がましい視線を向けて来た。
「飯だ」
一緒に眺めていたアメリア室長も、はっと気が付いたように瞬いた。ぱんぱんと手を叩いて、全員の気を逸らす。
「もう、お昼よ。これで解散。仕事は午後に再開ね」
おう、と緊張と集中を解いた職員たちも身体を伸ばす。
「アーヤちゃん、ありがとねー」
「また、午後も頼むわー」
机の上の薬草を片付け、みんな思い思いに散って行く。ビートの両手に捕まれて、ブラーんと脱力したように垂れ下がっているアーヤの傍にきたアメリアがアーヤのふわふわの黒と赤茶色の二色の髪を撫でた。
「ごめんね。つい、欲張っちゃって、幼いアーヤちゃんに無理させちゃったわね。でも、正確に判別できるって、すごいことなのよ。薬草は混じりがあると危険なこともあるから。でも、なかなか正しい分別ができないのよ。特に、乾燥させちゃったり、細かくなってたりするとね。全部自分たちだけで採取できないし、あとは仕入れ業者任せになるから。また、午後も手伝ってもらえると助かるわ」
「うん! アーヤ、頑張る!」
元気な返事を返すアーヤを、ビートはぶらーんとぶら下げたまま廊下に出た。すると、おとなしくぶら下がっていたアーヤがむぞむぞと身動きする。
「アーヤ、ありゅく」
抗議するように、尻尾がビートの腕をたしたしと叩いた。下に降ろしてやると、ビートの上着の裾を握り込んでとてとてとついて来る。ビートは口元をふわりと緩めると、食堂へと足を向けた。
ビート副官がアーヤを膝抱っこで食べさせる景色が定着しつつある夕食を終えた後、ビートは当然のようにアーヤを自室へ連れて行く。
アーヤの世話担当係を希望していた事などすっかり棚に上げて、むしろアーヤの保護者を自認していた。アーヤの世話は自分の権利だとさえ思っている。
それなのに、寝台で寝るよう降ろすと、アーヤはベッドを飛び降りて部屋の隅にこしらえた巣に潜り込んでしまう。これだけ広いのだから、小さいアーヤ一人増えても全然余裕なのに。
ビートはまだ仕事が残っている。
「寝ていろ」
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