継ぎはぎ模様のアーヤ

霜月 幽

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第二章 境界の砦

1 ビート副官

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 《ビート副官》

「はーなーちーてー!!」
「パーム! パームー! ふぎゃあああん!」

 砦の中にアーヤの泣き叫ぶ声が響いている。
 異変に気付いて駆けつけた砦の騎士たちが蛇魔物を討伐し、ケリーたちを保護した。
 肋骨と足を骨折し、打ち身もひどいケリーと生死も判らぬパムは直ぐに砦へと搬送された。途中で意識を取り戻したアーヤは軽い打ち身で済んでいたが、横たわったパムに引っ付いて離れず、一緒に送られていった。



「いったい何事だ?」

 砦の最高責任者であるハドリー・ハスラー大佐が眉を顰めた。五十にもうすぐ手が届きそうな叩き上げ軍人らしく、身体も顔もいかめしくがっしりしている。髪は黒く艶々としていた。

「連れのウサ耳の子供が重篤な怪我を負ってまして、治療のため離したところ、ずっとあの調子でして」

 銀髪ロン毛のスミソン隊長が説明した。

「で、魔物のほうは?」

 ハスラー大佐の問いに、傍らに立っていたビート副官がぼそりと答える。

「問題ない」
「いや、それ、答えになってないから」

 ハスラーは副官に突っ込んだ。
 ちょっと癖のある金髪を襟足の長さで短くカットした男は、がたいのいいハスラーより長身だが筋肉質というより均整の取れた体型をしている。目つきが鋭く、整った顔立ちだけにきつい印象を与えた。強面である。
 剣の腕もたち魔力も高く、この若さで王都からハスラー大佐の副官として赴任してきた二十歳。女にも男にも大人気だが浮いた話は聞かない。それも頷ける極端に言葉の足りない男だった。

「大蛇の魔物はビート副官が倒して焼去しました。もう一体の巨体魔物のほうは姿がなく、馬二頭と人間二人の痕跡が認められました。ケリーの話ではもう一人いたようですが、生存は確認できていません」

 スミソン隊長が代わりに答えてくれた。いつもながらよくできた男である。ハスラーは感謝をこめて頷いた。

「そのケリーのことですが、事情が……」

 隊長がさらに報告を進めようとした時、扉が外からバンっと派手な音を立てて開かれた。

「たいちょー! もう、俺、無理っす! 何とかしてください!」

 オレンジ色の頭の副隊長がびいびい泣く子供を抱えて飛び込んできた。室内の全員の視線がマック副隊長に向かう。
 落とさないように必死に抱えている幼児は全力で身を逸らし腕から抜け出ようと抗っている。長い尻尾が膨らんでびたんびたんと左右を叩いていた。獣人の子供は百センチにも満たないネコ耳だった。

「ずっとこんなで、なに言っても聞いてくれなくて」

 訴えるマックの顔には無数のひっかき傷が赤く浮いている。

 ハスラー大佐がビートに視線を当てた。

「ビート副官。責任もってその子供を預かれ」

 ぴくりとビートの身体がかすかに揺れた。
 ハスラー大佐の目に面白がっている煌めきが浮かんだのを、スミソンはしっかりと目撃してしまった。日頃の鬱憤を晴らす気らしい。大人げないと、一人胸の内で呟く。

「司令官命令だ。砦内の管理は副官の業務だぞ」
「……」

 無言で固まるビートに、マックはこれ幸いと暴れる子供を押し付けた。

「やー! パムどこー? おじしゃとこ行くー!」

 アーヤはそっくり返って大泣きしながら叫んだ。

「うるさい。黙れ」
「うぎゃー! わああーん!」

 ビートの冷たい叱責にアーヤの泣き声がさらに大きくなった。

 ゴツン。

「「…………」」
「ひでぇ……」

 ネコ耳子供の頭にビートのゲンコツが落ち、子供はくったりと静かになった。

「連れて行く」

 返事も待たず、ビートは気絶した子供を小脇に抱えて出て行った。

「だ、大丈夫なんすかね?」
「何とかするだろう」

 心配そうに問いかけるマックに、ハスラー大佐は若干不安の滲んだ声で応えるしかなかった。

 それよりほかに懸念事項がある。怪我人の傷を診た砦の医者が、ウサ耳の子供の傷が魔物によるものではなく、鋭利な刃物――剣によるものだと報告してきたのだ。ハスラー大佐は、スミソン隊長に中断された報告の続きを促した。

 ***

 自室に戻ったビートは気絶した子供をソファに寝かせた。黒と赤茶の二色の髪といい、白と黒と赤茶の三色の毛皮を張り合わせたような耳や尻尾の毛並みといい、変わったネコ耳の獣人だ。
 それにしてもまだ生まれて間もないようなこんな小さな幼児がどうしてこんな危険な森の道にいたのだろうか? 一緒にいたウサ耳の子供もキツネ耳の男も怪我をしている。

 自問していると、意識が戻るのかネコ耳の子供が口元をふにふにと動かし始めた。眉も寄って顰めている。げんこつを喰らわせたので、痛みがあるのかもしれない。

 そう思いながら様子を見ると、子供は顔を顰めたり、泣きべそになったり、ふにゃっと口元を緩めたりと百面相をしている。面白い玩具を見ているようでつい顔を寄せて眺めていた。

 パチッと音がしそうな感じで子供の目が開いた。子供は大きな緑の瞳をさらに真ん丸に見開く。今にもぽろりと落ちてしまいそうだった。

「名は「うぎゃあああああ!」」

 声を遮って、けたたましい悲鳴が上がった。同時に飛び上がるとソファの後ろへと隠れる。つい今しがたまで気絶していた子供とは思えない素早さだ。


 表情は変わらなかったが、ビートは内心でむっとした。確かに日頃、何かと怖がれることは多いが、これほどあからさまに怯えられるとさすがに傷つく。

 ソファの後ろに回ると、子供はだだっと逃げて部屋の壁に張り付いた。尻尾が倍も膨らんでぷるぷる震え、耳もぺたんと頭に引っ付いている。身体を小さく丸めて縮めた腕の間からこちらをおどおどと見ていた。

 ビートは忌々しく舌を鳴らし、ネコ耳の子供を捕まえるべく近寄って行く。

「ぴぃ!」

 子供は怯え切ってずりずりと壁に背中と尻を擦りつつ逃れようと横に横に逃げて行く。

 ――なんだ? これは? まるで自分が極悪非道な犯罪者みたいじゃないか。

 苛々と足音を立てて近づくと、部屋の壁を回って逃げたあげくに、子供は部屋の角に追い詰められて動きが取れなくなった。
 ビートを見上げる大きな目に涙が盛り上がった。

「泣くな!」

 怒鳴ると、ひくっと身体が震えてぶわっと涙が溢れ出す。
 ビートはがりがりと金髪の頭を掻きむしった。魔物相手ならどんな化け物でもびくともしないが、こんな小さな子供は勝手がわからない。これほど困惑したことはないと思う。

 自国に獣人は多くはないが、そこそこ見かけた。兵士の中にもいるくらいだ。獣人の兵士は腕力が優れ、優秀だった。だが、子供はこれほど小さいものだっただろうか? この獣人が特に小さいのだろうか?

 こんな部屋の隅では話もできない。とりあえず捕まえてソファに戻すつもりで、容赦なく歩を進めた。

「みぎゃ……」

 壁にめり込もうとするかのように背中を押し付けた子供の身体がぶるぶると震えた。腰を抜かして尻もちをついた両足の間がじわわと濡れて、カーペットにも染みを作っていく。
 耳がこれ以上はないほどにぺたりと垂れ下がり、まだ膨らんでいる尻尾を両手に抱えてぼろぼろと涙を零している。

 ――くそっ。こんな子供を怯えさせてどうするんだ。

 内心自分に毒づきながら、首根っこを掴んで持ち上げようと手を伸ばした。

 がぶっ。

 ビートは自分の手を見つめる。伸ばした右手に、子猫が思いっきり歯を立てて噛みついていた。

*******
一番初めの投稿のアーヤの世界の紹介の地図の載せ方を失敗していたので、直しました。
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