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第四章(最終編)悠久の時を越えて

31 帰る場所

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 《シュン視点》

『シュン! やっと来たんだな。みんな待っていたんだよ』
『お帰り! シュン! これからはずっと一緒だ』
『みんな一緒に行こう!』

 黒一色の上下も左右もない空間に、声が聞こえた。
 いつの間にか、そこにはM・Sミュータントセクションのメンバーがいた。

 美人のミーシャ姉さん、陽気なグレイ、読書好きの優しいベルガ。ああ、みんないる。
 懐かしい面々がにこにこと元気に手を振っている。

 なんだ。みんな無事じゃないか。戦争はまだ終わっていない? 前線に駆り出されたのは夢だったのか?


 俺は彼らの方へ走り出そうとして、足を止めた。


 帰る? 違う。 俺が一緒に行くのは、彼らじゃない。

 ――**がいない。俺が帰るところはあそこじゃない。

 さあっと、M・Sのみんなの姿が細かい粒子の光になって消えた。



 俺はなぜか不安に駆られ、踝を返して走り出す。

 すると、少女が行く手に佇んでいた。

 アンナだった。十三歳の幼いアンナ。

『シュン兄ちゃん。待っていたの。私、あなたが好きだった。あなたのお嫁さんになりたかったの。私、怖いわ。上官に抱かれるのは嫌! 死ぬのも嫌! 怖いの。お願い。私と一緒に行って。私を連れて行って』

 ふわふわしたこげ茶の髪で、水色の目が大きくて、鼻の頭に雀斑がある可愛いアンナ。妹のように可愛かった。アンナの初めてを貰ってと懇願されて抱いたっけ。

 でも、ごめんね、アンナ。
 俺が一緒に行くのはあんたじゃない。
 俺がずっと一緒に居たいのは、**なんだ。
 **が俺を待っている。さよなら、アンナ。

 涙が零れ落ちる瞳と一緒に、アンナの姿がキラキラした粒子になって消えた。



 俺は何もない真っ黒い中を進む。足に踏む大地はないのに、俺の歩みに従って進んでいる気がするのがおかしい。



 あれ? 家が見える。郊外の庭もない小さな家。あれは俺の生まれた家だ。懐かしいな。けっこう覚えているもんなんだな。
 玄関の扉が開いて、女の人が出てきた。母さんだ。四歳の時に分かれたままの、若い母さんだ。

 母さんが俺を見て手を伸ばした。

『シュン! お帰り! 帰って来たのね! 待っていたのよ! きっと帰ってきてくれるって、待っていたのよ。私の可愛い坊や。さあ、いらっしゃい!』

 ――母さん!

 四歳だったけど、それでも俺は母さんを覚えている。懐かしさと愛しさで涙が溢れる。

 ――母さん。もう一度、会いたかったよ。暖かい腕で抱き締めてもらいたかった。母さん、元気だった?

 みんなが俺を化け物だって怯えた目で見つめる中、いつも俺を庇って愛しんでくれた優しい俺の母さん。当局に連れ去られる時、怖い兵士に負けずに逆らっていた母さん。

 母さんの腕の中で甘えたい。

 一歩、二歩と進んで、俺の足は、それでも止まった。

 でも、違うんだ。今はもう、俺が帰る場所はそこじゃない。母さんのところじゃないんだ。
 俺が帰るところは、**がいるところだけなんだ。そこが俺の帰る場所。


 母さんの姿も懐かしい家もさああっと消えた。



 後には真っ黒い何もない空間。

 なんだか、デジャブだな。こんなこと、前にもあったような気がする。俺、死にかけているのかな? それとも、死んじゃったのかな?


 いや、迷ってる暇なんかない。俺は帰るんだ。**のところに。

 ――あれれ? **って誰だっけ? 思い出せない。でも、とってもとっても大切な人なんだってことだけは知っている。

 この真っ黒いところにいると、何もかも曖昧になってしまいそうで怖い。でも、決して手放すものか。**は俺の大事な記憶なんだ。絶対忘れない。



 ぐはっ!!

 突然押しつぶされるような圧力がかかって、俺は見えない空間にへばりついた。物凄い熱量が全身を焼く。背中に襲い来る衝撃が半端じゃない。
 これ、余裕で死ぬぞ。人間が耐えられるものじゃない。

 しかもさらに巨大なエネルギーが来るのがわかる。それを受けたら、肉片どころか、原子に分解しちまうんじゃないか?


 ああ、そうだ。俺はスターヴァーをぎりぎりまで凝縮して捉え、魔動石や魔放を撃ち込まれるど真ん中にいたんだっけ。

 見えない床? を必死で両手両足を使って、逃れようとずるずると這い出す。このままここにいたんじゃダメだってわかる。
 約束したんだ。**と誓ったんだ。俺は生きて帰らなきゃならない。死んでなんかいられないんだ。

 必死で足掻く。芋虫やミミズのように、身を捩って足掻きに足掻いた。


 その時。

「*****」

 声がした。誰かが話しかけている。俺を呼んでいる。

「*****。*ュン。お前*死んだら、私*後を追う*らな。ずっと一緒*」

 ――だめだよ。後追いなんて。

 でも、**の愛なんだ、って思ったら、なんだか嬉しいな。照れちゃうぞ。そうだよ。俺たち、ずっと一緒だと誓ったんだからな。


「お前が目を覚まさないから、私は城にも行っていないんだ。グレバリオにも報告書を出していないし、陛下からの再三の登城要請の親書にも応じていない。お前がこのまま眠り続ける限り、私もずっとここでお前の傍を離れない」

 え? なんだって? 聞き捨てならないことを言ったぞ。**が仕事しないのは、俺が起きないから? 俺を脅しているのか?


「俺の所為にするな! ちゃんと仕事しなきゃダメだろ?! ロワ! さぼるな!」
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