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第四章(最終編)悠久の時を越えて

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 《? 視点》

 夜のように輝く鏡面を私は夢中で眺めていた。


 そこには一人の男が映し出されていた。

 黄金の髪と紺碧の瞳の非常に端整な顔、均整のとれた長身、そして、溢れ輝くばかりの魔力を持つ男。歳は二十台後半か。
 旅装は地味ではあるがきちんとしたもので、型崩れもなく質が良い。歩く姿も立ち止まった様子も、惚れ惚れするほどいい男だ。

 私は魅入られるようにうっとりと眺め続けた。

 鏡面は姿を映すが声は聞こえない。隣にいる少年に何か話しかけている。顔を上げて男に返事をする少年は珍しい黒髪で、大きな黒い目が可愛らしい。だが、魔力も感じられず、何の魅力も感じない。

 なぜ、そんなちんちくりんな少年とともにいるのか?
 なぜ、私ではないのか?

 少年に向けるあの微笑みも愛しそうな表情も、私にこそ向けられるべきものだ。

 あんなに美しい男が、この世にいたなんて! 
 私の目の前に現れたということは、もはや運命ではないのか。

 男が顔を上げ、私を真っ直ぐに見た。男が見ているものは私ではないことは判っている。だが、まるで、私を見つめているように錯覚してしまう。
 冴え冴えと澄んだ氷のような青い目に鋭く射貫かれて、私の全身がわなないた。形の良い唇が動いて何事か話す。

 ああ、これが声を届けてくれないのがもどかしい。男の声もきっと耳に心地よいに違いないのに!

 彼は私のものだ。手に入れる。
 どんなことをしてでも、必ず手に入れよう。


 しかし、隙が無い。鏡面にわずかにでも余計な魔力を注ぐことすら躊躇われる。少しでも魔力の気配を察せられたら、びしりと跳ね返され、こうして姿を望むことさえできなくなってしまうだろう。今は、ただ、息を殺して密かに眺め、油断する時を伺うのが精一杯。


 部屋に置いてある鈴が鳴って、私を呼びに来たことを知らせた。思わず、はしたなくも舌を鳴らした。ずっとこのまま、私の愛しい男を眺めていたいのに。

 だが、今は我が国にとっても大事な時。私は重い腰を上げた。



 部屋の扉の取っ手に手をかけて、未練気に振り返る。窓もなく広くはない部屋に、書棚が並び、仕事机と寝心地も良い快適なソファとテーブルが一対。そして、真正面の壁のまえの飾り台の上に置かれた夜のように黒く輝く大きな石。
 人の半身ほどもあるその石の平らな面は鏡のように磨かれている。先ほどまで金色の髪の男を写していたが、今はただ黒く艶やかな表面をきらめかせているだけだった。




 煩雑な職務を終え、周囲の引き留めたり、気を引こうとする者共たちを振り切って、私はようやっと自分の居室に戻った。既に時刻はだいぶ遅くなっている。
 すぐに、石の扉を開く。この扉は私しか開けない。

 この部屋は四方を壁で閉ざされている。四方の壁を魔力の親和に富んだ石で敷き詰めた特別な部屋なのだ。私のような魔力の特別強い者は、時々自分の魔力の制御を失い暴走したり、体調不良に苦しむことがある。この部屋の壁石はそんな私の余剰な魔力を吸いとったり時には放出したりする作用があるのだ。

 ある島の洞窟の奥で発見し、全て運ばせてこれを作らせた。何かの生物の遺骸だと学者は言っていた。大昔の海洋生物で今はいないらしい。

 それ以来、この部屋は私の癒しの部屋であり、唯一一人になれる安らぎの空間となっていた。だが、私は寛ぐためのソファには目もくれず、壁の前に置かれてある大きな平らな石の前に歩んだ。

 夜のように黒く輝く鏡面に向かって、自分の魔力を注ぐ。遠くから来る商人から買い付けた貴重な鏡面石だった。遥か遠くの北の山奥のごく一部にしか産しない玉石らしい。これほど大きな物は珍しいという。豪邸を一つ二つ買えるほどの値だった。

 鏡面に前に立った私の姿が映っている。
 そこには前合わせの蒼い服を身に着け、炎のような朱色の髪を高く結い上げ、瞼に緑のライン、目じりに朱を入れた青い目の女の顔があった。頬から顎にかけてややふっくらとしてはいるが、三十七の女にしては若々しく美しいと思う。

 男たちは海のような瞳、朝日のような髪、太陽のように輝く美貌と賛美し、わずかでも寵を得ようと群れ犇めきあう。逞しい男もきれいな男も数多いるが、それでも私の夫たるには不足だった。

 私の夫となるのであれば、私と少なくとも同等かそれに近い魔力の持ち主でなくては釣り合わない。だが、これまでそういう相手に出会えなかった。

 従兄のクワイが、今最も魔力の高い男は自分しかないという自信があるせいか、既に私の夫のような顔をしている。だが、私はあの丸い卑しい顔も太った体躯も大っ嫌いだ。




 嫌な男の顔を思い出して顔を顰めた私は、頭を振って念頭から追い出した。先ほど見た美しい男のことを考える。もう、休んでいるかもしれない。眠っていれば、さすがの彼も油断をしているだろう。


 慎重に魔力を注いだ鏡面が映像を結んだ。
 私は息を呑む。

 男は裸体だった。日に焼けた逞しい身体が惜しげもなく目の前に晒されていた。発達した胸、引き締まった腹。我が国の男たちのように、むやみに筋肉ばかりがむきむきと着いている身体ではなく、どこまでも描いたように美しい体躯。その腕も、脚も。

 手を鏡面に伸ばしかけて、男の表情にどきりとする。蕩けるような甘い笑みを浮かべ、何か囁くように唇が動く。
 男が顔を下げたので、共に映像も追っていくと、男に組み敷かれて黒髪の少年がいた。

 男は少年に笑いかけ、甘い言葉を囁き、愛を交わしているのだ。

 少年の魔力は本当に少ないらしく、鏡面にはぼんやりとしか姿を映さない。男の魔力の輝きに照らされて辛うじて写っているというところ。
 それに対して、男の姿は、まるですぐ目の前にいるかのように鮮明で、なおかつ溢れる魔力がきらきらと太陽のように輝いていた。

 男が少年の足を肩にかけて動きだした。力強い抽挿に少年の足が揺れる。男の眉は顰められ、口元がわずかに開いていた。だが、その目はぎらぎらと強く、雄の色気に溢れている。

 私は思わず石の上に手を当てた。男の顔に触れたくて、唇をなぞりたくて。その瞳に射貫かれたくて。

 逞しい胸にも汗が流れ、男の動きはいよいよ激しいものとなっていく。私の視線に添って下半身の部分まで映し出された。男の逞しいものが少年の赤く充血したそこを裂き破らんばかりにいっぱいに満ちて抜き差しされていた。濡れた淫らな音が聞こえてきそうである。

 それはわたしのものだ。お前のような貧弱なものにはもったいない。
 その愛は、私こそが受けるべきものなのだ!


 私は怒りと嫉妬に拳を震わせ、私の男が少年を犯す様を見続けていた。

 今だけだ。すぐに、私が取り返す。男を私だけのものにする。

 私は自分も欲情に濡れ、荒い息を吐きながら、それでもじっと待ち続けた。男を得る機会が訪れる瞬間を。


 男が何度目かの精を放ち、身体を弛緩させた。
 どんな男でも、つい気の緩む瞬間があるもの。

 既に術式は石の上に展開してある。
 私は、その瞬間に全ての魔力を、黒夜石に注いだ。
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