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間章 ある日の情景

その一 弟子が綴る情景

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 *今回は、あれからのテスニア王国の情勢とローファート周辺の様子を描いてみました。
 楽しんで頂ければ嬉しいです。


********

 《??……視点》

 銀色の真っ直ぐな長い髪を揺らし、三十七歳となっても美麗な男が翠色の瞳をきらめかせながらうきうきと声を上げた。

「老師! これが最新の魔道具です。見てくださいね」
「ほう。これはまた、珍妙なものじゃな。遠眼鏡かね? 違う? 何に使うものじゃ?」

 テンション高く魔道具を取り出して見せるローファートの手元に、訪れたリーベック魔術師協会会長がわくわくとした様子で覗き込む。




 ここはテスニア王国のテストニア王都も王城の一角――西の外れにある魔術師協会の塔の一室である。
 魔術師協会は三階建てのちゃんと立派な建物があるのだが、その隣にやや離れて石造りの高い塔が立っていた。だが、その周りは木々が鬱蒼と茂り、何だかおどろおどろしい気配を纏っていると噂され、騎士も人も近づくのを嫌がる。

 木の扉を押してギギィーという効果音とともに――単に古くて錆びているだけなのだが――薄暗い内部へと入る。

 魔術師の塔が薄気味悪がられる理由の一つは、この薄暗さだと、私は思う。

 これは構造がいけないのだ。塔の中心部に螺旋を描くように階段が上へ上へと伸び、各階の廊下はこの中央の空間を囲むように巡っている。だから各部屋は回廊に沿って塔の外側へ向かって並んでいる。

 各部屋は外へ窓やテラスが開いて明るいのだが、中央の部分は光が差さない。一日中暗く、照明用の魔石がほの赤く灯っているだけだ。この灯りがさらに不気味さを増長させていると思うのだが。

 塔は十三階層あり、耐久構造上、だんだん上に行くほど径は小さくなり、最上階層の十三階は一室となっていた。一室といっても数部屋分はある。
 そこに、魔術師協会会長のリーベック老師が棲みついている。白髪白髭の御年七十六を数える魔術師の塔の怪人――いや、魔術師協会の重鎮だ。当代随一の魔術師である。


 一番下の階は広いホールのようになっており、会議室や食堂、事務室などの公共的施設や、共有スペースが並んでいる。
 だが、陰になった隅などに、置き忘れたり運ぶのを面倒くさがった箱や荷物が積んであったりして、うっかり足を取られて躓くので危ない。時には、外へ出ようとして力尽きたり、部屋へ戻る途中で行き倒れた魔術師が転がっていることもある。
 カオスである。



 さて、ここは四階。ローファートの錬金術研究室兼居室。
 家族を持ち外に居住を構えて通ってくる魔術師もいるが、ここで暮らしている者も少なくない。だいたいが魔術師という者、研究熱心というかオタクというかそういう性質の者が多いのだ。のめり込み夢中になるあまりに婚期を逃し、生涯独身でいる者もざらにいる。その典型がリーベック老師だろう。

 だから、この塔が魔術師の巣窟とか魔窟とか言われるのだ。
 その点、ローファートは街に遊び用とは言え部屋があるだけ、まし……いや、遊び用と言う時点で、別な意味で駄目だろう。

 かく言う私は……、え? お前は誰だって? 私は、ローファートの一番弟子と自負しているクシランと申す不束者。青みが掛かった灰色の肩までのストレートの髪と灰色の目をした、どこにでもいるような魔術師である。
 私の憧れであり尊敬して止まないローファートの傍で仕事ができる喜びに勝るものはないと思っているところで、やはりこの魔術師の搭の住人になることはほぼ決定だろうか。



 ローファートが取りだした筒状の魔道具を得意げにリーベック老師に披露しているところだ。
 私は同じテーブルに小さな魔動石を幾つか並べた。赤、青、黄色とカラフルな魔動石が色とりどりに輝いて、見た目は綺麗である。

 これらの魔動石は、魔動石製作工場で生産されたものだ。今では、テスニア王国中の町で生産が行われていた。友好国となったセネルス国にも生産のノウハウを伝授し、両国で順調に工場が稼働している。

 魔動石の材料である原石や砂はセネルス国から輸入している。代わりに、こちらからは農産物や工芸品を輸出している。良質な鉄鉱石を産するセネルス国とは今では非常に良好な関係を築いていた。

 セネルスの鉱石に最初に目を付けたのが、ローファートだった。さすが、私が敬愛する師匠である。セネルス国側の痩せた土地のせいで乏しかった農産物との交換貿易によって、お互い持ちつ持たれつの関係となっていた。

 ちょっと前まで顔を合わせれば戦争していた両国であったとは信じられないほどだ。セネルスの現国王が、若いながら争いを好まず経済政策に力を入れている事もあるだろう。セネルスでは、早くも名君との評判が立ちはじめているそうだ。


 そして両国で生産された魔動石は、他国への重要な輸出品にもなっていた。同時に、魔動石で動く魔道具も輸出され、テスニア王国はますます豊かになっている。その国に生まれ、国の繁栄の一助となる魔道具開発に携われる私は幸せ者だ。




「以前、古代魔法陣の結界をシュン様とロワクレス様が魔動石を使って破ったのを見てね。それで、思いついたんだよね」

 ローファートは魔動石を一つ手に取ると、それを筒の先端から中に押し込んだ。

「シュン様は火薬を扱っていたけれど、僕にはとうとう作り方を教えてくれなかった。でも、この世界には魔力があるからね。この筒には魔動石を動力として組み込んであるけれど、魔力を使っても作動するようにしたんだよね。名付けて魔動砲!」

 そう説明すると、ローファートはおもむろに窓へ筒の先端を向けた。

「え? ええ? ローファート様?! ここで? ええ?!」

 私があたふたと慌てているうちにも、ローファートの指が引き金を引いていた。

 ドガガーン!!
 グオオオーン!!
 ガラガラガラ………

「おお!」
「あ、わああー!」

 私が絶叫を上げる傍らで、ローファートとリーベック老師がにこにこと笑い合っていた。

 窓どころか、窓枠もその周囲の壁もごっそりぶっ飛ばし、広々と展望の開けた一面から、背の高い樹木まで木っ端微塵になったせいで木枯らしの吹く青い空が良く見えるようになっていた。


 幸いここは四階だったので、少し離れて隣接している魔術師協会には被害はなさそうだった。
 だが、はるか向こうに望める王宮から煙が一筋上がっているような気がするけれど、あれはきっと気のせいに違いない。きっと、そうだ。目の錯覚にしておこう。

「なかなか面白い。改良点も含めて、量産できるか、技術工房に掛け合ってみよう。ローファートも来い」
「え? ここは? ここの始末は?」

 だが、ローファートは二つ返事でリーベック老師と部屋をさっさと飛び出して行ってしまった。

「ええー? これ、どうするんですか? この後始末、私がやるの? やるんですね??」

 複数の怒れる足音が階段を駆け上がって来るのが聞こえた。

 私は北風に煽られてばたばたと舞い上がる紙や本のページを眺める。ピュー、ヒュルルリリと冷たい風が私の周りを吹きすぎていった。



********

 今回語っているクシランについて、お気づきの方もあると思います。そうです。第三章で古代魔法陣が発動した時、ローファートの傍に最後までいた彼です。本人はどこにでもいる凡人と言っていますが、ローファートが愛でて、一番弟子として身近に置いているほどの青年です。才能豊かな美青年魔術師です。
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