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第三章 続続編 古代魔法陣の罠

31 魔界の化け物

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 《シュン視点》

 何だ? あれは?

 湖から飛び出すように化け物が長く伸びあがってきた。そいつから物凄い力の圧力が来る。
 ロワクレスはきっと魔力をひしひしと感じているのだろう。

 躊躇いなく高さ三十メートル以上ある洞窟の縁を蹴って、飛び出しざまにそいつを斬った。

 俺は落下していくロワクレスの側へテレポートし、テレキネシスでキャッチ。地面にそっと下ろした。
 ロワクレスは俺が彼を落とすはずがないと信じて空へ飛んだのだ。
 その信頼が無性に嬉しかった。上官に無条件で信頼されたのだ。これを喜ばない部下がいるだろうか? 俺たちの連携は完璧だった。


 だが、化け物は全然堪えていない様子。常識的な生き物とも思えない。
 印象としてはまるでコールタールのようだ。ドロドロに熱く蕩けたマグマが少し固まりかけたみたいに粘性があって、しかも生き物のように動いている。
 思考しているのか? 意思を持つのかさえ不明。


 こいつを見ていると、前の世界で闘っていた敵を思い出す。全く異質な非ヒューマノイド型生物で、その思考も思想も、あったとしたら感情も、まるで自分たちとは相容れない理解不能な敵。
 この“タール”からはそんな異質さを感じた。
 同時に、胃が引き攣れ、背中に悪寒が走るほどの脅威。


 ロワクレスが“タール”に向かって走り出した。
 剣で倒せる相手じゃない!
 ロワクレスの魔力がどれほど屈強でも、こいつにはダメだ。

 だが、止める時間がない。
 “タール”も自在に変形するその身をロワクレスの方へぎゅいっと伸ばした。

 俺はテレキネシスで“タール”の動きを止めた。粘った動きは強く、俺の力でも長くはもたない。ロワクレスの側にジャンプすると同時に、胴を引っ掴み、瞬時にジャンプ。

 遠く離れた空中に出る。“タール”はたった今ロワクレスがいた地面に、どしゃっと音がする勢いで崩れるように覆っていった。

 あそこにいたら、完全に飲み込まれていた。ぞっとして“タール”を見つめる。

 “タール”は未だ本体を湖の中に隠したまま、地面の上を伸び広がっていく。そこにいるはずの獲物を捜しながら蠢く様は、原形質流動というよりも全てを溶かし飲み込んでいくマグマのそれに近いように思えた。

 俺の身体に腕を回したロワクレスは言葉も発せず、無言で“タール”を凝視していた。

 獲物に逃げられたことを悟ったのか、“タール”が先端を上にもたげ、辺りを探るように動き出した。
 視力があるようには見えない。おそらく目の働きをする器官はないのだろう。他の多くの魔獣や魔樹と同じように、獲物の魔力を感知するのだ。

 だいぶ距離を開けたが、さらに離れたほうがよいだろうかと思案していると、“タール”が俺たちとは別の方角に向きを変え、勢いよく身を伸ばした。


 “タール”が向かった先に視線をやると、巨大な蛇を見つけた。赤と茶の縞模様で、鎌首を上げた頭は大型犬ほどもある。ここから見てあれほどの大きさだから、太さは三メートル以上、体長は二十メートルを越すだろう。牛など一飲みできる大蛇だった。
 あんなのまで、うろうろしているのか!
 魔界、半端ないな!

 その大蛇を“タール”が襲った。反撃しようと牙が伸びる口を開けた大蛇の頭の上から、押し潰すように覆う。湖からの距離をものともせず、波打ちうねるように延々と伸びる液体のような身は、そのまま大蛇の全てを内に取り込み飲み込んでしまった。

「ナガル蛇だ。砂漠にいる大蛇だが、あれほど巨大ではない。魔物化しているのだろう。あれで、焼くと美味いのだぞ」
「そっか、惜しいことをした」

 じゃない! 
 美味くたって、あんな巨大蛇を食う気にはなれないぞ!
 じゃなくって!

 魔界の空気に毒されたハイな気分は継続中で、時々おかしな方向へと思考が流れて困る。

「ナガル蛇の魔力を喰らっている。見ろ。魔力を全て食われて、身体が維持できなくなっている」

 ロワクレスの指摘に目を凝らすと、これまで“タール”の薄く広がった身体越しに辛うじて見えていた大蛇の輪郭が崩れているのが解った。大蛇の身体を支えていた魔力までもが奪われて、その形どころか組織や細胞、原形質そのものまで崩壊していく。

 見る見る形が消失し、全てを喰らった“タール”は湖の中に隠れている本体のほうへとずずずと後退していった。大きく広がり伸びていた身は、吸引されているかのごとく湖の中へと戻り、さらにその奥へと沈むと、湖底からも姿を消したらしい。
 こぽこぽと泡立っていた湖はやがて何事もなかったかのように、静まり返ってしまった。

 地下水が湧き出ていた穴からでも現れたのか、本体はもっとずっと深い地の底に潜んでいるのかもしれない。
 そうだとしたら、想像をはるか超えた巨大なものだろう。


「これは……」

 ロワクレスの呟きに、意識を先ほどの草原の方に戻した。見ると、形を崩して液体のようになっていた大蛇の残滓が、形を変えつつあるところだった。
 色は青黒く変色し、解けていた肉が新たな形を纏う。

 見守るうちに、それは魔獣ガラドに似たものになった。ガラドは頭が二本ある蛇のような魔獣だったが、これは頭が四本あり、短い手足がついたトカゲのような蛇だった。


 俺はロワクレスの胴に手を回したまま、先程の岩壁の洞窟へとジャンプした。“タール”が消えた今、とりあえず、そこが一番安全そうだったからだ。

「どうやら私たちは魔獣の誕生を目撃したようだ」

 洞窟の入り口に足を掛け、草原のほうに目を凝らしながら、ロワクレスが告げた。俺も隣で見渡したが、ガラドに似た先ほどの魔獣の姿はここからでは見えなかった。

「あの恐ろしい化け物が何なのかはわからん。だが、私たちとは違う強大な魔力だった。魔力そのものと言ってもいい存在だ。そして、それは、私たちが瘴気と呼んでいたものと同じものなのだ。大蛇が変形したガラドに似た魔獣――私は初めて見る魔獣なのだが――あれも同じ魔力を放っていた」

 語るロワクレスの顔は青く強張っていた。

「あの化け物は魔力を喰うものなのだろう。そして、化け物に魔力を喰われた物は、おそらく魔獣と変わるのだ。先ほどのナガル蛇のように。魔物と魔獣はまるで違うもので当前だったのだ。魔獣と変化したものは、多分、我々の基準で生きてはいないものなのだろう。魔力そのものが異質なのだから」

 そして、ロワクレスは俺を見て嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、シュン。お前が私を助けてくれなかったら、私はあれに喰われ、魔獣になっていた」
「お礼なんかいらない。俺だってあんたを“タール”なんかに喰わせたくなんかなかったんだから。必死だったんだ。良かった。ロワ」

 俺はロワクレスの裸の胸に顔を埋めた。少し汗ばんだロワクレスの体臭に包まれてほっとすると、改めて恐怖に身体が震えた。やっぱりここは魔界だったんだ。

「“タール”とは?」

 そんな俺の気も知らず、ロワクレスは呑気に訊いてくる。

「俺の世界にコールタールってものがあって、それに何となく似てたから。なあ、ロワ。やっぱりここはとんでもない世界だ。あんな化け物大蛇はいるし。“タール”も出てくる。今回は大蛇を喰らって引っ込んだが、また何時、ロワの魔力を狙って現れるかしれない。ここに長居はできないよ」

「やっぱり私が放った魔力に誘われて出てきたのだろうか?」
「この岩棚のすぐ側の湖から現れたし。ずっとロワを目指していたし。ロワを認識したから、きっとまた喰いに出てくる」
「とうとう本体は解らなかったな。どれほどの大きさか見当がつかない。地底の魔界全体を奴の魔力があまねく覆っているところを見ると、魔界の世界の下全土に広がるほどに巨大なのかもしれない」

 ロワクレスの言葉に俺は目を瞬いた。俺にはまったくサーチできないが、魔力を感知できる彼にはまた別の感覚でその存在を認識できるのだろう。

 世界規模大の“タール”なんかに、俺たちが敵うはずがない。どうこうできるレベルじゃない。
 そいつを倒すとなったら、地上も巻き込んでの核火災を引き起こすような汎元素核反応最終兵器しかないんじゃないだろうか?
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