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第三章 続続編 古代魔法陣の罠

22 古代魔法陣の罠

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 《ローファート視点》

 元貴族邸の大広間への扉を開いた僕は、思わず立ち止まったね! 

 ――す、素晴らしい! 美しい! 壮大だ!

 大きな広間一杯に古代文様が拡がっている。完璧な造形と構築。感動のあまりに、僕はぷるぷると身体を震わせて暫く動けなかった。

 作業を頑張って果たしてきた仲間たちが誇らしげな視線を向けてくる。

「素晴らしい! 素晴らしいよ! ありがとう! 素晴らしい仕事をしてくれた! なんと感謝を伝えたらいいかわからないほどだよ!」

 みんなが嬉し気にガッツポーズをしてくる。彼らが努力してくれたからこその成果だ。本当に地道で根気のいる作業だったんだ。僕は彼らの側へ行くと、一人一人の手を取って感謝の気持ちを伝えた。誰もが遣り遂げた喜びで笑顔だったね。

 改めて展開されている文様を眺める。こうして完成した姿を見るとよりはっきりと確信したよ。
 この文様は古代文字でつづられた呪文と魔法陣の複合体だった。ところどころ欠けた空白はあるものの、ここまで完成されれば疑問の余地はない。
 中央に多分鍵となるとりわけ大きな魔法陣。これでさえ、五個の魔法陣と呪文の複合になっている。それを三重に取り巻いてさらに魔法陣が配されている。数えて見ると、四十九個の魔法陣と六十三の呪文で構成されている。
 古代文字を少々は読める僕には、呪文も魔法陣も守護と浄化を与えるものに見えるんだけど、どうしてこの一つがあんな恐ろしい魔法陣展開をしたんだろう?
 こうやって見ると、そんなに悪い物に見えないんだけどね。

 ただ、文様の上や間にある黒い染みから違和感を感じる。文様のように刻まれているのではないから、後から付いた汚れのようなものかもしれない。洗っても落ちなくて、長い年月の間に染み込んでしまったらしい。
 まさか血痕とかじゃないよね? それだったら、嫌すぎるよ。
 どの断片にもついていて、よくよく辿ると文字のようにも見えてくるのは考え過ぎなのかもしれない。

 断片が見つかった遺跡は形も留めない石の欠片だけだったところもある。風化もあるだろうけれど、破壊されるような出来事もきっとあったのだろう。遺跡は神殿ではなくて砦だったという見解もあるほど、戦闘の痕跡が著しく残るものもあったんだよ。

「ローファート様」

 しげしげと見惚れながら、つい色々考えていた僕は、スタッフの一人に声を掛けられて我に返った。最後のパーツを手にして四人が待機している。僕に中央の真ん中のパーツを渡してくれた。早く完成したくてうずうずしているのが解るよ。

「よし、仕上げと行くよ」
「はいっ!」

 巨大文様の中を慎重に進む。うっかりパーツを蹴飛ばしたりしたらたいへんだからね。他のみんなは固唾を飲んで僕たちを見守っていた。
 まず四人が四方の隅の場所にパーツを埋めた。それを見定めて、僕は中央の空白の部分に最後のパーツをそっと埋めた。



 埋めた瞬間、文様から何か圧力がかかった。僕は風のような力に捕らわれ、文様から弾かれて外へ投げ出されていた。
 広間の壁に背が当たって尻もちをついたまま、僕は痛さも忘れて凝視した。

 レリーフが一斉に光り始めていた。その光の中でバラバラに置いただけのパーツが一つに溶け合い、滑らかな文字と文様へと変化していく。



 僕の中で激しい警鐘が鳴っていた。何もしていないのにそれは勝手に動き出したのだ。
 立上がった僕は展開される巨大な何かから目を離せないまま、周囲のスタッフに命じた。

「リーベック老師にこれを伝えろ! 早く、一刻を争う。それから、君と君はすぐに騎士団へ走って! 応援を頼んで! 君はグレバリオ閣下に! 軍のだれでもいい。軍隊をここへ差し向けろと伝えるんだ!」

 はいっ! はいっ! と、緊張した返事が次々に返り、ばたばたと走り去っていく足音が聞こえる。

「残りのみんなは一刻も早く、ここから逃げるんだ! その時、周辺の人々にも遠くへ逃げるよう伝えて! 間もなくここは大惨事になる! 急げ!」
「ローファート様は?」

 金切声で叫んだのは僕の直属の部下の一人クシランだね。

「僕は責任がある。力の限り結界を展開して、被害の拡大を防ぐ。君らはとにかく、逃げろ! 僕は君らを守るまで気を回すことができないから!」

「はい。ローファート様も決して無理なさらないでください! 俺は、邪魔にならないよう逃げます! ですから、ローファート様もどうかご無事で!」
「ありがとう。クシラン、お前も無事でな!」

 彼とは何度か身体を重ねたことがあったな。気のいい優しい男だ。僕を残していく決断は、どんなに彼には辛いことだろうと解るよ。しかし、逃げる決断をしてくれて、僕は嬉しかった。




 どんどん光が強くなっていく文様。これは巨大魔法陣だと今では解る。それを睨みつけながら、結界の魔法陣を編んでいく。僕にできる最大級を展開させなければならないからね。

 こうしている間にも、光る魔法陣から凄まじい魔力の圧力を感じるよ。しかもどんどん強まっていく。底が知れない。どこまで巨大になっていくのかな。

 よくよく見れば、光って活動している魔法陣と一緒に、染みだと考えていた黒い呪文も発動しているのが解った。あの染みがこれを展開しているというのだろうか?


 その時、光の中に文字が浮き上がった。古代文字だ。

「ローファート様、読んでください。記録します!」
「クシラン! まだ、いたの?」

 さっき声を掛けて来たクシランが紙を広げて書き取りの用意を整えている。用意がいいね。なんていい子なんだろう。

「読むよ。書き取ってね」
「はいっ!」

『光の子らに守護を与える。悪しきスターヴァーの魔の力を弾き浄化を。とこしえに守護の力を……』

「なんだろ? 文字が重なってくるよ。黒い文字で白い文字が読めないね」

 白い文字を覆うように黒い文字が現れ重なった。僕は黒い文字を読み始めた。

『鍵を世界に撒き長い時を待つ。今、成就せり。時は来たれり。鍵により魔界へと扉が開かれる』
「何なの? これは? 罠なの? 罠だったというのか!」

『世界には陰と陽の魔力在り。陽は陰に狩られるもの。陰は陽を狩るもの。陰は母原体でありスターヴァーと呼ばれるもの。スターヴァーこそ世界の……』

「だめだ、文字が消えた。これ以上読めない」
「ローファート様! あれを!」

 眩しいほどの光が消え、魔法陣の呪文が黒く赤く浮き上がって来た。いよいよ始まるらしい。

「クシラン、行け! その書き付けをリーベック老師に届けるんだ!」
「はいっ!」

 クシランの返事は涙で濡れていた。だが、駆け去って行く彼を振り返ってやる余裕は僕にはなかった。
 編み終わった結界の魔法陣を全力で展開する。これほどに巨大な魔法陣をどこまで抑えられるか、正直わからない。それでも、少しでも時間稼ぎができるように踏ん張るしかなかった。
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