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第二章 続編 セネルス国の騒動

22 セネルスの城内へ潜入

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《シュン視点》


 俺は抗議した! 断固抗議したのだ。だが、誰も俺の主張を支持してくれなかった。俺は孤立無援だった。最後の頼みの綱であるはずのロワクレスまでもが。
 それどころか率先して敵に回った。それを手に俺に迫る。押し付ける。
 俺の目に涙が浮かんだ。不覚にもポロリと零れてしまう。
 それなのに!

「諦めろ! これが一番いい方法なのだ。シュン!」

 真面目な顔をしているが、俺は知っている! 氷鉄の碧眼の奥がきらきらと意地悪く輝いているのを。
 俺は再認識する。あいつはサドだ! 真面目くさって何にも関心無さそうな取り澄ました顔をしているが、あいつは意地悪でサドでスケベだ! おまけに絶倫で、憎らしいほどにいい男だ。
 高周波イオン歯ブラシのCMにそのまま出られそうな真っ白い完璧な歯をにっと見せて、ロワクレスが笑う。

「シュン、私が着せ付けてやろう」

 俺はその手から引っ手繰った。

「いい! 自分でやる!」

 ロワクレスに手伝ってもらったら、いろいろエロエロ脱線して、最低一時間は掛かる破目になるのは目に見えているからな! 俺が恥ずかしすぎるだろ!


 そもそもの始めは、王権復興を陰で支えるメルシア伯爵のゾラガラスの長男で隠れ復興派ギムラサス卿が言い出したことだった。

「城へ潜入するなら、城の雑役などに装うのが目立たない。そのシュンという子なら、やはりこれしかあるまい」

 そう言って用意させた服は、メイド服(もちろん女性用)だった。
 頑固と噂の父親によく似ていると評判のギムラサスはやはり頑固そうな四角い顎と厳しいグレーの目を受け継いでいたが、頬は楽しそうににやにやと綻んでいた。だいたい、なんで城のメイド服が当たり前のようにあるんだ? 案外、捌けた性格なのかもしれない。

 別室で着替える俺をこの屋敷のメイドが強引にお手伝いしてくれて、俺は出来上がりをみんなが待っている部屋へ披露しに戻った。

 口笛を吹いたのはブルナグム。ギムラサス卿とダンカンは息を飲み、ローファートはさすがシュン様! と意味不明の言葉を呟いた。
 ロワクレスは目を見張って穴が開くほど見つめたあと、頬を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。

「可愛いな。シュン。城などに行かせたくない」

 リクエストしてきたって、もう二度と着ないからな!

 城の標準仕様というメイド服は淡いピンクのふわっとした膝下丈のワンピースに白い襟、フリルのついた白いエプロン。スカート下にはフリル付きのペチコート。ピンクの動きやすい平らな底の靴に白い長靴下は膝上まで。茶色の長めのかつらの頭にはエプロンドレスと同じ色のフリルのメイドキャップ。
 格式高い城の使用人服の割りには可愛すぎないか? 誰かの趣味なのか? セネルス王族の趣味なのか?

 自分の体格とどこに居ても目立たない服という条件で涙をのんだ俺は、城の見取り図を眺めながら一番無難そうな中庭の茂みの中にテレポートすることにした。


 時刻は午後二時。中庭の中央を狙って現れたと同時に茂みの中に身を隠す。まずは周囲の気配を探り、人気のないことを確認して視認に移る。予想通り、三方が壁に囲まれた小さな空間だった。唯一開いた回廊へ注意を向ける。ここはあまり人の通らない場所のようで、潜んでいる間誰も通らなかった。

 俺は茂みに潜んだまま、城の中へ思念の触手を伸ばしていった。膨大な数の思考が無数に飛び込んでくる。荒れ狂う怒涛のような阿鼻叫喚の思考の中を分け入り、目当ての人物達へ辿り着くための地道で苦痛に満ちたサーチを開始した。


 かつての世界で、俺の特異能力であるテレキネシスとテレポーテーションは戦略基地の破壊工作を担ったが、実はそれよりも俺のさらなる重要な使いどころはテレパシーを使う諜報工作活動だった。
 テレパスな上にテレポーテーション・テレキネシスも併せ持つ俺は軍の優秀な武器であり、切り札であり、戦略機密兵器なのだ。やりようによっては、資金のかかる軍事費や消耗する兵士を投入せずとも勝利することさえ可能なのだから。

 そのために俺は幼い頃から徹底的に訓練を受けた。訓練以外の生活を知らなかった。大勢いた仲間との会話する時間さえないほどだった。
 単独で潜入し求められる活動を達成するために必要なあらゆることを詰め込まれた。異種の言語習得技能訓練も身近な材料で高性能爆弾を作り上げる科学知識もその一環だった。

 そしてこのサーチ技術。テレパシーの能力を全開にすると、飛び込んでくる数多の思考に、いつも船酔いに似た吐き気に捉われる。処理できる量を軽々と越えて行く雑念を整理し、切り捨て、狙う思念を拾うのは大海の中の小さな魚を捉えるようなものだった。

 まだ、目の前に目標の人物を捉えているほうが絞りやすい。だが、今いるこの場所は身を隠してサーチする上にはうってつけだった。こんもりした木々は上からの目線を遮り、茂みに隠れてしまえば、魔力のない俺を発見されることはまずない。ここの世界の者にとって、俺はいないも同然なのだ。


 グレバリオ閣下から委託された任務は例の古代魔法陣による被害の責任をテスニア王国へすり替えた経緯と軍事共和制政権の執政者を探り、弱点を押さえることだった。

「できれば、テスニアへの軍事攻撃を引き延ばせればなおいい」

 グレバリオがにっと人の悪い笑みを浮かべてみせた。彼は俺のテレパス能力は知らないはず。そこまでの期待はしていないと言うことなのだろう。城内に潜入させたスパイの便宜を図り情報を持ち帰れということだと、俺は解釈した。
 さらにあわよくば、トップの一人や二人、暗殺して来いと。トップが急死すれば、政局は混乱しテスニアへの侵攻も延期されるだろうし、うまくいけば長く止められる可能性もある。そのくらいはできるだろう? とグレバリオは笑い、俺も否定しなかった。

 テスニア国からは、禁忌の魔法陣使用に対して正式に抗議を送っている。それに対しての釈明もまだだった。セネルスではそれをもうやむやにして戦争を始める気なのかもしれない。
 戦争は避けたい。どういう形であれ、人と人が殺し合う戦争は人命をないがしろにするものだ。起こしてはならない。

 今回の俺の任務に、ロワクレスは当然のように大反対をした。俺がやる必要はどこにもないと言って。だが、グレバリオに命令されたのではない、自分が引き受けたいと望んだのだと主張して納得させた。
 俺の異能を知っている彼は、俺を正しく認識している。こういう活動に非常に特化した訓練を俺が受けていることも知っている。
 結局、自分にサポートさせるならと折れて承諾してくれた。理解のあるロワクレスが嬉しい。ほんと、いい奴だな。最高の上官だ。

 ――そして、俺の伴侶……なんだ。

 茂みの中で俺は顔にかっと熱が集まるのを意識した。きっと真っ赤になっている。
 思わず白いエプロンの裾で顔を隠し、はっと顔を上げた。

 ――ヒットした!

 目当ての思考を捉えた。慎重にそれを追い、思考の人物へと焦点を合わせて行く。
 俺の仕事はこれからだった。
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