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第二章 続編 セネルス国の騒動

20 幽閉のガルシアス

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 《ガルシアス視点》

   白い壁に囲まれた部屋。一つだけある窓には鉄格子。鎧戸を開いて、格子の間から眺める青い空が唯一の慰めだった。遥か彼方を鳥が行く。なぜ、私には翼がないのだろう。

 視線を室内に戻すと、木のテーブルとたった一つの椅子。窓側にある机には重ねられた本。何度も読み返し、羊皮紙の表も擦り切れてしまった。

 窓から離れた奥には硬い寝台。反対側の扉の向こうにバスタブの置かれた浴室と手洗い所。
 それが自分に許された世界だった。
 不自由はしていない。食事も出るし、二日に一度掃除もされる。着替えもシーツも用意され、生きる上での不便はない。

 だが、この閉ざされた世界で十五年。十五年間、私は太陽の下にも出ていない。

 私が五歳の時、祖父メルシア伯爵のもとに通達が来た。新政権発足四年後の事だった。祖父ばかりではない。有力な貴族のもとへそれは一斉に送られた。
 五歳以上、二十歳以下の子息を城へ士官させろと言うものだった。人質であることは言うまでもない。煩い有力者たちの足かせとして幽閉したのだ。
 子息を差し出すことを拒んだ貴族は問答無用で捕らえられ取り潰された。軍閥による共和制政権はいよいよ恐怖政治の本性を現していった。

 当初の頃は幽閉された子弟は二十二人で、この部屋が並ぶ階の広間でサロンのような交流もあった。だが、次第に家に戻されたり、或いは衛兵や騎士として着任して子供の数が減っていった。サロンでの交流も途絶え、気がつけば幽閉されている子弟は私だけになっていた。

 祖父メルシア伯爵は頑固者だ。当時五歳であった私でもよくわかった。いい意味でも悪い意味でも、一度決めたことは曲げない相当のへそ曲がりだった。そんな祖父と現政権が折り合えるはずもなく、他の貴族たちが膝を屈しても、ただ一人粘っているのだろう。こうなったら、祖父は意地でも主張を変えることなどあるはずがない。

 これまでは祖父の権力と私設騎士団による軍事力のため、当政府はメルシアを簡単に排することができなかった。私を枷に抑え込んでいることで辛うじて満足していた。だが、そろそろその堪忍袋も緒が切れてくるだろう。何しろ一番の目の上のたん瘤なのだ。

 私は毎日、廊下に軍靴の威圧的な足音が響いてこないか兢々としている。私の首を落としたその足で、メルシア伯爵の領地に攻め入るに違いないのだから。



 スタスタスタ。音を立てない厚底の靴の音が近づく。そう言えば、今日は部屋の掃除のある日だったか。私はこの日が一番嫌いだ。

 ガタン。ガチャリ。カチャ。ギー、バタン!

「失礼します」

 扉を開けて中に入ってから彼女は声を掛ける。私は返事を返さず、窓の傍の机の前の椅子に腰かけたままだ。その横で、私の存在などないようにがしがしと乱暴な仕草でモップを動かし床を磨いていく。
 少しでも汚れがあれば、大きな舌打ちをして聞こえよがしに文句を垂れる。

「また、こんなに汚して! まったく世話が焼けるったら。赤ん坊にも劣るね! これで、お貴族様なんだから!」

 テーブルや椅子をどけて掃除すると、わざと場所をずらして置き直す。
 ベッドサイドにある水差しも、テーブルの上の茶器も全ての位置をわざと変えて行く。
 極めつけは、手洗い場へ行くドアの前にゴミ箱を置いて行くことだろうか? 

 私はずっと目を閉じている。人前では必ず目を閉じているようにと、固く祖父から厳命されていた。私は目が見えないことになっているのだ。

 私の容姿は母譲りで、髪もうす紫だ。子供心に男らしくないとコンプレックスがあり、室内でできる限りの体力強化の訓練を欠かさない。
 そのせいか、背は順調に伸び、二十歳となった今、少しは男らしい体型になってきたのではと期待している。日に当たらぬ肌がやけに白いのは致し方ない。顎の形が頑固な祖父に似てきたのではとも思う。

 私の容姿はそういうわけで、メルシア家の特徴を強く現しているのだが、ただ一つ、メルシア家にはないものがあった。
 私の眼である。総じて、子供は――特に男子は父親の目の色が受け継がれることが多いと言われている。
 私の目は赤い。父の色だ。セネルス王族の色なのだ。


 私の世話をするメイドは何度か変わったが、一様に乱雑で粗暴だった。きっとそういう性格のメイドをわざと選んで宛がっているのだ。私に精神的苦痛を与えるために。
 だから、メイドもわざと意地悪をしてくる。そう命令されているのかもしれない。少しでも優しい態度を見せたメイドはすぐに交代させられたから。

 小さい頃は眼が見えない弱い子供であるのをいいことに、小突かれ、足を払われて転ばされたり、寝台やテーブルに頭や顔をぶつけたりした。中にはお仕置きと称してつねってくる者もいて、常に痣が絶えなかった。
 この歳になれば、さすがにそのような真似はされなくなったが、地味に言葉や態度などで意地悪を続けられている。女とはなんと意地の悪い生物であることか。私がそう思い込んでも致し方なかろう。

 外にいる監視の兵も食事を運ぶ男も、私に接する城の者は皆冷ややかで言葉さえ交わさない。私が祖父に帰りたいと早く泣き付けと期待されているのだろう。
 その圧力や仕打ちに十五年耐えてきた私も、祖父に負けない頑固者なのかもしれない。さすが祖父の血を引くというところか。


 私が泣き付く相手として、唯一祖父のところから定期的に訪れてくるのが、医者兼教師のユークリドだ。私の唯一の外との接点。
 初めてこの城に連れて来られた時、本当に見えないのかどうかと目をチェックされた。私の目は真っ白に爛れ濁っていた。その目を見た男は――共和制政権の執政者の一人であったが――恐れて二度と私に触れようとしなかった。
 ユークリドが私の目に薬液を垂らしておいたのだ。正直、痛くて痛くて、本当に失明するかと思った。
 あとで、ユークリドが洗浄して薬もつけてくれたが、その後一週間は眼が痛くてかなわなかった。だが、それでこの十五年間、欺き通して来れたのだからやむを得ない痛みだったのだろう。

 病弱で目の治療も必要ということで、ユークリドが私の担当として許された。ここへ来る前に厳重なチェックが入るが、彼は私に帝王学と幅広い知識を与えてくれた。私も勉強するしかすることがないのだ。
 目が見えないのに本は必要ないだろうと言う監視の者に、魔力を使って指で文字を読み取れるのだと説得もしてくれた。盲目であるため、私への監視は緩かったのかもしれない。

 私の魔力の鍛錬も彼がやってくれた。なので、私は目を閉じていても目を開いている時と同じように周囲を見ることができる。
 その視野には壁さえも障害にはならない。人にも物にもすべてに魔力が存在する。私はその魔力を感知し目で見るようにすべてを展開して捉えることができるのだ。

「王族の能力です。セネルスを興した初めての王はその力で閣僚を掌握し、王権を揺るぎないものにしたと聞きます。代々継がれた力なのです。悟られないように気をつけてください」

 諭すユークリドは私を気遣う優しい色を纏っている。王族に受け継がれてきた力は彼が信頼できる男であると確信を与えてくれた。

「もうしばしの辛抱ですよ。こんな横暴な政権が長いはずがありません。今はじっとお待ちください」

 ユークリドの言う言葉だ。私は信じて待てばいい。
 私は今日も、廊下の足音に耳を凝らしながら、怯えそうになる心を宥めて待っている。
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