上 下
47 / 219
第二章 続編 セネルス国の騒動

7 補佐として、就任初日

しおりを挟む
 《ロワクレス視点》

 王宮の一翼にある自分の執務室へとシュンを伴って行く。
 私は騎士隊の軍服を着用しているが、まだ正式な立場のないシュンは高い詰襟のシャツに茶の革でできた長いベストを合わせて、胴に同じ革のベルトを締めていた。シャツと同色の青いズボンに黒のブーツを履いた姿は愛らしく、黒い髪黒い瞳の神秘さも相まって、通路を通る間も会う人々から視線を注がれている。

 だから、王宮には連れて来たくなかったのだ。よほどこのまま回れ右して帰ってしまおうかと、何度も思ったもの。それでも、家に一人で置いておくのも不安だった。目の届くところに置いておきたいと思うのは、私の我儘なのだろうか。

 第二騎士隊は王宮西翼にある。軍事関連は西翼に、政策運営関連は東翼に分れ、中央は執政の要、王の執務室と謁見ホールや外交的施設が置かれていた。その奥は王一族が住まう宮殿である。
 西翼は中庭を囲むように各騎士隊や軍兵の宿舎棟が並び、仕分けされた幾つもの訓練場がある。厩や馬場もあるのでたいへん広い。
 東翼のほうは庭園の奥に神殿、挟んだ東に魔術師統括協会本部があった。本部施設の建物の他に研究棟や魔術師たちが棲息する背の高い塔などがあり、ちょっと近寄りがたい雰囲気をかもしていた。
 これらの全てを網羅して王宮の敷地施設として管理されており、これだけで一個の街のような規模だった。


 西翼の自分の管轄である騎士隊施設に入り、私は息を吐いた。ずっと息を詰めて警戒していたのだと気が付き、苦笑を浮かべた。文武の宮殿関係者が皆シュンを狙っているような錯覚に囚われていたと知る。
 背後を見遣ると、シュンは興味深げに周りを見回しながらとことことついて来た。若干息を弾ませており、知らず知らずに足が速くなっていたのだと反省する。シュンは走って追いかけるようだっただろう。

 第二騎士隊は明日から出勤で、分隊長クラスの連中が出てきていた。

「お、シュン君も来たのか」

 私に略式挨拶をしながらシュンに笑顔で声を掛けてきた。シュンも顔馴染になっている分隊長達に笑顔で挨拶を返していた。

「あ、隊長、シュン君を連れてきたんすか?」

 耳敏いブルナグムが執務室から顔を出した。執務室に入りながら、ブルナグムに告げる。

「今日から、シュンには私の補佐をやってもらう。手続きをやってくれ」
「え? シュン君、もう、字を読めるようになったんすか?」

 ブルナグムが目を丸くして訊いてきた。

「読むどころか、もう字も書けるぞ。お前よりよっぽどきれいな字を書く」

 私は何となく得意な気持ちになった。別に私が勉強したわけではないのだが。

「ええー? すごいっす! シュン君、すごいっす!」

 ブルナグムは私の予想以上に仰天していた。私の機嫌はますます上昇する。

「そういうわけで、これからはお前の負担も減るだろう。好きなシゴキの時間も持てるようになるぞ」
「シゴキなんて、ロワ隊長も口が悪い。訓練すよ、訓練。でも、そうと決まったら、休暇ですっかりたるんでる隊員をばっちり締めてやりやしょう」

 嬉しそうに指をぽきぽきと鳴らすブルナグムを眺め、やっぱりシゴキじゃないかと心の中で呟いた。

 改めてシュンに補佐の仕事内容を説明しようと振り返ったが、背後にいるはずの姿がない。視線を巡らせると、砦の時と同様に書類が混沌と積み重なっている執務机の上を早くも整理しているシュンが居た。
 ブルナグムも口を開けて、テキパキと作業するシュンを眺めている。

「お前が三人いるよりも、よっぽど有能だな。ブル?」
「はあ、お片付けシュン君、俺も欲しいっす……」
「やらんぞ」
「ロ、ロワ隊長? 冗談でなくマジ怖いっすよ」

 顔を引き攣らせたブルナグムは執務室からそそくさと出て行った。



 会議を終えた私はグレバリオ閣下やリーベック老師の呼び掛けも無視して、シュンが片付けに専念しているだろう執務室に急いだ。
 会議に出かける時、シュンに口付けて怒られた。

「場所を考えろ!」

 真っ赤な顔で抗議していたが、今日は一緒に家を出てきたので“行ってらっしゃい”の口付けをもらっていない。その代わりだと私は思っている。
 執務室に戻ったら、当然“お帰りなさい”の口付けをもらってもいいはずだ。だらだらした不毛な会議にうんざりしていたことも忘れ、私はうきうきした気分で扉を開く。


 一瞬、部屋を間違えたかと思った。それほど、執務机の上がすっきりと片付いている。背後の整理棚もきちんと仕分けされ、不要と思われる書類が紐で纏められて床に重ねられていた。

 横のサイドテーブルで書類をめくっていたシュンが振り返る。

「ロワ、お帰り。机の前に座って」

 問答無用な口調に、私は素直に執務椅子に腰を落とした。すると、目の前に書類をどんと置かれる。

「これが未決分。こっちの束が緊急を要する書類。今日中に確認してサインして。こっちは来週まで。でも、引き伸ばさないでできる限り終わしちゃって」
「…………」
「今までどんな管理していたんだ? ずさん過ぎるだろ? ロワがデスクワークが苦手なのはわかっていたけどな。でも、俺が補佐として来た以上、仕事はきちんとやってもらうよ」
「シュン、“お帰り”の口付けは?」
「そんな暇ないだろ? 早く始めて!」
「……はい」

 シュンが厳しい。早くも尻に敷かれそうな予感でいっぱいだった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

秋空花林
BL
「やっと見つけたましたよ。私の姫」  暗闇でよく見えない中、ふに、と柔らかい何かが太陽の口を塞いだ。    この至近距離。  え?俺、今こいつにキスされてるの? 「うわぁぁぁ!何すんだ、この野郎!」  太陽(男)はドンと思いきり相手(男)を突き飛ばした。 「うわぁぁぁー!落ちるー!」 「姫!私の手を掴んで!」 「誰が掴むかよ!この変態!」  このままだと死んじゃう!誰か助けて! ***  男とはぐれて辿り着いた場所は瘴気が蔓延し滅びに向かっている異世界だった。しかも女神の怒りを買って女性が激減した世界。  俺、男なのに…。姫なんて…。  人違いが過ぎるよ!  元の世界に帰る為、謎の男を探す太陽。その中で少年は自分の運命に巡り合うー。 《全七章構成》最終話まで執筆済。投稿ペースはまったりです。 ※注意※固定CPですが、それ以外のキャラとの絡みも出て来ます。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開中です。第四章からこちらが先行公開になります。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

聖女じゃないのに召喚された俺が、執着溺愛系スパダリに翻弄される話

月湖
BL
会社員の都築遥(つづきはるか)は、階段から落ちた女子社員を助けようとした。 その瞬間足元の床が光り、気付けば見知らぬ場所に。 夢で?会ったカミサマ曰く、俺は手違いで地球に生まれてしまった聖女の召還に巻き込まれて異世界に転移してしまったらしい。 目覚めた場所は森の中。 一人でどうしろっていうんだ。 え?関係ない俺を巻き込んだ詫びに色々サービスしてやる? いや、そんなのいらないから今すぐ俺を元居た場所に帰らせろよ。 ほっぽり出された森で確認したのはチート的な魔法の力。 これ絶対やりすぎだろうと言うほどの魔力に自分でビビりながらも使い方を練習し、さすがに人恋しくなって街を目指せば、途中で魔獣にやられたのか死にかけの男に出会ってしまう。 聖女を助けてうっかりこの世界に来てしまった時のことが思わず頭を過ぎるが、見つけてしまったものを放置して死なれても寝覚めが悪いと男の傷を癒し、治した後は俺と違ってこの世界の人間なんだし後はどうにかするだろうと男をの場に置いて去った。 まさか、傷だらけのボロボロだったその男が実は身分がある男だとか、助けた俺を迎えに来るとか俺に求愛するとか、考えるわけない。それこそラノベか。 つーか、迷惑。あっち行け。 R18シーンには※マークを入れます。 なろうさんにも掲載しております https://novel18.syosetu.com/n1585hb/

処理中です...