上 下
32 / 219
第一章 本篇 無窮を越えて

31 きっと、愛してる

しおりを挟む
 《ロワクレス視点》

 温かい確かな重みを胸に感じても私は信じられない思いで、腕の中のシュンを見た。

「シュン?」

 シュンはがくりと頭を落とし、意識がなかった。
 顔も腕も、流れる血と火傷で赤く染まり、着衣はぼろぼろに裂けて焼け焦げていた。
 あの爆発の中にいたはず。
 よくぞ脱出してくれた。よくぞ、生きていてくれた。

 私はシュンを抱き上げ直し、寝台へとそっと寝かせた。
 上着に手をかけると、パラパラと紙のように崩れ落ちた。現れた肌もひどい火傷に火ぶくれを起こしていた。その上、爆風を受けたのか内出血で色がどす黒く変わり、ところどころ出血さえしている。
 尋常でなく丈夫な濃いグレーのズボンや黒いブーツでさえもところどころ裂けて焼け焦げていた。

 ブーツをそっと外し。ベルトに手を掛ける。
 変わった造りのベルトで外すのに苦労したが、どこか仕掛けでもあったのか、カチャリと音がするとぱかっと留め具のバックルが開いた。
 ズボンはブーツと同じように、小さな金具を下ろすと前の部分が開いた。
 ズボンを外すと、見えなかった脚もやはりひどく傷ついているのがわかる。

 洗浄魔法で血や汚れを清め、火傷や傷口に手を当てていく。
 当てた端からすぐに手は熱く魔力が籠り、私の身体も燃え上がるように熱を持つ。意図する前から治癒の魔力が湧きおこり、注がれていく状態だった。

 こうして治癒の手を指し伸べると、やはり唯一無二なのだと実感を得る。
 彼と一つになれたら、その時の歓びはいかほどになるだろうかと、思うだけでも期待で胸がざわざわと騒ぎ、苦しささえ覚えるほどだった。

 手を当てさえすれば、どんなひどい傷もみるみる快癒していく。シュンの顔形さえ変えるほどだった火傷も傷も跡形もなく消えて、きれいな肌が戻る。
 額に唇を落として、大きなタオルで彼を包んだ。


 廊下に出て浴室に湯を用意させるよう声をかける。ブルナグムが飛んできた。

「シュン君が? シュン君が戻ったんすか?」

 でかい図体のくせに、こいつは妙に勘が良い。

「ああ、今治療を終えたところだ。あの爆発を受けたのだ。ひどい火傷と傷だった。まだ意識は戻っていない」

 ブルナグムは私の肩越しに廊下から寝台の方を窺っていたが、ほっと安堵の息をつくのがわかった。

「良かったっす。シュン君が戻って。隊長。もう、急ぎの用はないっすから、シュン君のそばにいてやってくだっさい。食事、運ばせるっす。それじゃ!」

 そしてまた、ばたばたと執務室に戻って行った。騒々しい奴だ。残務処理がまだ、山ほど残っているだろうに。だが、せっかくの副官の厚意、私は遠慮なく甘んじるつもりだった。



 浴槽に湯が張られ、私はタオルごとシュンを抱え上げた。全身に及ぶ治癒で熱を注がれたシュンの身体は汗ばんでいた。浄化魔法ではなく、ゆっくりと風呂に浸からせてやりたかった。

 浴室に入って少し逡巡したが、シュンをそっと横たえると私は手早く服を脱いだ。シュンを覆っていたタオルを解き、彼の下履きも外してしまう。幼く見えてしまう彼のものについ目が吸い寄せられ、こくりと喉が鳴った。
 そんな自分を叱責し、シュンを抱きかかえたまま浴槽に入った。シュンだけを湯に浸からせることは勿論、可能なのだが、私はもう彼を少しでも手放すのが嫌だった。

 温かい湯に横向きに抱いたまま身を沈め、そっとシュンの身体を拭ってやる。


「ん……」

 声があがり、シュンが目を開けた。まっすぐ私を見てにっこりしたが、次いで戸惑ったように目を周囲に彷徨わせ始めた。

「な、何やってるんだ?」

 シュンが咎めるように焦った声を出す。

「風呂に入れているのだ。暴れるな。落としてしまう」
「そ、そういう問題じゃないだろ? なんで、風呂なんか! なんで、あんたと一緒に入ってるんだ? っていうか、なに、俺をあんたが入れてるんだ? 上官なのに! へ、へんだろ?」

 シュンはだいぶ混乱しているらしい。

「どこか滲みたり、痛いところはないか?」
「あ! そう言えば、俺、火傷……、怪我もしていたはず……あれ?」

 シュンは自分の身体をあちこち見回した。左胸の赤い花は消えてしまっていた。また、つけてやらなくては。今度はどこに咲かせようか。

「すっかり痕がなくなっている。どこにも火傷が残っていない。すごいな。ロワ、あんたが治癒してくれたんだな。ありがとう、ロワ」
「私の唯一無二なのだ。そのくらい、当然だ」

 私の言葉で何か思い出したらしい。はっとした顔をしてシュンは黙ってしまった。私は彼の腕や背中を布で拭いながら言葉をかけた。

「覚えているか? シュン。今回の件が終わったら、考えてくれと言ったことを?」

 こくりと頷いてくる。その耳元に口を寄せた。

「で、どうだ? 考えてくれぬか?」

 シュンはかっと頬を赤く染めた。そんな様子も可愛い。
 こうしてシュンを眺め、シュンの重みを受け、シュンを抱えているだけで、私の熱が下半身に集まってきてしまう。
 ずくりと起ち上がってくるものを、シュンも気づいているはず。シュンは焦ったように、ますます顔を赤らめてきた。


 《シュン視点》

 焦った。気が付いたら風呂にいた。しかも、ロワクレスに、だ、だ、抱っこされて!
 湯は温かく、ロワクレスの胸の中は居心地がいい。緩やかに背や肩を拭われて、また寝入りそうなくらいに心地いい。

 ――いやいやいや! 寝てなんかいられるか!

 どうして、ロワが俺を風呂に入れてるんだ? 俺は赤ん坊じゃない! だいいち、意識のない俺を風呂に入れてるって、おかしいだろ?
 ついぞ無い、あり得ない状況に、俺はパニックを起こしそうだった。

 始動を開始した核爆弾の前にいるより、今のほうがパニクっている。
 EE32――ピノという名前だった――が仕掛けたヒュプノ攻撃を鏡面バリアで返された時より混乱している。

 この状態で、考えろって? そりゃ、言われていたけれど……。
 って、耳元で囁かないでくれ! あんたの声は、その、クルんだよ! 
 そんないい声で、甘くくすぐられたら、俺は……。

 うん、俺も、うすうす判ってきている。あんたが求めること。

 上官が部下の身体を洗うって、逆はあっても、これってないから。
 性処理だって、キスなんて必要ないし。
 こんなに優しくされたことなんかない。

 俺の尻にあんたのが当たっている。
 そういうことなんだよな。
 身体だけじゃなくて。欲情だけじゃなくて。
 だから、こんなに硬くしているのに、いつでもいける状態なのに、我慢してくれている。

「シュン……」

 切なそうにため息を吐いて、俺を抱きしめた。
 頬にキスして、唇を求めてくる。
 甘くて、情熱的なキス。俺の頭の芯まで蕩けそうになってしまう熱いキス。



 こういうキス、したことあった。一度だけ。もっとずっと拙《つたな》かったけど。
 アンナって女の子だった。
 今夜、将官の部屋に呼ばれたって言って。

『初めてを、シュンにお願いしたいの』

 あまりに必死だったので、俺は断れなかった。
 キスしながら、アンナは泣いていた。
 これは、きっと、あのキスに近い。
 アンナはあの時十三歳で俺は十五だった。
 そして、翌年、アンナは十四歳で死んだ。死ななくてもいい局面で、司令官の不手際で。



「何を考えている?」

 ふいに、肩をがしっと掴まれて、きつい声が降ってきた。

「誰のことを考えているんだ?」

 ロワ、あんたはテレパスなのか? なぜ、判ったんだ?
 ちょっと昔の事を想い出しただけだよ。あんたのキスのせいで。

 そんな顔しないでくれ。
 まだ、怒ってくれたほうがいい。
 そんな不安そうな、傷ついた顔は、あんたに似合わない。
 俺はあんたの笑った顔が好きだ。
 厳しく前を向く姿が好きだ。
 あんたは光の中で輝いていて欲しい。

 ああ、そうか。そうなんだ。
 これって、上司へ対する想いから随分逸脱してるよな。

 あの時、死にたくないと思った。
 あの時、ロワのところへ帰りたいって思った。

 だから、きっと戻って来れた。
 ロワ、あんたが呼んでくれたからだ。


 俺はロワクレスの首に腕を回した。

「ロワ。俺はあんたが好きだ。これは、きっと愛している」

 そして、ロワの唇にキスをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

秋空花林
BL
「やっと見つけたましたよ。私の姫」  暗闇でよく見えない中、ふに、と柔らかい何かが太陽の口を塞いだ。    この至近距離。  え?俺、今こいつにキスされてるの? 「うわぁぁぁ!何すんだ、この野郎!」  太陽(男)はドンと思いきり相手(男)を突き飛ばした。 「うわぁぁぁー!落ちるー!」 「姫!私の手を掴んで!」 「誰が掴むかよ!この変態!」  このままだと死んじゃう!誰か助けて! ***  男とはぐれて辿り着いた場所は瘴気が蔓延し滅びに向かっている異世界だった。しかも女神の怒りを買って女性が激減した世界。  俺、男なのに…。姫なんて…。  人違いが過ぎるよ!  元の世界に帰る為、謎の男を探す太陽。その中で少年は自分の運命に巡り合うー。 《全七章構成》最終話まで執筆済。投稿ペースはまったりです。 ※注意※固定CPですが、それ以外のキャラとの絡みも出て来ます。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開中です。第四章からこちらが先行公開になります。

聖女じゃないのに召喚された俺が、執着溺愛系スパダリに翻弄される話

月湖
BL
会社員の都築遥(つづきはるか)は、階段から落ちた女子社員を助けようとした。 その瞬間足元の床が光り、気付けば見知らぬ場所に。 夢で?会ったカミサマ曰く、俺は手違いで地球に生まれてしまった聖女の召還に巻き込まれて異世界に転移してしまったらしい。 目覚めた場所は森の中。 一人でどうしろっていうんだ。 え?関係ない俺を巻き込んだ詫びに色々サービスしてやる? いや、そんなのいらないから今すぐ俺を元居た場所に帰らせろよ。 ほっぽり出された森で確認したのはチート的な魔法の力。 これ絶対やりすぎだろうと言うほどの魔力に自分でビビりながらも使い方を練習し、さすがに人恋しくなって街を目指せば、途中で魔獣にやられたのか死にかけの男に出会ってしまう。 聖女を助けてうっかりこの世界に来てしまった時のことが思わず頭を過ぎるが、見つけてしまったものを放置して死なれても寝覚めが悪いと男の傷を癒し、治した後は俺と違ってこの世界の人間なんだし後はどうにかするだろうと男をの場に置いて去った。 まさか、傷だらけのボロボロだったその男が実は身分がある男だとか、助けた俺を迎えに来るとか俺に求愛するとか、考えるわけない。それこそラノベか。 つーか、迷惑。あっち行け。 R18シーンには※マークを入れます。 なろうさんにも掲載しております https://novel18.syosetu.com/n1585hb/

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

処理中です...