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第一章 本篇 無窮を越えて

18 互いにとっての唯一無二

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 《ロワクレス視点》

 シュンを抱きかかえたまま自室へ走るような足取りで向かった。
 時間がない。二時間後には私は、シュンと別れて王都へ行かねばならない。
 陛下に訴え、軍の手配や魔術師の応援の段取りも取り付けねばならない。それにどれほどの時間を取られるか、正直私には判らなかった。

 一分でも、一秒でも、シュンから離れると思うだけで、私の胸は苦しさに潰れてしまいそうなのに。

 寝台へ真っすぐ行く。常日頃、この寝台は一人で寝るには広すぎると思っていた。だが、シュンと過ごすためなら丁度良い。始めからそういう想定で代々司令官室の寝台はこの大きさなのだろう。

 寝台に押し倒す勢いで口づける。貪りながらシュンの長いブーツを外す。横にある小さな金具を下ろすと簡単に脱げることを知ったのだ。
 胴を縛っている紐を解き、ゆるい上着の留め紐を外していく。

 ――シュン。いいのだろう? お前を私のものにしても? しっかりとお前の身体に刻んでおきたいのだ。

 シュンは抵抗しなかった。服を脱がす手も止めようとしなかった。

 唇を離し、シュンの目を見つめる。
 頬は上気して色が灯り、息が熱を帯び始め。
 潤んだ黒い瞳は、しかし、醒めていた。
 嫌がってはいないように見える。だが、私が求める熱い情がどこにもない。

「シュン、嫌なのか?」
「いや。ロワ、欲しいのなら、抱いていい」
「だが、お前はどうなのだ? お前は私を求めてくれないのか?」
「俺? だから、抱いていいと言っているだろ? できる限り、俺も努力するから」
「努力とかそういうことじゃないだろう? シュンは私に抱かれたくはないのか?」

 シュンが不思議そうな顔で私を見つめてきた。

「俺はロワの希望に応えたい。だから、抱っこされても、膝抱っこにも応じている。俺を抱きたいと望むなら、俺もロワの期待にそうよう頑張ってみる。それではだめなのか?」

 シュンの言っていることがわからない。
 私は身体を起こし、上半身を裸に剥かれて横たわるシュンを見つめた。

「私はシュンが好きだ。唯一無二なのだ」
「そう思ってくれていることは知っている。俺も嬉しい。俺にそう言ってくれたのは、あんたが初めてだ」
「シュンは私を好いてはくれないのか?」

 シュンも身を起こし、私と向き合った。

「ロワを好きだ。俺は、ロワを勝手に自分の上官だと思っている。俺にとって最高の上官だ。だから、俺はロワに応えたい。上官の望むことは何でもやる。どんなことでも。まして、この命はあんたに救ってもらったんだ。だから、この命ごと全てをあんたに預ける。俺の全てを使っていい。俺は全力でロワの期待に尽くす」

 私は言葉を失った。たぶん、呆然としていたのだろう。

 ――上官として? 私はシュンの上官なのか。だから、どんな命令にも従うと?

 それがシュンの気持ちなのか? シュンにとって、私は唯一無二ではないのか?
 いや、きっと上官として唯一無二だと思っているのだろうと、私は苦い思いで認めた。

 ――ずっと私の想いは空回りしていただけだった。

 目の前のシュンを眺める。ほっそりとした華奢な白い身体。艶やかな黒髪。大きくて黒い瞳は滅多に感情を表さず常に冷静で。幼く見える唇はいつも引き締まり、強固な意思を垣間見せる。
 何度も交わした口づけは甘く、肌はしっとりと滑らかなことも知っている。
 だが、触れ合って喜びを感じていたのは、私だけの独りよがりだったということか。

 シュンが私を拒まなかったのは、上官が求めたから。部下としての責務。
 今も、きっと欲しいと言えば、なんのためらいもなく身体を開くに違いない。
 そういうことだったのだ。
 それを、私は愚かにも勘違いして……。シュンも私と同じ気持ちなのだと、勝手に思い込んで。

 じっと私を待つシュンを抱き寄せる。どうしたら、私の想いを伝えることができるのだろう? 
 白い胸の左下、心臓が脈打つ上に唇を押し付けた。強く吸い上げ、なおも執拗に一か所だけを食んだ。

「……ん」

 シュンが身じろぎし、呻くような声を漏らした。痛かったかもしれない。
 私は唇を離して、出来栄えを検分する。左の胸に赤い痕がくっきりと咲いた。私の所有の印だ。
 シュンが上官の命令を欲しているなら、望み通り与えてやろう。

「シュン。お前は私のものなのだな? それなら、その身体を他の誰にも与えてはならない。お前の命もだ。お前の全ては上官である私のものだ」
「了解。サー」

 姿勢を正し、右手をこめかみに当てるような仕草をした。

「それは? どういう意味なのだ?」

 はっとしたようにシュンが目を瞬き、照れくさそうな顔をした。そんな表情をすると幼く見えて可愛い。

「無意識に出てしまった。習慣とは怖いものだ。サーとは士官クラス以上の上官に対して用いる敬意を込めた称号だ」

 私はそのまま寝台を降りて窓へ寄った。シュンが後を追ってきた気配を感じたが、私は窓の外を眺めた。二階のこの窓から夕焼けに染まる訓練場が見える。今日はどこの部隊も訓練は行っていない。どこも魔獣対策で忙しいはず。

「ロワ。抱かないのか?」

 当惑した声でシュンが訊ねてきた。

「今はいい」

 背を向けたまま答える。シュンの顔を見たら抱き締めずにいられない。そのまま奪ってしまうかもしれない。
 だが、このまま抱いてはならないと強く思った。今抱いたら、それは上官と部下との関係となってしまう。命令に従う部下のシュンが欲しいのではない。

 では、私はどんなシュンが欲しいのだ?
 私の唯一無二。
 私の傍に生涯あるべき、そういう存在。

 ああ、そうなのか。
 私はシュンを伴侶として欲しいのだ。
 私はシュンを愛しているのか。
 これが、愛というものなのか。

 愛のためなら、私も努力を惜しんではならない。
 シュンの愛を得るために、いくらでも辛抱しよう。苦労などいかほどか。
 シュンは私の唯一無二なのだから。

 背後で衣擦れの音がして、シュンが脱がせた上着を着直しているのが判った。
 もう一度、胸に咲かせた赤い花を見たかったと苦笑いを零して、テーブル前の椅子に座る。
 シュンに顎でもう一つの椅子に座るよう促すと、素直に座ってこちらを見上げてくる。その信頼を寄せてくる真っすぐな眼差しが愛しい。

「なぜ、私と一緒に王都へ行かないのだ? そうすれば連絡の心配をすることなく、いつでもテレポートで砦へ帰れるだろう?」
「時間が惜しいんだ。俺なりに考えたことがある。うまくできるかどうか判らないので、今は言えない。だが、どんなものでも、可能性がある限り試してみたい」
「そうか。私は命令することもできるんだぞ?」
「部下にはその命令が過ちだと知っている場合、異議を申し述べる義務がある。建前だけどね。実際、そんな異議なんて言えなかったけれど。反抗的態度だって罰せられた。反逆とか反乱分子とまで言われかねなかった」

 苦い顔で話したシュンが、ちらっと私の顔を見上げた。

「ロワも罰してくる?」

 その目がそんなことをしないと判っていると愉快そうに笑っている。ずいぶんいろいろな表情を見せてくれるようになった。私は感慨深い。

「そうだな。シュンが罰して欲しいのなら、罰してやるぞ? 私のやり方で、な」

 ちょっと意地悪を言ってやる。シュンは目を見張るとぽっと頬を染めた。私の言う罰の意味を正しく捉えたらしい。
 なんて愛らしいシュン。今すぐにも全てを奪ってしまいたい。

「向こうでの要件がいつまで掛かるものかは判らない。なるべく早く切り上げてくるつもりだ。きっと私の呼びかけを捉えて、必ず迎えに来い」

 シュンが立ち上がって直立不動の姿勢を取った。びしっと敬礼の仕草をする。この敬礼を私にすることが嬉しいのだと言われてしまっては、するなと言えない。

「了解しました! サー!」
「待っている」
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