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回想【side.エリック】
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しおりを挟むパスカルが心に抱えていた闇。
屋上で話を聞かせてもらったのが四月半ば――俺は前年度もパスカルの担任だったが。母親が同席する三者面談が複数あったにもかかわらず、支配的な親子関係の気配など一切感じられなかった。本人が打ち明けてくれなければ、今年も気付かぬまま過ごすことになっていただろう。
+ + +
――四月末。
火曜日・三時限目。
授業がない俺はひとり、屋外にある体育倉庫へと向かった。校舎を出て体育館の横を通り、部室棟のさらに向こうへ。
この時間グラウンドで体育を行っている学級もなく、人気はまるでない。
体育倉庫の重厚感ある扉には南京錠が掛かっている。職員室から持ってきた鍵で錠を取り外し、倉庫内へと踏み込んだ。小さな窓から太陽光は差し込んでいるものの、視界良好とは言いがたい。土臭さと埃っぽさが喉を刺激し、乾いた咳が出た。
「――エリック先生っ」
突如響いた呼び声。
びくっと肩を震わせて振り返ると、パスカルが倉庫の入口に立っていた。オレンジ色のロリポップを右手に持ち、可笑しそうに唇を歪めている。
「すっごい驚き方。可愛かったですよ」
「ざけんな! 脅かすんじゃねーよ!」
「エリック先生が校舎を出るのを見かけたので。どこに行くのかなと思ってこっそり後を付けてきたんです」
「……尾行のプロかよ。何の気配もなかったぞ」
「数学教師のエリック先生が、体育倉庫なんかに何の用です?」
「自慢じゃないがじゃんけんに弱くてな。掃除と整頓、在庫確認と不備チェックを行う係になっちまった」
「へぇ、大変そうですね」
労いの気持ちなど微塵も感じられない、呑気な物言いだ。パスカルは扉の横に立ったままロリポップを咥えた。
「お前こそ何してる。授業中だぞ」
「聞かなくても分かるくせに」
「サボる暇があるなら手伝え」
「それが人にものを頼む態度ですか?」
「……チッ。何もしないなら帰れよ」
「相変わらず感じの悪い不良教師ですね」
「そっちこそ。相変わらず生意気なガキだな」
「教え子をガキ呼ばわりする人に言われたくないんですけど。俺、言葉の汚い人は苦手なんですよねー」
へらへらと笑ったまま、パスカルは立ち去ろうとしなかった。もしかしたら話し相手が欲しいのかもしれない。こちらから話題を振ることはしないが、話し掛けられることがあれば付き合ってやるか。
ここへ来る前、スーツからジャージに着替えてきた。ポケットには折りたたんだメモが入っている。それを棚の上に広げ、チェックすべき項目を確認した。五月下旬に体育祭があるため、そこで使用する道具に不備がないか点検しなければならない。
「――ねぇ。エリック先生はどうして教師になったんですか?」
「母親が教師だったんだ。それで何となく」
「すみません。触れない方が良かったですね」
「構わねーよ」
「じゃあ可愛いボウヤも将来は教師を目指して進学ですか?」
「……ったく、意地の悪い奴だな。本人がいないところでもノアを茶化して」
元々、パスカルとノアに接点はなかった。二人が顔見知りとなったのは去年の夏頃。廊下で俺とノアが談笑していた際、パスカルに声を掛けられたのがきっかけだ。
パスカルが俺のクラスの生徒だと知ったノアは「最強のアニキだろ!」と誇らしげだったのだが。パスカルは「キュートな美少年ですね」と笑顔で応対――一触即発となったのは言うまでもない。
以後二人は犬猿の仲となり、顔を合わせるたび口喧嘩しているようだった。と言っても毎回パスカルから絡みに行き、ノアがイライラしているだけという図式だ。
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