上 下
136 / 160
回想【side.エリック】

しおりを挟む







 パスカルが心に抱えていた闇。

 屋上で話を聞かせてもらったのが四月半ば――俺は前年度もパスカルの担任だったが。母親が同席する三者面談が複数あったにもかかわらず、支配的な親子関係の気配など一切感じられなかった。本人が打ち明けてくれなければ、今年も気付かぬまま過ごすことになっていただろう。



+ + +



 ――四月末。
 火曜日・三時限目。
 授業がない俺はひとり、屋外にある体育倉庫へと向かった。校舎を出て体育館の横を通り、部室棟のさらに向こうへ。

 この時間グラウンドで体育を行っている学級もなく、人気ひとけはまるでない。

 体育倉庫の重厚感ある扉には南京錠が掛かっている。職員室から持ってきた鍵で錠を取り外し、倉庫内へと踏み込んだ。小さな窓から太陽光は差し込んでいるものの、視界良好とは言いがたい。土臭さと埃っぽさが喉を刺激し、乾いた咳が出た。


「――エリック先生っ」

 突如響いた呼び声。
 びくっと肩を震わせて振り返ると、パスカルが倉庫の入口に立っていた。オレンジ色のロリポップを右手に持ち、可笑しそうに唇を歪めている。

「すっごい驚き方。可愛かったですよ」

「ざけんな! 脅かすんじゃねーよ!」

「エリック先生が校舎を出るのを見かけたので。どこに行くのかなと思ってこっそり後を付けてきたんです」

「……尾行のプロかよ。何の気配もなかったぞ」

「数学教師のエリック先生が、体育倉庫なんかに何の用です?」

「自慢じゃないがじゃんけんに弱くてな。掃除と整頓、在庫確認と不備チェックを行う係になっちまった」

「へぇ、大変そうですね」

 労いの気持ちなど微塵も感じられない、呑気な物言いだ。パスカルは扉の横に立ったままロリポップを咥えた。

「お前こそ何してる。授業中だぞ」

「聞かなくても分かるくせに」

「サボる暇があるなら手伝え」

「それが人にものを頼む態度ですか?」

「……チッ。何もしないなら帰れよ」

「相変わらず感じの悪い不良教師ですね」

「そっちこそ。相変わらず生意気なガキだな」

「教え子をガキ呼ばわりする人に言われたくないんですけど。俺、言葉の汚い人は苦手なんですよねー」

 へらへらと笑ったまま、パスカルは立ち去ろうとしなかった。もしかしたら話し相手が欲しいのかもしれない。こちらから話題を振ることはしないが、話し掛けられることがあれば付き合ってやるか。

 ここへ来る前、スーツからジャージに着替えてきた。ポケットには折りたたんだメモが入っている。それを棚の上に広げ、チェックすべき項目を確認した。五月下旬に体育祭があるため、そこで使用する道具に不備がないか点検しなければならない。

「――ねぇ。エリック先生はどうして教師になったんですか?」

「母親が教師だったんだ。それで何となく」

「すみません。触れない方が良かったですね」

「構わねーよ」

「じゃあ可愛いボウヤ・・・・・・も将来は教師を目指して進学ですか?」

「……ったく、意地の悪い奴だな。本人がいないところでもノアを茶化して」

 元々、パスカルとノアに接点はなかった。二人が顔見知りとなったのは去年の夏頃。廊下で俺とノアが談笑していた際、パスカルに声を掛けられたのがきっかけだ。

 パスカルが俺のクラスの生徒だと知ったノアは「最強のアニキだろ!」と誇らしげだったのだが。パスカルは「キュートな美少年ですね」と笑顔で応対――一触即発となったのは言うまでもない。

 以後二人は犬猿の仲となり、顔を合わせるたび口喧嘩しているようだった。と言っても毎回パスカルから絡みに行き、ノアがイライラしているだけという図式だ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

僕はただの妖精だから執着しないで

ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜 役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。 お願いそっとしてて下さい。 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎ 多分短編予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...