上 下
132 / 160
回想【side.タケル】

しおりを挟む


 以後、ノアの言動に注視しながら過ごすようになった。

 もちろん一人だけ贔屓する意図はなく、彼が幼少期のトラウマで生きづらい思いをしていないか、さりげなく声掛けを行う程度だ。

 ノアは毎度不愛想ながら、しっかりと僕の目を見て応えてくれる。エリック先生から誘っていただき食事を共にした日以降、ノアも少しは僕を認めてくれたのではないだろうか。

 ノアに限らず、生徒の行動で「良い」と感じた部分は丁寧に褒める――と思ったが、褒めるシーンというものはさほど存在しないのだと気付かされた。自分のなすべきことを当たり前に行っているだけでは褒められない。

 ――そんな生活を送るなか。
 夏休みに事件が起きた。


 七月末。
 講義室での補習を終え廊下を歩いていると、後方からバタバタと耳障りな足音が近付いてきた。

「廊下を走るな」と注意すべく振り返る。血相を変えた女子生徒が駆け寄ってきた。見覚えのない生徒――名札の色で二年生だと分かった。

「大変なんです、来てください」

「一体何事だ」

「ウチのクラスの男子が先輩とケンカしてるんです」

 駆け足で先導してもらいつつ喧嘩の原因について訊ねたが、彼女は知らないと言った。現場は二年生の各教室が並ぶフロア。廊下の一角に人だかりができており、騒ぎ声が響いている。

「どきなさい」と言いつつ輪の中へ踏み込むと、取っ組み合いをしている男子生徒が視界に入った。

 一人は見知らぬ男子生徒。
 そしてもう一人はノア。

 咄嗟に二人へと駆け寄り、間へ割り込んだ。僕より小さいノアと、僕より体格の良い男子生徒――弾き飛ばされそうになったがどうにか踏ん張り、力ずくで二人を引き剥がす。

 教師が介入したことで場の空気が一変し、ノアと男子生徒が僕を挟んで睨み合う膠着こうちゃく状態となった。

 二年の男子生徒はくちゃくちゃとガムを噛み、耳元で金色のピアスが光っている。校則違反など守る気もなさそうな不真面目生徒――と現時点で決めつけてはいけない。ノアのことがあり、表層だけで生徒を判断しないと誓ったばかりだ。

 まずは僕のすぐ隣に立つノアを見下ろした。

「何があったのか説明しなさい」

「だってそいつ! アニキのこと『生きる価値なしのクズ』って言いやがったんだもん!」

 ノアの訴えを聞いた男子生徒が舌打ちする。

 事実なのか問うと、彼は肯定した。「何が悪い」とでも言わんばかりの開き直った表情で乱れた着衣を直している。

「そのような発言は絶対にしてはならない。ただ、そう発言するだけの理由もあるはずだ。何故エリック先生のことをそこまで言ったのか教えてほしい」

 男子生徒は応えない。
 見下すように首を傾けて僕を睨みつけている。

「話すつもりはないということか。君は何組の生徒だ? 担任の先生に報告して話し合いの場を設ける」

「……どうせノアそいつは教師の弟だから優遇されるんだろ?」

「僕は贔屓ひいきなどしない。だからこそ、君の言い分を聞かせてくれと言ったんだ。エリック先生に問題がある可能性も含めて、きちんと中立の立場で考える」

「確かにあいつの悪口言ったけど。だからって二年のフロアに乗り込んできて、いきなり殴り掛かってくるとか頭おかしいだろ。手を出した方がアウト、コレって傷害事件じゃないですかぁ?」

 挑発的な物言い。
 ノアに視線を戻すと、彼は悔しそうに唇を噛み締め、拳をぎゅっと握っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

処理中です...