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回想【side.タケル】
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しおりを挟む以後、ノアの言動に注視しながら過ごすようになった。
もちろん一人だけ贔屓する意図はなく、彼が幼少期のトラウマで生きづらい思いをしていないか、さりげなく声掛けを行う程度だ。
ノアは毎度不愛想ながら、しっかりと僕の目を見て応えてくれる。エリック先生から誘っていただき食事を共にした日以降、ノアも少しは僕を認めてくれたのではないだろうか。
ノアに限らず、生徒の行動で「良い」と感じた部分は丁寧に褒める――と思ったが、褒めるシーンというものはさほど存在しないのだと気付かされた。自分のなすべきことを当たり前に行っているだけでは褒められない。
――そんな生活を送るなか。
夏休みに事件が起きた。
七月末。
講義室での補習を終え廊下を歩いていると、後方からバタバタと耳障りな足音が近付いてきた。
「廊下を走るな」と注意すべく振り返る。血相を変えた女子生徒が駆け寄ってきた。見覚えのない生徒――名札の色で二年生だと分かった。
「大変なんです、来てください」
「一体何事だ」
「ウチのクラスの男子が先輩とケンカしてるんです」
駆け足で先導してもらいつつ喧嘩の原因について訊ねたが、彼女は知らないと言った。現場は二年生の各教室が並ぶフロア。廊下の一角に人だかりができており、騒ぎ声が響いている。
「どきなさい」と言いつつ輪の中へ踏み込むと、取っ組み合いをしている男子生徒が視界に入った。
一人は見知らぬ男子生徒。
そしてもう一人はノア。
咄嗟に二人へと駆け寄り、間へ割り込んだ。僕より小さいノアと、僕より体格の良い男子生徒――弾き飛ばされそうになったがどうにか踏ん張り、力ずくで二人を引き剥がす。
教師が介入したことで場の空気が一変し、ノアと男子生徒が僕を挟んで睨み合う膠着状態となった。
二年の男子生徒はくちゃくちゃとガムを噛み、耳元で金色のピアスが光っている。校則違反など守る気もなさそうな不真面目生徒――と現時点で決めつけてはいけない。ノアのことがあり、表層だけで生徒を判断しないと誓ったばかりだ。
まずは僕のすぐ隣に立つノアを見下ろした。
「何があったのか説明しなさい」
「だってそいつ! アニキのこと『生きる価値なしのクズ』って言いやがったんだもん!」
ノアの訴えを聞いた男子生徒が舌打ちする。
事実なのか問うと、彼は肯定した。「何が悪い」とでも言わんばかりの開き直った表情で乱れた着衣を直している。
「そのような発言は絶対にしてはならない。ただ、そう発言するだけの理由もあるはずだ。何故エリック先生のことをそこまで言ったのか教えてほしい」
男子生徒は応えない。
見下すように首を傾けて僕を睨みつけている。
「話すつもりはないということか。君は何組の生徒だ? 担任の先生に報告して話し合いの場を設ける」
「……どうせノアは教師の弟だから優遇されるんだろ?」
「僕は贔屓などしない。だからこそ、君の言い分を聞かせてくれと言ったんだ。エリック先生に問題がある可能性も含めて、きちんと中立の立場で考える」
「確かにあいつの悪口言ったけど。だからって二年のフロアに乗り込んできて、いきなり殴り掛かってくるとか頭おかしいだろ。手を出した方がアウト、コレって傷害事件じゃないですかぁ?」
挑発的な物言い。
ノアに視線を戻すと、彼は悔しそうに唇を噛み締め、拳をぎゅっと握っていた。
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