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18【side.エリック】――タケル/白
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しおりを挟む翌日の昼休み。
職員室内――自分のデスクでシリアルスティックをかじっていると、隣からタケルに声を掛けられた。
「エリック先生、昼食はそれだけですか?」
「あぁ」
「昨日も食べていませんでしたよね。毎日ノアの手作り弁当を持参していたのに」
「あんまり食欲なくてな。断った」
「……このあと少しだけ、僕に付き合っていただけませんか?」
「どこに?」
タケルが返事をせず席を立ったため、俺も黙って腰を上げた。二階職員室を出て一階フロアへ。
連れて行かれたのは放送室だった。タケルは生徒指導部の傍ら放送部の顧問をしている。あまり目立つ活動はしていないが。
「んだよ。こんな場所に何の用だ?」
「施錠できる、なおかつ防音対策してあるのはこの部屋くらいでしょう」
「……ノアのことで何か?」
「いえ。昨日の朝……ノアの前ではお伝えできなかったことです」
「もしかして、俺に手ェ出したことについてか?」
「エリック先生に直接謝罪する時間が欲しかったんです。日曜の夜は途中でアロマの話に変わってしまって、あの件に触れていませんから」
あの日――タケルと性欲処理した日。あのときは俺もタケルも、アロマの魔力を知らなかった。
事を終えて涙を流したタケルに「泣くくらいなら手ェ出すんじゃねーよ」と吐き捨てて帰宅。ノアと話し、アロマの原理を知り、さらにパスカルまで絡んできて……本当に怒涛の数時間だった。
「お前の気持ちも分かるが。なにも今こんな場所で謝らなくてもいいだろ」
「僕だって校内でこんな話など本意じゃありません。改めて時間をいただくつもりでしたが……昨日今日とエリック先生の様子を見て、一刻も早く伝えなければと思い直したんです」
「俺はお前のせいで食欲失くしてるワケじゃねーんだが」
「大した謝罪もせず隣のデスクで仕事していて、全くの無関係ということもないでしょう」
「つーかあれは不可抗力だろ。ウラが分かった今、お前が悪いとは言えねーよ」
「いえ、アロマなど言い訳にすぎません。全ては僕の自制心のなさが招いたことです」
「極端な奴だな。お前は普段から自分に厳しすぎるんだ。あまりに我慢しすぎたり自分を追い込みすぎたりすると危ういってこと、今回の件で痛感したんじゃねーのかよ」
「……そうですね。エリック先生に深い傷を負わせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。身勝手極まりない卑劣な行為だったと反省しています」
タケルは深々と一礼した。
もう過ぎたことだ。
元々タケルのことは嫌いでなかった。
恋敵ではあるが、同僚として信頼もあった。
今は怒りも悲しみもない。
「謝罪はいらねーから、代わりにひとつ質問していいか?」
「何でしょう」
「お前が初めてノアにチョッカイ出したのは金曜の夜だよな? そのときノアは例のシャンプーを使っていた」
「……はい。ノアの髪を乾かす前までは『兄代わりの責務を全うする』という一心で過ごしていました。もちろんノアと過ごす時間を幸せに思ってはいましたが……関係を持ちたいなどという下心は微塵もなかったと断言できます」
「ノアの髪に触れてアロマにあてられて、あの魔力に抗えなかったと。当然ノアは嫌がっていたんだよな?」
「本当に何とお詫びしたらいいか――」
「そういう話じゃねーよ。ノアはお前のことを何とも思ってないのにヤって……行為のあと後悔しなかったのか?」
「後悔、と言いますか……」
タケルは気まずそうに視線をそらした。
そりゃそうだよな、とは思うが――。
「マジで申し訳ないと思ってるなら、感じたことを正直に聞かせてくれねーか? 片想いの相手とヤってどんな気分だったのか知りたい」
「……最初のときは、ノアとしたいという感情だけに支配されてしまって。『ノアを手に入れるためにはエリック先生を妄想させるしかない』と思いながらしました。後悔だとか考える余裕もなかった」
「俺のときは泣き出したじゃねーか。ああいう感じは一切なかったってことか?」
「実は……金曜の夜から日曜の午後に掛けて、記憶が断片的に途切れているんです。思考回路のみ泥酔状態に陥ったような……」
アロマの影響か。
俺は酒を嗜まないが、酔って記憶をなくす奴もいるという。身体は平時と同じように動いても、思考は上手く働かない――そんな状態だったのかもしれない。
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