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14【side.ノア】――エリック/白
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しおりを挟む独りぼっちのリビング。
時間の流れが妙に遅く感じられた。パスカルと通話を終えて以降、誰からも連絡はない。
ひたすらじっとアニキを待つなか、オレの頭に浮かんだのは今朝の出来事だった。
目が覚めたとき隣にいたタケル。オレの髪を優しく整えてくれた手。穏やかな笑顔でオレの髪を乾かしてくれた手。あいつはその手でアニキの身体を――。
心臓に鋭い痛みが走る。
吐き気がしそうだ。
誤魔化すように深呼吸した直後、握り締めていたスマホが鳴った。慌ててディスプレイを確認する。アニキでなくパスカルからの着信だった。
『大丈夫――なわけないよね』
「まぁな」
『あとのことは全部エリックに任せておいたよ』
「え!? アニキと連絡ついたの!?」
『向こうから訪ねてきたんだ。エリックがキミに何をしたのかも聞いた』
「まさかとは思うけど、オレとヤったことをアニキにバラしてねーよな?」
『今このタイミングで謝罪したらますます話がこじれちゃうでしょ』
「タイミングとかそういう問題じゃねーの! お互い綺麗さっぱり忘れるんだよ! 記憶から完全に抹消しろ! 口外したら殴るどころじゃ済まさねーからな!?」
『……分かった。キミは俺の弱みを握ったと思ってくれればいいよ。この先ずっとね』
「今まで散々バカにされたぶん、これからはお前のことをバカにしまくってやる」
『それでキミとケンカ友達を続けられるのなら。いくらでもどうぞ』
返事をすることなく通話終了ボタンをフリックする。
それから三十分ほどでアニキが帰ってきた。覇気のない顔でリビングへ入ってきたアニキに飛びつく。僅かに震える腕でぎゅっと抱き締めた。
「ごめん。オレ、アニキに酷いこと――!」
「悪いのは全部俺だ。お前の気持ちも理解できず最低なことをしちまった。本当にごめんな」
「違う、アニキは最低なんかじゃない。最低なのは……オレたちを性欲処理に使ったクソ教師だろ。あんなヤツいなくなっちまえばいいんだ」
アニキは応えず、オレの頭を撫でた。もう先ほどのような嫌悪はない。無事に帰ってきてくれてよかったという気持ちが全身に広がった。不安と緊張の震えがおさまっていくのを感じる。
アニキを包んでいた腕を解く――そこで、アニキの右手に握られている白いものが目に入った。長方形の白い封筒に《退職願》と書いてある。アニキの字ではない。
「なにそれ」
「タケルから預かってきた」
「え……あいつ学校辞めるの?」
「本人はそのつもりでいる。だが、俺たちにもう少し時間をくれと頼んでおいた。あいつに持たせておいたら勝手に提出しちまいそうだから預かったんだ」
「……サボり魔の家に行ってたんじゃなかったの? あいつから電話があったんだけど」
「パスカルがタケルに電話して、例のシャンプーについて説明したらしい。『成分が髪に残らないようしっかり洗い流せ』と伝えて……俺がパスカルの部屋を訪れたのはそのあとだ。ノアと電話したことも聞いた。シャンプーの原理についても改めて」
「……その場にタケルも来たの?」
「いや。パスカルと話したあと、俺一人でタケルのアパートへ向かった。夕方会ったときとはまるで違う……いつもどおりの堅物が《退職願》を書いてたんだ。『責任を取らなければならない』と言って」
「責任って……」
「俺もさっきとは違う――パスカルのおかげでしっかり頭を冷やすことができた。もう一度最初から俺の話を聞いてくれないか? その上で、この《退職願》をタケルに返すかどうか……ノアに決めてもらいたい」
ロングソファへと移動し、アニキと少し距離を空けて腰掛ける。《退職願》はオレたちの間に下ろされた。
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