【完結/おまけ追加中】幻惑の華 ※次回のNewシナリオ追加は3月21日~予定です

双葉

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9【side.ノア】――タケル/灰

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 ペットボトルのスポーツドリンクを手に振り返ると、リビングでキャリーケースを広げるタケルが目に入った。持参した日用品やジャージ類をしまい込んでいる。その姿が、オレを犯してすぐ家を出て行ったパスカルと重なった。全身がすっと冷たくなる。

「お前なにしてんだよ」

「帰り支度だが」

「そんなことくらい見れば分かる!」

「どうしたんだ?」

「ヤるだけヤってさっさと帰るのか? オレはもう用済みってことかよ」

「そんなことを考えるわけないだろう!」

 思いがけず大きな声が飛んできたため、驚きでびくっと震えた。タケルの表情が申し訳なさそうに歪む。

「怒鳴ったりしてすまない。用済みなどと……そんな酷い表現をされるとは思わなかった」

「……だって、ついさっきヤり終わったばっかじゃん。シャワーのあとソッコー帰り支度してさ。感じ悪くね?」

「自分の家に帰ろうとしていたわけじゃなくて、昨日の仕事がまだ少し残っているんだ。これから学校へ向かう」

「……なら先に仕事って言えよ」

「説明不足だったな。嫌な思いをさせて申し訳なかった」

「オレ腹が減ったから。昼メシくらい付き合う時間ないのかよ」

「……その程度なら構わない。お言葉に甘えて僕もいただこう」

「じゃあ肉うどん作ってやるよ」

「君は身体が痛むだろう。作るなら僕が」

「別にいい。オレ、料理好きだから」

「しかし……何か集中できることが欲しい」

「……やっぱ落ち着かないのかよ。また興奮してる?」

「……いや、大丈夫だ。僕は仕事させてもらうことにしよう。代わりに食後の片付けは僕がやる」

 タケルはテーブルにノートパソコンを広げ作業を始めた。時折そちらに目を向けつつ昼食の支度を進める。

 タケルが泊まりに来た日。
 夕食を共にしていた時間、あいつはこう言った。

〝僕ではエリック先生の代わりになれないか?〟
〝僕にもエリック先生と同じくらい親しみを持ってくれると嬉しい〟

 あのときはまだシャンプーを使っていなかった。あれは性欲に押し負けての発言じゃない。

 タケルはアニキ不在の間、オレの兄代わりを務めることを喜ばしく思っていたのだろう。我慢できず手を出したことはシャンプーのせいだとしても。あいつの心はずっとオレに……。


 昼食を終えたあと、玄関までタケルを見送った。ドアの前で振り返ったタケルに名前を呼ばれる。

「やはり僕は君でなければ駄目だ。ノア以外の人など考えられない。いつか君の心も僕にくれないか」

「……そんなこと言われても困る」

「君の求める人がエリック先生だということは重々承知している。だが僕の入る隙も僅かにできたのではないかと……今は少しだけ期待している」

「……自意識過剰じゃね?」

「金曜の君ならば『お前の入る隙なんてどこにもない』と突き放したのではないか?」

 ……返事ができない。
 何故だろう。
 自分でもよく分からない。

「今日のノアは、金曜の君とは違って見える。ほんの少しだが僕のことを慕ってくれたように感じる」

「……だから、自意識過剰だって」

「すまない、これ以上押しつけがましいことは言わないでおく。今は僕の想いを……心から君を愛する気持ち、君の全てが欲しいという願い。この二点を心の片隅にでも置いてくれればいい」

「……仕方ねーな。たまには思い出してやるよ」

「今日はゆっくり休んでくれ。もし痛みが酷くなるようだったら――」

「もう痛くねーよっ! 恥ずかしいからいちいち言うな!」

「……ではまた明日、学校で」

 玄関のドアが閉まると風呂場へ向かった。浴室内の台に乗っている、紫色のシャンプーボトル。

 もう必要ない。
 今度こそ捨てよう。

 ポンプ部分をひねって取り外し、中身を排水溝へ流すつもりだったのだが。ボトルからポンプを引き抜いた瞬間、花畑のような香りが立ちのぼった。

 咄嗟とっさにポンプを戻す。
 ダメだ。
 こんな作業をしていたらまた興奮してしまう。

 ボトルに金属の類は使われていなかったため、このままゴミ箱へ放り込むことにした。もうこんなもので性欲を掻き立てられるのはゴメンだ。


 悲惨な幼少期。
 誰にも愛されなかったオレ。
 ようやく手に入れた、アニキという大切な家族。

 そのうちオレはアニキに恋をして。
 でも……。
 オレのことを「愛してる」と言ってくれたヤツはタケルが初めてだ。それもあんな情熱的に真っ直ぐ……。

 オレ……アニキの前でいつもと同じように振る舞えるかな。この三日間、あまりにもいろんなことが起きすぎた。

「……ごめんアニキ。なんかオレ、心がぐちゃぐちゃだ」


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