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【Case1】魂を紅茶に溶かして
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しおりを挟む「お客様はみんな、幽霊用の紅茶を飲めば浄化されると理解した上で注文するんですよね?」
「うん。昨日紹介した常連の渡辺さんみたいに、人間用の紅茶やスイーツを楽しみに通ってる方は別としてね」
「幽霊たちが消えることを選択するのはどうしてですか?」
「どうして、って?」
「悩みを抱える幽霊もここに通い続ければ、渡辺さんみたいに紅茶やスイーツを楽しめるじゃないですか。それなのに……この世から消える道を選ぶなんて。なんだか切ないなと思って」
「霊にとって現世は、決して居心地のいい場所ではないんだよ」
「そうなんですか?」
「キミは霊の姿を見ることができるようになったけど、大多数は認識することのできない存在だ。当然霊たちの家族や友人、恋人の目にも映らない。それがどういうことかキミにも想像できるよね?」
どんなに叫んでも自分の声は届かない。姿を認識してもらうことすらできない。そんな自分をよそに、大切な人々は日常を過ごしている――幽霊の立場から見れば無視されているのと同義だ。寂しくて悲しくて消えてしまいたくなるかもしれない。
「渡辺さんみたいに長く現世で過ごす霊もいるけど、そうして悠々と生活してる人は少数派なんだ。霊というのは基本的に、何らかの未練があるために生まれる存在――受け入れて現世に留まるという選択は難しいんだと思う」
「なるほど……。でも幽霊を浄化するのって、少し寂しい気持ちになりますね」
「璃乃さんもそう思う?」
「はい。接客した相手が目の前でいきなり消えちゃうなんて……」
そこでふと、午前中の会話を思い出した。瑞月さんが教えてくれた幸せホルモンのこと――ストレスを和らげる効果があると言っていた。
「未練を抱える幽霊って、言い換えれば強いストレスを抱えてるってことですよね? 幽霊とスキンシップは無理でも、瑞月さんなら名前を呼んだり目を見て会話したりできるじゃないですか。たくさん愚痴を聞いてあげることで幸せホルモンを分泌させて、ストレスを緩和しながら第二の人生を過ごすことはできないのかな……なんて」
「霊に内分泌機能はないかもしれないなぁ。彼らは確かに〝ヒト〟だけど、人体ではなく霊体だから」
「あ、そっか……。というかそんな簡単な方法があるなら、私に言われなくても瑞月さんたちがとっくに実践してますよね」
「……うん。もしかしたら、そうかもしれないね」
「どうかしました?」
「いや……何でもない。キミの優しさは伝わったよ。〝第二の人生〟って考え方、素敵だね」
言葉に詰まるような返しだった。
我ながら良い閃きだと思ったのだが、くだらないと思われたかもしれない。
話に区切りがついたところでテーブルを片付け始めた。見た目には手付かずのレモンティーとリーフパイ、グラスの水とおしぼりをトレイへ移す。幽霊が食すことで味を失ったリーフパイは自家菜園の肥料へ。使用した食器は、優しく丁寧に手洗いする――ティーカップ等に細かな傷が付いてしまうため、食洗器は使用しないらしい。
その後瑞月さんに呼ばれ、勝手口から外へ出た。庭の隅に掃除道具が置いてある。「駐車場の掃き掃除をしてほしい」と竹ぼうきを渡されたため、ひとりで建物正面へ回った。
生い茂る木々のおかげで駐車場は日陰となっている。セミの鳴き声をバックに落ち葉や小枝を集めていると、バイクのエンジン音が聞こえてきた。小鈴さんだ。二階の自室で休むと言っていたが、いつの間にか外出していたらしい。バイクから降りてヘルメットを取った彼に「お疲れ様です」と会釈した。
「別に、ちょっとコンビニ行っただけ。あんたこそ何してんの?」
「見てのとおり掃き掃除です」
手にしている竹ぼうきを少し持ち上げてアピールする。小鈴さんは何故か呆れ顔で深い溜め息をついた。かつかつと靴を鳴らしながらこちらへ近付き、私から竹ぼうきを奪い取る。
「さっさと帰りな」
「ちょっと、いきなり何なんですか?」
「あんたじゃなくてコレに引っ付いてるガキに言ったんだよ」
「ガキって――きゃぁぁぁぁぁッ!」
竹ぼうきの柄に三歳くらいの男の子が抱きついている。
もちろん人間ではなく透き通った身体――幽霊だ。
一体いつの間に。
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