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【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ
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しおりを挟む「璃乃さん? 大丈夫ですか?」
「わ、私にも、オバケが見えるなんて――」
ふっと冷たい風が肌を刺した。
エアコンの風とは明らかに違う。
背筋が凍るほどの冷気だった。
瑞月さんが呆れたように笑み、私の肩に手を乗せる。
「突然のことで恐怖心があるのは分かりますが、彼はお客様ですよ? オバケなんて言ったら失礼です」
「すみません、でも私――」
半透明の男性が音もなく立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。ぐらぐらと揺らめいている――彼の足元がおぼつかないのではなく、彼の姿そのものが、ロードに失敗した動画のように安定しない。それが不気味さに拍車をかけている。
男性は水色のパジャマを着ており、何故か裸足。痩せ細った身体は蒼白で、表情は〝無〟といった様子。唇がもごもごと動いているが、何を喋っているのか分からない。声も聞こえない。
初めて対峙する幽霊から目をそらすこともできず固まっていると、隣から「すみません」という瑞月さんの声がした。
「璃乃さんは霊力が弱いので渡辺さんの声は届かないんです。でもいずれ、意思疎通できるようになるといいですね」
幽霊の口角がふっと上がる。
目に生気は感じられないが、微笑んでいるように見えた。
瑞月さんが「またのお越しを」と告げる。
幽霊は私たちの横を通り過ぎ、カフェの入口へと移動した。その姿がドアの手前でぷつっと消える。
「今のは一体……」
「渡辺さん。五年前に病気で亡くなられたそうで、当店の数少ない常連さんです。ほぼ毎日いらっしゃるんですよ」
「そういうことではなく。瑞月さん、あの幽霊と会話できるんですか?」
「もちろん。僕はあなたと違って、彼らの声が鮮明に聞こえています」
「そう、なんですか」
「驚いているみたいですね。今はそれで構いませんよ。徐々に慣れるでしょうから」
「瑞月さん……一体何者なんですか?」
真面目に訊ねたのだが、彼は「あははっ」と少年のような笑い声を上げた。優雅で妖艶なオーラを纏う人だと感じていたが、無邪気な一面もあるようだ。
「璃乃さんは僕のこと、何者だと思います?」
「実は瑞月さんも幽霊、なんてオチじゃないですよね?」
「そうですねぇ……。ただのカフェ経営者ではないかもしれませんね」
「教えてくれないんですか?」
「今はまだ」
瑞月さんはレジカウンターへと歩み寄った。カウンターの裏側から《close》という札を取り出し、カフェの入口へ向かっていく。腕時計に目を落として時間を確認すると、午後三時を回ったところだった。
「いつもこの時間にお店を閉めるんですか?」
「今日はあなたがいらっしゃいますので」
もしかして、先ほどの幽霊――渡辺さんという方を追い出す形になってしまっただろうか。不安になり訊ねると「大丈夫です」と返ってきた。瑞月さんいわく、渡辺さん自ら「帰るよ」と発言したそうだ。
「ところで璃乃さん、今日の夕食のご予定は?」
「特に決まってませんけど……」
「では当店で食べていきませんか? もう一人の従業員もそのうち戻るので、双方の紹介も兼ねて」
「……分かりました。そうさせていただきます」
「食事は僕が作ります。準備ができたらお知らせしますね。おやすみなさい」
……おやすみなさい?
寝ろと言うこと?
考えがそこに至った途端、激しい眠気が襲ってきた。
寝不足でもないのに何故――。
「今は身体を休めておいてください」
瑞月さんにエスコートされ、ソファへと腰掛ける。強烈な眠気に抗うことができず、テーブルに突っ伏した。
+ + +
――奇妙なほどリアルな夢だった。
私に霊感があるとか。
幽霊が見えるとか。
怪しさたっぷりのイケメン店主とか。
あんなものは全て夢。
そう、間違いなく絶対に百パーセント確実に夢……だと思いたかった。
周囲に広がる、アンティークな雰囲気のカフェスペース。目の前に立つ、爽やか美麗スマイルの瑞月さん。
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