上 下
6 / 40
【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ

しおりを挟む


「璃乃さん? 大丈夫ですか?」

「わ、私にも、オバケが見えるなんて――」

 ふっと冷たい風が肌を刺した。
 エアコンの風とは明らかに違う。
 背筋が凍るほどの冷気だった。
 瑞月さんが呆れたように笑み、私の肩に手を乗せる。

「突然のことで恐怖心があるのは分かりますが、彼はお客様ですよ? オバケなんて言ったら失礼です」

「すみません、でも私――」

 半透明の男性が音もなく立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。ぐらぐらと揺らめいている――彼の足元がおぼつかないのではなく、彼の姿そのものが、ロードに失敗した動画のように安定しない。それが不気味さに拍車をかけている。

 男性は水色のパジャマを着ており、何故か裸足。痩せ細った身体は蒼白で、表情は〝無〟といった様子。唇がもごもごと動いているが、何を喋っているのか分からない。声も聞こえない。

 初めて対峙する幽霊から目をそらすこともできず固まっていると、隣から「すみません」という瑞月さんの声がした。

「璃乃さんは霊力が弱いので渡辺わたなべさんの声は届かないんです。でもいずれ、意思疎通できるようになるといいですね」

 幽霊の口角がふっと上がる。
 目に生気は感じられないが、微笑んでいるように見えた。

 瑞月さんが「またのお越しを」と告げる。
 幽霊は私たちの横を通り過ぎ、カフェの入口へと移動した。その姿がドアの手前でぷつっと消える。

「今のは一体……」

「渡辺さん。五年前に病気で亡くなられたそうで、当店の数少ない常連さんです。ほぼ毎日いらっしゃるんですよ」

「そういうことではなく。瑞月さん、あの幽霊と会話できるんですか?」

「もちろん。僕はあなたと違って、彼らの声が鮮明に聞こえています」

「そう、なんですか」

「驚いているみたいですね。今はそれで構いませんよ。徐々に慣れるでしょうから」

「瑞月さん……一体何者なんですか?」

 真面目に訊ねたのだが、彼は「あははっ」と少年のような笑い声を上げた。優雅で妖艶なオーラを纏う人だと感じていたが、無邪気な一面もあるようだ。

「璃乃さんは僕のこと、何者だと思います?」

「実は瑞月さんも幽霊、なんてオチじゃないですよね?」

「そうですねぇ……。ただの・・・カフェ経営者ではないかもしれませんね」

「教えてくれないんですか?」

「今はまだ」

 瑞月さんはレジカウンターへと歩み寄った。カウンターの裏側から《close》という札を取り出し、カフェの入口へ向かっていく。腕時計に目を落として時間を確認すると、午後三時を回ったところだった。

「いつもこの時間にお店を閉めるんですか?」

「今日はあなたがいらっしゃいますので」

 もしかして、先ほどの幽霊――渡辺さんという方を追い出す形になってしまっただろうか。不安になり訊ねると「大丈夫です」と返ってきた。瑞月さんいわく、渡辺さん自ら「帰るよ」と発言したそうだ。


「ところで璃乃さん、今日の夕食のご予定は?」

「特に決まってませんけど……」

「では当店で食べていきませんか? もう一人の従業員もそのうち戻るので、双方の紹介も兼ねて」

「……分かりました。そうさせていただきます」

「食事は僕が作ります。準備ができたらお知らせしますね。おやすみなさい」

 ……おやすみなさい?
 寝ろと言うこと?
 考えがそこに至った途端、激しい眠気が襲ってきた。
 寝不足でもないのに何故――。

「今は身体を休めておいてください」

 瑞月さんにエスコートされ、ソファへと腰掛ける。強烈な眠気に抗うことができず、テーブルに突っ伏した。



+ + +



 ――奇妙なほどリアルな夢だった。
 私に霊感があるとか。
 幽霊が見えるとか。
 怪しさたっぷりのイケメン店主とか。
 あんなものは全て夢。
 そう、間違いなく絶対に百パーセント確実に夢……だと思いたかった。

 周囲に広がる、アンティークな雰囲気のカフェスペース。目の前に立つ、爽やか美麗スマイルの瑞月さん。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー

砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】

佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。 ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。 それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが…… ——って……アブダビって、どこ⁉︎ ※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。

喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。 そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。 そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。 なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。

猫もふあやかしハンガー~爺が空に行かない時は、ハンガーで猫と戯れる~

饕餮
キャラ文芸
タイトル変えました。旧題「猫もふあやかしハンガー~じいちゃんはスクランブルに行けないから、老後は猫と遊ぶ~」 茨城県にある、航空自衛隊百里基地。 そこにはF-4EJ改――通称ファントムと呼ばれる戦闘機が駐機している。 一部では、ファントムおじいちゃんとも呼ばれる戦闘機である。 ある日、ハンガー内から聞こえてきた複数の声は、老齢の男性のもの。 他のパイロットたちからも『俺も聞こえた!』という証言が続出。 「俺たちの基地、大丈夫!? お祓いする!?」 そう願うも、予算の関係で諦めた。 そして聞こえる、老人の声。 どこからだ、まさか幽霊!?と驚いていると、その声を発していたのは、ファントムからだった。 まるで付喪神のように、一方的に喋るのだ。 その声が聞こえるのは、百里基地に所属するパイロットとごく一部の人間。 しかも、飛んでいない時はのんびりまったりと、猫と戯れようとする。 すわ、一大事! 戦闘機に猫はあかん! そんなファントムおじいちゃんとパイロットたちの、現代ファンタジー。 ★一話完結型の話です。 ★超不定期更新です。ネタが出来次第の更新となります。 ★カクヨムにも掲載しています。 ★画像はフリー素材を利用しています。

あやかし坂のお届けものやさん

石河 翠
キャラ文芸
会社の人事異動により、実家のある地元へ転勤が決まった主人公。 実家から通えば家賃補助は必要ないだろうと言われたが、今さら実家暮らしは無理。仕方なく、かつて祖母が住んでいた空き家に住むことに。 ところがその空き家に住むには、「お届けものやさん」をすることに同意しなくてはならないらしい。 坂の町だからこその助け合いかと思った主人公は、何も考えずに承諾するが、お願いされるお届けものとやらはどうにも変わったものばかり。 時々道ですれ違う、宅配便のお兄さんもちょっと変わっていて……。 坂の上の町で繰り広げられる少し不思議な恋物語。 表紙画像は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID28425604)をお借りしています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...