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【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ
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しおりを挟む「僕のもとで働くのは不安ですか?」
「瑞月さんのせいじゃなくて、ちょっと未知の世界すぎて……夢を見ているような気分が抜けないんです」
生きるのが嫌になるほど落ち込んだのは事実だが、「幽霊相手に接客しちゃいまーす」などと開き直れるものではない。第一、まだ幽霊の存在を信じたわけでもない。
「強引なお願いになってしまい恐縮ですが、僕は璃乃さんのことをもっと知りたい。ここは〝新たな就職先を探すまでの繋ぎ〟として当店を利用してみませんか? 嫌になったら即日辞めていただいて構いません」
繋ぎ……か。
どのみち私には何の予定もない。このお店の駐車場を一部破損してしまった負い目もある。そして瑞月さんが何者なのかということも気になる。思い切って足を踏み入れてみよう。
まさかこんな展開が待ち受けているとは。
失恋・失職による精神的ダメージから一転、幽霊専門のカフェに辿り着くことになるなんて誰が想像できただろう。
「ちなみに、瑞月さん以外の従業員の方は?」
「僕と友人の二人で経営しています」
「たった二人で? 大変そうですね」
「いえ、とても楽しいですよ。今日は店じまいとしましょうか」
瑞月さんは席を立ち、窓際のテーブルに向かって「お騒がせしてすみません」と告げた。私も立ち上がり、瑞月さんの視線の先に目を凝らしてみる。相変わらず何も見えない。怪しい気配のようなものも感じられない。
「私、本当に霊感があるんですか?」
「そうですね……何の実感もないままでは困りますよね。璃乃さんにちょっとした〝おまじない〟をかけてあげましょう」
「何ですか、それ」
「僕の前に立っていただけますか?」
指示に従い、瑞月さんの正面へ移動する。
身長百五十五センチの私よりも、彼の方が頭ひとつ分くらい大きい――おそらく百八十センチ程度だろう。そんなことを考えているうちに、瑞月さんの左手が私の頭の上に乗った。
「中村璃乃
我が血の呼び声に応えたまえ
〝霊魂宿力解〟――」
淡々としたお経のような囁き声。
頭に乗っている瑞月さんの手が、じんわりと熱を帯びていくのを感じる。
身体の芯がむず痒いような。
心臓が震えているような。
違和感はあるものの痛みはない。
数秒の沈黙のあと、手を下ろした瑞月さんは微笑んだ。
一体何だったのか。
――いや、おかしい。
明らかな変化がある。
カフェスペースの奥から重々しい気配が流れてきた。気配の先に目を向けるのが恐ろしく、瑞月さんの顔をじっと見上げる。
「璃乃さんにも伝わりましたか?」
「瑞月さん……こんな重苦しい気配をずっと感じてたんですか?」
「僕は慣れているので平気ですが、璃乃さんにはまだ刺激が強いかもしれませんね。一生解放されることのなかったかもしれない力を、一部とはいえ無理やり呼び覚ましてしまいましたから。――あぁもちろん、不快感に耐えられないようであれば元に戻しますのでご安心を」
全身にのしかかってくる気配以上に、瑞月蒼唯という存在が悍ましい。
彼のかけた〝おまじない〟とは何なのか。
霊感があるとかないとか、そういう次元の問題なのか。
それどころではない、もっと人間離れした何かを、彼は持っているのではないか。
詳しい説明を求めようとしたところで、瑞月さんがカフェスペースの奥へ顔を傾けた。「あちらがお客様ですよ」と紹介される。私も恐る恐る目線を移動させた。
「嘘……」
無意識のうちにこぼれていた呟き。
先ほどまで誰もいなかったテーブル席に、五十代くらいの男性がぽつんと座っていた。
と言っても、明らかに人間ではない。
透き通った身体――3D映像のようだ。
瑞月さんは「常連さんなんです」と説明してくれたが、声が出なかった。代わりに冷や汗が噴き出すのを感じる。自分の目に映るものを受け入れるのが恐ろしい。
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