5 / 43
5
しおりを挟む「さて勇者様。
あなたはふたつの過ちを犯した。
それはなんだと思う?」
帰りの馬車の中、アンナを隣に、向かいには殿下と執事のセバスチャンが座っている。
殿下は惚れ惚れするほどの長い脚を組んで、私に天使ではない微笑みを向けた。
過ち……。
やっぱり、私一人で魔物に向かったことかな?
でもあと一つはなんだろう。
わからない。
「ひとつしかわからな──」
「ちなみに不正解ならお仕置きだよ」
「え!?」
ここで天使の微笑み!
殿下、使い所間違えてます!
「一人で魔物を倒しに行ったことと、殿下に相談無しに施策を発表したこと……ですか?」
「不正解。
モリガン、こちらへ来なさい」
「いやです……」
「何故?
そんな可愛い顔をしても駄目だよ」
だって、殿下ったら膝をぽんぽん叩いて、ここに座れと言っているんですよ?
「私の座る席はないようですし」
「あるだろう? ここに」
「殿下を椅子にしろと?
そんな恐れ多いですわ。ね、アンナ。セバスチャン」
「……」
「……」
おい、無視かよ。
にこにこ笑顔で膝を叩く殿下。
え? 本当にそこに座るの?
アンナ助けてよ。ちらっ。
「……」
また無視!?
さっき、命尽きるまでお仕えするとか言ってたよね!?
仕えて! いま!
「来ないなら仕方ないね。
……邸に着いてから覚悟しておきなさい」
うぅ……、
王族モード殿下だ。
邸に着き馬車から降りるために、殿下がエスコートしてくれた。
恥ずかしながら手を取り降りると、既に領民が集まっていて、ベアリンが声をかけてくれた人達だ。
生存者の中でも最年長のフォルカー。70代半ばだろうか。
混乱の渦に飲み込まれていた生存者をまとめていた。
フォルカーの隣には息子さんとその奥様。
ガタイの良い元肉屋のイエルと奥様。
他、女性が10名。
「そんじゃ、始めるか!」
「ええ!」
「やりましょう」
魔物に襲われ職を失った人達だけど、以前は腕の良い羊毛製造人、針子、仕立て師だったそう。
相談しながら手慣れた手つきで羽を丁寧に採取していく。
素人の私が手を出すわけにはいかないので、ここは大人しく待機。
いつまでもこんな格好してはいけないと言われ、アンナと一緒に着替えに抜けた。
帰ってくると採取が終了し、今度は二手に分かれて作業開始していた。
ベアリンとイエル夫婦は解体作業。
他は羽毛の処理を行う。
「さて領主様方。
待っている間、儂とこれからの話をしませんかの?」
「ええ、ぜひ」
魔物素材を商品化するにあたり、大事なことを決めていこう。
まずは商会の設立。
そして次に商業ギルドへ商品登録。
「肝心の魔物は誰が狩るのでしょうか?」
「私が──……冗談ですよ。冗談。
そんな睨まないでください。殿下」
「人聞きの悪い、
睨んでなどいないではないか」
確かに笑顔ですよ。
けど、心が睨んでますって。
騎士団に依頼するのはどうかと言われたけど、それでは経費もかかるし、騎士団だってそんな暇じゃない。
ならば、討伐隊という隊を編成するのはどうかとフォルカーの息子であるウィルスが提案。
「だがそう容易く人が集まるとは思えないが」
「私も殿下と同意見です。
騎士団ですら人手不足なのに、討伐隊なんて」
「領主様の仰る通りじゃな。
言い出した者が率先する。そうだろう? ウィルス」
「父上、ですが私は既に退いた身です。
こんな年寄りでは……」
「領主様。いえ、勇者様。
我が息子、アヴィス家の力は要しませんかね?」
アヴィス家。
ブルゴー王国近衛騎士団の長を務めるアンリ・アヴィスが他界した、ブルゴー国民誰もが知っている侯爵家だ。
「あの戦で敗れたのは私の息子です。
ブルゴー王国近衛騎士団長でした。
私は約20年前同じく近衛騎士団の長を務めておりました。
もう50を過ぎ、現役を退いた男です。
そんな私でも任命してくださいますか?」
年齢的な衰えはある。
それは人間だけではない。
命ある者全てに言えることだ、
ウィルスを見れば、退いているとはいえよく鍛えられた身体だ。
手は剣士らしく厚みがあり、今までの重みが伝わってくる。
私は殿下を見ると、殿下は頷いてくれた。
「ならばウィルス。
魔物討伐隊の長を任命してもよろしいかしら?」
「はっ! ウィルス・アヴィス、魔物討伐隊長の名を頂戴いたします!」
ということは、父親のフォルカーさんも凄腕?
ウィンクされました。
私の言いたいことが伝わったようです。
名が高い侯爵家が生存者をまとめていたというならば納得できる。
なるほど、そういうことか。
「難しい話は終わったか?」
「皆さん、試作品が出来ましたよ」
枕サイズの小さな寝具。
後ろには各部位に解体された肉の塊。
しかも氷漬けにされていた。
「誰が魔法を?魔術師がいらっしゃるの?」
「何言ってんだ、領主さんよ。
この程度の魔術師くらい、できる奴は多いぞ。
でなきゃ、肉屋なんてやってらんねぇだろ。肉が変色しちまう」
ハプスブル王国では魔術が使えれば、誰もが魔術師団への入団を望む。
そのため下位魔術を使う平民は少ない。
ハプスブル王国の事を話すと皆は目を見開き、そして笑った。
下位魔術で魔術師団に入団希望したら笑われると。
そして、ブルゴー王国が栄えていた理由のひとつじゃないかと。
「そうだな。ブルゴー王国の肉や魚はいつも新鮮で美味であったな」
懐かしむように目を細められ殿下に、針子たち女性陣は頬を染めた。
天使様は慈悲深いのだ。
「さ、この肉どうする?
まさか食うっつうんじゃねぇだろな?」
「何を言ってるのベアリン」
「だよなぁ。じゃあなんで部位をわけ」
「食べるに決まってるでしょう?何のために部位に分けたのよ」
「!?」
「え!?食べるの!?」
「食えるのか?これ……」
牛や豚、鶏や猪。
他にも食べても害のないものは多い。
そしてそれはいつしも意外なものである。
日本人ったのは、生魚や根っこまで食べる程、美味しいものへの探究心が強いのだ!
「食べてみなくちゃ分からないでしょう?
さ、調理しましょう」
「おいおい領主さんよ。
食べて死んだらどうすんだ」
「ベアリン、そんな事を言っていたら何も進まないわよ」
「けどよ……なぁ?フォルカーさんよ」
「そうじゃの。魔物を食らうなど誰も試した事などありませんからな」
皆は気がすすまない様子。
血は赤く、ふっくらとしたモモの部分なんてとても美味しそうに見える。
毒味をするのは誰か。
もし食べて死んでしまったら?
その不安が頭を過っているのだろう。
そりゃ私も怖いけど、けどなんとなくあれは食べれる気がするんだよね。
これこそ異世界知識だけど、ゲームも漫画も魔物の素材を使った料理は多いでしょ?
「では、私が味見しよう」
「え、王子様が…」
「うそでしょ……」
「恐れながら毒味は私のお役目です。殿下」
「わかっている。セバス。
だが、私はあれを食してみたいのだ。
なにせあれは、そこらの肉よりはるかに美味だからな」
殿下の言葉に場が固まった。
え? 殿下、食べたことあるの?
けど殿下が食べてくれるとなれば民も皆、安心するに違いない。
なら私の出来ることはただひとつ。
「なら私が調理します。
アンナ、リージーの所に行くわ。
皆さんはこのままお待ちになっていて」
「領主様、料理の腕に自信はおありで?」
「何を言うのフォルカーさん。
私は元平民。一人で暮らしてきたのよ?」
会社の寮で一人暮らしです!
家事は得意なのである!
さあ、ブルゴー領特産品を生み出そうではないか!
厨房に移動するモリガンの背中を見届けながら皆は思った。
「ウィンク下手すぎだろ……」
「いまのウィンクかしら? 瞬きにしか見えなかったわ……」
「領主さんって案外可愛いとこあるんじゃない? ……あはは」
あまりにも下手なウィンクに苦笑い。
だが一人だけ違った。
「そんな勇者様も可愛いではないか。なぁ? セバス」
「……そう、かもしれませんね」
0
お気に入りに追加
426
あなたにおすすめの小説
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る
束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました
ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。
幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。
シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。
そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。
ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。
そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。
邪魔なのなら、いなくなろうと思った。
そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。
そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。
無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される
吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる