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第二章 守衛の捧女《ガーディアン・オファー》

30シュミルから見たカイ

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鳥のさえずる泣き声を聞き、僕は目を開ける。
窓から朝日が差し込み、まぶしくて思わず目を細める。

カイが穏やかな寝息を浮かべていた。
起こすのをためらうほど幸せそうな表情をしている。
なにかいい夢でも見ているのだろうか?
ならば起こすのは後にすべきか。

「むにゃむにゃ……もうハンバーグ食べられないぜ」

前言撤回。今すぐ起こそう。

「カイ!起きて!ロイドさん達との約束に遅刻するよ」

カイの頬をびしびし叩き覚醒させる。
カイは身を起こし、数秒ボーっとした後一言。

「ハンバーグ食いそびれた」

「知らないよ!!早く準備して!」

カイに身支度を急がせる。
カイはのろのろと起き出し、アイテムボックスから装備を取り出す。

カイという少年はシュミルにとって親友であり、恩人でもある。
カイは気づかれていないと思っているが、シュミルが冒険者になるためにカイが何かしらの手を売ってくれたことはわかっている。
出なければ父さんが表立ってではないとはいえ、僕が冒険者になることを許可するはずが無い。
それに魔法や戦い方も教えてくれた。それが無ければオークキングには勝てなかっただろう。

カイは僕にとって様々なことを教え助けてくれた恩人なのだ。
カイがいなければ今の僕はいない。今の僕があるのはカイのおかげだ。
だけど………

「カイ……それ僕の鞄だよ」

カイは僕の鞄を背負って出て行こうとする。
そんなカイを引きとめ正しいものを持たせる。

カイはどこか抜けている。
目先のことに囚われ、周りが見えなくなりやすいのだ。
簡単に言えば無鉄砲。いい例がボロボロスの悲劇でギルド長に実力がばれたときだ。
しっかりとカイの持つ超感覚を活用すれば気づけたはずなのに、エマさんを助けることばかりに囚われ、気づけなかったのだ。

剣の腕もあり、魔法も使え、頭もいい。
一見完璧に見えるのに日ごろの間抜けさからそんな事は微塵も感じ取れない。
まあ、そのおかげで実力もばれにくくなっているのだが……。

「飯はどうすんだ?」

「時間が無いし途中の屋台で買って食べよう」

「買い食いか。シュミルお前はサラダも食えよ」

カイは事あるごとに僕に野菜を食べさせようとしてくる。
栄養素がとかバランスがとか言っているがよくわからない。
おそらく古文書で身につけた知識なのだろう。

僕も古文書の内容をカイに教えてもらっているが魔法に関する部分だけ(カイいわく物理と科学って分野らしい)だけなので、それ以外のことはわからない。

だが、なんとなく庇護対象に見られていると感じるときがある。
絶対にどこか抜けているカイのほうが庇護対象だと思うのだが……。

僕たちは冒険者ギルドまでの道のりにあった屋台でサラダを買い、昨日もらった串焼き(カイがアイテムボックスで保存していた)と一緒に食べる。
全部食べ終わる頃、目的地である冒険者ギルドへとたどり着いた。

「おう!待ってたぞ。カイ、シュミル」

エマさんが座るカウンターの前でロイドさんが手を上げる。
そこには昨日は居なかった『炎の牙』のメンバーが居た。

ロイドさんの前に立つのは赤い髪の気の強そうな女性。
名前をエリザ・ロングヘア。赤い髪でその顔立ちは気の強い印象を与える女性だ。
前衛職で大剣を振り回す、いわゆるパワーファイター。
その細身の体のどこからその力が湧いてくるのか不思議で仕方が無い。

依頼ボードの前で依頼書を眺めているのはホロ・スムルガン。
茶色の髪の落ち着いた印象を与える青年だ。
常にその身にマントを包んでおりどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
後衛職で魔法使い。詠唱速度は一流で腕もいい。

そんなホロの肩をバシバシ叩きながら何かしゃべっている青年はメルト・アナシス
緑の髪を特別な染料で赤く染めており、見た目からヤンチャというイメージが張り付いてしまう。
まあ、見た目どおりヤンチャなのだが、繊細な一面を持っていることを僕は知っている。
後衛職で弓使い。狙った獲物は逃がさないが口癖だがしょっちゅう外す。
何故その言葉が口癖なのかを知りたい。

騒ぐ二人を優しげな表情で見ているのはリリー・トルメア。
金髪碧眼の優しい女性で教会出身の修道女だからか白い服に身を包んでいる。
後衛職で回復魔法の使い手。攻撃魔法も並みには使え自衛は何の問題も無い。

上記の人達にロイドさんを加えた五人が冒険者パーティー『炎の牙』だ。
ロイドさんは剣使いの前衛職で、『炎の牙』は前衛職二人後衛職三人のバランス取れたメンバー構成になっている。

「お!やっと来たか。早くバトろうぜ」

ロイドさんの言葉で僕たちが来た事がわかったのかメルトが顔をグルリと回転させ笑みを浮かべる。
いい笑顔なのだが、顔が百八十度回転しているため恐ろしく感じる。
ホロがそんなメルトの顔を手で掴み元に戻す。

「顔じゃなくて体を回転させろ」

もっともです。
顔だけが百八十度回転するのはただのホラーだ。

「面倒くさいだろ?」

それだけで見るものに恐怖を与えないでください。
まあ、いつもの事だからもう慣れたけど。

「ロイドさん今日もよろしくお願いします」

「いいっていいって、こっちも有意義に過ごせているからな」

僕たちがここへ来た目的はロイドさん達『炎の牙』のメンバーと模擬戦するためだ。
冒険者ギルドの修練場をひとつ貸しきって行われる。
僕達の実力を隠すためにロイドさんたちも協力してくれているのだ。
僕達も人の目がないので思う存分力を発揮できる。

普段は修練場の貸切なんて不可能だ。
ギルドに三つしかない修練場のひとつが使えなくなるのだ。
修練場を利用する冒険者は多いため、そんな事はできない。
ただ、ロイドさん達は別だ。Sランクでは無いもののこの国に少数しか居ないAランクパーティーだ。
そんな彼らには貸切許可が出る。
僕達はそんなロイドさん達の恩恵に預かっているということだ。

この練習はロイドさん達の仕事が無い午前に不定期で行われる。
僕達はその機会を逃さないように常に予定を空けている。
そうでないと模擬戦ができないからだ。

以前にカイと外で人の目が無いところで模擬戦を行ったことがある。
そのときはあまりにも熱中してしまい、そこら一体が焼け野原になりかけた。
それ以来、外での模擬戦は禁止している。
その翌日くらいに『突如現れた焼け野原の調査』という依頼があったが僕達は関係ないはずだ。
だって、燃やしたのは五十メートル四方ほどだ。
調査するほどの物でもない。……無いはずだ。

兎も角、模擬戦はロイドさん達が居るときしかできないため、僕達は予定を空けているのだ。
僕達は修練場へ移動し、模擬戦を始める。
模擬戦は一対二だ。ロイドさん一人に対し僕達二人という構図だ。
その状態でようやく模擬戦が成り立つ。
身体能力も魔力量も勝っているのだが、今まで勝てた試しがない。
他のメンバーも一対一では勝てない。非戦闘職であるリリーさんにようやく勝てるくらいだ。

これは経験の差が原因だ。
俺達は冒険者になってからまだ一年の若輩者。
それに対してロイドさん達は十年のベテランだ。
また、二十五歳前後の彼らに対して僕達は十六歳。対格差もある。
それを魔力量と身体能力で補っている状態だ。

「足が動いてない!体が下がってる、力だけで押し返さない!!武器が駄目になるでしょう!!」

エリザの叱責が響く。
今はカイとエリザさんが模擬戦している。
だが、カイは防戦一方だ。エリザさんに攻め込まれている。
体内の魔道具を使用していない――というかカイはそれに関しては誰にも明かしていないので使うわけには行かないのだが――ではあるが異常な超感覚と身体能力が失われたわけではない。
魔力による更なる身体強化は技術を学び取るため封印しているが、それでもその身体能力はエリザ以上だ。
だが押し込まれている。それだけ技術に差があるのだ。

「だから力任せに押し返そうとするのはやめなさい!!」

カイとエリザさんは鍔迫り合いの状態で睨み合っていた。
どうやらカイはエリザの剣を力任せに押し返そうとしているようだ。

「カイ君、がんばれ~」

「エリザ負けるなよ」

リリーさんとメルトさんが二人を応援する。
美人のリリーさんの声で励まされたのか、カイは剣に込める力を強くする。
だが、それはエリザの狙っていたものだった。

力が入った瞬間、エリザは剣を引き半身を回転させる。
カイの剣は誰も居ない場所を切り裂く。
カイは力を込めていたためかすぐさま攻撃をやめることは出来なかった。
体勢を崩したカイは、必死に剣を戻そうとするが間に合わない。
体勢を崩したカイの首もとの剣が突きつけられる。

「……参りました」

「力を抜けといっているのに込めるからよ。大きな力は制御が難しくなるわ。必要以上の力は込めないことよ」

「はい」

模擬戦を終えた二人がこちらへと歩いてくる。
カイは僕の顔を見て苦笑いをする。

「もう負けていたのか?」

「一瞬だよ。ロイドさん強すぎ」

僕はカイと平行してロイドさんと模擬戦をしていたがあっという間に負けてしまった。
実力はSランクに達するといわれるロイドさんの猛攻になすすべなしだ。
これだけ差があると、全力で身体強化を施したとしても勝てる気がしない。
一年前よりは確実に成長しているはずなのに差が埋まった感じも無い。

「ははははは、体格・経験に部があるからな。だが、後三年すれば俺も勝てない気がするぜ。まあ、あと三年負けるつもりは無いがな」

汗を拭きながらロイドさんが笑う。
後、三年負けるつもりは無いといっているが、僕達だって後三年間負け続けるつもりは無い。
カイと目を合わせるとカイも同じことを思っていたのか小さく頷く。

「さて、もう一戦やるか」

「ロイド、もう昼だ。そろそろ終わろう」

ホロさんが、告げると同時に鐘が鳴る。
正午を知らせる鐘の音だ。

「もうこんな時間か!しゃあねえ、次やるときも連絡するからな」

「はい、こちらこそお願いします」

僕達は修練場を出る。
風魔法で涼みながら、ギルドの受付へと顔を出す。
ビリーから受けた依頼は個人的なものであるため冒険者ギルドを通す必要は無いが、どこへ行くかだけは伝えておかなければならない。
万が一のためだ。行方不明になったときに探してもらいやすくなる。

僕達はエマさんのカウンターに顔を出し、ロンドベリーの取れるデスティ山へ向かうことを告げる。
デスティ山付近は危険なモンスターも多く、Dランクである僕達は行くことをとめられるが、エマさんは僕達の実力を知っているのでとやかく言われることは無い。

「気をつけてくださいね」

とやかく言うことはないものの、心配そうな表情を浮かべるエマさん。
エマさんの場合はカイに怪我してほしくないのだろう。
その理由は言わずもがな、誰もが知っている。
知らないのはただ一人カイだけだ。

「ああ、大丈夫だよカイ行くぞ」

「ちょっと先行ってて、すぐ追いつくから」

カイは頷くと冒険者ギルドを出て行く。
僕はそれを見送りエマさんに話しかける。

「ごめんね、あんな朴念仁で」

「いえいえ、カイの視界に入るまでアプローチは続けますから」

たくましい。カイはこんな綺麗な女性に思われているのに気づいてすら居ない。
妬ましいしうらやましい。

「僕もモテたらな~。カイと変わりたいや」

エマさんがなんともいえない表情を浮かべていることに僕は気づかなかった。






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