上 下
14 / 39
第一章 縛者の跳躍《スプリング・オブ・バインダー》

12世界樹

しおりを挟む

「これは一体……」

目の前の光景に言葉が出ないカイ。
シュミルの言う通りここは山頂なのだろう。
だが、山頂であるにも関わらずその空は見ることが出来なかった。
湖の中心にそびえるその巨大な木が空を覆いつくしているからだ。

カイはその木が生えている湖の中心部分を見る。
其処に土地は無かった。湖に直接その巨大な木が生えているのだ。
その幹もとても太かった。直径が五十メートルにも届きそうなくらい太いのだ。
そんな木の高さは計り知れない。
首が痛くなるほど見上げても頂上を見ることは出来そうに無かった。

はじめて見る木だ。だが、知っている。
何故だか知らないがカイはこの木のことを知っていた。
この木を見ていると懐かしい思いが湧き上がってくる。
この木は――

「――世界樹」

「正確に言えばその若木だけどね」

隣に来たシュミルがカイの言葉に補足を加える。
シュミルもカイと同様、木を見上げていた。

「世界樹の本体は十五年前、世界中がある土地の領有をめぐった国家間の戦争に巻き込まれて焼かれてしまっているからね。これはその世界樹の苗木。世界樹が生み出した自分の子供だよ」

シュミルはそこで言葉を区切ると、湖に向かって歩き出す。

「こういった苗木は世界に六つあるんだ。普通ならばたとえ本体が倒されようとも、この苗木から養分を吸い上げ世界樹本体は再生していくはずだったんだ。だけど――」

「――再生されなかった」

「そう、世界樹は焼かれた後再生しなかったんだ。そもそも、世界樹が焼け落ちること自体ありえないのに、焼け落ちた後再生の兆しが一切ないから、戦争していた国も戦争を中断することになったんだ。今ではその国が協力して世界樹の再生に尽力しているけど効果はほとんどないに等しいみたいだよ。でも、また何かのきっかけで再生するかもしれない。そのときのためにダスバーダ領の領主は定期的に此処を訪れて世界中の苗の状態を確認しているんだ。それが――って、カイ!?どうしたの!?」

湖のふちまで歩いたシュミルはカイを見て驚きの声をあげる。

「え!?」

「何で泣いてるの?」

「……俺が泣いてる?」

カイは自分の目元に手をやる。湿った感触がカイの手に感じられた。
カイは自分でも何で泣いているのかが分からなかった。気づかないうちに泣いていたようだ。
悲しいような、嬉しようなそんな思いがカイの胸で渦巻いていた。
カイは自分が何故このような感情を抱いているのかが分からなかった。だが悪い気はしなかった。

「もしかしたらカイは世界中に関わる仕事をしていたのかもね。もしかして記憶も少しは戻った?」

シュミルはカイが元々世界樹に関わる仕事をしていたのではないかと、そしてその記憶が先ほどの涙に繋がったのではないかと想像する。
記憶喪失にはなっていないカイにとって、その推理は全くといっていいほど見当違いだ。
それがおかしくて笑ってしまう。

「カイ!!何で笑うのさ!!僕おかしなこと言って無いだろ?」

「ごめんごめんシュミル。騙していた俺が悪いんだから。ちゃんと説明するよ。俺は別に記憶喪失になっちゃいないんだよ。俺はな―――」

シュミルなら話しても大丈夫だろうと思い、自分の過去について話す。
孤児だったこと、メルのこと、騎士学校でいじめを受けていたこと。
騙されてダンジョンの奈落に落とされたこと、そして魔道具でできた体になったことまで。
コルアやラディール、ダンジョンマスターについての秘密などラディールを困らせるような話題以外はありのままに伝えた。
魔道具な体になったことについては伝えることに躊躇ためらいがあった。
だが、シュミルならと思い打ち明けることにした。
メルにも打ち明ける勇気が無かったのにシュミルには伝えることにした。
会ってまだ二日とたっていないのに、随分とシュミルのことを信用しているのは、彼の正直な性格と人柄によるものだろう。
全てを伝え終えた後のシュミルの反応は次のようなものだった。

「………騙された」

シュミルは仰向けに寝転がる。

「悪かったな……」

「いいって。カイの事情も分かったし、正直に話してくれたことは嬉しいから。僕は嘘を見抜けなかったことがただ悔しいだけさ」

よっと、という掛け声とともに跳ね起きたシュミルはカイに向け手を差し出す。

「それより、改めてよろしくなカイ」

「……俺が怖くないのか?」

カイの体について何の反応も見せないシュミルにカイは恐る恐る聞く。

「魔道具な体のこと?俺も似たようなもんだから。そのせいで友達もできなかったし……」

「似たような体って……」

カイはシュミルの体を見る。
だが、その体に特におかしなところは見当たらない。
もしかして、カイと同じように魔道具な体になっているのかと思うがそれは無いと否定する。
そもそもマスターの部屋へたどり着くことが困難なのに、たどり着いて更に魔道具な体にされるなんて事態は早々起きはしないだろう。
それならば一体……

「あれ?カイは魔力視できるんだよね?僕を魔力視してみてごらん」

カイは言われたとおりに右目に魔力を込めて魔力を可視化する。
そして絶句する。

「なんだこれ………」

シュミルが見えなかった。シュミルのいる方角は真っ白な光で多い尽くされていたのだ。
シュミルがいるであろう場所を中心に沢山の白い光がリボンのように揺らめきながら放出されていた。

「僕の魔力だよ。自然に流れ出る魔力」

「嘘だろ!?どんだけ濃い魔力なんだよ!?」

魔力を可視化すると半透明のリボンのような状態として映し出される。
それが幾重にも重なったことでシュミルの姿が見えなくなっているのだろう。

「僕の魔力量は宮廷魔道師の千倍は越すと思う。それほどの魔力を保持しているんだ」

カイは再び絶句する。
カイも昔から魔力量が異常だといわれてきた。
その魔力量ゆえに騎士学校へ通うことにもなったのだ。
だがそんなカイの魔力量ですら宮廷魔道師の約二十倍程度なのだ。

「さっき魔力視したときにはなんとも無かったのに」

カイは先ほど――走っているときの事を思い出す。
そのときもシュミルの魔力を右目の魔眼で確認したが今ほど魔力はあふれていなかった。

「うん、魔力をコントロールしていたからね。小さいころから魔力操作の訓練を最低五時間はやっていたから、今となってはこの膨大な魔力を操ることは造作でも無いんだよ」

「すごい操作能力じゃねえか……」

今のシュミルの話が本当ならば、シュミルの魔力操作技術はカイをはるかに上回る。
カイも、魔力操作の訓練は毎日欠かさずやっておりそれなりの操作技術はあると確信しているが、それでも自分のの五十倍もの魔力を操る自身は無かった。

「この魔力量ゆえかな、小さいころから体の隅々に常に魔力が染み込んで勝手に自分の体を強くしていったんだ。おかげで人ではありえないほどの身体能力を保持することになったよ」

シュミルが自嘲気味に話す。
先ほどの山登りで見せた驚異的な身体能力はその魔力量に起因するものだったと聞きカイは納得した表情を浮かべる。
自嘲気味なのはその身体能力が周りとの壁を作ることになったからだろう。
子供なのに大人顔負けの身体能力を発揮してしまえば、周りから恐れられ嫌煙されるきっかけになってしまうからだ。
そういった苦労がシュミルには会ったのだろうとカイは推測する。

「そういうことか。じゃあ俺達は同じだな」

カイは伸ばされたままだったシュミルの手を握る。

「改めましてよろしくシュミル。いい友達になれそうだ」

「こちらこそだよ。よろしくね」

世界樹の葉がゆらゆらと揺れる。
まるで二人のことを祝福しているかのようだった。




******************



「お前はどうするんだ?」

世界樹を背に、崖の上に座りカイはシュミルに尋ねる。
この崖は昨日の夜に見たあの崖のようで、眼下には小さくだが先ほどいた町――ダスバーダ領の中心都市――が見える。

「僕は、何とかお父さんを説得して冒険者になることを許してもらうよ。カイも冒険者になるんだろう?」

「ああ、それ以外選択肢が無いしな。貴族とかに目をつけられないように、目立たないように活動して安定してきたらメルを迎えに行く。そして終極の地アルティメット・ランドを目指すことになるな」

いつかはメルを迎えに行き、打ち明けなければならない。
だが、今はその勇気が無い。だからその勇気を後押しする何かを手に入れたいのだ。

終極の地アルティメット・ランドか。僕達の最終目的地だからね」

シュミルはそういうと空を見上げる。
理由は分からないが、シュミルも終極の地アルティメット・ランドを目指しているのだ。
その理由をカイは聞いてみたが教えてはくれなかった。
まあ、カイも自分が其処へ行く理由を教えていないので特に気にしていない。

「ああ、だが其処にいくにはお前が説得させるのが前提条件だぞ。俺はそれに関してはほとんど何もできないからな」

地方領主とはいえ貴族の跡取りに関する話題だ。
部外者のカイがおいそれと干渉できる話題ではない。

「うん、任せてよ。なんとしてでもやり遂げて見せるから」

「はははは、頼もしいな。ところで話は変わるがこれからの俺達の予定って決まっているのか?」

「いや、特に決まって無いよ。元々この山は6時間かけて上る予定だったからね。カイが予想外の身体能力を発揮したお陰でその半分で済んだから時間が余っているんだよ」

シュミルがハハハと笑いながらそういう。
どうやら、此処までの道のりは普通であれば六時間近くかかる道のりだったそうだ。
シュミルもカイの身体能力を考慮してゆっくり上る予定だったのだろう。

「ちなみに降りる時間は?」

「そっちも六時間。まあ、帰りも三時間だと仮定して夕飯までには帰りたいから……あと四時間ほど余裕があるね」

「分かった。帰りは俺に名案があるから考えなくていい。つまり合計七時間の時間があるわけだ」

「う、うん。そうだけど………」

「じゃあ訓練だ」

「え!?」

「無詠唱の訓練。昨日お前が習いたいって言っていただろう。此処ならラインさんが来る心配も無いし、思う存分練習できるじゃないか」

カイは自分の周りに光の玉を十個ほど浮かびあがらせて自分の周囲を回転させる。

「覚悟しろよ、俺は甘い指導はしないからな」

カイはそういって笑みを――シュミルから見ると恐ろしく感じるような笑みを浮かべたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ
ファンタジー
 ワンルームの安アパートに住み、非正規で給料は少なく、彼女いない歴35年=実年齢。  そんな負け組を絵にかいたような青年【海渡麒喜(かいときき)】は、仕事を終えてぐっすりと眠っていた。  まどろみの中を意識が彷徨うなか、女性の声が聞こえてくる。  全身からは、滝のような汗が流れていたが、彼はまだ自分の身に起こっている危機を知らない。  間もなく彼は金縛りに遭うと……その後の人生を大きく変えようとしていた。 ※この物語の挿絵は【AIイラスト】さんで作成したモノを使っています ※この物語は、暴力的・性的な表現が含まれています。特に外出先等でご覧になる場合は、ご注意頂きますようお願い致します。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...