【怪怪神奇譚】

一ノ瀬 瞬

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【CASE②バケネコ前編】

【CASE②バケネコ前編】

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【怪怪神奇譚】

『おや、いらっしゃい』
そう告げるのは妖艶という言葉が似合う
この古びた館の主人

煙管を手に、甘い香炉の香りを漂わせ

『さて…と』

主人は、その双眸で【目の前の客】を
しっかりと見据え
ゆらりと甘い声で尋ねる
『貴方の【願い】は、なぁに?』

-------------------------------------------
【CASE②バケネコ前編】

『へぇ…?こりゃぁ
久々に面白そうな話じゃないか!!』

『【先生】不謹慎ですよ。』

側にいる青年に
主人は高揚し嬉々とした姿を咎められる
青年としては珍しくもない光景だが
仮にも主人が、涎を垂らし目を輝かせ
早く早くと子供のように
【黒猫のナニカ】を
大事そうに抱えた小さな少女に
今にも食ってかかりそうな姿を見せるなら
其れは最早変態の域を超えているのだから
止めるのも致し方ない
そうして主人を抑えて柔らかな声色で
小さな少女の目線に合わせ話を促す

主人は玩具を我慢させられた子供のように
頬を膨らませ煙管を蒸すが
本題から逸れるのも宜しくはない
青年に促された少女が話せるようにと
主人も、ゆっくりと話に戻る

『いやいや失礼したね。それで……、
今回の【貴方の願い】は……何かな?』

俯き、黒猫の【ナニカ】を抱き抱える少女は
その主人の言葉をきっかけに
おずおずと、ポツリポツリ震えた声で話す

『……みぃを…、もどして』

少女が主人に向け差し出すのは

『ふむ。』
『……っ』

【黒猫の骸】

『なるほど。貴方は、この黒猫を戻したい
…けれど、これは何の大したこともない
実に素朴な疑問なんだけれどね』

『?…な、に。』

『その子は、俗世間的に言うなら
もう【死んでいる】。
戻すと言うのが、魂の再生…簡単に言えば
元の死ぬ前に戻したいという話なら
それは不可能に近いと言っておくよ』

『な…んで?
ウワサ、きいたよ?おだぃはらえば
かなえてくれるって』

『嗚呼。その通り嘘はないよ
ただ、それが貴方の支払えるもの
尚且つ【願いに見合う代償】
御代ならという話だ。今の貴方の願いには
貴方の提示できる御代は無いと断言できる』

『な、なんだってする
みぃがもとにもどるなら、なんでも!』

少女の必死な訴えの言葉
それに眉をひそめ煙管をガンッと音を立てて
乱暴に置くと
声に圧を掛け主人は言葉を紡ぐ

『駄目だよ。【何でも】なんて言ったら
そんな信頼性もない不義理な言葉はない
何でもと言うなら、貴方は今ここで
私に命を差し出すことが出来る?
貴方の家族、大切な存在、貴方の命
魂を戻す、蘇生なんてね
所詮、物語の魔法みたいなものだ
現実に魂を蘇生させるに見合う代償は
【君の命】ですら賄えないんだよ』

『……、ぅ…ぐっ…ぅあ…』

『先生、泣かせるなんて』

『事実を伝えずに御伽噺を説く成人や
夢だけ見せて絶望させる輩よりかは
私はマシだと思うよ。』

『けど…っ』

『君が一番わかっている話だろう。
こんな話が無理だったなんてね』

『...でも…それでも……。』

泣いている少女
肩を震わせる青年
主人は溜息を大きく吐くと煙管を手にして
小さな少女に別の提案を持ちかける

『まぁ…仕方ない。わかったよ。
但し、私がやるのは
【魂を蘇生させるなんて話じゃない】
それは死を遂げた
此の小さな貴方の大事なお友達に対して失礼
冒涜する行為だからだ。』

『ぐすっ…ひっ.…じゃぁ、なに?』

『貴方が支払える範囲の代償で
貴方のお友達と少しの間話す事だけだが
どうかな?』

『!…はなせ…るの?』

『貴方が本当に望むなら。ね。』

『!うんっ』

少女の承諾の返事を聞くと
主人は黒猫の骸に触れて撫で始める
撫でながら主人が口からは言葉が紡がれ
やがてその言葉を言い終えると
キラキラと煌めく星と共に
黒猫の身体の沢山の傷が塞がり
むくりと体を起こし

《さつきちゃん。また泣いてるの?》

『しゃべ…った』
人間の言葉を、すらすら話し始め
少女に擦り寄り腕の中小さな前足を伸ばし
少女の涙を拭う

《ボクがいないと、さつきちゃんは
いつも泣いてばかりだから
すごく心配だったんだ。》

『…っ…ひぅっぐ』

《また泣いてる。
さつきちゃんは泣き虫さんだなぁ
でも、泣いても泣いても辛くても
いつも【また明日ね】ってボクを抱きしめて
笑ってくれる、さつきちゃんが大好きなんだ
きっと沢山泣かせちゃったんだね
ボク、さつきちゃんと、ずっと話したかった
こんな形で叶うなんて
何があるかなんてわからないものだね》

泣きじゃくる少女を
【きっと】いつものよう
少女の頬に擦り寄り優しく涙を拭うと
【ニャア】と鳴く

『……、ぃたく、なかった?
くるしくなかった?つらくなかった?』

せきを切るように少女から溢れ出る疑問
黒猫は、心底幸せそうな声で
それに応える

《ひとりは、さつきちゃんが
きっと泣いちゃうから心配だったけどね
さつきちゃんのこと最期まで
ずっと思えたから、また抱きしめてもらえた
こんな傷だらけで
きっと誰も触りたくなかったはずのボクを
抱きしめてここまで連れてくれた
それだけで、痛いも、辛いも、苦しいも
全部なくなったよ、痛かった辛かったけど
もう十分暖かくて幸せだから。大丈夫》

そう告げると黒猫は主人の方を向き
幸せだから。もう十分だと告げるように

《人間さん、ありがとう。
これで、恨みも心残りもなくいけるよ
さつきちゃんのお話を聞いてくれて
ありがとう》

『私はあくまで
君が大切な御客様の願いを叶えただけだ
礼は必要ない。【君を痛め付けた者】なら
きっと。必ず【彼方側】へ
連れて行かれてしまうだろうけど
そんなこと知った事じゃあないからね

だから、まぁ。安心して……お逝き。
御客様も、君の考えるよりもずっと
強く優しく成長するだろうから。』

《…うん。ありがとう人間さん》

『やだっ…やだ。みぃちゃんっ』

《さつきちゃん。だいすきだよ。
いつか生まれ変わったら
その時はまた一緒に遊ぼうね。》

『やだっ…やだぁあ』

《ふふ…ずっと、ずっとね
だぃすきだよ…さつきちゃん》

少女の大粒の涙の雫と共に
黒猫はまた小さく【ニャア】と鳴くと
チリンと鈴の音を鳴らして

溶けて消え去った

-------------------------------------------

『何だい、その顔。』

『いえ…。
……一つ聞いてもいいですか先生』

『何だい』

『あの黒猫…の体については、
もう……聞きませんけど
先生が言っていた【痛め付けた者】とは?』

煙管を蒸すと一息ついた主人は
低い声音で淡々と答える

『すぐにわかる。
今回あの御客様から貰った御代は
黒猫の願った物。その記憶だけだから。
あの子には最期までこんなどす黒いモノを
刻みつけたくなかったんだね』

『それって……、』

『嗚呼…ほら、来たよ
お待ちかねの答え合わせだ。
本当人間とは図々しく醜いモノだね』

『……?あ、ちょっ』

-------------------------------------------
『どんな願いも
其れに見合う代償
御代があるのならなんなりと。

さて…貴方の【願い】は、なぁに?』
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