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じゅう

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 レオナ視点に戻ります。



 私はリリィが来てから、夜眠れなくなっていた。
 
 母親とは会いたく無い。私はまだ彼女が怖いーー

 夜ベッドに入ると、母親が部屋に入ってきたことを思い出す。冷たく凍えるようなあの目ーー。
 表情を変えずにただ私を叩く母親が、ただ怖かった。
 昼間家族の前で見せるのとは別の顔。
 未だに見る母親の幻影。

 その事を話すと、グレッグさんは私にある提案をしてきた。

「レオナさん、僕と一緒に旅に出ない?」

「旅……」

 私に旅なんて出来る?
 知らない土地に行って初めて会う人たちと会話して慣れないベッドで眠る………。
 ずっと、小さな部屋で怯えて暮らしてきた私が?

「無理よ」

「無理じゃないよ。決めつけちゃ駄目だよ。知らない土地を見に行こう?それとも、ずっとこの図書館で妹や弟、そしてお母さんの来訪に怯えて暮らすの?」

「……」

 家族と離れて静かに暮らすことを望んだけれど、妹たちは、母親は、私のことを放っておいてくれるだろうか?

「いや……だ」

「僕は、これから織物の取り引きの為に王都を出て幾つかの地方を回ろうと思ってるんだ」

 急に話が変わって、意味が分からず返事に困っていると、グレッグさんは自分の事を話し始めた。

「実は僕の父がメエリタ商会の会頭をしててね、30歳までに自分の力で何か一つ事業を成功させる、それが僕が跡継ぎになる条件なんだ。旅は親の援助も無いし、貧乏で苦労の多い旅になるとは思う。だけど、レオナさんが外の世界を見る機会になるんじゃないかと思って……」

 旅なんてした事の無い私が……旅に出る?
 
「私……迷惑じゃないかしら?きっと足手まといになるわ」

「僕が誘ってるんだから迷惑じゃないし、レオナさんは自分が出来ると思うことを手伝って」

 彼の誘い方に強引さは無くて……。

 でも、外の世界を見るって言葉に少しわくわくした。

「私、行くわ」

 家族のことばかり悩んでいる生活と決別したいと思った。
 これは、家族から逃げるだけじゃない。私が変わるチャンスだ。


 旅について行くと決まってからの行動は早かった。

 私が王立図書館に辞表をだすと、あまり喋ったことのない司書さんたちも私との別れを惜しんでくれた。

 古くて埃っぽくて、ここだけ時間が止まったような場所。でもここを辞めると思うと名残惜しく感じた。






 私たちの旅は本当に質素。

 なるべく安い宿を探して泊まり、乗り合い馬車を乗り継いで、歩けるところは歩いた。

 それでも、王都を出ることも初めてだった私は、目に映る全ての景色が新鮮だった。

 海辺の街で船に乗って、漁師さんが釣った新鮮なお魚を食べたり、果樹園で採れたてのフルーツを食べたり。

 美味しいものを食べてばかりじゃない。
 
 凍えるような寒さの中、丘に昇って見た景色は息を呑むほど美しかったし、少数民族の住む村に行って参加した祈りの儀式は厳かで、背筋がピンと伸びるような気がした。

 街道の整備されていない田舎町では、宿が見つからなくて野宿をしたし、深い森で珍しい蝶を見に行った時に、鮮やかな色の虫に襲われた。
 
 グレッグさんは私の知らないたくさんの世界を見せてくれる。
 寒かったり、暑かったり、疲れたり、怖かったり、それすら全てが楽しかった。

 もぎたてのフルーツの果汁で服が汚れるのを心配したり、知らない動物を見てキャーキャー叫んだり、極寒の地で凍えないように足先を揉んだりしながら、私はゆっくりと夜の怖さを忘れていった。

 森の奥で野宿をしながら、空を見上げる。
 王都よりも暗くて、星が綺麗な空。
 
 隣には、真剣な顔で火に薪を焚べているグレッグさんがいて……。

 ここは怖くない。

 私は私達の住むこの世界の広さに救われた。

 旅の素人だった私は、はじめはグレッグさんのお荷物だったけれど、今では焚き火で作る料理も覚えたし、魚も捌ける。焚き火の難しい火加減だってお手のもの。初めての町で宿に止まると、真っ先に周辺の地図を借りて必要な物を買い出しに行く。これは私の役割になった。

 すっかり旅慣れた私にグレッグさんは、「性に合ってるんじゃない?イキイキして見えるよ」と笑った。

 そして、グレッグさんは、人脈作りに励み事業の下地を整えつつあった。

 
 



 







 
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