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「あ、ありがとうございました」

 リリィが去った後、私は茶色い髪の男性にお礼を言った。

「ああ、助けになったのなら良かった。お二人の会話が聞こえてきて、貴女が困っているようだったので……かえって余計な口を挟んでしまったかと不安でしたが。……良かったです……」

「はい。助かりました」

「盗み聞きするつもりは無かったのですが、貴族には戻りたくないと……。本当に?」

「そうです。色々とあって、実家とは縁を切りたいんです。お願いです。どうかこのまま私と恋人って事にしてもらえませんか?私……連れ戻されることだけは避けたいんです」
 
「ええ、それはもちろん。僕が言い出したことですから」

 彼は不自然に言葉を切り、そして小さく息を吐いた。

「それで、えっと……レオナさんの心配事が解決したら、本当に僕と付き合ってもらえませんか?」

「えっ?」

 冗談かと思って彼の顔を見るけど、その目は真摯に私に向けられている。
 徐々に顔に熱が集まり赤いのが分かる。

「わ、わたしなんか……」

 こんなに間近で男の人に見つめられることには慣れてなくて……恥ずかしくて目を伏せた。

 化粧っ気も無くて、地味なわたしをどうして?

「僕はずっとレオナさんのことが良いなって思ってて……。一度デートに誘おうと思ってました。あの図書館、座って無駄話してて働かない人が多いでしょ?でも、レオナさんが来てから雰囲気が変わって。一人で一生懸命働いているのが印象的だったんです。普通そういう時、人って大概不機嫌になったり、サボってる人に文句を言ったりすると思うんです。でも貴女にはそういう所が無くて……。他の人がサボっててもいつも自分の仕事だけに集中してて、そういう所が好ましいなって。いつからかレオナさんに会うのを楽しみに図書館に通うようになっていました。だから、僕と結婚を前提に付き合って欲しいんです」

「私で……本当に良いのですか?」

「はい。でも、本当に貴女の気持ちが整理出来てからで構いませんよ。僕はいつまでも待ちますから」

 彼の誠実な告白に心を動かされ、私は彼の申し出を受け入れた。

 それから私達は互いに自己紹介をした。
 彼の名前はグレッグ・メエリタ。
 近くの貸家に独り暮らししているそうだ。仕事はまだしていなくて、いつか事業を起こすために今は勉強中らしい。

「私はレオナです。レオナ・アウァールス。一応男爵家の生まれなんですけど、家を出てきたんです」

 グレッグさんは誠実で親身になって私の身の上話を聞いてくれた。
 私は安心して彼に今までのことやトラウマになっていることを話した。

 母親から一人だけ暴行されていたこと。 
 腕に残る傷跡も見せた。
 私は母親に偏屈者として扱われ、碌な教育も受けていないこと。
 そして、他の家族は私の受けていた仕打ちを知らないことも……。

 人見知りだったのに、何故か彼には何でも話せた。彼の眼差しは温かで、相槌を打つ声は優しかった。

「そう……だったんですか」

「私ね、男爵令嬢なのに、ちゃんとした躾をされていないの。だから、マナーとか何も知らないし迷惑を掛けるかもしれないわ。母と妹からは身だしなみの整え方も知らないって……」

「大丈夫です。そのままのレオナさんで。僕と一緒にゆっくりとやりたい事を見つけましょう」

 急かさない言葉が嬉しかった。 
 だから、彼となら人生をやり直せると思った。
 
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