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9.シエン視点
しおりを挟む俺は平民生まれ。
幼い頃は平凡だが、仲の良い両親と幸せに暮らしていた。
俺のその平凡な幸せを壊したのは真神教。
数十年に一度の大干ばつで農作物が不作だった年、援助すると言って俺たちの村に入り込んだ。
その結果、両親は薬物中毒で廃人となり農地は奪われた。
俺は暗殺組織に買われ、訓練を受けた。それは思い出したくもない、過酷な日々。
生きるためにあらゆる事をしてきた。
ああいう組織で働くと、心が死んでいくものだ。捨て駒のように扱われ、誰にも大切にされることのない自分の命。
自暴自棄になり、もう死んでもいいと思っていた。
そんな俺を拾ってくれたのは陛下。陛下は「裏切らない人間が欲しい。お前の身分や過去は一切問わない。」と言って俺を雇った。
俺は初めから陛下を信用していた訳ではない。
荒んでいた俺は野良犬のようだったと思う。
「忘れるなよ。俺は平民だ、言葉遣いなんて期待しないでくれ。」
「そんな事つまらないことを気にするならお前を雇ったりするもんか。とにかく腕の立つやつで裏切らない奴が欲しい。俺も王位なんて継ぐつもりは無かったから、勉強もサボってたさ。マナーなんて気にするな。」
陛下は王族らしからぬ言葉遣いで大きな口を開けて笑った。それは器の大きさを感じさせる大らかな笑顔。
「真神教には恨みがある。陛下が奴等を潰すなら協力はするさ。」
そして、俺は陛下個人の影として働くようになった。陛下は王宮の騎士すら100%信用は出来ないと言う。
騎士より俺を信頼するのだと、大真面目に言うのだ。一国の元首が……。
陛下は一部の仲間と真神教について隠密で調査していた。危険な場所には自ら乗り込む。王宮で働く他の貴族たちとは明らかに違っていた。
俺の今まで出会ったどんな身分の人間よりも一番マトモだ。
そして、今も自らミモレ王国を目指している。
陛下はなかなか人を信用しない。王宮ではその鋭い眼光で常に気を張っていて近寄り難い印象の人物。
それがこの旅ではどうだ!
自分の馬に妻を乗せ、時折嬉しそうな笑顔を浮かべる。
陛下の顔を見てると何だかムズムズしてこっちが恥ずかしくなる。
カトリーナ様はエニュオ卿の婚約者だった女性。何故か陛下は正妃として彼女を娶った。
初めて彼女を見た時、イメージしていたエニュオ卿の婚約者と違っていて少し驚いた。もっとスラリとしたスタイルの良い冷静な女性を思い浮かべていたが、彼女は何と言うか……小動物のようで落ち着きが無い。
「どうして正妃に?側室としてなら後で臣下に下賜することも出来るでしょうに。」
「い、いや。まぁ。」
いつもは切れ者の陛下が、この時は言葉を濁した。
☆
今、陛下は俺たちの目の前でカトリーナ様を抱きかかえ、彼女が寝やすいように体勢を整えている。然り気無く彼女の寝顔が俺たちに見えないようにする心配りも忘れない。
「カトリーナ様は寝たんですか?」
「ああ、そうらしいな。」
「こんな場所で眠れるなんて案外肝が座ってますね。」
「はははっ。そうだな。」
陛下は愛しくて仕方ないといった様子でカトリーナ様を見つめていた。
暗闇で自分の顔が俺たちに見えていないとでも思ってるんだろう。
けれど焚き火で照らされてかえってよく見える。
「もっと薪をくべてくれ。カトリーナが寒さで目を覚ましてしまう。」
「……はい。」
陛下が毛布にくるんでぎゅっと抱きかかえているのに……。寒くなんて無いと思うが?
俺、今晩ずっと陛下のこんな蕩けきった顔を見てなきゃなんないのか……。
「陛下の威厳が台無しだ!」なんて心の中で毒づく。
俺の尊敬する陛下。
少しうんざりしながらも、明日の予定を確認した。
「次はピロットの街ですね。」
「ああ、そこでは宿に泊まろう。連日野宿じゃ、リーナが辛いだろうからな。」
陛下はカトリーナ様の髪を優しく梳くように撫でていた。会話している俺たちの顔も、焚き火の火の加減も全然見ようとはしない。
なでなでなでーーーー
無意識なんだろうか?
陛下はずっとカトリーナ様の髪を撫でている。もう寝付いたし、赤ん坊でもないからずっと撫でている必要は無いと思うんだが……。
俺はリクを見てこっそり溜め息を吐いた。恋人のいない俺たちには酷な旅になりそうだ。
俺たちの大切な主君。しばし腑抜けてしまった陛下を守るのも、俺たちの務めだ。
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