夫の裏切りの果てに

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語り継がれる王妃

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 レオポルド視点になります。



 王妃セイディの国葬は厳かに執り行われた。

 セイディの葬儀に来た彼女の両親やルーベス王国の使者たちは、僕に恨みがましいことなんて一言も言わなかった。

 棺に入った真っ白な彼女は清らかで美しかった。寝顔のように穏やかなその表情はどこまでも静寂で……この世を旅立った事を思い知らされ胸が痛い。
 
「セイは初めてお会いした日からレオポルド陛下を好きになったと申しておりました。セイを……今までありがとうございました。両国の絆も深まりました。あの子も役目を果たすことが出来て、満足していることでしょう」

 彼女の母親であるルーベス王国の王妃は、同じ白銀の髪、瑠璃色の瞳で慈しむよう僕を見つめた。

(僕は愛妾を持って彼女を悲しませた最低の男です)

 僕は俯いたままで真実を言えず、喉が詰まるような息苦しさに耐えていた。

「貴方に嫁ぐと決まった時のセイディの笑顔を、今でも鮮明に思い出すのです。あの子は恋を知って、幸せでした」
 
 卑怯で臆病な僕に、あまりに優しい言葉を掛けるから罪悪感で涙が溢れた。
 顔を上げることが出来ずにただ床に落ちる自分の涙を見ている情けない男だ。

 隣国の王妃は娘の早すぎる死に憔悴し……それでも気丈にルーベス国王の伴侶として振る舞った。

 隣国から来た人たちは、幼い頃のセイのエピソードを教えてくれた。
 優しくて、真面目で、少し頑固で頑張り屋だった彼女。
 幼い頃はお転婆で、よく姿を消して側近たちを困らせた事。怪我をして庭園に迷い込んだ雛鳥を助け、怪我が治って庭園に返す日は泣いてしまった事。その後拗ねて、部屋に閉じこもって皆を困らせた事。

 そうだった。彼女は最初から完璧な女性では無かった。

 初めて会った日、彼女は僕に見惚れて……。
 頬を赤く染めて、初々しく微笑むセイディを思い出す。
 可愛かった。
 
 僕は政略結婚の相手が思ったよりも可愛くて優しそうで、このとなら夫婦としてやっていけるだろうって、安心したんだ。

 彼女は僕と結婚することを喜んでいたんだ。
 その想いを裏切ったのは僕。 

 メリッサに流されて、どうしてセイディの気持ちをもっとちゃんと受け止めなかったのだろう。

 いつからか、彼女は僕との閨を拒否し心を閉ざしてしまった。
 彼女はメリッサとの事を……いつから気づいていたのだろうか?
 浮気を責められたり追求されたことは無い。僕なんかのことは気にも留めない、そんな風に見えていた。

 だからずっと、完璧な王太子妃としての彼女に気後れしていた。
 
 他国から嫁いで来て、あっという間に僕よりも臣下に民に慕われて……。母親としても完璧で……僕なんて……。

 


 ☆




 セイディ亡き後、王宮に滞在していた詩人がセイディを知る人たちに話を聞いて戯曲を書いた。

 妃の深い愛に気付かない愚かな王の話。

 側近や臣下たちから見たセイディは、僕の印象とはまるで違って……。
 他国に嫁ぎ、周囲の貴族からは『蛮国から来た姫』だと蔑まれ孤独だった日々。
 実の両親から離れた遠い地での初めての出産。不安と戸惑い。
 国民に受け入れられるよう奮闘したことも。

 それらは僕が全く知らなかったセイディの素顔。
 僕への、そして国への献身。

 エレット王国の王太子妃として気高くあろうとした少女は、あっという間に逝ってしまった。
 その命はあまりに儚くて……。

 詩人が創り上げた戯曲は、庶民の間にも拡がっていった。

 王都だけでなく、辺境な町の劇場でも『王妃セイディ』の演劇チケットは人気を集めた。
 
 献身的に王を支えた異国の姫は、聖妃と呼ばれ、各地に銅像が建てられた。

 かつては野蛮な国だと蔑まれたルーベス王国から嫁いで来たセイディは、永遠に国民に愛される妃となった。










 セイディの逝去から10年。俺はまだこの国の王だった。


 セイディを賞賛するための言葉はたくさんある。賢母、聖母、聖妃、慈母。彼女が育てたフィオレンティナとルーファスは美しさと賢さを併せ持ち、国民に寄り添う姿勢が高く支持されている。
 
 一方で僕はセイディを裏切り、それでも守られた情けない王。

 それでもしがみつくよう、この玉座に座る。

 『レオポルド陛下の治世を支える』
 セイディのその遺志は多くの臣下が理解し、表立っての反発はない。

 臣下や子供たちに蔑まれて尚この王座に座り続ける。

 そして更に年月が経ち、僕は病に倒れた。

 全身の皮膚が黄色くなり、腹も膨らんできた。もう長くないかもしれない。

 侯爵家に嫁いだフィオレンティナが見舞いに来たて、僕の枕元に座った。彼女は最近ますますセイディに似てきて、はっとすることがある。

「お父様に伝えたい事があったの」

 セイディに似た顔。けれど彼女の口調は冷たかった。心の中では僕を憎んでいたのかもしれない。

「お母様、お父様の事が好きだったんだって。生涯愛したのはお父様だけ、そう言ってたわ」

 心から嫌そうに……言う。

「……そうか」

 子供たちの手前そう言うしか無かったのだろう。僕はそう思って自嘲気味に笑った。

「彼女の愛情はとっくに尽きていただろう。それでも僕を支え、守ってくれた。感謝しているよ。でも、僕は告白もさせてもらえなかった。セイは賢くて気高い、僕とは釣り合わない、勿体無いほどの女性ひとだったよ」
 
 フィオレンティナは呆れたようにため息を吐いた。
「お父様、きっと逆よ。お母様はお父様を愛していたからこそ告白を拒否したんだわ。嫉妬してしまうから。心を醜い感情に支配されるのを拒んだのよ」

 後悔の日々の中、彼女はどうしてあんなに気高く生きたのかずっと考えていた。

 娘が教えてくれた、セイの気持ち。

 そうか……。
 僕は愛されていたのか……。

 僕の不貞を……裏切りを……知った後も。
 閨を断られていた日々。仲睦まじい夫婦を演じているだけなんだと思い込んでいた日々ですら、僕は愛されていたんだ。
 そしてずっと僕は愚かなままだった。
 僕は罪悪感と後悔に苛まれたまま、生涯を閉じた。


ーー(完)ーー


 バッドエンドですみません。
 この後、王宮で働く人のお話と娘のお話があります。



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