12 / 14
語り継がれる王妃
しおりを挟むレオポルド視点になります。
王妃セイディの国葬は厳かに執り行われた。
セイディの葬儀に来た彼女の両親やルーベス王国の使者たちは、僕に恨みがましいことなんて一言も言わなかった。
棺に入った真っ白な彼女は清らかで美しかった。寝顔のように穏やかなその表情はどこまでも静寂で……この世を旅立った事を思い知らされ胸が痛い。
「セイは初めてお会いした日からレオポルド陛下を好きになったと申しておりました。セイを……今までありがとうございました。両国の絆も深まりました。あの子も役目を果たすことが出来て、満足していることでしょう」
彼女の母親であるルーベス王国の王妃は、同じ白銀の髪、瑠璃色の瞳で慈しむよう僕を見つめた。
(僕は愛妾を持って彼女を悲しませた最低の男です)
僕は俯いたままで真実を言えず、喉が詰まるような息苦しさに耐えていた。
「貴方に嫁ぐと決まった時のセイディの笑顔を、今でも鮮明に思い出すのです。あの子は恋を知って、幸せでした」
卑怯で臆病な僕に、あまりに優しい言葉を掛けるから罪悪感で涙が溢れた。
顔を上げることが出来ずにただ床に落ちる自分の涙を見ている情けない男だ。
隣国の王妃は娘の早すぎる死に憔悴し……それでも気丈にルーベス国王の伴侶として振る舞った。
隣国から来た人たちは、幼い頃のセイのエピソードを教えてくれた。
優しくて、真面目で、少し頑固で頑張り屋だった彼女。
幼い頃はお転婆で、よく姿を消して側近たちを困らせた事。怪我をして庭園に迷い込んだ雛鳥を助け、怪我が治って庭園に返す日は泣いてしまった事。その後拗ねて、部屋に閉じこもって皆を困らせた事。
そうだった。彼女は最初から完璧な女性では無かった。
初めて会った日、彼女は僕に見惚れて……。
頬を赤く染めて、初々しく微笑むセイディを思い出す。
可愛かった。
僕は政略結婚の相手が思ったよりも可愛くて優しそうで、この娘となら夫婦としてやっていけるだろうって、安心したんだ。
彼女は僕と結婚することを喜んでいたんだ。
その想いを裏切ったのは僕。
メリッサに流されて、どうしてセイディの気持ちをもっとちゃんと受け止めなかったのだろう。
いつからか、彼女は僕との閨を拒否し心を閉ざしてしまった。
彼女はメリッサとの事を……いつから気づいていたのだろうか?
浮気を責められたり追求されたことは無い。僕なんかのことは気にも留めない、そんな風に見えていた。
だからずっと、完璧な王太子妃としての彼女に気後れしていた。
他国から嫁いで来て、あっという間に僕よりも臣下に民に慕われて……。母親としても完璧で……僕なんて……。
☆
セイディ亡き後、王宮に滞在していた詩人がセイディを知る人たちに話を聞いて戯曲を書いた。
妃の深い愛に気付かない愚かな王の話。
側近や臣下たちから見たセイディは、僕の印象とはまるで違って……。
他国に嫁ぎ、周囲の貴族からは『蛮国から来た姫』だと蔑まれ孤独だった日々。
実の両親から離れた遠い地での初めての出産。不安と戸惑い。
国民に受け入れられるよう奮闘したことも。
それらは僕が全く知らなかったセイディの素顔。
僕への、そして国への献身。
エレット王国の王太子妃として気高くあろうとした少女は、あっという間に逝ってしまった。
その命はあまりに儚くて……。
詩人が創り上げた戯曲は、庶民の間にも拡がっていった。
王都だけでなく、辺境な町の劇場でも『王妃セイディ』の演劇チケットは人気を集めた。
献身的に王を支えた異国の姫は、聖妃と呼ばれ、各地に銅像が建てられた。
かつては野蛮な国だと蔑まれたルーベス王国から嫁いで来たセイディは、永遠に国民に愛される妃となった。
☆
セイディの逝去から10年。俺はまだこの国の王だった。
セイディを賞賛するための言葉はたくさんある。賢母、聖母、聖妃、慈母。彼女が育てたフィオレンティナとルーファスは美しさと賢さを併せ持ち、国民に寄り添う姿勢が高く支持されている。
一方で僕はセイディを裏切り、それでも守られた情けない王。
それでもしがみつくよう、この玉座に座る。
『レオポルド陛下の治世を支える』
セイディのその遺志は多くの臣下が理解し、表立っての反発はない。
臣下や子供たちに蔑まれて尚この王座に座り続ける。
そして更に年月が経ち、僕は病に倒れた。
全身の皮膚が黄色くなり、腹も膨らんできた。もう長くないかもしれない。
侯爵家に嫁いだフィオレンティナが見舞いに来たて、僕の枕元に座った。彼女は最近ますますセイディに似てきて、はっとすることがある。
「お父様に伝えたい事があったの」
セイディに似た顔。けれど彼女の口調は冷たかった。心の中では僕を憎んでいたのかもしれない。
「お母様、お父様の事が好きだったんだって。生涯愛したのはお父様だけ、そう言ってたわ」
心から嫌そうに……言う。
「……そうか」
子供たちの手前そう言うしか無かったのだろう。僕はそう思って自嘲気味に笑った。
「彼女の愛情はとっくに尽きていただろう。それでも僕を支え、守ってくれた。感謝しているよ。でも、僕は告白もさせてもらえなかった。セイは賢くて気高い、僕とは釣り合わない、勿体無いほどの女性だったよ」
フィオレンティナは呆れたようにため息を吐いた。
「お父様、きっと逆よ。お母様はお父様を愛していたからこそ告白を拒否したんだわ。嫉妬してしまうから。心を醜い感情に支配されるのを拒んだのよ」
後悔の日々の中、彼女はどうしてあんなに気高く生きたのかずっと考えていた。
娘が教えてくれた、セイの気持ち。
そうか……。
僕は愛されていたのか……。
僕の不貞を……裏切りを……知った後も。
閨を断られていた日々。仲睦まじい夫婦を演じているだけなんだと思い込んでいた日々ですら、僕は愛されていたんだ。
そしてずっと僕は愚かなままだった。
僕は罪悪感と後悔に苛まれたまま、生涯を閉じた。
ーー(完)ーー
バッドエンドですみません。
この後、王宮で働く人のお話と娘のお話があります。
102
お気に入りに追加
1,330
あなたにおすすめの小説
誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
〖完結〗私を捨てた旦那様は、もう終わりですね。
藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢だったジョアンナは、アンソニー・ライデッカーと結婚していた。
5年が経ったある日、アンソニーはいきなり離縁すると言い出した。理由は、愛人と結婚する為。
アンソニーは辺境伯で、『戦場の悪魔』と恐れられるほど無類の強さを誇っていた。
だがそれは、ジョアンナの力のお陰だった。
ジョアンナは精霊の加護を受けており、ジョアンナが祈り続けていた為、アンソニーは負け知らずだったのだ。
精霊の加護など迷信だ! 負け知らずなのは自分の力だ!
と、アンソニーはジョアンナを捨てた。
その結果は、すぐに思い知る事になる。
設定ゆるゆるの架空の世界のお話です。
全10話で完結になります。
(番外編1話追加)
感想の返信が出来ず、申し訳ありません。全て読ませて頂いております。ありがとうございます。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
【完結】あなたから、言われるくらいなら。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。
2023.4.25
HOTランキング36位/24hランキング30位
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる