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違和感
しおりを挟む「それにしても、今日は暖かくて気持ちが良い日ね」
窓の外に目をやる。
このサロンは庭に面していて、大きな窓から太陽の光がたくさん入ってくる。庭園では丁寧に手入れされた木々が風に揺らめき緑が眩しいほどだった。
私は妊娠7ヶ月になり、お腹が目立ちはじめてきた。子供はレオポルド殿下に似て鮮やかな金髪だといいな、なんて思いながら針を動かす。鮮やかな金色に今編んでいる白いケープはきっとよく映える。
私の髪は地味な銀髪。仕方ないけれど自分ではそんなに好きじゃない。
でも、大切な我が子。結局どちらに似ても可愛いのだろう。
長女のフィオレンティナは、ナニーと一緒にお散歩中。彼女はお爺様に似た美しいスカイブルーの髪だ。こちらの国の人の方が鮮やかな髪色の人が多い。
悪阻は辛かったけれど、もうすぐ小さな命をこの手に抱けるのだと思うと本当に楽しみ。胸に広がる温かな感情は他に例えようも無いほど。私はとても幸せだった。
「あら?あそこに居るのは……」
庭園の奥、四阿のある方向に見たことのあるピンク色の髪が見えた。
「メリッサ?」
硝子戸を開けて名前を呼ぶと、彼女は肩をビクリと跳ね上げてからそっと振り向いた。
「えっ……あっ、セイディ様っ」
彼女は王宮侍女。明るいピンクの髪は一際目を引く色だから一番早く名を覚えた侍女だ。
メリッサは私の悪阻が重いことを気にかけてくれていたから、元気になった姿を見せるよう、笑顔で手を挙げた。
「どうしてここに……」
メリッサなら、元気になった私を見て喜んでくれると思ったのに……。何故かその時、メリッサは私から目を逸らしていて。彼女の態度に違和感を感じた。
「メリッサ、どうしたんだ?……っあ」
声がして庭園の奥の小道から姿を表したのは
「レオ……?」
「あ、ああ。セイ……珍しいね、こんな場所でお茶を飲んでいたの?」
「この子のケープを編んでいたの。太陽の光と新鮮な空気も必要だって先生が仰っていたので……」
お腹に手を当てて微笑む。
フィオレンティナが妊娠中の時よりも、気分の優れない日が多くて、ほとんど外に出なかった。このサロンを利用するのも久しぶりだ。
「そ、そうか」
「(レオは)何を?」
「ああ、母上が好きなアネモネが咲いていたから、母上の部屋に飾って欲しいとメリッサに頼んでいたんだ。メリッサ、行ってくれ」
メリッサは一礼だけしてその場を去った。
「レオが花なんて、珍しいのね」
「そうかい?幼い頃はよく母上へ花を摘んでプレゼントしていたんだ。さあ、君も大切な身体だ。あまり無理しないでくれ。風はまだ冷たい。戸を閉めた方がいいよ」
「ええ、ありがとう」
レオは明らかに会話を早く切り上げようとしていて……。
「じゃ、僕は執務に戻るよ」
レオの去っていく後ろ姿を見て、胸がざわざわした。
メリッサは花なんて持って居なかったし、花を飾りたいなんて、庭師に頼むものだ。メリッサは王妃付きでも無い。だから、彼女に花を摘んでもらうだなんて不自然だ。
頭の中がグルグルする。手の先がひどく冷たくて凍えるようだ。
レオとメリッサが?……まさか
☆
私はレオに直接メリッサとの関係を問いただしたりはしなかった。肯定されるのが怖かったのかもしれない。
けれどそういう目で見ると、二人の視線が絡み合う瞬間やレオのちょっとした仕草、全てが疑いを確信に変えてしまった。
二人はきっと想い合っている。
気付いた瞬間はパンっと目の前の灯りが消えたようで……。私とレオが築いてきた信頼関係も美しい想い出も、全てが無くなったみたいに感じた。
二人の関係はいつから?
私との夫婦の時間を彼はどう思っていたのだろう?
私に見せたあの優しさは全部嘘?
彼女に触れた手で私に触れたの?
レオが本当に好きなのは……
次から次へと浮かぶ疑問。
けれど、どれも答えを知りたくない。
「セイディ様、今朝早くメリッサ様が人目を忍ぶように殿下の私室から出ていきました」
ルーベス王国から私についてきてくれた侍女のティファは少し怒ったような表情で私にそう報告してくれた。敏い彼女は、私の不安を察知して調べてくれたのだろう。
怒ることの出来る彼女が羨ましい。そう思うほど、何故か私は仕方ないと諦めていて、ただ哀しかった。
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