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しおりを挟むサミュエルの気持ち
8歳の時、両親から紹介された婚約者のジニアは花が咲くような笑顔がとても印象的な少女だった。
彼女は良くも悪くも感情がストレート。
初めて一緒にサーカスを見に行った時の事。一喜一憂してコロコロと表情が変わる彼女を見て、こっちの方が面白いと思ったぐらいだった。
プレゼントを渡すとどんな些細な物でも喜んでくれたし、俺が怪我をすると、心の底から心配してくれた。
彼女は俺に本気で恋したらしく、顔を見るだけで幸せそうに笑う。少し手を繋ぐだけで真っ赤になるし、俺が他の女性と話をしているだけで不安げに瞳を揺らす。
彼女の感情は花束のように色鮮やかだ。時々俺とは別の世界が見えているんじゃないかと思う。
嘘偽り無い彼女の「好き」は俺の心を飲み込む。彼女の「好き」に翻弄されて、俺は自分の気持ちを見失いそうになる。
彼女は惜しみない言葉で俺に好意を伝えてくれた。
いつしかそれが当たり前になって……。
幼い頃は可愛かった彼女の言動も、思春期に入ると鬱陶しくなってくる。
そんな時、学園で同じ乗馬倶楽部に所属する二つ年上のグレースに出会った。彼女はサバサバした性格で、男女問わず友人が多く、自分の婚約者にも深く干渉しない。婚約者には周囲も公認しているガールフレンドが居るが、グレースはまるで嫉妬した様子も無い。
婚約者とは友人のような関係を築いているグレースが大人びて見えた。
「サミュエル様、婚約者がお迎えに来てるわよ」
「ええ。ありがとうございます」
「ほら、貴方を見て手を振ってるわ。良いわねぇ、愛されてて」
彼女は揶揄うようにクスクス笑った。
俺は急に恥ずかしくなって……。
「俺にベッタリで迷惑してるんですよ」
そう言って、ジニアから目を逸らせた。
今となっては、婚約者と仲が良いことをどうしてあんなに恥だと思っていたのかわからない。
だけどーー
お互いの自由を尊重しているグレースとその婚約者みたいな関係が羨ましくて……。
憧れなのか、本当に恋だったのか、俺はグレースとの距離を縮めていった。彼女との恋の駆け引きは楽しかった。
独占しようとするとスルリと逃げていく。自由で風のようで、そんな彼女に夢中になった。
そしてお互い好意を伝え、俺達は恋人同士のような関係になったんだ。束縛も嫉妬もしない、それは俺達の暗黙のルール。
俺は周囲の友人にも、グレースとの仲を隠さなかった。それに、ジニアの気持ちは重すぎると愚痴っていた。自由になりたいと……。
それがジニアを傷つけたーー
ある時からジニアは俺に一切会いに来なくなった。
グレースとの噂は広がっているはずだ。ジニアなら怒って何か言いに来ると思ったのに……。
「彼女は魔女の魔法で貴方への恋心を失くしたの」
ジニアの友人であるポピーがそう教えてくれた。
魔女?
どういうことだ?
俺は一ヶ月ぶりにジニアに会いに行った。
だけど、俺を迎えてくれた彼女の笑顔はまるで知らない人のようで……。
「これからは政略結婚の相手として割り切った関係でいましょう」
それは俺が望んだ関係。
彼女は落ち着いた口調で、俺に幾つかの提案をしてきた。
政略結婚はする事。
跡継ぎは作る事。
他で恋人を作ることは容認するが、公式の場ではお互い仲睦まじい婚約者、または夫婦として参加する事。
恋人との避妊には気を配る事。
これは俺が望んでいた割り切った関係。
そのために彼女は魔女のもとを訪ねた。
だから、俺は……了承するしかなかった。
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