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魅了魔法
しおりを挟む王族である俺は、魅了や呪いに対する防御作用のある腕輪を身に着けていた。
けれどいつの間にかその腕輪の効果は無効化されていたのだ。
それに気付いたのは我が国の筆頭魔法師ユスカ。
彼は婚約破棄を宣言する俺の腕を見て、腕輪に着いている魔石の輝きが失われていることに気がついた。
その場で俺が魅了魔法にかかっていることを悟りすぐさま陛下へと報告がなされた。
王宮舞踏会終了後速やかに俺の魅了魔法は解かれた。なのに、婚約破棄は覆すことは出来無かった。
「直ぐにマリアンナが魅了魔法で俺を操っていた事を公表して婚約破棄を取り消してください」
俺が直訴しても、陛下は首を縦には振らなかった。
「ならん……」
「何故です?」
陛下の代わりにユスカが静かに口を開いた。
「マリアンナの目的も背後関係も調べなければなりません。それに、王太子殿下が魅了魔法に掛かったとなれば臣下や民が動揺します。殿下、この件がもう少し詳らかになるまで、今しばらくの辛抱を」
俺が魅了魔法に掛かった事実は秘匿され、婚約破棄の手続きはその日のうちに完了した。そして、マリアンナには健康上の問題があることが分かり、婚約は辞退したと発表された。
王宮内では、俺やランドルーフ家の意向よりもマリアンナの目的や背後関係を調査することが優先された。
王太子である俺に魅了魔法を掛けたマリアンナの目的は?
どうやって腕輪の効果を無効化する方法を知ったのか?
他に協力者はいないのか?
マリアンナには厳格な尋問が行われた。
『ゲーム通りに行動しただけなの!』と彼女は主張していた。
西の森の乙女の泉の水を花瓶に汲んで、よろけたふりをして俺に掛ける事。
その後、俺の髪、雪カズラの蔓、白百合の蜜、セキレイの羽を集めてまじない屋に持っていく事。
マリアンナはこういった決められた行動を取ることで俺が自分に夢中になることを知っていたらしい。
『魅了魔法なんて知らないわ。好感度を上げただけよ!』
マリアンナはそう言って魅了魔法を否定したが、俺の感情をコントロールしようとしていた事は明らか。死罪を免れることは出来ないだろう。
マリアンナは自分が罪人になると聞いて、俺と話がしたいと言い出した。俺としてもマリアンナに直接聞きたいことがあった。
俺は魅了魔法を封じる腕輪を身に着けてマリアンナの尋問に加わった。
「スティーヴン様、私はゲーム通りに行動しただけなの。この人たち私が罪人だなんて言うのよ。ひどいでしょ?この人たちを罰してください!」
マリアンナはまだ俺に魅了魔法の効果が残っていると思っているのだろうか?
媚びるような甘えた口調のこの女を見ていると怒りで吐き気がしてくる。
「よくも……そんな事を。お前のした事は死罪に相当する。知っている事を全部話せ。全部だ」
自分でも初めて聞くような声が出た。怒りを抑えた声は地を這うように低い。
俺とスカーレットの関係を全てを壊したこの女は許せなかった。
「は?死罪?冗談じゃ無いわ!どうしてゲーム通りに動いただけで死罪になんのよ!」
マリアンナは急に荒い口調になり俺を睨んだ。これが彼女の本性なのだろう。
「お前の目的は何だ?俺を思い通りに動かして何をしようとした?国盗りか?」
「知らないわよっ!!大体何よ?この取り調べ!こんなの人権も何もないじゃない。弁護士呼びなさいよっ!!無理やり自白を強要したって証拠にはならないんだからねっ!!私は魅了魔法なんて知らないわ!」
「お前のせいで俺はスカーレットとの婚約破棄する事になったんだっ!目的は王太子妃だけか?さあ、言えっ!」
「あんな悪役令嬢と婚約破棄出来て良かったじゃない!」
「悪役令嬢だと?何だ、それは……スカーレットは悪役なんかじゃない!」
「へぇー、スティーヴンって、悪役令嬢のこと好きだったんだ。いい気味」
彼女は胸ぐらを掴んで凄む俺をせせら笑った。
「何だと?」
「悪役令嬢は婚約者破棄の五日後領地に行く途中で馬車が崖から転落して……
死・ぬ・の・あはっ」
マリアンナという女はまるで悪魔だ。
こんなにも恐ろしい事を……。
まるで楽しい内緒話を話すように、声を潜めて言う。笑いながら。
「なん……だと……」
王宮舞踏会で婚約破棄してから今日でちょうど五日……。
「それは本当か?」
「ほら、もう日が暮れるわ。遅いんじゃ無い?あっはっはっ、ザマミロ!」
「くっ……。マリアンナを拷問に!俺が戻るまで生かしておけ」
「はぁ?何言ってんの?拷問なんて今どき許されるわけ無いじゃない!ふざけんな!」
喚き散らす女を尋問官に任せて、馬屋に向かった。
俺は継承権を放棄してでも、スカーレットに謝りたいと思っていた。
そしてスカーレットの気持ちを聞きたかった。
俺とスカーレットの婚約は俺の強い希望で決められたもの。
彼女が俺から開放されて喜んでいるのか、裏切られたと怒っているのか、全く分からなくて……。
彼女から好意を伝えられたことなど無かった。思い出すのは困ったように微笑む姿。
手を繋ぐとほんの少し握り返してくれたと思っていたのは、俺の思い違いだろうか?
「スカーレット、どうか無事で」
俺は馬を走らせ、ランドルーフ領に向かった。祈りながら……。
息が出来ない。
苦しい。
スカーレット、どうか、どうか、無事で。
君にもう一度。
しかし、俺は遅かった。
彼女の家の馬車は崖の下から発見され、スカーレットは遺体となって発見された。
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