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結婚式
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ゴオーン、ゴオーン、
教会の鐘の音は、荘厳な響きをもってこの婚姻を祝福し、遥か彼方までその音色を響かせた。
今日私は隣に立つアーシャント殿下と結婚する。
アーシャント殿下は豪華なドレスに慣れず、たどたどしく動く私を優しくエスコートしてくれた。
ふっくらした踏み心地の絨毯を慣れないヒールで歩く。
殿下は足さばきに苦戦する私を気遣って、躓いてしまわないようにゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれた。
愛おしげに見つめる視線は僅かに熱を孕んでいて………。
その瞳からは確かに愛情を感じることが出来た。
私にこんな幸せな結婚が出来るなんて………。
★★★
私は孤児だ。私は自分がどこの国の出身なのかも知らない。私の両親は旅の途中に亡くなってしまったらしい。
私は孤児院で育ったが、この国の人々は皆優しかった。両親が居ないのに淋しいと思う暇なんてない程、孤児院の友人達や先生、近所のおば様達に囲まれ賑やかな環境で育った。
毎朝採れたての野菜をおば様達が孤児院に分けて届けてくれる。
私たちはそのお礼におば様達の畑仕事や家事を手伝ったりして、合間に料理や裁縫を教えてもらった。
孤児院の子供たちは皆が兄弟のよう。一緒に遊んで喧嘩して仲直りして、そうやって毎日騒がしく過ぎてゆく。
そんな幸せな日々の中で転機が訪れた。
15歳の魔力調査で私は聖魔法の適正が高く魔力も多い事が分かったのだ。
聖魔法の適正がある者は希少であり必ず女性だ。聖魔法の適正のある者は聖女と呼ばれ教会に身を置くことになる。
聖女は各国が手に入れたい存在らしい。聖女の祈りにより国土が豊かになり繁栄すると言われている。
かつては聖女を巡って戦争も起きた程だ。聖女が生まれるのは平民の場合も貴族の場合もあり弱小国家に生まれた場合、強引にその身を奪おうとする国家もあったそうだ。
故に教会が聖女の身を預かることになった。
聖女を手に入れる方法は……婚姻のみ。それも聖女本人の意志が尊重される。
私の住むキルッシュ王国ではここ数年、魔の森との境界にある結界が弱まっていて聖魔法による強化が必要になっていた。
キルッシュ王国は魔の森に隣接していて、僻地では魔獣の被害が増えていた。
それは私も感じていたし孤児院の院長や近所のおば様達も心配していた。
キルッシュ王国の国王陛下は結界の強化のため、息子との婚姻を私に打診してきた。私は育ててもらった大切な国のため、聖女としての役目を果たそうと決心した。
私は結婚後十日に一度、一日礼拝堂にある魔法陣に魔力を注ぎ込む儀式を行うことになっている。
私の魔力量ではこれを十年続ける必要がある。
儀式では魔力を多量に消費するため、翌日は丸一日寝込んでしまうだろうと言われていた。
それでもこの国の人のために役に立てる事が嬉しかった。
だからこそ私はこの結婚を受けることにしたのだ。
結婚相手であるアーシャント殿下に初めて会った日、彼を一目見て私は恋におちた。孤児院にあった絵本に出てくる王子様にそっくりの金髪碧眼の整った顔立ち。王子様との恋物語は幼い私には憧れで、本が擦りきれる程繰り返し読んだ。
「ミュゼリール、我が国の国民を守る決断をしてくれた事、…本当にありがとう。君はこの国の聖女であり大切な身体だ。私の愛の全てを君に捧げると誓うよ。」
「勿体ないお言葉です。これからよろしくお願いします。」
正式な挨拶なんて分からないからペコリと頭を下げた。
「本来此方が礼を尽くさねばならないんだ。だからそんなにかしこまらないで。」
「私はただお世話になった人たちを守りたいんです。この国の人達はみんな優しかったから………。」
アーシャント殿下は側近二人と一緒に会いに来てくれていた。
アーシャント殿下は真面目そうで、物腰が柔らかい。
側近の一人クラウド様は、護衛騎士で大きい身体に鋭い瞳を持つ厳しそうな人だ。
もう一人、ノクティス様は眼鏡を掛けた少し冷たい印象の美青年。無表情で話し方が妙に堅い。
そんな側近の人たちも話をしてみると好意的で、私は改めてこの国の善良な人達を守りたいという思いを強くした。
婚約が告知され、結婚式までの間、私は王宮に滞在し、結婚式の準備をして過ごしていた。
「王宮での生活には慣れたかい?」
殿下とお茶を飲んでいると、殿下は私の事を気に掛けてくれていた。けれど私は会話の内容より、殿下の所作の美しさに目を奪われる。
こんな素敵な人のお嫁さんになるのだ。隣に居ても恥ずかしく無いようにマナーの勉強を頑張ろうと密かに決心した。
「はい。色々配慮いただきありがとうございます。」
言葉遣いに失礼が無いか気にしながら会話していると、不意に殿下に手を取られた。
「ミュゼリール、私は君にもっと気安く話をして欲しい。もうすぐ夫婦になるのだから。」
そう熱っぽく言われてしまい、思わず顔を赤らめる。
殿下と夫婦になる………いつかは殿下に口づけされるのだろうか?
あの腕の中で目覚めるのかな?
そんな破廉恥な事を想像すると、顔が熱くて仕方がない。
アーシャント殿下への想いは膨らみ、近づく結婚式が楽しみだった。
教会の鐘の音は、荘厳な響きをもってこの婚姻を祝福し、遥か彼方までその音色を響かせた。
今日私は隣に立つアーシャント殿下と結婚する。
アーシャント殿下は豪華なドレスに慣れず、たどたどしく動く私を優しくエスコートしてくれた。
ふっくらした踏み心地の絨毯を慣れないヒールで歩く。
殿下は足さばきに苦戦する私を気遣って、躓いてしまわないようにゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれた。
愛おしげに見つめる視線は僅かに熱を孕んでいて………。
その瞳からは確かに愛情を感じることが出来た。
私にこんな幸せな結婚が出来るなんて………。
★★★
私は孤児だ。私は自分がどこの国の出身なのかも知らない。私の両親は旅の途中に亡くなってしまったらしい。
私は孤児院で育ったが、この国の人々は皆優しかった。両親が居ないのに淋しいと思う暇なんてない程、孤児院の友人達や先生、近所のおば様達に囲まれ賑やかな環境で育った。
毎朝採れたての野菜をおば様達が孤児院に分けて届けてくれる。
私たちはそのお礼におば様達の畑仕事や家事を手伝ったりして、合間に料理や裁縫を教えてもらった。
孤児院の子供たちは皆が兄弟のよう。一緒に遊んで喧嘩して仲直りして、そうやって毎日騒がしく過ぎてゆく。
そんな幸せな日々の中で転機が訪れた。
15歳の魔力調査で私は聖魔法の適正が高く魔力も多い事が分かったのだ。
聖魔法の適正がある者は希少であり必ず女性だ。聖魔法の適正のある者は聖女と呼ばれ教会に身を置くことになる。
聖女は各国が手に入れたい存在らしい。聖女の祈りにより国土が豊かになり繁栄すると言われている。
かつては聖女を巡って戦争も起きた程だ。聖女が生まれるのは平民の場合も貴族の場合もあり弱小国家に生まれた場合、強引にその身を奪おうとする国家もあったそうだ。
故に教会が聖女の身を預かることになった。
聖女を手に入れる方法は……婚姻のみ。それも聖女本人の意志が尊重される。
私の住むキルッシュ王国ではここ数年、魔の森との境界にある結界が弱まっていて聖魔法による強化が必要になっていた。
キルッシュ王国は魔の森に隣接していて、僻地では魔獣の被害が増えていた。
それは私も感じていたし孤児院の院長や近所のおば様達も心配していた。
キルッシュ王国の国王陛下は結界の強化のため、息子との婚姻を私に打診してきた。私は育ててもらった大切な国のため、聖女としての役目を果たそうと決心した。
私は結婚後十日に一度、一日礼拝堂にある魔法陣に魔力を注ぎ込む儀式を行うことになっている。
私の魔力量ではこれを十年続ける必要がある。
儀式では魔力を多量に消費するため、翌日は丸一日寝込んでしまうだろうと言われていた。
それでもこの国の人のために役に立てる事が嬉しかった。
だからこそ私はこの結婚を受けることにしたのだ。
結婚相手であるアーシャント殿下に初めて会った日、彼を一目見て私は恋におちた。孤児院にあった絵本に出てくる王子様にそっくりの金髪碧眼の整った顔立ち。王子様との恋物語は幼い私には憧れで、本が擦りきれる程繰り返し読んだ。
「ミュゼリール、我が国の国民を守る決断をしてくれた事、…本当にありがとう。君はこの国の聖女であり大切な身体だ。私の愛の全てを君に捧げると誓うよ。」
「勿体ないお言葉です。これからよろしくお願いします。」
正式な挨拶なんて分からないからペコリと頭を下げた。
「本来此方が礼を尽くさねばならないんだ。だからそんなにかしこまらないで。」
「私はただお世話になった人たちを守りたいんです。この国の人達はみんな優しかったから………。」
アーシャント殿下は側近二人と一緒に会いに来てくれていた。
アーシャント殿下は真面目そうで、物腰が柔らかい。
側近の一人クラウド様は、護衛騎士で大きい身体に鋭い瞳を持つ厳しそうな人だ。
もう一人、ノクティス様は眼鏡を掛けた少し冷たい印象の美青年。無表情で話し方が妙に堅い。
そんな側近の人たちも話をしてみると好意的で、私は改めてこの国の善良な人達を守りたいという思いを強くした。
婚約が告知され、結婚式までの間、私は王宮に滞在し、結婚式の準備をして過ごしていた。
「王宮での生活には慣れたかい?」
殿下とお茶を飲んでいると、殿下は私の事を気に掛けてくれていた。けれど私は会話の内容より、殿下の所作の美しさに目を奪われる。
こんな素敵な人のお嫁さんになるのだ。隣に居ても恥ずかしく無いようにマナーの勉強を頑張ろうと密かに決心した。
「はい。色々配慮いただきありがとうございます。」
言葉遣いに失礼が無いか気にしながら会話していると、不意に殿下に手を取られた。
「ミュゼリール、私は君にもっと気安く話をして欲しい。もうすぐ夫婦になるのだから。」
そう熱っぽく言われてしまい、思わず顔を赤らめる。
殿下と夫婦になる………いつかは殿下に口づけされるのだろうか?
あの腕の中で目覚めるのかな?
そんな破廉恥な事を想像すると、顔が熱くて仕方がない。
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